短編
変な後輩
今日は学校の帰り道、一つ下の後輩Aくんと僕の二人で帰る予定になった。
突然Aくんから「一緒に帰りませんか」と誘ってきたのがきっかけで、部活以外では関わらない後輩だし帰り道が気まずくなるだろうから断ろう、と思ったけど「(せっかくAくんが誘ってきてくれたんだし……)」と良心で断れずオーケーしてしまった。
案の定、帰り道は地獄。どうにか会話を弾ませようと僕が質問すると、Aくんの口からは答えが返ってくるだけで、面接みたいな一問一答の冷たい空気になる。僕も場を盛り上げようと大袈裟なリアクションを取ってしまうせいで、あまり楽しい帰り道とは言えなかった。
まぁ、家が反対だったら途中で別れるかもしれないし、と立ち直って「Aくんはどこに住んでるの?」と聞いたら「あの団地です」と向こうを指差した。僕の家の方向だった。
見慣れた住宅街を目にして思わず「えっ……」と本音が漏れてしまった。聞こえたかどうか分からないけど、たぶんAくんに聞かれていると思う。
この一件から僕たちは一言も会話を交わすことはなかった。
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しばらくすると、先ほどAくんの言った団地らしき場所が見えてきた。やっとこの空気から解放される! と思うと安心した。「それじゃあ、僕はこっちだからAくんまたね」と言いかけて口を閉じる。なぜか、Aくんは団地の方に見向きもせず僕の背中をついてくるのだ。
ビックリした。どうして家に帰らないのかと聞きたくなったけど、まるでここの団地は自分の家じゃないと言わんばかりの態度で後をついてくるもんだから、Aくんの家はここじゃないのかな、と思い言ようにも言えなかった。
結局Aくんは僕の家までついてきた。どうして最後までついてきたのか、なぜ今日僕を帰り道に誘ったのか、聞きたいことは山ほどある。でもAくんの食えないような独特な雰囲気を前に何も言えず、玄関に入るまでの一部始終をAくんに見守られながら扉を閉じた。扉越しにアスファルトをコツコツと鳴らす音が遠のいていく。
はあ、とひとつ息を吐いて肩を落とした。家に入った瞬間に張り詰めていた体が脱力して、それまで回っていなかった頭が急に冴えてくる。そういえば郵便受け見てなかったな。悪気はないのだけど、玄関のドアスコープを覗いてみる。Aくんはもう帰ったみたいだ。ほっとして玄関の扉を開けた。
「あ、先輩。これ渡すの忘れてました」
突然、表札の裏から顔を出すAくん。完全に油断していた僕は上擦った変な声が出た。そんなこともお構いなしに、Aくんはそそくさと玄関口まで近づくと、鮫の刺繍が施された巾着を僕に手渡してきた。この鮫、僕の体操着だ。戸惑いを隠せない俺の気持ちを察したように、Aくんは「忘れ物です。部室に置きっぱなしでしたよ」と付け加える。僕は処理しきれない脳みそを絞って、かろうじて「ありがとう」と呟いた。Aくんは満足げのような、グラウンドを一周回り切ったような爽やかな顔をして、「いえ。それでは」と言って背を向けて去って行った。
Aくんは僕の体操着に鮫の刺繍が付いてるの知ってたのかな。もしかして、今日一緒に帰ろうとしたのも僕の体操着を返すためだろうか。なら、直接返してくれてもよかったのに。いい子だけど、なんだか変な後輩だなあ、と思った。
後に夕飯を食べながら、郵便受けを開け忘れていることに気づいた。
終わり