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ジェイド、頭をよくしてあげよう
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先輩の家にいけばなんでもあった。アビの受験があるのに遊んでばかりの先輩のことを、わたしは格好いいと思って、近寄ってしまって、気がついたらずっと先輩の家に入り浸っている状況になった。勧められるがままにお酒を飲んで、ふわふわした気分のまま仲間と馬鹿騒ぎするのは楽しかった。大人っぽく見えるよって言われると、そうなのかなって嬉しくなる。先輩の家の高そうなカーペットに全部ゲロった時だって、先輩は何一つとして怒らなかった。「大丈夫?」って言って家まで送ってくれた。それに、お酒だって無理に勧めることはない。ビールなんて親と一緒なら家でも飲むし、不良じゃないよ。みんなといると楽しいから、つるんでるだけ。学校の授業はついて行けるけど退屈で、大学に入っても何をしたいかなんて、てんで見当もつかない。先輩は親と同じ弁護士になるんだって言ってたけど、それもそうしたらいいって言われてるからしてるだけなんですよねって感じだし、面白くはない。ここでは将来の話をするのはつまらないけど、頭のいい人たちとふざけ会っているのは楽しかった。楽しければそれでいいし、わたしだってちゃんと勉強してるし、ちょっとくらいハメを外したっていいでしょ。国語の授業でゲーテだって読んでるんだよ、進学校だから。
頭がフワフワする。何も食べてないのにお酒を飲んだせいで、頭にガンガン響いてくる感じがする。別に好きじゃないのに飲んじゃうの、辞めたい。本当に。店で飲んでその後みんなの後を追って外に出ると、冷たい夜の風が吹いて熱い頬を掠めた。
「ナマエ、顔真っ赤すぎ!」
「そ、そう……かも」
「呂律回ってないし。ウケる。飲み過ぎたんじゃない?」
あー、ほんとに駄目。やいのやいのやかましい音とか全部、遠くに聞こえてくる。目の前もよく見えないし、胃の奥がムカムカしてきた。
「ナマエはまだガキだからな~」
吐きそうな感じはないけれど、今すぐ地面に座り込んで休憩したい。……家に置いてきた課題、今日中にやれるかな。最近こうやって遊んでばかりでみんなは要領がいいけどわたしはとことん人並みだから、もっと勉強しないといい大学に行けないのに……。酔ってぐるぐる回る頭で、ネガティブなことばかり思い浮かぶ。
「そういえばさ、この前の男? あいつ知り合いだったっけ?」
「またその話ですか……。ジェイドは……、あ、あいつ、ジェイドっていうんですけど、ここの来る前の家で近所に住んでて、それで……ほんとうにただの知り合いですよ」
「あんな有名人と知り合いなんて、すげえよ」
「そう、ですかね……」
「オレさぁ、結構好きなんだよ。超人レスリング。迫力があってさぁ」
「あー、そうなんですね……」
みんな酔っているせいで中身のない話ばっかりだけど、今のわたしはそれにまともな返事をすることも難しかった。
「あの、ほんとに……ごめん。マジでしんどいから、ちょっとベンチに」
「え、マジのやつ?」
「う、うん……」
あ、本当に、無理。
限界まではち切れそうだった袋に針が刺さったみたいに、わたしはその場に倒れ込んだ。
「――ぶ? 大丈夫?」
「ん………………」
目を開けると、普通に、家の天井だった。
声がする。
男の人の声。
「……ふっ、不審者っ」
「違うよ」
「うわっ! 出っ!」
「失礼な言い方だな」
オレがちゃんと介抱してあげてるのに。ブツブツと言いながらジェイドはなぜかわたしの家にいた。わたしの部屋に、お母さんみたいな感じで、わたしのベッドの真横につけている。
「………………」
「飲み過ぎだよ、ナマエ」
「……はい」
「酒なんて百害あって一利なしだってことはわかってるだろ? 何で賢いのに無駄なことをするのかな。理解に苦しむよ」
起きようとしたわたしの身体を支えながら偉そうに説教まで始めたジェイドを見て、混乱と羞恥の感情に襲われる。
「あの場所にいたってこと? ベルリンに戻ったって思ってたけど」
「ああ、しばらくここで興業で。たまたま通っただけだったけど。……え、知らない?」
「うん……」
「……まあ、知らないなら仕方ないか」
「じゃあもう、すっかりプロなんだね」
「それだけじゃない。ドイツはオレが守ってる」
「ふ~ん……」
随分とスケールの大きな話だ。ペットボトルの水を差し出されて、ぐいぐいと飲むわたしをジェイドはハムスターを見守る人間みたいにじっと見つめている。
「ていうか家、どうやって入ったの……。そもそも、なんで知ってるの」
学校の友達すら知らないはずなんだけど。お母さんとわたしと二人暮らしだから広くないし、人なんて呼んだことない。
「そんなことどうだっていいだろ。なんで友達の家を知ってて不思議だなんて思うんだ?」
「はぁ……?」
何……? この人、なんで急に怒ってるの?
