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百々目の短編

 白くて細いあたしの腕、すぱっと切ったら凄く綺麗かもしれない。そんな訳の分からない思い付きを頭から振り払う。
 やめたやめた、痛そうだし。そして何より傷が残るのはいただけない。そうして少女Aは自身の馬鹿げた思い付きに、一人困ったような苦笑いを浮かべた。

 少女Aは可憐な娘だ。自他ともに認める華奢な手足、ふんわりとカールした毛先まで痛みのない髪、白い肌は滑らかでつんとしたような唇は紅い。少なくとも彼女は、自身の容姿を申し分ないほどに完璧なものだと信じている。自分が大好きで、性格は明るくて、多くはないけれども友人だっている。なんの悩みもなさそうな楽観的な性分の彼女はふとしたときに浮かべる空想が何よりも楽しかった。
 あたしは今日も世界一可愛い。そんな思いを抱くのは毎日のことだが、そんな彼女でもなにか意味の分からない気分になることはある。

 高い建物から飛び降りる瞬間、腕を切った際の滴る血の色、海の底に沈む感覚。全部全部、彼女は知りもしなければこれから知ることもきっとないであろうそれらの物事をちょっと非現実的で刺激的な現実逃避の空想として頭に浮かべる。
 何をどうしたって彼女にはそれらを実行する勇気もなければ精子の境に立ったことのない小娘の妄想。自身が想像するほどいいものでゃないとだけ理解する彼女にとって、それは単なるファンタジーなのだ。若さゆえに少しだけ尖った、それだけのもの。

 なにも、今の生活が気に入らない訳ではない。ただ、彼女にとって少し手の届きそうなファンタジーと現実の境がそこだった。もしも傷さえ残らなければ、理由もなく自身の皮に立てた刃をためらいもなく滑らせていたかもしれない。なんて思ってから首を振る。
 やっぱり、痛いのは嫌だから傷が残らない保証があってもやらないかもしれない。

 スマートフォンから通知音が鳴る。見れば友人からの誘いのショートメッセージ。

 少女Aはクローゼットに向かうと、外に着ていく服を物色し始める。彼女の頭には既に先ほど思案していた事柄への関心は消えていた。

 さて、今日は何を着ていこう。
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