それは重なり降り積もる【シキリツ】
「これ、何?」
「ミルフィーユだよ」
二人で少し遠出をした帰り道。ひっそりと建っていたお洒落なカフェで、リツカが頼んだお菓子をじっと見つめる。
「……綺麗、だなあって思って、それで」
「うん?」
「…………食べるの勿体無いなって思ったんだ。綺麗なものを壊すのが勿体無いって思ったんだ」
「……うん」
その言葉を昔の自分が聞いたらどう思うのだろう。そう考えながら、リツカが粉雪のような砂糖がかかったミルフィーユに、フォークを差すのをぼんやりと眺めていた。
***
綺麗なものは好きだ。綺麗なものが壊れるのも、好きだ。綺麗なものが、どろどろのぐちゃぐちゃになっていく様はとても汚くて、とても綺麗。矛盾していると言われればそれまでだけど、でもやっぱりオレはそんな綺麗なものを愛していた。
おかしいと何度も言われた。でもそれはオレにとってはおかしくないのだ。だから気にしない。壊す、愛す、全てオレにとっては同じ事なのだから。
彼女を見た時、綺麗だと思った。見ていて飽きなくて、可愛くて、可哀想。彼女にとってその【器】はいらないものだろう。それなのに彼女はその【器】であることをやめられない。ああ、なんてかわいそう。可哀想で可哀想で愛しい。見た瞬間に欲しいと思うことなんて、めったにないと思うけれど。それでもあの時、あの瞬間、オレはキミが欲しかった。欲しくて欲しくて、壊したくて、キミの瞳にオレだけを映してほしかった。これが一目惚れと言うならそうなんだろうし、恋と言うならそうなんだと思った。
***
「あれ、どうやって作るの?」
「ミルフィーユ?」
「うん」
「えっとね……昔兄さんが作ってくれたんだけど、パイ生地を重ねて間にクリームを塗るんだと思う」
「ふーん……」
「……作ってみる?」
「家で?」
「うん、兄さんに教わりながら」
「……壊れない?」
一拍置いて返ってきた言葉は、いつもよりワントーン低くて、何となく、その【壊れない】というのはミルフィーユのことだけじゃないのかなと思った。それが何なのかは分からないけれど。
「……壊すのが怖いの?」
「壊すのも、壊れるのも……って言ったら……どうする?」
「また作ってみればいいんじゃない?」
そう提案してみると、シキが目を丸くしてこちらを見た。
***
「また?」
「うん、ほら、パイ生地たくさん作ればいいよね!失敗しても大丈夫!そうと決まればスーパー寄っていこう!苺もほしいけどあるかなあ……」
「……、リツカ」
「ん?どうしたの、シキ」
「……あ、いや、何でも」
「そうなの?ほら、いこう」
当たり前のように差し出された手に、自分の手を重ねるとぎゅっと繋がれた。しっかりと、隙間をぴったり埋めるように。
そうだ、大事にすればいいんだ。リツカが好きだという気持ちをしっかりと胸の奥に灯したように。好きだから、壊したくない。大事だから、大切にしたい。それは昔のオレから見たら、馬鹿みたいで陳腐な事なんだろうけど、今のオレにとってはそうじゃない。
昔のオレを否定しようとは思わない。だってそれもオレであることは変わらないのだから。ただ、道が分かれただけだ。今も昔もオレはオレで、今のオレはこの道を選んだだけのこと。リツカを、リツカの隣を、この道を二人で歩く事を選んだ。ただそれだけのこと。
「リツカ、大好きだよ」
「、っ……え、い、いきなり……」
ぶわり、と擬音がしそうな勢いで顔が真っ赤になるリツカは可愛くて可愛くて、外じゃなければなあ、なんて思いつつもオレは愛をねだるのだった。
「ねえ、言って、オレのこと好き?」
END
「ミルフィーユだよ」
二人で少し遠出をした帰り道。ひっそりと建っていたお洒落なカフェで、リツカが頼んだお菓子をじっと見つめる。
「……綺麗、だなあって思って、それで」
「うん?」
「…………食べるの勿体無いなって思ったんだ。綺麗なものを壊すのが勿体無いって思ったんだ」
「……うん」
その言葉を昔の自分が聞いたらどう思うのだろう。そう考えながら、リツカが粉雪のような砂糖がかかったミルフィーユに、フォークを差すのをぼんやりと眺めていた。
***
綺麗なものは好きだ。綺麗なものが壊れるのも、好きだ。綺麗なものが、どろどろのぐちゃぐちゃになっていく様はとても汚くて、とても綺麗。矛盾していると言われればそれまでだけど、でもやっぱりオレはそんな綺麗なものを愛していた。
おかしいと何度も言われた。でもそれはオレにとってはおかしくないのだ。だから気にしない。壊す、愛す、全てオレにとっては同じ事なのだから。
彼女を見た時、綺麗だと思った。見ていて飽きなくて、可愛くて、可哀想。彼女にとってその【器】はいらないものだろう。それなのに彼女はその【器】であることをやめられない。ああ、なんてかわいそう。可哀想で可哀想で愛しい。見た瞬間に欲しいと思うことなんて、めったにないと思うけれど。それでもあの時、あの瞬間、オレはキミが欲しかった。欲しくて欲しくて、壊したくて、キミの瞳にオレだけを映してほしかった。これが一目惚れと言うならそうなんだろうし、恋と言うならそうなんだと思った。
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「あれ、どうやって作るの?」
「ミルフィーユ?」
「うん」
「えっとね……昔兄さんが作ってくれたんだけど、パイ生地を重ねて間にクリームを塗るんだと思う」
「ふーん……」
「……作ってみる?」
「家で?」
「うん、兄さんに教わりながら」
「……壊れない?」
一拍置いて返ってきた言葉は、いつもよりワントーン低くて、何となく、その【壊れない】というのはミルフィーユのことだけじゃないのかなと思った。それが何なのかは分からないけれど。
「……壊すのが怖いの?」
「壊すのも、壊れるのも……って言ったら……どうする?」
「また作ってみればいいんじゃない?」
そう提案してみると、シキが目を丸くしてこちらを見た。
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「また?」
「うん、ほら、パイ生地たくさん作ればいいよね!失敗しても大丈夫!そうと決まればスーパー寄っていこう!苺もほしいけどあるかなあ……」
「……、リツカ」
「ん?どうしたの、シキ」
「……あ、いや、何でも」
「そうなの?ほら、いこう」
当たり前のように差し出された手に、自分の手を重ねるとぎゅっと繋がれた。しっかりと、隙間をぴったり埋めるように。
そうだ、大事にすればいいんだ。リツカが好きだという気持ちをしっかりと胸の奥に灯したように。好きだから、壊したくない。大事だから、大切にしたい。それは昔のオレから見たら、馬鹿みたいで陳腐な事なんだろうけど、今のオレにとってはそうじゃない。
昔のオレを否定しようとは思わない。だってそれもオレであることは変わらないのだから。ただ、道が分かれただけだ。今も昔もオレはオレで、今のオレはこの道を選んだだけのこと。リツカを、リツカの隣を、この道を二人で歩く事を選んだ。ただそれだけのこと。
「リツカ、大好きだよ」
「、っ……え、い、いきなり……」
ぶわり、と擬音がしそうな勢いで顔が真っ赤になるリツカは可愛くて可愛くて、外じゃなければなあ、なんて思いつつもオレは愛をねだるのだった。
「ねえ、言って、オレのこと好き?」
END
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