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お金ないよ
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「ヤバいな」
悪魔の残骸の前でぼうっと突っ立っていた私に、吉田はそう言った。「ヤバい」という言葉がどういうことに対して言われたかはおおよそ察しがつく。さっきの悪魔はヤバかった。けれど、それに対して発せられた言葉ではない。言葉の端に、少し小馬鹿にしたようなニュアンスが滲んでいたことを、私は忘れない。
そして、面倒だと思いながらも返事をした。
「何回か言ったと思うけど、これは不可抗力だから……」
口に出すたび、これについて何か言及されるたび、私ははぁぁとため息をつきたくなる。
頭のてっぺんから爪先まで、悪魔の血をべっとりとかぶり、この上なく不潔な状態にある今この状態は、私の契約している悪魔のせいだ。これは契約上どうしようもないことで、非常に悪趣味だと思うが、対価として臓器や寿命を持っていかれるよりはマシなので、仕方なく受け入れていることだった。
下着の中まで血が染み込んで、洗濯のたびに泣かされるはめになるし、風呂に入ると毎回悲惨だ。処理に訪れた公安の人間も、私には近寄ろうとしない。わざわざ肉体をぐちゃぐちゃにする必要はあるのかと問うたところで、私の悪魔は不機嫌になるだけだし、こういう小さな面倒が積み重なって、私は生きているということ。目の前の男は対価なんて払っているのかいないのか、涼しい顔で立っていることに、じわじわとやる気を削がれていく。
「ま、俺はナマエのそういう格好も嫌いじゃないけどな」
「はぁ、そうですか……」
今はとにかく、体の節々が痛かった。いたわるつもりなら、タオルの一枚でも差し入れてくれたらいいのに。人々がぶちまけた臓器やら血は、黒く変色してコンクリートに横たわっていた。遠くから、パトカーやら消防車のサイレンが聞こえてきて、さっきの惨劇が、まるで遠くのことのように思えた。
「……しんど」
肉体的にも精神的にも、今日は相当参ってしまった。こいつのせいで、やる必要のなかった労働をして、疲労していた。吉田というやつは、悪魔並みに私を疲れさせる。なるべく関わりたくない相手ではあるが、付き合うことで得られるメリットを捨てがたい。ずるずると微妙な関係を保っているが、これで良いのかと迷うことがある。
「俺にも一口ちょうだい」
ずるずると考え込んでいると、手に握っていたペットボトルを奪い取られた。
あ、と抗議の声を上げる前に、中身の水が彼の体内に消えていく。
「一口じゃないじゃん! 半分くらい減ったんだけど」
「男と女の一口は違うんだぜ」
こういうしょうもない嫌がらせは、まるで小学生だ。子供っぽいところがあって、掴みどころがない。返されたペットボトルの中身は、ほとんど残っていなかった。
130円した私の水が……と落胆している私に追い討ちをかけるように、吉田は口を開く。
「間接キスだな」
「は……あぁ……」
悪戯をした子供のように私の顔色を伺う吉田に、どういう反応をすればいいのか、わからなかった。間接キスて、中学生かよ!
こんなことで照れるような羞恥心は、もうとっくに捨て去っている。叫ぶ代わりに、沈みそうなため息が口から漏れ出た。
吉田が飲んだペットボトルを私が使ったならともかく、自分が飲んだペットボトルに口をつけられても、ふーん、というしかない。人間、極限状態になれば回し飲みなんて普通にやれるものだし、思春期の男子のように、こんなことでからかってくるのは、少し、いや、恥ずかしくないのだろうか。
「きっしょ……」
そもそも、反応を楽しんでいるこいつになんらかのリアクションを返すこと自体がシャクではあるが、無視したらしたで余計に面倒なちょっかいをかけてくるので、正直な感想を伝えることにした。
女子高生に気持ち悪いと言われたのにもかかわらず、向こうは機嫌よくニコニコと笑っている。それがまた、異常さに拍車をかけているのだ。
「俺、気持ち悪い……?」
「マジでそういうとこ……」
言動が厄介なくせに、顔は綺麗なのだ。握り締めていた拳にゆっくりと手を被せて、私を覆うように、じわじわと体が接近してくる。ちょうど顔が、吉田の胸の正面にあって、少し息を吸い込むだけで、スパイスのような甘い匂いで鼻が痺れそうになる。目が合わない分、いつもより気恥ずかしさも薄れるが、表情が伺えないので、余計に緊張して体が強張った。
私の固まった手をゆっくりと解して、血に汚れた掌に、手品みたいにお札が現れた。夢見心地のまま、それを柔く握り締めた。吉田はゆっくりと顔を私の耳に寄せた。息遣いがわかって、呼吸のたびに、生暖かい息が吐き出されているのがわかった。彼もまた、生き物なんだ、とそういう当たり前のことを考える。
「これ、俺の言うこと聞けたら二倍にしてもいいけど」
私の手を覆い隠すように、吉田の硬い手が触れる。母親が子供の手を握るような、優しい手つきだった。