目が覚めて段々と冷静になってきた頭で、なぜか急にキレだしたジェイドを睨みつける。
「こんなこと……、ナマエがっ、酔っ払って倒れなきゃオレだってこんなことしなかった! もう会いたくないって言われて、オレ、本当に傷ついて……っ! 練習だって身に入らなくなったのに……! ずっと頑張ってきた理由をオレから取り上げて、自分は平日から酔っ払ってるのかよ! アレだけ人には勉強しろって言っておいて……、矛盾してるだろ!」
あーなんだか、マジでイライラしてきた。ジェイドは訳わかんない理由でキレてくるし、昔のことを持ち出してきて一々ウザいし。昔の友達っていうか、こんななら本当に元彼みたい。図体だけデカくてめんどくさい女みたい!
――こいつ人様の家にズケズケと上がり込んで、あげくの果てにはわたしの部屋まで勝手に入ってきて、頼んでもないのにこんなことをして、マジで……。
「ストーカーじゃん!」
「違う!」
「ああ、読めた。どうせ大方わたしの友達に喧嘩売って、無理矢理担いで来たんでしょ? 別にジェイドがしなくってもみんなが助けてくれたと思うんだけど。いらないし。っていうか、もう関わりたくないって言ったのに、なんでわたしに絡んでくるワケ? 意味わかんない! 大人が一緒なんだからわたしがお酒飲んでも全然合法だし……っ! わたしのことなんだと思ってるの⁉ 帰ってよ! もう!」
「せっかく助けてやったのに!」
「正義超人なら、市民に見返りを求めて奉仕するなーッッッ!」
こいつこいつこいつ本当に、本当に、ムカつく!
ジェイドだってわざわざ地球の外にでて留学してたくせに、いつまでたっても昔のことばかり。アップデートしろっ!
わたしなんてドイツから一歩も出てないのに、すごく変わっちゃった。昔のまんまのわたしなんていないのに、ジェイドは大きくなっても情緒がガキの時のまんまだ。
わたしが授業で聞いた超人の……なんだっけ。概念? スタイル? マニフェスト? を持ちだして批判したら、ジェイドはカッと目を見開いて、わなわなと震えだした。え、効いてる?
