君とごはん

「さわらねえ……」
まな板の上の脂の乗った魚を眺めて呟く。
バイト先の常連客が趣味の磯釣りでよほど大量だったのか二世にまでおすそ分けが回ってきた。
食べたことはあっても調理したことのない魚なので、スマホで調べてみると
――サバの仲間
と、あったので、
「じゃあ、味噌煮にするか」
と、包丁を手に取った。

◆◇◆

「お、いい匂い!今日は鯖かあ」
帰宅した真吾がダイニングからキッチンの二世に声をかけた。
「……おかえり」
「どうしたの、元気ないね」
「まぁな、飯にするから着替えて来いよ」
「?……わかったけど」
スーツから部屋着に着替えてダイニングに戻るとテーブルの上には茶碗などあるが味噌煮の姿は見当たらず、少し首を傾げた。
「真吾、笑うなよ……」
それだけ言ってから皿を置いた。
「うん……?」
そこに乗っているのは皮は破れ、身の崩れた魚の切り身。
「め…ずらしぃ……」
思わず出た感想を慌てて飲み込んだ。
「さわらってのを丸でもらったんだが、湯引きしただけで崩れちまってな」
「へぇ」
「煮込んだらぐずぐずになっちまった」
長年、一緒に暮らした真吾にだけわかるのだが悄気げながらご飯をついで寄越す。
「鯖よりもずいぶんと軟いんだな」
「へぇ、僕には違いがよくわからないけど」
「味はいいはずだから……」
そう言いながら、手を合わせる。
「いただきます」
さわらに箸をつけると確かに手応えがなく、ほろりとくだけたのを口に運ぶ。
「鯖よりもクセがないかも……」
柔らかな身が舌の上で、上品な味噌と生姜の味と共にとろけるように消えていく。
「ん、だから合わせじゃなくて白味噌だけで煮てみた」
「うん、これはこれで好きかも」
「なら、良かった」
二世が安堵したように肩の力を抜いたのを横目に、菜の花の辛子和えに箸を伸ばす。
甘味のある煮魚になれた口にぴりりとした刺激と出汁の味が広がる。
味噌汁は新じゃがとわかめに合わせ味噌でまた違った味わいに思わず頷いてしまった。
「ねぇ、さわらって魚編に春って書くんだよね」
「へぇ、そういや季節のものばっかりだな」
作った当人がさも、今気付いたようにテーブルを見渡す。
「そういえば、用水路の桜がだいぶほころんできたよ」
「じゃあ、週末は花見ができそうだな」
「うん、ふたりで出掛けたいね」
味噌汁を飲みながら真吾かふんわりと笑ったので、煮崩れも悪いことばかりではないとやっと箸をつけた。
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