赤い糸【リンリツ】*注意書きあり
赤。
赤。
赤。
忌まわしい、赤。この【赤】が無ければ。そうすれば……そう、すれば──…………?
昔は赤がすきだった。大好きな"お母さん"とお揃いだったから。同じ色の髪を、"お母さん"の優しくて細い指が撫でてくれることがすきだった。時折耳にその指が触れて、くすぐったくて笑ったら"お母さん"も笑っていた。閉じられた世界だったかもしれない。"お母さん"はベッドに寝たきりで。それでも、それでも。自分にとって幸せな世界なことは間違いなかった。そう信じていた。きっとお母さんは良くなる。だから自分は頑張ろう。お母さんのために勉強をしよう。たくさん役に立てるように。毎日お花をつんで似顔絵も描こう。掃除も覚えよう。お母さんが咳をなるべくしないように埃を無くすことは大事だって誰かが言っていた気がする。そうだ、料理も覚えよう。お母さんが大好きな■■■■──。
ああ、あれは、なんという料理だったっけ?
***
カチリ、カチリ、といった規則正しい音が室内に響いている。
「……、っ、く」
抑えろ抑えろ封じ込めろ。必死に自分の中の衝動と闘う。じわりじわりと汗が出てきた。歯を食い縛り爪で腕をかきむしりながらも何とか堪え忍ぶ。あまりにも強く食い縛りすぎたのかギシギシと軋む音すら聞こえる気がするが構うものか。一瞬でも油断してしまえば咆哮してしまいそうな気さえしてくるんだ。まるで獣のように。化物のように。
「あれ?兄さん隈出来てるよ」
あれから数時間経ちリビングでのこと。母さんは連続の徹夜明けで起こさない方がいいだろう、と思いリツカと二人きりでの朝食だ。
「あ、ああ……新しい……レシピを考えていてな!」
「もう!自分の健康を大事にして!……そ、そりゃあ兄さんのご飯はすごく美味しいしレシピも気になるけど……」
もごもご、と呟くリツカに思わず吹き出すとリツカにむっと睨まれるものの──と、いっても全く怖さは感じないが──次の瞬間二人でくすくす笑い出していた。ああ、俺は本当にこの生活が大事だ。守りたい、いや絶対に守ってみせる。
いつからだろう。悪夢を頻繁に見るようになったのは。それも決まって毎回同じ内容。全てが真っ赤に染まる夢だ。家族や世話になった人やクラスメイトや知ってる場所がモノクロになっていく。そしてあまりにも鮮やかな赤のペンキがべたべたと塗りたくられていく夢。全てが真っ赤になってもまだ足りないというかのように。これでもかというように厚塗りされていく赤。朱。緋。それでもまだ拠り所があったんだ。俺の最後の拠り所。光。彼女はまだ赤くなかったから──それなのに、今日の夢は。
「…………ぁ、はーっ、は、」
がばりと起き上がり思わず時計を見る。夜中の二時半。所謂丑三つ時とも呼ばれる時間だったからなのか。ひゅうひゅうと喉が鳴っている。どくんどくんと不快な程に心臓がうるさい。
「、だけは、お前、だけは」
リツカだけが真っ赤に染まる夢だった。
***
「……!!」
まただ。また、あの夢。あの日から毎日見る。赤が嫌いだった。でも今は恐ろしい程だった。愛しい者を守りたいと思えば思うほどその愛しい者を夢の中で赤く汚していく気がした。
そしてあの夢を見始めたのと同時期のことだった。心の中で誰かが話しかけてくるような感覚。最初は気のせいだと思った。心が弱っているのだと。もしかしたらアクマに唆されているのかもしれないとも思った。だから修行の時間を増やした。その結果睡眠時間は丑三つ時に取るようになった。その他は全て修行をしているからだ。ああ、ほら、また。
(まだにげてるの?)
逃げてなんていない。
(そうかなあ……ねえほらきみのきらいなもの、はっけんしたよ)
何の話をしているんだ。
(ほら……みて? )
そう言われて振り向くと目の前に赤いものがぶら下がっているのが分かった。これが何なのかはわからない。ただ赤いものだ。赤だ。これが元凶か?わからない。でも、そうだとしたら、これをどうにかすればリツカは助かるのでは?
ぐい、と引っ張ってみる。何かに繋がっているような感覚だ。もしかして因果だろうか?これをどうにかすればあいつは、おれは、もう苦しまなくてすむのかもしれない。
「──はっ──…………!!」
強引に引きちぎった。何か悲鳴が聞こえたような気がする。もうなんでもいい。だってこれであいつが苦しまなくてすむんだろう?真っ赤にならずにすむんだろう?傷付かなくてすむんだろう?幸せになれるんだろ?
ああ、なんだかぼんやりとしてくる。なんだ、これも夢だったのか……そう思いながら俺は目を閉じた。その直前に見えたのは誰かの涙だった──。
(あーあ。きっちゃったね。あかいいと。つながれてたんだよ?)