「下心ありきに決まってるだろ!」
「え」
「わざわざ――好きって言ったのに、なんで分かってないんだ! おかしいのはそっちだ……。オレ、こんなにナマエが好きなのに。……ファクトリーで、いつも辛くなったら地球の方を見て、ナマエがいるところを見て頑張ってた。――勿論、ナマエのためだけにやってたわけじゃない……ちゃんと自分が、やりたいからやってたことだけど、それでも、好きな子を守ることをモチベーションにして、何が悪いんだよっ! 本当にナマエは酷い人だ……オレのこと、オレはっ、強くなるためにいらない物は全部切り捨てたつもりだったのに……っ! 他の先輩みたいにファンの女にうつつを抜かさないでちゃんと、ずっと一途だったのに……っ! あの男、何なんだ? いくら同じ学校の生徒だからって、十四歳に手を出す大人の男がまともなワケないだろ! 犯罪者じゃないか! お、オレだったらナマエに酒なんて飲ませないし……、体調が悪くなったらすぐに気がつくよ。あんな風に滅茶苦茶に悪酔いさせて……往来で騒ぐようなやつ! あんなやつが大学に? なんの為にもならない! ナマエのためにも……あいつと遊んでるから成績だって下がって、貴重な時間を無駄にしてるんじゃないか。いらないだろ、あんな間抜け面のやつの、一体どこが好きなんだよ⁉ あんな碌でなし、いない方がいいんだ……。オレはそう思うよ。ああ、人間誰だって間違うから、オレもそうだから、オレがいたのに他の男と付き合ってたのは、別に、全然、許せるよ。怒ってるけど、しょうがないな。だって、間違いを乗り越えて大人になるんだろ? オレと一緒ならまだやり直せるよ。ナマエはほら……、獣医になりたかったんだろ? ドイツで……いや、ヨーロッパで一番頭のいい大学にだってナマエなら行けるよ。オレはあんまりそういうのは詳しくないけど、有名な――なんだっけ、校舎が凄い学校があるだろ? そういう立派なところに行って、夢を叶えるんだ! オレもナマエに恥ずかしくないように頑張る。金なら問題ないよ。ナマエはずっと母子家庭で……こんなレーニンの時代からあるような団地じゃなくてもっと……、そうだ! オレのファイトマネーならナマエをもっといい家に住まわせてあげられるよ! あんまり言っちゃ駄目かもしれないけど、オレ、そこらの大人より稼いでるから! お母さんもそこに住めばいいよ。犬だって猫だっていくらでも飼えるような広い家、庭付きの家……オレがナマエのやりたいこと、全部やらせてあげられるんだ。子供の時、ずっと応援してくれたのに感謝してる。ずっとずっと、好きだった。今もずっと好きなんだ……。ううっ……! なぁ、なんでオレがいたのに他のやつと付き合ってるんだ? 世界で一番ナマエを愛してるのはオレなのに……、なんで……、なんでわかってくれないんだ! オレのこと好きって言って欲しいんだ……。お願いだから、そうしたら、全部叶えてあげられる……! 他の誰よりもナマエのことが好きで、ちゃんと愛してあげられて、幸せにできるのはオレなんだ……。なんでもしてあげるのに……っ! 今すぐ例のセンパイとかいうやつと別れろ! ――あ、ごめん……。声、大きかったよな。……わ、別れて欲しいんだ……。頼むよ、ずっとナマエだけ見てたのに……不公平だろ。酷い話だな。オレ……、オレはずっと一途だったのに……っ!」
ジェイドがこんなに饒舌に喋っているところをわたしは見たことがなかった。途中からびーびー子供の頃にも見たことがないような勢いで泣き出して、今度こそわたしは本当にどうしたらいいのかわからなくなった。ジェイドってわたしのこと、ちゃんと好きだったんだなぁ。
――付き合うって言葉の意味も知らなかったジェイドが、とうとうわたしを好きになったのか……。感慨深いというか、なんだか子供の成長を見る親みたいな気持ちすらも抱いてしまう。
口に出して全部言い切っちゃったか。行くところまで行ったなぁ……。とんでもない状況のはずなのに若干冷静に見ている自分がいた。
どこまで調べているのか、わたしの個人情報をかなり網羅してるのが怖いんだけど。
肩をふるわせて泣いているジェイドを見ていると、なんだかこっちが悪いような気がしてくる。美人で泣いてるところも絵になるから、ちょっと同情してしまう。
「ジェイド、大丈夫?」
「お、オレ……泣くつもりとか……なかったのに……っ! オレ、試合で痛くても、どれだけ滅茶苦茶にされても絶対泣かないんだ……。っ、ナマエのせいで……オレ、おかしくなって……」
「あー、うん。そうなんだ……。試合の時って特訓の時よりもめちゃくちゃになりそうだもんねぇ」
