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おままごと【シキリツ】

「大好きだよ」
「愛してる」
「かわいいね」

それらの言葉はするりと立華リツカの中を通り抜ける。

目の前にことりと置かれた食器の中には見た人によっては【おいしそうなスープ】などと表現されるようなものだろう。でも立華リツカにとってそれはただの液体でしかないのだ。

***

「ねえほらリツカ見て?おいしそうでしょう」
目の前の食物から白い靄。触れようと手をかざしたらほんの少し手のひらに刺激が走る。
「あついでしょ」
……ああ、そうか。あついのか。これが、あつい。……そうなのか、と平坦な思考がぼんやりと頭の中に浸透していく。そしてそれは霧散する。消えて、無くなる。何も考えなくていいというのはいいこと。
もっと。
もっと。
もっと。
この思考が私を包み込んでくれたら。それこそ、この器から漂う白い靄のように私を包み込んでくれたなら。私はそれに身を委ねるだけでいい。ゆらゆらとゆりかごに揺られるように。
白い靄が、私の中に入り込んできてくれればいいのに。そうすれば、きっときっとそれは私を内側から食い潰してくれるのに。消えることは怖いこと?それとも痛い?もう私にはその意味を理解は出来なくなっていた。

***

「はい、リツカ」
耳元で声がして、ぼんやりとそっちを向くとシキが目の前にいた。ことり、ことり。食器を並べていくシキの手を眺めていると、不意に視界にシキの顔が映る。覗き込まれていた。
「おままごとしようよ」
「……おままごと?」
鸚鵡返しに喋るとシキの口の端がくい、と上がる。一瞬のち、ああ笑ったのかと思い至った。
「うん。ほら、オレはオレ役。リツカはリツカ役」
「……私、役」
「そうだよ?だってオレはオレでしかないしリツカはリツカでしかないんだから。オレはオレ。リツカはリツカ」
「……シキはシキ、……私は、私」
「キミだから今こうしてるんだよ。リツカだからオレはキミを愛してるんだ。全部リツカだからだよ?リツカだから……オレがオレでリツカがリツカだからオレたち二人きりなんだよ?」
「…………、」
言葉を発しようとして震えた吐息だけ溢れ落ちた。私だから、愛してる?私だから、だから、今、二人きり。私だから、私がこうだから、だから、誰もいない。二人きり。

「あ、あ、……、ァ、」
「かわいいリツカ。愛してるよリツカ。可哀想なリツカ」

○○してくれればいいのに。
○○だったらいいのに。

そうやって希望を抱いてしまうからいけないんだと分かっていたはずなのに。どうして私は。

「今度は人形をたくさん持ってこようか。綺麗な綺麗な人形。そしてまたおままごとしよう? 大丈夫だよ、だって飽きたら壊せばいいんだから。……ああ、キミはそんな風には壊さないよ?だって特別だもの」

そんな特別なんか、いらなかったのに。そう思いながら静かに目を閉じた。せめて視界からはこの地獄を消したくて。

END
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