+10了ヒバSS

火鉢



「入るぞ!」
 了平は勢いよくふすまを開けた。畳に一歩足を踏み入れたとき、了平はほのかに空気が変わったのを感じた。顔を上げた雲雀と視線を合わせた了平は、その直後、雲雀の前にある黒い鉢に気がついた。
「火鉢だよ」
 了平の視線を汲みとったかのように、雲雀がいった。
「跳ね馬のところで、あやうく植木鉢にされそうになっていたのを、ここに持ってきた。火の気があると、ちがうだろ?」
「うむ」
 了平は脱いだ上着を畳の上へ無造作に投げた。立ち姿のままネクタイをゆるめた了平は、ものめずらしそうに火鉢の中を覗きながら、慣れた手つきで腕まくりをした。それから当然のように雲雀の隣へ、い草の円座をずらして座った。あぐらをかく膝と膝がぶつかっても、互いに気にも留めない。
「祖父の家の納屋にあったが、火の入っているのははじめて見たぞ」
 了平はさっそく火鉢の端に刺してある火箸を手にとった。その火箸で無遠慮に灰をかき回した了平は、落胆した表情を見せた。
「なにも入っとらんのか」
「炭が入ってるだろ」
 あきれ顔の雲雀が了平の手から火箸をうばって、かき回された炭を中央に集めた。赤く熾った炭の表面に、うっすらと白い灰が浮かんでいる。火箸の先で炭をはさんでは積む雲雀の手つきに、了平は感心したかのように見入った。
「祖父の昔話に、焼き芋だの焼き栗の話を聞いておったのだ」
「あてがはずれたね」
 いいながら、雲雀の手は灰ならしを使った。
「うむ」
「つぎは草壁に用意させよう。僕も食べてみたくなった」
「時間はかかるが、格別らしいぞ」
 二人が火鉢を前に語り合っているうちに、酒の準備ととのえた草壁がやってきた。
 急ごしらえですが、と草壁は火鉢の上にマス目状の網を置いた。網の上に裂いたスルメを並べて、「では、ごゆっくり」と草壁が部屋を出た。
 その晩の二人は、酒の進みが遅くなるほどスルメの焼き具合に夢中になった。
20221008
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