わたしは見たことないよってまた言ったらまたすごい剣幕で怒りそうだから、わたしはジェイドの言葉に同調してよしよししてあげる。なんだかめんどくさいなぁ。早く帰ってほしいなぁ。とかなんとか思いながら、これってメンヘラの女の子の相手してる彼氏みたいだなーって。
普段ストレスばっかり溜まってるんだろうな、かいわそうに。
「い……、いつになったら先輩と別れてくれる?」
「えーっ。そんなこと言われても……」
「オレの方が絶対ナマエのこと、大事にするよ……。あんな男より、オレの方が……」
「う、うーん」
「今決めて。……決めろよ。……そうだ、携帯にあいつの番号入ってたよな?」
「あ、え……?」
「断言しないってことはその程度の奴なんだろ。あ、繋がった」
いつの間にかわたしの携帯を強奪していたジェイドは、流れるように電話帳から先輩の番号に電話をかけていた。リュックに入れっぱなしにしていたから、中身を漁って勝手に取られたんだと思う。
わたしの抵抗もむなしく、奪い取ろうとした手は空を切った。
「もしもしー? ナマエ、さっきは大丈夫だったの――」
「先輩、ナマエから話があるそうですよ」
「え、お前誰だよ。ナマエ、そこにいるのか⁉」
「ジェイドっ! ちょっと、先輩! こいつ、なんか勝手にケータイ取ってきて!」
「あなたが一回も入ったことのないナマエの家にいるんですよ、オレ」「う、あああああああ! 何やってんの! 切って切って切って!」「あーあ、彼氏よりも先に入っちゃった。でも当然ですよね。ナマエってあなたのことそんなに好きじゃないんですよ」「ああああああ! 切れ切れきれきれきれきれ馬鹿! ジェイド!」「オレが先輩よりもいい彼氏になるし、あんなチャラチャラした馬鹿どもの集まりになんて金輪際関わらせないようにします」「先輩こいつ頭おかしいんで言うこと聞かないでくださいっ! ぜんぶ嘘なんです……っ!」「……ナマエはシャイだし優しい人だから、自分からは本当のことは言えないんです。だから、オレが代わりに教えてあげます。さようなら、先輩!」
「あ、あぁ……………………。う、嘘ぉ……」
ピッ。
「っ、な、なんてことを………………」
横でギャアギャア叫んでいたので先輩にちゃんと言葉が伝わってしまったのか分からないけれど、脱力して口を開けっぱなしになっているわたしとは逆に、ジェイドは満足したように爽やかな笑みを浮かべていた。さっきまでグスグス泣いていた人と同じ人間だとは、思えなかった。
「なにって、代わりに言ってあげたんだろ。言いにくいだろうから」
「わたし、は、なにも、言ってない!」
早くかけ直さなきゃ。
ジェイドの手に握られた携帯に手を伸ばそうとすると、彼は一回画面を開いて、逆方向にへし折った。逆パカだ。……女の子の力でもできてしまうから、超人の男の手にかかれば赤子の腕をひねるよりも簡単なことなんだろう。携帯だったものの残骸が、わたしの部屋の地面に無残に転がった。
「え、あ、嘘。な、なんで……」
「なんで、って。またあいつから掛かってきたら、邪魔だから」
「だからって壊すとか……あり得ないんだけどっ」
「オレが最新の機種で買い直してあげるから、大丈夫」
「大丈夫なわけないよ……。何しちゃってくれてんの……。も……、もう本当に、嫌い。駄目でしょ犯罪じゃん。もう出て行ってよ、早く、じゃないと警察呼ぶっ!」
わたしがそう言った瞬間、壁からドン、という音がした。隣の人が苦情を入れているのだ。派手に騒いだから、ここの家の薄い壁だと隣に聞こえてしまったのだろう。
「う、もう、ジェイドのせいで最悪……。もう帰ってよ、もうあなたとは二度と関わりたくない」
「嫌だ。なんで」
いよいよ話が通じなくなってきた。完全に思い込みで行動していて、わたしの意見なんて聞いていない。こいつ本当におかしい。こんなのジェイドじゃない。わたしの知ってるジェイドはもっと……ふつうだった。これは、わたしが見てる悪夢だ。
「すき、好きなんだ。ナマエもオレのこと好き、だから、大丈夫だよ」
「…………っ」
じっと近寄ってきたジェイドが、わたしの手をぎゅっと握った。その力だけが昔のそれと全く変わっていなくて、流れるように繋がれてしまったことに、あんまり驚いていない自分がいた。先輩と手を繋いだ時は、あれだけ緊張したのに。ジェイドだと、まるで当たり前のことのように受け入れてしまっている。
わたしジェイドのことを、なんだと思ってるんだろ。好きってどういうことだっけ。ドキドキするのが恋愛?
