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お金ないよ
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吉田とかいう男は、何をしているのか全くわからない、いわば謎の人だった。
あの飄々とした態度と、夜の空みたいな黒い瞳が余計にそんな雰囲気を掻き立てる。だから、なんとなく苦手だった。っていうか、今もそう。こういう変な人は、デビルハンターに結構多い。
「あ、また会った」
ぐちゃぐちゃになった悪魔の死体を被った私を見て、吉田はそう言った。
うわぁ嫌だな、と思った。呼ばれて、行って、必死で殺した後に吉田の顔を見るのは、私にとってあまり気分がいいものではない。
向こうは白い服に一点の汚れもなく、銭湯にでも行った帰りみたいな、さっぱりとした顔をしていた。
「あっ、こんにちは……」
吉田は、私の全身を、観察するようにじろじろと眺めた。気持ち悪い、虫が這うような視線だった。でも、私も吉田のことを穴が開くくらい見つめてしまっている。どのくらいの収入があるかわからないが、高そうな服を着ていた。対して私は、汚れてもいいスーパーで買った安物のパーカーを着ている。吉田は日本人形みたいな綺麗な顔をしていて、同じ悪魔とやりあったとは思えない、涼しい表情をしていた。
全体的に、見ていて劣等感を煽られる。
おおよそ一年前、まだ新米だった私にデビルハンターとしての手本を見せてくれたのが、吉田だ。それから私もいっぱい殺したし、死にかけたけど、吉田には一生かかっても追いつけないと思う。
吉田は、私の方へとゆっくりと近寄った。悪魔が、私の背後でぐずぐずと崩れていく。私の被った液体が、服に染み付いて、硬くなっていく。
私の、気持ち悪い血で濡れた頭をゆっくりと撫でて、吉田は言った。
「借金のこりいくらだっけ」
「……300万」
素直に答えると、吉田は嬉しそうに笑った。
そうだよ、借金とかそういうのがないと、堅気の人間は悪魔殺しなんてやらないんだよ。
よくわからない変な悪魔と契約して、自分の大事なもの持ってかれて、死ぬかもしれないのに悪魔と戦って、仲介業者に中抜きされて、借金先に金返して、そんなこと、普通の人間だったらしないよ。
「じゃ、まだやめないか」
「そうだけど……」
嫌味の一つでも言いたくなったけれど、動きを封じられたみたいに、口が動かなかった。吉田、なんで私が死にかけたのにそんなに嬉しそうなんだ。吉田、私の体は汚い血肉まみれなのに、どうして触れるんだ。
飼い主に撫でられる犬のような気持ちで、私は目の前の男を見上げた。無駄に私よりデカくて、バカみたいに強い。いつか公安にスカウトされて、民間やめるかも。でも、吉田が公務員ってなんか似合わないよな。
「ナマエ」
急に自分の名前を呼ばれて、どきっとした。さっきまでの胡散臭い口調とは違う、柔らかい声で、吉田は私の名前を呼んだ。
「な、何……」
「ヒロフミ」
「……え?」
もう一度、一音一音区切って、吉田は自分の名前を言った。
子供に文字を教える教師みたいな口調だった。
いや、吉田のしたの名前くらい知ってるんだけど……
目線で訴えかけると、吉田は私の肩をガシッと掴んだ。思わず、ヒッと声がでた。
「ヒロフミ。呼んでみ」
吉田の唇が、開いたり閉じたりして、そこから音が聞こえてくる。赤子に言葉を喋らせる両親みたいだな、と思った。
そういえば、私は吉田のことを下の名前で呼んだことはなかった。そういうくらい親しい仲ではなかったし、なんだか気恥ずかしい。
私の目をじっと覗き込んで、私の返事を待っているようだった。こういう時に、無視してグッとつき返せないから、いつまで経っても私は弱いんだと思う。
「……ヒロフミ」
意を決して、無理やり「ヒロフミ」の4文字を捻り出すと、ドッと肩から力が抜けて、膝から崩れ落ちそうになった。
「可愛い。10万あげる」
吉田は懐から、高そうな革の財布を出して、その少し膨らんだ中から、新札みたいな諭吉を何人か私の手に押しつけた。
「えっ、あっ、えっ」
「これ、ちゃんと隠しとけよ。で、服とか買って俺に見せに来て」
そのまま私の手をつかんで、パーカーのポケットにそれをねじ込むと、吉田はニヤッと笑って、そのままどこかへ消えていった。
後ろ姿を見送った後、狐に化かされたような気持ちで、お札の枚数を数えた。
ちゃんと透かしが入っていたし、とにかく偽物ではないと思う。
「じゅうまん……じゅうまん……ほんものだ……」
血で汚れた新札を握りしめて、私はパトカーのサイレンが聞こえた後も、ぼうっとそこに突っ立っていた。悪魔を殺した報奨金よりも、吉田がくれた10万円の方がズーンと脳味噌に残っていて、その日は奮発して焼肉を食べに行った。普段はスーパーの合挽肉しか食べていないから、嬉しくて泣いた。吉田はこんないいものを毎日食べているのかもしれないと思うと、自分が情けなくなって、また泣いた。