その声はもう、届かない。
END
赤。
赤。
忌まわしい、赤。この【赤】が無ければ。そうすれば……そう、すれば──…………?
昔は赤がすきだった。大好きな"お母さん"とお揃いだったから。同じ色の髪を、"お母さん"の優しくて細い指が撫でてくれることがすきだった。時折耳にその指が触れて、くすぐったくて笑ったら"お母さん"も笑っていた。閉じられた世界だったかもしれない。"お母さん"はベッドに寝たきりで。それでも、それでも。自分にとって幸せな世界なことは間違いなかった。そう信じていた。きっとお母さんは良くなる。だから自分は頑張ろう。お母さんのために勉強をしよう。たくさん役に立てるように。毎日お花をつんで似顔絵も描こう。掃除も覚えよう。お母さんが咳をなるべくしないように埃を無くすことは大事だって誰かが言っていた気がする。そうだ、料理も覚えよう。お母さんが大好きな■■■■──。
ああ、あれは、なんという料理だったっけ?
***
カチリ、カチリ、といった規則正しい音が室内に響いている。
「……、っ、く」
抑えろ抑えろ封じ込めろ。必死に自分の中の衝動と闘う。じわりじわりと汗が出てきた。歯を食い縛り爪で腕をかきむしりながらも何とか堪え忍ぶ。あまりにも強く食い縛りすぎたのかギシギシと軋む音すら聞こえる気がするが構うものか。一瞬でも油断してしまえば咆哮してしまいそうな気さえしてくるんだ。まるで獣のように。化物のように。
「あれ?兄さん隈出来てるよ」
あれから数時間経ちリビングでのこと。母さんは連続の徹夜明けで起こさない方がいいだろう、と思いリツカと二人きりでの朝食だ。
「あ、ああ……新しい……レシピを考えていてな!」
「もう!自分の健康を大事にして!……そ、そりゃあ兄さんのご飯はすごく美味しいしレシピも気になるけど……」
もごもご、と呟くリツカに思わず吹き出すとリツカにむっと睨まれるものの──と、いっても全く怖さは感じないが──次の瞬間二人でくすくす笑い出していた。ああ、俺は本当にこの生活が大事だ。守りたい、いや絶対に守ってみせる。
いつからだろう。悪夢を頻繁に見るようになったのは。それも決まって毎回同じ内容。全てが真っ赤に染まる夢だ。家族や世話になった人やクラスメイトや知ってる場所がモノクロになっていく。そしてあまりにも鮮やかな赤のペンキがべたべたと塗りたくられていく夢。全てが真っ赤になってもまだ足りないというかのように。これでもかというように厚塗りされていく赤。朱。緋。それでもまだ拠り所があったんだ。俺の最後の拠り所。光。彼女はまだ赤くなかったから──それなのに、今日の夢は。
「…………ぁ、はーっ、は、」
がばりと起き上がり思わず時計を見る。夜中の二時半。所謂丑三つ時とも呼ばれる時間だったからなのか。ひゅうひゅうと喉が鳴っている。どくんどくんと不快な程に心臓がうるさい。
「、だけは、お前、だけは」
リツカだけが真っ赤に染まる夢だった。
***
「……!!」
まただ。また、あの夢。あの日から毎日見る。赤が嫌いだった。でも今は恐ろしい程だった。愛しい者を守りたいと思えば思うほどその愛しい者を夢の中で赤く汚していく気がした。
そしてあの夢を見始めたのと同時期のことだった。心の中で誰かが話しかけてくるような感覚。最初は気のせいだと思った。心が弱っているのだと。もしかしたらアクマに唆されているのかもしれないとも思った。だから修行の時間を増やした。その結果睡眠時間は丑三つ時に取るようになった。その他は全て修行をしているからだ。ああ、ほら、また。
(まだにげてるの?)
逃げてなんていない。
(そうかなあ……ねえほらきみのきらいなもの、はっけんしたよ)
何の話をしているんだ。
(ほら……みて? )
そう言われて振り向くと目の前に赤いものがぶら下がっているのが分かった。これが何なのかはわからない。ただ赤いものだ。赤だ。これが元凶か?わからない。でも、そうだとしたら、これをどうにかすればリツカは助かるのでは?
ぐい、と引っ張ってみる。何かに繋がっているような感覚だ。もしかして因果だろうか?これをどうにかすればあいつは、おれは、もう苦しまなくてすむのかもしれない。
「──はっ──…………!!」
強引に引きちぎった。何か悲鳴が聞こえたような気がする。もうなんでもいい。だってこれであいつが苦しまなくてすむんだろう?真っ赤にならずにすむんだろう?傷付かなくてすむんだろう?幸せになれるんだろ?
ああ、なんだかぼんやりとしてくる。なんだ、これも夢だったのか……そう思いながら俺は目を閉じた。その直前に見えたのは誰かの涙だった──。
(あーあ。きっちゃったね。あかいいと。つながれてたんだよ?)
その声はもう、届かない。
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