中編


いつか殺しに来てね


 最終形態まで辛うじて耐えていたのだけれど、勇者が倒れた途端、みんな堰を切ったように壊落した。
奇跡的に生き残った俺。
手元にはかつて"魔王だった"なにかが蠢いている。

 仲間と長い年月をかけてようやっと辿り着いた魔王城。数分前までは血で血を洗うような最終決戦を繰り広げていたのだが、あと一撃といった所で勇者が剣を振り上げた瞬間、それを狙っていたように魔王が一閃を放って勇者の首を刎ねたのだ。
スパッと。あっけなかった。
それから、悲しみに暮れる暇も与えないように魔王は自爆魔法で魔王の部下、俺たちのパーティ、魔王城もろとも全てを破壊してしまった。
 俺は魔法使いだったから、咄嗟に反射魔法を唱えて死は免れたもの、他のメンバーは爆風に巻き込まれて跡形もなく消えた。無茶になるけど、あの時メンバー全体に反射魔法を張れば、少なくとも僧侶と騎士は生き残ったかもしれない。
今さら反省したって、あいつらが帰ってくる訳じゃないんだよな、と、血痕で赤黒く染まっている瓦礫の残骸を眺めながら思った。
 手元にぬめぬめした嫌な感触がした。魔王の心臓だった。自爆魔法をもろに直撃したというのに、まだ生きている。
さすが化け物だ、と力無く俺が呟くと、呼応するように動脈が動いた。
 爆風が鎮まった後、恐る恐る目を開いた先にはこの化け物がいた。
俺がそれに気づいて触るまでは静止した虫のようにぴくりとも動かなかったから、仲間の心臓が路上にむき出しになったのかと思った。
しかし、あまりに透き通っていて血の巡りを感じさせるそれは、人ならざるおぞましい気配があった。
証拠は無くとも、これが”魔王”本体なのだと本能が告げていた。
今、周りにいるのは魔王と俺だけ。そして魔王は瀕死状態だ。
 やっと、俺だけ生き残れた理由が分かった気がした。
 反射魔法でMPを使い切ってしまった俺は、手のひらに乗った魔王の心臓に爪を立ててその動脈に穴を開けてやろうとした。しかし、思うように爪が入らない。力を入れようとすると滑ってしまうのだ。
俺は近くを歩き、積み重なった瓦礫からちょうどいい鋭く尖った物を見つけ出して、魔王の心臓にスパッと傷をつけた。
青と赤の線が切れて、血のような黒々とした液体がどくどくと俺の手から肘を伝っていく。
「この化け物め」
 肘まで伝っていた血のような液体が、みるみるうちに魔王の心臓まで戻っていった。すっかり傷口も塞がっている。
痛みが分かるのか、怒りを表現せんばかりに心臓が激しく動いた。
生々しい鼓動が気持ち悪くて、俺は思わず心臓を落としてしまった。
 
 頭上からワイバーンの雄叫びが聞こえてきた。
見上げれば、オレンジ色の夕焼け空に列をなして黒い塊が飛んでいる姿。
俺はいつの間にか眠りに付いていたらしい。もうこんな時間になってしまった。全部夢だったりしないだろうか、とわずかな期待を込めて周囲を見渡すが、特に変わりなく積み重なった瓦礫の山が現実を突きつけてくる。
それに、起きていた時と比べて悪臭が強まっていた。鼻がもげそうだ。
大型モンスターが臭いにつられてやって来るのは困るし、しばらくここに滞在するのは悪手だろう。
 魔王城の崩壊、勇者パーティの訃報。
それから、未だ手元にいるこいつ。
 王都に報告すべきことが多すぎて頭が痛い。大きめの瓦礫に寄りかかって項垂れていると、魔王の心臓から動脈がにょろにょろ伸びてきて俺の頬をぺちぺちと叩いてきた。
わずかにひんやりとして気持ちがいいと思ってしまう俺は末期だろうか。