こうやってジェイドの顔を見てると昔の面影はあったけれど、なんだか知らない男の人みたいに変わってしまっているのに、気づいた。声も低くなってるし、どこまで行きつけばジェイドは完成するんだろう。未完成の絵に線を加えたら、無意味な汚れになるかもしれないのに、ジェイドはどこまでも調和が取れた顔立ちをしていた。端正だと形容してもいい。
なるほど、人気になるわけだ、とわたしは勝手に納得する。
「昔ナマエがオレのこと、ただの友達だって思ってたの、知ってるよ。でもオレはナマエのことが好きなんだ。だから、お願い。オレを受け入れて、オレのことをナマエの中の、一番にして」
「え、あ……。えっと……わたし、許してないんだけど」
「許す、って、何が?」
「……さっき、めちゃくちゃにしたじゃん。わたし、明日からどうやって学校に行ったらいいかわからないんですけどっ。どーすんのさ! あー、マジで……ありえない!」
「ちょっと無理矢理だったっていうのは分かるんだけど、なんでオレが悪いってことになるんだ?」
ナマエの代わりにオレが全部言ってあげたのに。
ジェイドは真顔で言ってのけた。
「…………頭おかしいんじゃないの」
「じゃあ、オレがこんなになったの、ナマエが、オレに教え込んだせいだろ。オレは別に……おかしくなんてないと思うけど、オレの『先生』が言うなら、そうかもな」
ジェイドはわたしの身体をそのままベッドに押し倒した。元々布団を掛けられて、上半身だけ起こしていた姿勢だったから、ほんとうにあっけなくわたしは再び天井を見上げる形になった。
「え」
「その、すごく大事なことなんだけど……。ナマエ、先輩とセックスしたことある?」
き、きっしょー! キモキモキモ! ジェイドはありえないくらい真剣な表情でとんでもないことを聞いてきた。
「あ、ありえないっ……! 何言ってんのもうっ、キモいんだけど!」
「……その感じだと、ないよな? ないだろ? ……ああ、安心した。こればっかりはちょっと……、本気で許せなくなるから」
どういう解答をしたって、ああ、面倒くさいことには変わりないんでしょ……こいつ。押し倒された時点で嫌な予感はしてたけど、まさかきっしょい質問をしてくるとは思ってなかったから、本気でドン引きしている。
「き、キスはした……?」
セックスははっきり言ったくせに、こっちはなぜかモジモジしながら聞いてきた。あーもう、やだ。なんでこんなことに……。
ジェイドは多分……というか絶対童貞だし、こじらせてるし、このまま流れでセックスすることになったら本当に……さいあく、だ。
最悪……だと、思う。
頭の中に先輩の顔が思い浮かんだけど、微妙な気持ちになった。そういうこと、するのはまだ……嫌だ。先輩でも嫌! だったらジェイド相手だともっと嫌なのかと言われると、うん……よくわからない。え、これって絆されてる?
