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捏造屋

「それはまた、どうして?」

ちゃぶ台を挟んで、反対側に座る男が問う。

「私は、五つ上に兄がいて、生前の母は、頭が良く、容姿端麗ようしたんれいで、聞き分けの良い兄がお気に入りでした。だから、反対に頭も悪く、可愛くもなく、聞き分けの悪い私は、母から名前を呼ばれることもありませんでした。」

「だから、一度だけでいいから、母からの愛情を受けてみたいと思ったんです。」

私が話終わると、男は小刻みに頷いて、押し入れの中から大きなキャリーケースを出した。

「話は分かった。君の願いを聞き入れよう。」

男は、先程とは全く違った雰囲気をまとい、キャリーケースを開いた。中には、何種類ものタバコが入っていた。日本のもの、アメリカのもの、葉巻、見たこともないものも中にはあった。その時私は、部屋の煙臭さの正体を理解した。

男は、ノート一冊を机に出してから、タバコを一本取り出すと、それを耳にかける。

「さて、契約にあたり、まずは君の名前から聞こうか。」

私は、緊張で飛び出そうな心臓を、唾で飲み込んでから答える。

龍神りゅうじん まつり、高校二年生です。」

「おっけい、祭ちゃんね。」

男は、先程出したノートに何やら書き込んでいく。

「一応説明するけど、記憶を変えても変わるのは自分だけで、周りの人間は変わらない。明日になったら、俺と会った記憶がなくなって、代わりに新しい記憶が捏造される。だけどここで注意点。本来の記憶を知る人物に会っても、絶対にお母さんの話はしないこと。君の場合は、お兄さんだね。祭ちゃんがお母さんから愛されていなかったことを知っているからね。」

男はそう言って、耳にかけたタバコをくわえて、火をつける。
目の前でタバコを吸われることに不快感があったが、その煙は不思議と、優しく、懐かしい匂いがした。

「それじゃあ、一時ひとときの夢を楽しんで。」

男はそう言うと、私に向かって煙を吹きかける。
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