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捏造屋

「ほら、早く帰るぞ。叔母さんも料理作って待ってるし、俺も、祭の好きなチョコレートケーキ買ってきたから、後で一緒に食べよう。」

その時、私の中で、何かを覆っていた煙が晴れていく感覚がした。

「あ」

思い出した。思い出してしまった。
私は勢いよく立ち上がり、一目散にあの場所を目指す。

「うお!祭?!どこ行くんだよ!」

「ごめん、お兄ちゃん!先に帰ってて!」

駅を出る。昨日と同じ道のりを、昨日より迷わず走る。

「ハルイチさん!ハルイチさん!!」

私は大声を出し、力いっぱい扉を叩く。

「なになになになに!近所迷惑でしょ!って、君は」

「ハルイチさん、私、全部思い出しちゃった。毎年ケーキを用意してくれたのも、公園で立たせてくれたのも、橋の下まで探しに来てくれたのも、お母さんじゃなかった。」

勢いに任せて、話す私を、走ってきた息切れと、溢れ出る涙がさらに苦しめる。

「全部、全部、お兄ちゃんだった。」

膝から崩れ落ちて、ボロボロに泣き喚く私を、ハルイチさんが慣れない手つきで慰め、部屋へ招き入れてくれる。

「私、小さい頃からずっとお兄ちゃんがお世話してくれてて、いつでもそばにいてくれるお兄ちゃんが大好きで、でもお母さんに褒められるお兄ちゃんがずっと羨ましかった。だから、捏造屋さんの噂を聞いた時、嘘でもいいからそれを味わってみたいと思っちゃった。そんな気持ちのせいで、いつの間にか、忘れちゃってたの。」

誰よりも大切に、誰よりも愛してくれた、お兄ちゃんとの記憶を。

吸う回数と吐く回数が合わないまま喋り続ける私の背中を、ハルイチさんがずっと優しくさすってくれた。

「ごめんなあ。明日になれば、今日より傷つかずに思い出せるはずだったんだけどなあ。」

なんでハルイチさんが謝るのかは分からないが、バツの悪そうに言うその声は、とても優しかった。

「でも、嘘じゃない大切なものを思い出せたんでしょ?きっと待ってるよ。」

「はい。」

捏造をしなくても、大切なものは持っていた。だけど、ここに来たから、それに気付くことができたのかもしれない。私はお礼を言って、部屋を出る。ハルイチさんは、外までお見送りをしてくれた。

「またのご利用、お待ちしております。」

ハルイチさんには申し訳ないけど、私がここに来ることはもうないだろう。
私は、スマホを出して電話をかける。

「あ、お兄ちゃん?今から帰るよ!」


END
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