ていうかまだ、そういうことするには早すぎる、し。このままいざヤるぞとなってジェイドが完遂できるのか、セックスを知っていてもわたし相手にちゃんとできるのかは、まあ、定かではない。力では叶わないから、なんとか嫌な気持ちにさせて中断する方向に持って行きたいところだ。できるかな? できるよ……多分、ね。
「さ、さぁ……どうだろうね。あー、ジェイドはしたいんだ、ムッツリだなぁ。昔のかわいかったころに戻して欲しいなぁ」
「昔のままがいい? 今のオレは……うん、嫌だろうけど、慣れて」
「んっ⁉」
文句を言おうとした瞬間、口に生暖かい物が当たった。カサカサだった。しかも、勢いがありすぎて歯がガチンと当たった。痛い! と文句を言うよりも先にジェイドはわたしの服の中に手を入れた。
「ん、ぅ、ぐ……」
ど、どうしよう……。本当にヤバい。これ以上は。
「え、えへ……。オレ、初めてだったから、ごめん。でも、嬉しい……♡」
「わたしは、最悪、なんだけど……。手、キモい……どけて、早く」
「あー、うん」
あ、それはあっさり辞めるんだ。
「ナマエの腹とかさ、触ってると……むらむらする。だって、オレと何もかも違うから……」
「は、はぁ……。そりゃ違うでしょ。わたし別に、鍛えてないし」
「う、うん……。そうだよな。ずっと触りたいけど、我慢する。……イライラして、めちゃくちゃやりそうだから」
「うん、我慢してね。あと、セックスはしないからね」
「えっ……」
「い、嫌に決まってんじゃん⁉ 何言ってんの……もう……」
ジェイドは「あっ」という顔をした後、なにかゴソゴソとズボンをまさぐっていた。取り出されたものをみて、わたしは叫びそうになったけど、「げ」と口から漏らすだけで我慢した。本当に、本当に無理。
ジェイドの目がネオンサインみたいにギラギラしていて、その反射でわたしは潰れてしまいそうだった。あの頃のかわいかった時に戻してほしい。こんなジェイドわたしは知らないし、知りたくもなかった。
「避妊具ならちゃんと買ってきたから。大丈夫だよ。当たり前だよなぁ。こういうところで誠意を見せないと、彼氏……として、普通の男として、当然じゃないか」
「な、なに言ってんの……本気で……」
黒いパッケージに包まれたコンドームが、印章を見せつけるようにわたしに突きつけられた。
「オレが本気以外でナマエに迫ると思う?」
頭がフワフワする。何も食べてないのにお酒を飲んだせいで、頭にガンガン響いてくる感じがする。別に好きじゃないのに飲んじゃうの、辞めたい。本当に。店で飲んでその後みんなの後を追って外に出ると、冷たい夜の風が吹いて熱い頬を掠めた。
「ナマエ、顔真っ赤すぎ!」
「そ、そう……かも」
「呂律回ってないし。ウケる。飲み過ぎたんじゃない?」
あー、ほんとに駄目。やいのやいのやかましい音とか全部、遠くに聞こえてくる。目の前もよく見えないし、胃の奥がムカムカしてきた。
「ナマエはまだガキだからな~」
吐きそうな感じはないけれど、今すぐ地面に座り込んで休憩したい。……家に置いてきた課題、今日中にやれるかな。最近こうやって遊んでばかりでみんなは要領がいいけどわたしはとことん人並みだから、もっと勉強しないといい大学に行けないのに……。酔ってぐるぐる回る頭で、ネガティブなことばかり思い浮かぶ。
「そういえばさ、この前の男? あいつ知り合いだったっけ?」
「またその話ですか……。ジェイドは……、あ、あいつ、ジェイドっていうんですけど、ここの来る前の家で近所に住んでて、それで……ほんとうにただの知り合いですよ」
「あんな有名人と知り合いなんて、すげえよ」
「そう、ですかね……」