あの飄々とした態度と、夜の空みたいな黒い瞳が余計にそんな雰囲気を掻き立てる。だから、なんとなく苦手だった。っていうか、今もそう。こういう変な人は、デビルハンターに結構多い。
「あ、また会った」
ぐちゃぐちゃになった悪魔の死体を被った私を見て、吉田はそう言った。
うわぁ嫌だな、と思った。呼ばれて、行って、必死で殺した後に吉田の顔を見るのは、私にとってあまり気分がいいものではない。
向こうは白い服に一点の汚れもなく、銭湯にでも行った帰りみたいな、さっぱりとした顔をしていた。
「あっ、こんにちは……」
吉田は、私の全身を、観察するようにじろじろと眺めた。気持ち悪い、虫が這うような視線だった。でも、私も吉田のことを穴が開くくらい見つめてしまっている。どのくらいの収入があるかわからないが、高そうな服を着ていた。対して私は、汚れてもいいスーパーで買った安物のパーカーを着ている。吉田は日本人形みたいな綺麗な顔をしていて、同じ悪魔とやりあったとは思えない、涼しい表情をしていた。
全体的に、見ていて劣等感を煽られる。
おおよそ一年前、まだ新米だった私にデビルハンターとしての手本を見せてくれたのが、吉田だ。それから私もいっぱい殺したし、死にかけたけど、吉田には一生かかっても追いつけないと思う。
吉田は、私の方へとゆっくりと近寄った。悪魔が、私の背後でぐずぐずと崩れていく。私の被った液体が、服に染み付いて、硬くなっていく。
私の、気持ち悪い血で濡れた頭をゆっくりと撫でて、吉田は言った。
「借金のこりいくらだっけ」
「……300万」
素直に答えると、吉田は嬉しそうに笑った。
そうだよ、借金とかそういうのがないと、堅気の人間は悪魔殺しなんてやらないんだよ。
よくわからない変な悪魔と契約して、自分の大事なもの持ってかれて、死ぬかもしれないのに悪魔と戦って、仲介業者に中抜きされて、借金先に金返して、そんなこと、普通の人間だったらしないよ。
「じゃ、まだやめないか」
「そうだけど……」
嫌味の一つでも言いたくなったけれど、動きを封じられたみたいに、口が動かなかった。吉田、なんで私が死にかけたのにそんなに嬉しそうなんだ。吉田、私の体は汚い血肉まみれなのに、どうして触れるんだ。
飼い主に撫でられる犬のような気持ちで、私は目の前の男を見上げた。無駄に私よりデカくて、バカみたいに強い。いつか公安にスカウトされて、民間やめるかも。でも、吉田が公務員ってなんか似合わないよな。
「ナマエ」
急に自分の名前を呼ばれて、どきっとした。さっきまでの胡散臭い口調とは違う、柔らかい声で、吉田は私の名前を呼んだ。
「な、何……」
「ヒロフミ」
「……え?」
もう一度、一音一音区切って、吉田は自分の名前を言った。
子供に文字を教える教師みたいな口調だった。
いや、吉田のしたの名前くらい知ってるんだけど……
目線で訴えかけると、吉田は私の肩をガシッと掴んだ。思わず、ヒッと声がでた。
「ヒロフミ。呼んでみ」
吉田の唇が、開いたり閉じたりして、そこから音が聞こえてくる。赤子に言葉を喋らせる両親みたいだな、と思った。
そういえば、私は吉田のことを下の名前で呼んだことはなかった。そういうくらい親しい仲ではなかったし、なんだか気恥ずかしい。
私の目をじっと覗き込んで、私の返事を待っているようだった。こういう時に、無視してグッとつき返せないから、いつまで経っても私は弱いんだと思う。
「……ヒロフミ」
意を決して、無理やり「ヒロフミ」の4文字を捻り出すと、ドッと肩から力が抜けて、膝から崩れ落ちそうになった。
「可愛い。10万あげる」
吉田は懐から、高そうな革の財布を出して、その少し膨らんだ中から、新札みたいな諭吉を何人か私の手に押しつけた。
「えっ、あっ、えっ」
「これ、ちゃんと隠しとけよ。で、服とか買って俺に見せに来て」
そのまま私の手をつかんで、パーカーのポケットにそれをねじ込むと、吉田はニヤッと笑って、そのままどこかへ消えていった。
後ろ姿を見送った後、狐に化かされたような気持ちで、お札の枚数を数えた。
ちゃんと透かしが入っていたし、とにかく偽物ではないと思う。
「じゅうまん……じゅうまん……ほんものだ……」
血で汚れた新札を握りしめて、私はパトカーのサイレンが聞こえた後も、ぼうっとそこに突っ立っていた。悪魔を殺した報奨金よりも、吉田がくれた10万円の方がズーンと脳味噌に残っていて、その日は奮発して焼肉を食べに行った。普段はスーパーの合挽肉しか食べていないから、嬉しくて泣いた。吉田はこんないいものを毎日食べているのかもしれないと思うと、自分が情けなくなって、また泣いた。
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