泡沫の夢と聞きしかば
ああ、ほんとうにめんどくさい。
ことりはため息をつきながら手元のメロンクリームソーダのストローを口に運ぶ。行きつけの店にいつも相変わらずあるそれはただの緑の食紅を混ぜただけにしか思えない安っぽい味がしたし、アイスだって業務用の馬鹿でかいアイスからくり抜いたものなのだろう。それをただ無心にくるくると回しながら、バニラアイスの一度溶けて氷にくっついたシャリシャリとした部分をちまちまと食べるのはもはや彼女の日課だ。
アイスを混ぜすぎて気の抜けたメロンソーダに浮かぶ小さな泡も、子供だましの色も味も何もかもが相変わらず味気ない、そんな風に思いながらもことりは毎度のごとく彼女の舌をほんのり緑に染めるそれが気に入っていた。まだ学生の年若い彼女にとって感じられる懐かしさなんてものはこの飲料にはないのだが、それでもこの飲み物に染み付いた記憶とでも言うべきものだろうか。
今の時代に似つかわしくない安っぽさと古臭さがなんとも癖になる。今隣にいる二つほど年上の男がいなければ最高なのに、と思いながら。
少し前の話だ。溶けかけのアイスを食べながら、ことりはタブレットのファイルを開く。計算しつくされたレイアウトの無駄のない文章、洗練されたデザインのフォーマット。それらは飽き飽きするほどにすんなりと頭の中に入っていき、彼女に必要な情報を与えてくれる。
ふとスマートフォンから響く気に入りのはずの音楽が今は鬱陶しい。
「はい、何か御用でしょうか」
気のない声で通話に出ると、向こうから響くのは上司の声。
『ことり、お前の担当地域に“亡霊 ”が出た』
「えー、またですかぁ?」
亡霊 、それは一般社会から秘匿されている指定異常犯罪と呼ばれる犯罪行為を行うものたちの総称だ。
『またとか言うんじゃねぇよまったく、こっちは常時人手不足だってのに』
「そうですねぇ、いたいけな女子学生がこき使われる程度には人手が足りていないようですね」
ふんす、と不機嫌そうに言うと上司は思い出したように声を上げる。
『ああそう、お前に後輩ができるぞ? お前よりかは年上だが、将来有望な能力者だ』
「そうですか、ではそちらに回してください玲君。僕も忙しいんです」
冷たく言い放つことりに玲は楽しそうに言い放った。
『そうそう、お前が教育担当だ。しっかり教えてやれよ? ことり、いや。ことり先輩、かな?』
「はぁ、生意気だったらしばき倒しますからね、君ごと」
上司もとい玲とそんなやり取りをしたのちに電話を切る。と、店の扉が開く音がした。
「えーっと、ここだっけなぁ」
気の抜けるような青年の声。それとともにブラウンの目がことりの方を向く。彼が見たのはことりの所持するタブレット端末だ。
「えっ、ちっさ。子供?」
「君が新しく来たという新人君ですか? 僕はことり、君の教育担当だそうです」
「えっ、あ、はい。康太って言います」
それだけ聞くと、ことりは溶けたアイスをかき回す。そこからは冒頭の通りというわけだ。
青年の名前は康太というらしい、彼にドリンクを勧めるとメニュー表からオレンジジュースを選択する。老女の運んできたそれを受け取り一口飲むと、康太はうっと顔をしかめた。
「なにこれ、粉?」
「飲んだことないんですか? 粉ジュースですよ」
定期的にかき混ぜねば味の偏る粉ジュース、康太はそれを始めて飲んだようでなんだこれはと言わんばかりにことりの方を見る・
「なかなかに美味しいですよ、新人君」
「嘘だろこんな古臭いもん」
どうやら彼は現代っ子らしく、ことりのいきつけの喫茶は肌に合わなかったらしい。
「お子様ですねぇ? まぁ、そんなに素晴らしくおいしくもないのは同意ですけども」
「どっちだよ」
あきれたように返す康太にことりは話を戻す。新人と合流し、メロンクリームソーダを飲み終えてしまったのだから亡霊 のもとにそろそろ向かわなくてはならない。
「では、行きましょうか。新人君」
「えっ、ちょっとまだ飲み終わってなっ、げほ」
ジュースの粉っぽさにむせる康太を放っておきながらことりは店員に声をかける。
「おばあちゃん、お会計」
「はいよ。いつもありがとうね、ことりちゃん」
柔和な笑みの老女に粉ジュースとメロンクリームソーダの代金を支払うと、学生鞄を掴んで歩き出す。
「指令、亡霊 の出現区域は」
『現在位置から北西に一キロ、玲が交戦中だ』
「了解」
そうして走り出そうとしたところで立ち止まる。
「新人君、君移動手段は持っていますか?」
「流石に持ってるわ!」
「ならいいです」
そう言ってことりは地面を蹴ると、重力に逆らうようにふわりと浮かび上がる。
「ついてきてください、見失わないで」
「え、ちょっと。おい待て!」
高度を上げながら進むことりを康太は自転車で追いかける。