「オレさぁ、結構好きなんだよ。超人レスリング。迫力があってさぁ」
「あー、そうなんですね……」
みんな酔っているせいで中身のない話ばっかりだけど、今のわたしはそれにまともな返事をすることも難しかった。
「あの、ほんとに……ごめん。マジでしんどいから、ちょっとベンチに」
「え、マジのやつ?」
「う、うん……」
あ、本当に、無理。
限界まではち切れそうだった袋に針が刺さったみたいに、わたしはその場に倒れ込んだ。
「――ぶ? 大丈夫?」
「ん………………」
目を開けると、普通に、家の天井だった。
声がする。
男の人の声。
「……ふっ、不審者っ」
「違うよ」
「うわっ! 出っ!」
「失礼な言い方だな」
オレがちゃんと介抱してあげてるのに。ブツブツと言いながらジェイドはなぜかわたしの家にいた。わたしの部屋に、お母さんみたいな感じで、わたしのベッドの真横につけている。
「………………」
「飲み過ぎだよ、ナマエ」
「……はい」
「酒なんて百害あって一利なしだってことはわかってるだろ? 何で賢いのに無駄なことをするのかな。理解に苦しむよ」
起きようとしたわたしの身体を支えながら偉そうに説教まで始めたジェイドを見て、混乱と羞恥の感情に襲われる。
「あの場所にいたってこと? ベルリンに戻ったって思ってたけど」
「ああ、しばらくここで興業で。たまたま通っただけだったけど。……え、知らない?」
「うん……」
「……まあ、知らないなら仕方ないか」
「じゃあもう、すっかりプロなんだね」
「それだけじゃない。ドイツはオレが守ってる」
「ふ~ん……」
随分とスケールの大きな話だ。ペットボトルの水を差し出されて、ぐいぐいと飲むわたしをジェイドはハムスターを見守る人間みたいにじっと見つめている。
「ていうか家、どうやって入ったの……。そもそも、なんで知ってるの」
学校の友達すら知らないはずなんだけど。お母さんとわたしと二人暮らしだから広くないし、人なんて呼んだことない。
「そんなことどうだっていいだろ。なんで友達の家を知ってて不思議だなんて思うんだ?」
「はぁ……?」
何……? この人、なんで急に怒ってるの?
目が覚めて段々と冷静になってきた頭で、なぜか急にキレだしたジェイドを睨みつける。
「こんなこと……、ナマエがっ、酔っ払って倒れなきゃオレだってこんなことしなかった! もう会いたくないって言われて、オレ、本当に傷ついて……っ! 練習だって身に入らなくなったのに……! ずっと頑張ってきた理由をオレから取り上げて、自分は平日から酔っ払ってるのかよ! アレだけ人には勉強しろって言っておいて……、矛盾してるだろ!」
あーなんだか、マジでイライラしてきた。ジェイドは訳わかんない理由でキレてくるし、昔のことを持ち出してきて一々ウザいし。昔の友達っていうか、こんななら本当に元彼みたい。図体だけデカくてめんどくさい女みたい!
――こいつ人様の家にズケズケと上がり込んで、あげくの果てにはわたしの部屋まで勝手に入ってきて、頼んでもないのにこんなことをして、マジで……。
「ストーカーじゃん!」
「違う!」
「ああ、読めた。どうせ大方わたしの友達に喧嘩売って、無理矢理担いで来たんでしょ? 別にジェイドがしなくってもみんなが助けてくれたと思うんだけど。いらないし。っていうか、もう関わりたくないって言ったのに、なんでわたしに絡んでくるワケ? 意味わかんない! 大人が一緒なんだからわたしがお酒飲んでも全然合法だし……っ! わたしのことなんだと思ってるの⁉ 帰ってよ! もう!」
「せっかく助けてやったのに!」
「正義超人なら、市民に見返りを求めて奉仕するなーッッッ!」
こいつこいつこいつ本当に、本当に、ムカつく!
