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お金ないよ
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朦朧とする意識の中で、鞄を拾い上げた。まるで最初から決まっていたことのように、吉田は私の手をとった。いつもと変わらない冷たい手だった。
私たちは、二人で、早足で裏道を通り、封鎖された道路を避けて地下を進んだ。東京の街は、駅を一つ跨いだくらいでは、そう景色も変わらないのだとわかった。
脳味噌がちかちかして、どうにでもなれ、と思った。どうせ、もう何をしても一生普通に生きていくことは無理だと、知ってしまったから。
この状況について、諦めが半分と、怖いもの見たさが半分だった。
全身汚れた女と、絵画のように美しい男が並んで歩いていても、じろじろとみる人はいなかった。封鎖された街は、ほぼ無人に等しかった。普段人が多い街がここまで静かだと、まるで世界が終わったように思えた。
疲れた私は、彼にしな垂れかかるように歩いていた。
行先はわからない。地面に足がついていないような、ふわふわとした気持ちになる。
吉田は、雑居ビルが並ぶ路地を歩き、馴染みの店に入るような気楽さで、風俗店の隣のビルに入った。
鍵のかかっていないドアを押すと、中は小さな受付のようなものがあり、目の前にはモニターがずらりと並んでいた。おぉ、と思った。吉田は他人事のように、どれにしようなんて聞いてくるから、私に選択を委ねることがそんなに楽しいのか、と内心悪態をついた。
昔読んだ、お姫様の部屋みたいに派手だった。ヴェルサイユ宮殿もラブホテルと大して変わらないらしい。
普段なら文句を言いながらついていく私が、珍しく堂々と先頭を歩く。それによって彼が喜ぶなら、それはそれでどうでもいいことだ。階段を上がって、ランプの点灯する部屋に入った。中に入ると、がしゃんという音がした。綺麗な牢獄のようだと思った。
「ナマエ」
吉田は、まるで自分の部屋のようにベッドに寝転がると、私を見上げた。
「風呂入ってこいよ。汗かいてるし」
私は特に返事をせずに、ベッドの上に置いてあったバスローブを掴んで、浴室へ向かった。
性行為目的のホテルだから、脱衣所には申し訳程度の目隠ししかなかった。シャワー室のガラスも透けていたけれど、ユニットバスを使う時はカーテンを引くし、何よりベッドに寝ている状態だと、こっちの様子は見えやしないのだ。浴槽にお湯を張る間、向こうのことが気になった。全裸にバスローブの状態で、汚れた服を洗面台で洗った。
すぐ横に目をやれば、歯ブラシや使い捨てのクシといった普通のアメニティの中に、ピンク色の薄いゴムや、小分けにされたローションが我が物顔で混ざっていることがわかる。
一瞬、体が固まった。
よく考えれば、いや、よく考えなくても、私は自分の苦手とする男とラブホテルに入っている。しかも、私は今半裸で、薄い壁一枚ごしに吉田がいる。
「事案じゃん」
最終的に、口をついてでた言葉はそれだった。私は未成年で、保護される立場で、女性で、学生だ。吉田は、男で、年齢は知らないけど、多分まともじゃないやつだ。
今まで考えないようにしていた言葉が、リミッターが外れて飛び出してしまった。
口に出してしまうと、もう止められない。水がじゃあじゃあ流れる音が、どこか遠くに感じた。
ゆっくりと湯船に浸かってリラックスする余裕などなかった。雀の行水の如く早々に体を洗い流すと、まだじんわりと湿ったままの下着をつけて、バスローブを着た状態で外にでた。
暖房のついた部屋で、大きなサイズのベッドが奇妙な威圧感を放っていた。その上に寝転がる男も、私にとっては恐れの対象である。
「おかえり、湯加減どうだった?」
「普通だったけど」