「空が飛べるなんて聞いてねぇよ!」
なんて、どうにも情けない康太の悲鳴が響き渡った。
ことりはため息をつきながら手元のメロンクリームソーダのストローを口に運ぶ。行きつけの店にいつも相変わらずあるそれはただの緑の食紅を混ぜただけにしか思えない安っぽい味がしたし、アイスだって業務用の馬鹿でかいアイスからくり抜いたものなのだろう。それをただ無心にくるくると回しながら、バニラアイスの一度溶けて氷にくっついたシャリシャリとした部分をちまちまと食べるのはもはや彼女の日課だ。
アイスを混ぜすぎて気の抜けたメロンソーダに浮かぶ小さな泡も、子供だましの色も味も何もかもが相変わらず味気ない、そんな風に思いながらもことりは毎度のごとく彼女の舌をほんのり緑に染めるそれが気に入っていた。まだ学生の年若い彼女にとって感じられる懐かしさなんてものはこの飲料にはないのだが、それでもこの飲み物に染み付いた記憶とでも言うべきものだろうか。
今の時代に似つかわしくない安っぽさと古臭さがなんとも癖になる。今隣にいる二つほど年上の男がいなければ最高なのに、と思いながら。
少し前の話だ。溶けかけのアイスを食べながら、ことりはタブレットのファイルを開く。計算しつくされたレイアウトの無駄のない文章、洗練されたデザインのフォーマット。それらは飽き飽きするほどにすんなりと頭の中に入っていき、彼女に必要な情報を与えてくれる。
ふとスマートフォンから響く気に入りのはずの音楽が今は鬱陶しい。
「はい、何か御用でしょうか」
気のない声で通話に出ると、向こうから響くのは上司の声。
『ことり、お前の担当地域に“
「えー、またですかぁ?」
『またとか言うんじゃねぇよまったく、こっちは常時人手不足だってのに』
「そうですねぇ、いたいけな女子学生がこき使われる程度には人手が足りていないようですね」
ふんす、と不機嫌そうに言うと上司は思い出したように声を上げる。
『ああそう、お前に後輩ができるぞ? お前よりかは年上だが、将来有望な能力者だ』
「そうですか、ではそちらに回してください玲君。僕も忙しいんです」
冷たく言い放つことりに玲は楽しそうに言い放った。
『そうそう、お前が教育担当だ。しっかり教えてやれよ? ことり、いや。ことり先輩、かな?』
「はぁ、生意気だったらしばき倒しますからね、君ごと」
上司もとい玲とそんなやり取りをしたのちに電話を切る。と、店の扉が開く音がした。
「えーっと、ここだっけなぁ」
気の抜けるような青年の声。それとともにブラウンの目がことりの方を向く。彼が見たのはことりの所持するタブレット端末だ。
「えっ、ちっさ。子供?」
「君が新しく来たという新人君ですか? 僕はことり、君の教育担当だそうです」
「えっ、あ、はい。康太って言います」
それだけ聞くと、ことりは溶けたアイスをかき回す。そこからは冒頭の通りというわけだ。
青年の名前は康太というらしい、彼にドリンクを勧めるとメニュー表からオレンジジュースを選択する。老女の運んできたそれを受け取り一口飲むと、康太はうっと顔をしかめた。
「なにこれ、粉?」
「飲んだことないんですか? 粉ジュースですよ」
定期的にかき混ぜねば味の偏る粉ジュース、康太はそれを始めて飲んだようでなんだこれはと言わんばかりにことりの方を見る・
「なかなかに美味しいですよ、新人君」
「嘘だろこんな古臭いもん」
どうやら彼は現代っ子らしく、ことりのいきつけの喫茶は肌に合わなかったらしい。
「お子様ですねぇ? まぁ、そんなに素晴らしくおいしくもないのは同意ですけども」
「どっちだよ」
あきれたように返す康太にことりは話を戻す。新人と合流し、メロンクリームソーダを飲み終えてしまったのだから
「では、行きましょうか。新人君」
「えっ、ちょっとまだ飲み終わってなっ、げほ」
ジュースの粉っぽさにむせる康太を放っておきながらことりは店員に声をかける。
「おばあちゃん、お会計」
「はいよ。いつもありがとうね、ことりちゃん」
柔和な笑みの老女に粉ジュースとメロンクリームソーダの代金を支払うと、学生鞄を掴んで歩き出す。
「指令、
『現在位置から北西に一キロ、玲が交戦中だ』
「了解」
そうして走り出そうとしたところで立ち止まる。
「新人君、君移動手段は持っていますか?」
「流石に持ってるわ!」
「ならいいです」
そう言ってことりは地面を蹴ると、重力に逆らうようにふわりと浮かび上がる。
「ついてきてください、見失わないで」
「え、ちょっと。おい待て!」
高度を上げながら進むことりを康太は自転車で追いかける。
「空が飛べるなんて聞いてねぇよ!」
なんて、どうにも情けない康太の悲鳴が響き渡った。
1/1ページ