 勇者たちを弔う暇もなく、俺たちは魔王城を後にした。
転移魔法を使って王都へ戻るのが一番楽なのだが、生憎魔王との最終決戦でMP回復ポーションはすべて飲み切ってしまった。なのでフィジカルで解決するしかない。
 王都から魔王城への道のりは、標高の低い平原から徐々に険しい山岳地帯へと変わっていく。今回はその逆パターンに当てはまるので、俺は今、猛烈に体力を消費している。きつい。少しでも足を踏み外せばズルッと滑って死ぬ。
まさか魔王討伐した後…いや、まだ魔王は倒せていないんだけど、戦闘後も動かされるとは思わなかった。騎士の言っていた通り、魔法使いだからといって筋トレを侮るんじゃなかった。狭い岩道を通るたびに後悔した。
 そんなこんなで悪路を進んでいる内、魔王にも変化があった。いつの間にか赤ちゃんになっていたのだ。
 俺も最初は意味が分からなかった。だって、目を離した隙に心臓が赤ちゃんになっていたら誰でも怖いだろ。誤って落とさないよう、魔王のことは麻縄でカバンの側面に縛り付けていたのだが、ふと地図を開こうと思って鞄を下ろしたら生まれたてに近い赤ちゃんが紐に縛られていたから死ぬほど驚いた。
猿か何かの魔物にこっそりすり替えられたのか、とも考えて、「魔王を逃すとは何事か」と王都に首を刎ねられる最悪のパターンも頭を過った。
けれど、俺が歩いていた場所は断崖絶壁付近で特に魔物の気配は無かった。そう考えると、魔王自体が変化したのだと捉えるしかない。
 額に冷や汗が落ちてくるのが分かる。
 この調子で王都に着いた暁には、”魔王”が完成するのではないのだろうか。
俺はすぐさま魔王を縛っていた麻縄を解いた。
恐る恐る、穏やかに眠っている魔王を両腕に抱える。
「____っ」
触れた肌から伝わるわずかな体温。生えたばかりの短い黒髪にずんぐりむっくりとした体型。
まるで、人間そっくりなその容姿に息を呑んだ。
そして言い様のない焦りが自分の心臓を締め付ける。
 今、俺が、ここで終わらせないと。
 そう思った瞬間、ぱちりと魔王の瞼が開いた。ありとあらゆる人間の生き血を吸い尽くしたような真紅の瞳。あまりに早い開眼に俺は恐怖を覚えて、声にならない悲鳴が出た。
魔王は目を瞬かせて俺の顔をじっと見つめると、周囲をきょろきょろと不思議そうに見渡す。
 こいつは腐っても魔王だ。そして、俺は勇者一味の一人。こんな愛い子どものような見た目をして、内情は世界を滅ばしかねない魔王なのだから、祖国のために禍根は摘んでおきたい。
 俺はかろうじて回復したMPを消費して、毒魔法を唱えた。人差し指に魔力が集まるのを感じて、それをそのまま魔王に振りかける。
自身に災いが振りかけられているというのに、初めて魔法を見る子供のような目で俺の魔法を見る魔王。俺はたまらない気持ちになって、一瞬だけ毒魔法を中断してしまおうかとも考えてしまった。
 徐々に魔王の顔つきが強張ってきて、苦しそうに喚き始めた。毒が回ってきたらしい。手足をじたばたと動かし、俺の腕から抜け出しそうな勢いだ。魔王の様子を見守っていると、忘れてはいけない人としての何かが脅かされているような気がした。
俺だって苦しいんだよ、と吐きそうになる口をぐっと抑えた。
 しばらく経つと魔王は動かなくなった。真紅の瞳を三日月まで閉じて、一気に意識を失うように頭から倒れたのだ。刃物で傷つける物理攻撃は回復されてしまったが、魔力的な攻撃なら効くかもしれないと踏んで毒魔法を選んだのが功を奏したみたいだ。
 断崖絶壁の先は一面の海で広がっていた。俺の脳内で二文字の野蛮な方法が過ぎる。しかし、詰めの甘い方法で仕留めてまた復活されてしまうのも困り物だ。俺は徹底的に心を鬼にすることにした。
 崖のちょうどいただきの場所に立って、既に意識のない魔王を両手で突き出す。
魔王の足元には何もない。
あるのはただ一面の青色で、こたえる夜風の冷たさがその温度を示しているようだった。
「…………許せ」
 そう言って、手を離した後の音はやけに静かだった。


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