+10了ヒバSS

壁ドーン!



 あとになって思い出そうとしても思い出せない。
 とにかくそのひとことに、了平は一瞬で頭に血がのぼって、先を歩く雲雀の肩をつかんだ。思いのほか力が入っていたらしい。そうまでするつもりはなかったが、雲雀の身体が反転した。任務直後の疲れがあったのかもしれない。了平は勢いのまま雲雀を壁に押しつけた。
 了平はなにかひとこと雲雀に言い返してやろうとしただけなのだが、気まずいほどに互いの顔が近い。雲雀と目を合わせると、とたんに気がそがれた。怒りから雲雀を捕まえたはずが、まったくべつの感情が呼び起こされた。
 身を引くにはあまりに近づきすぎていて、了平はそのまま雲雀に吸い寄せられるようにくちづけした。雲雀はわずかに唇を動かしたが、その動きは抵抗ではなかった。了平の唇に応えていた。
 だから了平は細く開いた唇のあいだに舌を差し入れて歯を開けさせた。雲雀の舌はやわらかく従順で、了平は自分とくちづけをしている相手を雲雀だと思えなくなった。雲雀ならば抵抗されるはずだし、突き飛ばされるはずだった。
 これまでにも任務による興奮の余韻があとを引いて、やたらと人肌を求める衝動があった。しかし相手は雲雀である。
 雲雀にその気がないならば言葉なり行動なりで示すだろう。雲雀が抵抗したら、了平は即座に殴り倒されているにちがいない。ところが雲雀は愛用のトンファーを持ち出すどころか、その手をあろうことか了平の背中にまわした。了平は雲雀の気持ちのわからぬままにその口を吸っていたが、いよいよ離して雲雀に尋ねた。
「どういうつもりだ」
「……なに?」
「すこしはいやがってみせんか。だれとでもこんな真似をしておるのか」
「するわけないだろ」
「ならば……」
 了平は自分の頬から耳まで赤くなるのを感じた。
「俺はおまえから好意をよせられているのだな」
「あらためていう必要ないだろ」
「いってくれねばわからん」
「勝手に僕の部屋へ入るくせに……」
「いつもいやそうな顔をしておるではないか」
「それがわかっていて、出ていかないんだね」
 雲雀が片方だけ唇をゆがませて笑った。
「……出て行け、といわれた覚えはないからな」
 真面目な顔で了平が答えた。
「いったところで、出て行かないだろ」
「そうかもしれん」
 了平は自分の額を雲雀の額にあてた。二人の鼻先が自然と触れたとき、声をたてずに笑い合う唇がふたたび重なった。
20221210
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