短編
神の戯れ
春、八百万の神々は今日も元気である。
今日は絶好の花見日和であった。河川敷にはレジャーシートを引いてお花見を楽しむ人間、その人間に紛れて酒を嗜む神々。満開の桜の前では人も神も皆無礼講。死神とその知人である月神もお花見目当てにこの河川敷へふらり遊びに来ていた。
そこで二人が出会ったのは、ケセランパサランの神であった。桜並木を歩いている道中に偶然すれ違ったのである。
「……天使だ」
天使が飛んでいる、と死神は思った。丸くたわわな純白のフォルム。無数の神々が春一番の風に流されるままのそれはたんぽぽの綿毛、いや、さながら柴犬のしっぽのようで、思わずそれに顔を埋めたい衝動に駆られてしまう。
死神は花見のことさえ忘れてすっかり見惚れていた。その場に立ち止まって、ケセランパサランの行く末をじっと見つめる。隣で歩いていた月神は立ち止まった死神の様子に気づいて歩みを止め、空を仰ぐと、おお、と詠嘆を溢した。
「えらい綺麗なパサランやのお。桜に負けず劣らず綺麗じゃ」
「そうだろう、そうだろう」
死神は自分のことのように自慢げに頷く。なんでお前さんが嬉しそうにするんじゃ、と月神が若干呆れたような顔をした。
そうこうしていると、目の前を飛んでいたパサランたちは桜の花びらに紛れて姿を消してゆく。その様子を見て、まだ見ていたいのに、と死神は名残惜しく思った。
ふと、突風が吹いて一気に桜吹雪が舞う。突風に合わせてケセランパサランが勢いよく飛んで行こうとしたその時、全てを見計らったように月神は右手を伸ばして、サッと一つの白い塊を摘む。
「ほれ。お前さんの欲しがってたパサランぞ」
まばたきさえ許さない一瞬の出来事であった。月神に摘まれたパサランは何が起きたのか分からず、あたふたとそのおみ足を一所懸命にふかふかさせる。月神に手を差し出すよう合図されるが、死神は気恥ずかしそうに一歩下がった。
「何をしておる。はよう手を出せ」
「いや……私のような神に触られるのも引けるだろう。それに、この子は怖がっている。無理矢理はよくない」
「…………ふん。そのような顔をしてよく言う」
月神は摘んでいた人差し指と親指を離すと、春風に乗って二神の間をパサランが通り抜けてゆく。花びらの隙間を縫うように漂うその天使を、二神は静かに見守っていた。
終わり
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