汚れこそ落としたものの、心の疲れは取れなかった。戦場に赴く戦士のような気持ちで、私はベッドへと近づいた。
「座りなよ」
寝転がった吉田は、自分の隣を叩いた。
「座るっていうか、寝てるじゃん。添い寝をするつもりはないんだけど」
「じゃあずっと立ってる?」
「あんたの隣には行かない」
私と吉田の間に決められた線があるみたいに思えた。その境界線を超えたら、もう終わりだという確信を持って、私はベッドの淵に腰掛けた。
備え付けのミネラルウィーターをぐびぐび飲んで、沈黙がしばらく続いた。首にかけたタオルは、水気を吸って湿ってしまっている。髪の毛を乾かそうと立ち上がった時、吉田に背後を取られた。
「……何してんの」
「髪の毛、乾かしてやるよ」
「いらない」
狭い部屋の中で、簡単に向こうを振り解けるわけでもなく、吉田は私の後を、金魚のフンみたいにくっついていた。洗面台の鏡の前に立つと、いやでも身長差が目立った。
「これがナマエのすっぴんかぁ」
私の顔を突っついて、吉田は子供みたいな声をあげた。
「普段から化粧してないんだけど。買う金もないし、校則でダメって言われてるし」
「真面目なんだな」
ドライヤーの風量を最大にして、声も聞こえないようにした。私がそこそこの長さの髪を乾かすのを、後ろからずっと見られているのは気味が悪かった。
「これなーんだ」
私の目の前に、何連にもなったコンドームの束が現れた。思わずため息をつくと、彼は悪戯に成功した子供のようなニヤケ顔を浮かべた。
「いやそれ、コンドームじゃん。避妊具でしょ」
「ナマエもコンドーム、知ってるんだ」
「保険で習うでしょうが……」
びりびりと封を切る様子が、妙に手慣れているような気がして恥ずかしかった。おぉ、すげぇヌルヌルしてる、なんて言って楽しそうにしているのを見て、馬鹿馬鹿しいなと思うと同時に、背筋に嫌な汗が伝った。
今すぐにでも、これ使ってみようぜなんて言われて、無理やり事を進められたらどうしようと、嫌な考えが浮かんだ。
私は彼のノリに巻き込まれてばかりなのだ。いざとなったら、刺してでも逃げてやろう。今のところはまだ、そういう展開ではないのだ。
私たちは、二人で、早足で裏道を通り、封鎖された道路を避けて地下を進んだ。東京の街は、駅を一つ跨いだくらいでは、そう景色も変わらないのだとわかった。
脳味噌がちかちかして、どうにでもなれ、と思った。どうせ、もう何をしても一生普通に生きていくことは無理だと、知ってしまったから。
この状況について、諦めが半分と、怖いもの見たさが半分だった。
全身汚れた女と、絵画のように美しい男が並んで歩いていても、じろじろとみる人はいなかった。封鎖された街は、ほぼ無人に等しかった。普段人が多い街がここまで静かだと、まるで世界が終わったように思えた。
疲れた私は、彼にしな垂れかかるように歩いていた。
行先はわからない。地面に足がついていないような、ふわふわとした気持ちになる。
吉田は、雑居ビルが並ぶ路地を歩き、馴染みの店に入るような気楽さで、風俗店の隣のビルに入った。
鍵のかかっていないドアを押すと、中は小さな受付のようなものがあり、目の前にはモニターがずらりと並んでいた。おぉ、と思った。吉田は他人事のように、どれにしようなんて聞いてくるから、私に選択を委ねることがそんなに楽しいのか、と内心悪態をついた。
昔読んだ、お姫様の部屋みたいに派手だった。ヴェルサイユ宮殿もラブホテルと大して変わらないらしい。
普段なら文句を言いながらついていく私が、珍しく堂々と先頭を歩く。それによって彼が喜ぶなら、それはそれでどうでもいいことだ。階段を上がって、ランプの点灯する部屋に入った。中に入ると、がしゃんという音がした。綺麗な牢獄のようだと思った。
「ナマエ」
吉田は、まるで自分の部屋のようにベッドに寝転がると、私を見上げた。
「風呂入ってこいよ。汗かいてるし」
