月が綺麗ですねと言われたい

二度目の旅が終わり、ファイは黒鋼の故郷である日本国に共に行く選択をした。

理由は様々ある。

日本国の天帝である天照や知世姫が頭を下げて、喜んでくれたのも嬉しかった。

「ファイ殿、あなたはこの国初めての魔術師となってくださいます。本当に歓迎いたしますわ。」

ファイは襟を正し、

「こちらこそ、お世話になります。彼と一緒に魔物討伐など、お力になればと存じます。」

ファイは頭を下げた。

黒鋼は日本国の仲間から、あの麗人はどこのお方か?魔術を使役されるとは、すごい!とファイのことを言われて、内心かなり嬉しかったし、鼻が高かった。

ファイは自分はもう天涯孤独だしと、自分のことを低く見ている節があった。

彼の生い立ち、かけられてきた重く深い呪い、心の傷が彼をそうさせていることはわかっていた。

少しでも、必要とされていることを伝えたかった。

二人は平屋を用意され、二人で暮らしていた。

ご飯はファイが作ってくれる。

夜は共に酒を飲み交わす相手もいる。

やっと一つ所に腰を据えて生きられることに、二人とも安心していた。

ファイにお酌してやる。

「ありがとう、黒様。日本国のお酒はとても美味しいね。」

「嗚呼。月が綺麗だな。」

ふと黒鋼はつぶやいた。

特に理由はなく、本当に浮かぶ月の美しさをつぶやいただけだった。

ファイは突然、口を手で押さえた。

よく見たら真っ赤に赤面していた。初めてみるファイの様子に少し驚いた。

「君、意味わかっていってるの?」

「はあ?何がだ。意味って何だ。」

ファイは呆気に取られた顔になったと思ったら、逆上していた。

「黒様のあんぽんたん!」

お盆で頭を叩かれた。

「痛えな!おい!」

知らない!と吐き捨てて、ファイは寝床にいった。

黒鋼は理由がわからず、次の日に知世姫にコトを話した。

知世姫は一瞬虚をつかれた表情をしたが、オホホと口元を押さえて微笑んだ。

「黒鋼は罪な男ですわね。ファイさんのお気持ちも知らずに。」

「どういうことだ?」

知世姫とファイがある日の夜、月を見ていると

「ファイさんご存じですか?日本国ではこのような表現がございます。月が綺麗ですねということは、暗に愛していますということを伝えることと同義なのですよ。素敵ですわね。」

「そうなんですね。」

ファイはとても美的感覚が日本国らしくて、素敵な表現だなと感動した。

自分も誰かに言ってもらえるのかなとふと考えた。

そんな人はいないかと、少し悲しい気持ちになって下を向いた。

「ふふ、ファイさんにもきっと、そう伝えてくださる御人が現れますわ。」

と、ファイの暗い表情を見た知世姫がそう告げた。

ファイは知世姫なりの慰めの言葉と捉えていた。

この出来事を聞いた黒鋼は頭を抱えた。

軽はずみに口に出した自分を呪った。

早足で二人の住処に帰った。

ファイはいつもどおり、トントントンと包丁で野菜を切って料理の支度をしていた。

ガラリと玄関を開ける音がして、ファイが振り返る。

「なーんだ、帰ってきたのか。おかえり。黒様。」

まだ怒っているようである。

「おう、あのな、」

そう告げるとファイを抱きしめた。

「昨日のあれは、軽はずみだった。すまない。お前を混乱させたな。」

黒鋼の腕の中でびくっとなったファイだが

「何のこと?別にオレ何もっ!」

「俺はお前と共に生きると決めたんだ。だから日本国に連れてきた。もうどこにも行かねえように。」

黒鋼の言葉に、ファイは動揺した。

「そんな、オレなんていなくても君にはきっと素敵なお嫁さんも見つかるだろうし。子どもだってほしいでしょ。オレは君の邪魔にしかならない!」

ファイは慟哭のように叫んだ。

心の奥底からの叫びだった。

そんなふうに思っているなんて思ってもみなかった。

「お前を一人にはしない。俺はお前のためにある。お前のこれからを全部俺にほしい。」

黒鋼はファイの顔を見た。

蒼い瞳から、透明の涙がぼろぼろと溢れていた。

「その言葉破ったら、絶対許さないからね。オレの心をこんなにまでしたんだから。」

ファイは嬉しかった。けれど素直な気持ちになれない部分もあった。そんな弱い部分を見せられるのは目の前の黒い大きな忍者だけなのもわかり切っていた。

ファイが細い腕でギューと痛いほど抱きしめ返してきた。背中に爪をたてられるくらい。

「黒様はオレのって思っていいの?誰にもあげないよ?いいの?オレすごい強欲なんだよ?」

魔術師の精一杯の返答に、心が満たされていくのがわかった。

「ああ、お前は俺ので、俺はお前のだ。」

ファイの涙を舐めとった。

「涙はしょっぱいな。」

場違いな黒鋼の言葉にファイは

「ぷっ!ふふ!あはは!悩んでたのがバカみたいじゃん。黒たんのばか!」

「馬鹿とはなんだ。やれやれだな」

笑顔になったファイの長い髪の毛を1束手にとり、口付けた。

「黒様、それ…。」

「父上が討伐に行く際に、母上になさっていたのを思い出したんだ。」

黒鋼は少し恥ずかしそうに告げる。

ファイはまた赤くなった。

「黒様のお父様がお母様にされたってことは、てことは!」

「そういうことだ。」

とても納得したファイだった。

納得すればするほど赤くなるファイ。

「あ!料理してたの忘れてた!ごめん!」

「俺も手伝う。」

今夜は二人仲良く料理を用意して

晩酌を楽しんだ。

次の日だった。

ファイは知世姫に昨日のことを告げた。

「知世姫、本当にオレでいいのか、すごく悩むんです。彼の人生を考えたら。」

知世姫はあらっと笑った。

「二人が二人ではないとだめだと思うのでしたら、それが最上の答えですわ。ふふ。宴を開かなければなりませんね。」

ファイは知世姫のスイッチを押してしまったと感じた。とても楽しそうに喜んでくれる。

…ファイ、オレと共に生きてくれる人ができた。君も共に生きるよ。オレのココロの中で。

じんわりと幸せというものはこういうものかなぁと感じた。
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