いうことを聞けば、二倍。
ふわふわとした思考と、彼の熱に当てられて、私はあっさりとうなずいてしまったのだった。
悪魔の残骸の前でぼうっと突っ立っていた私に、吉田はそう言った。「ヤバい」という言葉がどういうことに対して言われたかはおおよそ察しがつく。さっきの悪魔はヤバかった。けれど、それに対して発せられた言葉ではない。言葉の端に、少し小馬鹿にしたようなニュアンスが滲んでいたことを、私は忘れない。
そして、面倒だと思いながらも返事をした。
「何回か言ったと思うけど、これは不可抗力だから……」
口に出すたび、これについて何か言及されるたび、私ははぁぁとため息をつきたくなる。
頭のてっぺんから爪先まで、悪魔の血をべっとりとかぶり、この上なく不潔な状態にある今この状態は、私の契約している悪魔のせいだ。これは契約上どうしようもないことで、非常に悪趣味だと思うが、対価として臓器や寿命を持っていかれるよりはマシなので、仕方なく受け入れていることだった。
下着の中まで血が染み込んで、洗濯のたびに泣かされるはめになるし、風呂に入ると毎回悲惨だ。処理に訪れた公安の人間も、私には近寄ろうとしない。わざわざ肉体をぐちゃぐちゃにする必要はあるのかと問うたところで、私の悪魔は不機嫌になるだけだし、こういう小さな面倒が積み重なって、私は生きているということ。目の前の男は対価なんて払っているのかいないのか、涼しい顔で立っていることに、じわじわとやる気を削がれていく。
「ま、俺はナマエのそういう格好も嫌いじゃないけどな」
「はぁ、そうですか……」
今はとにかく、体の節々が痛かった。いたわるつもりなら、タオルの一枚でも差し入れてくれたらいいのに。人々がぶちまけた臓器やら血は、黒く変色してコンクリートに横たわっていた。遠くから、パトカーやら消防車のサイレンが聞こえてきて、さっきの惨劇が、まるで遠くのことのように思えた。
「……しんど」
肉体的にも精神的にも、今日は相当参ってしまった。こいつのせいで、やる必要のなかった労働をして、疲労していた。吉田というやつは、悪魔並みに私を疲れさせる。なるべく関わりたくない相手ではあるが、付き合うことで得られるメリットを捨てがたい。ずるずると微妙な関係を保っているが、これで良いのかと迷うことがある。
「俺にも一口ちょうだい」
ずるずると考え込んでいると、手に握っていたペットボトルを奪い取られた。
あ、と抗議の声を上げる前に、中身の水が彼の体内に消えていく。
「一口じゃないじゃん! 半分くらい減ったんだけど」
「男と女の一口は違うんだぜ」
こういうしょうもない嫌がらせは、まるで小学生だ。子供っぽいところがあって、掴みどころがない。返されたペットボトルの中身は、ほとんど残っていなかった。
130円した私の水が……と落胆している私に追い討ちをかけるように、吉田は口を開く。
「間接キスだな」
「は……あぁ……」
悪戯をした子供のように私の顔色を伺う吉田に、どういう反応をすればいいのか、わからなかった。間接キスて、中学生かよ!
こんなことで照れるような羞恥心は、もうとっくに捨て去っている。叫ぶ代わりに、沈みそうなため息が口から漏れ出た。
吉田が飲んだペットボトルを私が使ったならともかく、自分が飲んだペットボトルに口をつけられても、ふーん、というしかない。人間、極限状態になれば回し飲みなんて普通にやれるものだし、思春期の男子のように、こんなことでからかってくるのは、少し、いや、恥ずかしくないのだろうか。
「きっしょ……」
そもそも、反応を楽しんでいるこいつになんらかのリアクションを返すこと自体がシャクではあるが、無視したらしたで余計に面倒なちょっかいをかけてくるので、正直な感想を伝えることにした。
女子高生に気持ち悪いと言われたのにもかかわらず、向こうは機嫌よくニコニコと笑っている。それがまた、異常さに拍車をかけているのだ。
「俺、気持ち悪い……?」
「マジでそういうとこ……」
言動が厄介なくせに、顔は綺麗なのだ。握り締めていた拳にゆっくりと手を被せて、私を覆うように、じわじわと体が接近してくる。ちょうど顔が、吉田の胸の正面にあって、少し息を吸い込むだけで、スパイスのような甘い匂いで鼻が痺れそうになる。目が合わない分、いつもより気恥ずかしさも薄れるが、表情が伺えないので、余計に緊張して体が強張った。
私の固まった手をゆっくりと解して、血に汚れた掌に、手品みたいにお札が現れた。夢見心地のまま、それを柔く握り締めた。吉田はゆっくりと顔を私の耳に寄せた。息遣いがわかって、呼吸のたびに、生暖かい息が吐き出されているのがわかった。彼もまた、生き物なんだ、とそういう当たり前のことを考える。
「これ、俺の言うこと聞けたら二倍にしてもいいけど」
私の手を覆い隠すように、吉田の硬い手が触れる。母親が子供の手を握るような、優しい手つきだった。
いうことを聞けば、二倍。
ふわふわとした思考と、彼の熱に当てられて、私はあっさりとうなずいてしまったのだった。