私は特に返事をせずに、ベッドの上に置いてあったバスローブを掴んで、浴室へ向かった。
性行為目的のホテルだから、脱衣所には申し訳程度の目隠ししかなかった。シャワー室のガラスも透けていたけれど、ユニットバスを使う時はカーテンを引くし、何よりベッドに寝ている状態だと、こっちの様子は見えやしないのだ。浴槽にお湯を張る間、向こうのことが気になった。全裸にバスローブの状態で、汚れた服を洗面台で洗った。
すぐ横に目をやれば、歯ブラシや使い捨てのクシといった普通のアメニティの中に、ピンク色の薄いゴムや、小分けにされたローションが我が物顔で混ざっていることがわかる。
一瞬、体が固まった。
よく考えれば、いや、よく考えなくても、私は自分の苦手とする男とラブホテルに入っている。しかも、私は今半裸で、薄い壁一枚ごしに吉田がいる。
「事案じゃん」
最終的に、口をついてでた言葉はそれだった。私は未成年で、保護される立場で、女性で、学生だ。吉田は、男で、年齢は知らないけど、多分まともじゃないやつだ。
今まで考えないようにしていた言葉が、リミッターが外れて飛び出してしまった。
口に出してしまうと、もう止められない。水がじゃあじゃあ流れる音が、どこか遠くに感じた。
ゆっくりと湯船に浸かってリラックスする余裕などなかった。雀の行水の如く早々に体を洗い流すと、まだじんわりと湿ったままの下着をつけて、バスローブを着た状態で外にでた。
暖房のついた部屋で、大きなサイズのベッドが奇妙な威圧感を放っていた。その上に寝転がる男も、私にとっては恐れの対象である。
「おかえり、湯加減どうだった?」
「普通だったけど」
汚れこそ落としたものの、心の疲れは取れなかった。戦場に赴く戦士のような気持ちで、私はベッドへと近づいた。
「座りなよ」
寝転がった吉田は、自分の隣を叩いた。
「座るっていうか、寝てるじゃん。添い寝をするつもりはないんだけど」
「じゃあずっと立ってる?」
「あんたの隣には行かない」
私と吉田の間に決められた線があるみたいに思えた。その境界線を超えたら、もう終わりだという確信を持って、私はベッドの淵に腰掛けた。
備え付けのミネラルウィーターをぐびぐび飲んで、沈黙がしばらく続いた。首にかけたタオルは、水気を吸って湿ってしまっている。髪の毛を乾かそうと立ち上がった時、吉田に背後を取られた。
「……何してんの」
「髪の毛、乾かしてやるよ」
「いらない」
狭い部屋の中で、簡単に向こうを振り解けるわけでもなく、吉田は私の後を、金魚のフンみたいにくっついていた。洗面台の鏡の前に立つと、いやでも身長差が目立った。
「これがナマエのすっぴんかぁ」
私の顔を突っついて、吉田は子供みたいな声をあげた。
「普段から化粧してないんだけど。買う金もないし、校則でダメって言われてるし」
「真面目なんだな」
ドライヤーの風量を最大にして、声も聞こえないようにした。私がそこそこの長さの髪を乾かすのを、後ろからずっと見られているのは気味が悪かった。
「これなーんだ」
私の目の前に、何連にもなったコンドームの束が現れた。思わずため息をつくと、彼は悪戯に成功した子供のようなニヤケ顔を浮かべた。
「いやそれ、コンドームじゃん。避妊具でしょ」
「ナマエもコンドーム、知ってるんだ」
「保険で習うでしょうが……」
びりびりと封を切る様子が、妙に手慣れているような気がして恥ずかしかった。おぉ、すげぇヌルヌルしてる、なんて言って楽しそうにしているのを見て、馬鹿馬鹿しいなと思うと同時に、背筋に嫌な汗が伝った。
今すぐにでも、これ使ってみようぜなんて言われて、無理やり事を進められたらどうしようと、嫌な考えが浮かんだ。
私は彼のノリに巻き込まれてばかりなのだ。いざとなったら、刺してでも逃げてやろう。今のところはまだ、そういう展開ではないのだ。