+10了ヒバSS

新聞とカミソリ



 シェービングクリームをたっぷりと塗った肌の上に、西洋カミソリの刃をあてている。二つ折りの西洋カミソリは刃渡りが長い。
「こわくないの?」
 カミソリの刃を小刻みにすべらせながら、雲雀がたずねた。
「なにがだ?」
「自分の身体に、刃物をあてられてる状態」
「……床屋の親爺と変わらんだろう」
 了平はスポーツ新聞へ目をやりながら無頓着に答えた。浴槽のふちに腰をかけて、無防備に両脚をひろげている。自分の下半身の状態には、とんと関心のなさそうな態度である。
「前提として、場所がちがう」
 そう言いながら雲雀は、角度をかえてカミソリの刃をあてた。
「だから……さ」
「なんだ?」
「切り落とされるんじゃないか、って思わないの?」
 了平が新聞から顔をあげて雲雀を見た。了平の位置からは、雲雀のつむじしか見えない。
「おい、妙なことをいうからちぢこまったぞ」
「そう?」
 雲雀は顔をあげずに言った。
「冗談でもそんなことは……、おい、……つ、つまむな」
「じゃまだから押さえただけだよ」
 雲雀の声が笑いを含んでいた。
「君さ……、なにか心あたりがあるの?」
「……む?」
「だから、……切り落とされる、ような?」
「馬鹿をいうな。俺はそのような不埒なマネはせん」
「へぇ……」
 うつむいていた雲雀が顔をあげた。唇の端をゆがめて、皮肉な笑みを浮かべている。
「お、おい……息を吹きかけるな」
 了平があわてた口ぶりで言った。
「そんなつもりはないんだけど……、あとでね」
 雲雀の指先が愛撫のようにするりとなでてはなれた。半ば開いた唇から、いたずらっぽく舌先がのぞいている。
 雲雀はうろたえる了平に知らん顔をして、手にした濡れタオルで肌に残ったシェービングクリームをていねいに拭きとった。
「どう? 初めてにしては上出来だろ?」
 雲雀がカミソリを片手に立ち上がった。
「だから」
 と雲雀は手にしたカミソリの刃を角度を変えながらながめた。
「僕に、やらせなよ」
 いいね、と雲雀が念を押すように言った。カミソリを手にした雲雀と新聞紙を下げた了平の視線がぶつかった。
「…………うむ」
 了平が小声で答えたとき、雲雀の姿は浴室から見えなくなっていた。了平は無造作に新聞紙を頭にかぶせて、長いため息をついた。
20211118
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