ジェイドだってわざわざ地球の外にでて留学してたくせに、いつまでたっても昔のことばかり。アップデートしろっ!
わたしなんてドイツから一歩も出てないのに、すごく変わっちゃった。昔のまんまのわたしなんていないのに、ジェイドは大きくなっても情緒がガキの時のまんまだ。
わたしが授業で聞いた超人の……なんだっけ。概念? スタイル? マニフェスト? を持ちだして批判したら、ジェイドはカッと目を見開いて、わなわなと震えだした。え、効いてる?
「下心ありきに決まってるだろ!」
「え」
「わざわざ――好きって言ったのに、なんで分かってないんだ! おかしいのはそっちだ……。オレ、こんなにナマエが好きなのに。……ファクトリーで、いつも辛くなったら地球の方を見て、ナマエがいるところを見て頑張ってた。――勿論、ナマエのためだけにやってたわけじゃない……ちゃんと自分が、やりたいからやってたことだけど、それでも、好きな子を守ることをモチベーションにして、何が悪いんだよっ! 本当にナマエは酷い人だ……オレのこと、オレはっ、強くなるためにいらない物は全部切り捨てたつもりだったのに……っ! 他の先輩みたいにファンの女にうつつを抜かさないでちゃんと、ずっと一途だったのに……っ! あの男、何なんだ? いくら同じ学校の生徒だからって、十四歳に手を出す大人の男がまともなワケないだろ! 犯罪者じゃないか! お、オレだったらナマエに酒なんて飲ませないし……、体調が悪くなったらすぐに気がつくよ。あんな風に滅茶苦茶に悪酔いさせて……往来で騒ぐようなやつ! あんなやつが大学に? なんの為にもならない! ナマエのためにも……あいつと遊んでるから成績だって下がって、貴重な時間を無駄にしてるんじゃないか。いらないだろ、あんな間抜け面のやつの、一体どこが好きなんだよ⁉ あんな碌でなし、いない方がいいんだ……。オレはそう思うよ。ああ、人間誰だって間違うから、オレもそうだから、オレがいたのに他の男と付き合ってたのは、別に、全然、許せるよ。怒ってるけど、しょうがないな。だって、間違いを乗り越えて大人になるんだろ? オレと一緒ならまだやり直せるよ。ナマエはほら……、獣医になりたかったんだろ? ドイツで……いや、ヨーロッパで一番頭のいい大学にだってナマエなら行けるよ。オレはあんまりそういうのは詳しくないけど、有名な――なんだっけ、校舎が凄い学校があるだろ? そういう立派なところに行って、夢を叶えるんだ! オレもナマエに恥ずかしくないように頑張る。金なら問題ないよ。ナマエはずっと母子家庭で……こんなレーニンの時代からあるような団地じゃなくてもっと……、そうだ! オレのファイトマネーならナマエをもっといい家に住まわせてあげられるよ! あんまり言っちゃ駄目かもしれないけど、オレ、そこらの大人より稼いでるから! お母さんもそこに住めばいいよ。犬だって猫だっていくらでも飼えるような広い家、庭付きの家……オレがナマエのやりたいこと、全部やらせてあげられるんだ。子供の時、ずっと応援してくれたのに感謝してる。ずっとずっと、好きだった。今もずっと好きなんだ……。ううっ……! なぁ、なんでオレがいたのに他のやつと付き合ってるんだ? 世界で一番ナマエを愛してるのはオレなのに……、なんで……、なんでわかってくれないんだ! オレのこと好きって言って欲しいんだ……。お願いだから、そうしたら、全部叶えてあげられる……! 他の誰よりもナマエのことが好きで、ちゃんと愛してあげられて、幸せにできるのはオレなんだ……。なんでもしてあげるのに……っ! 今すぐ例のセンパイとかいうやつと別れろ! ――あ、ごめん……。声、大きかったよな。……わ、別れて欲しいんだ……。頼むよ、ずっとナマエだけ見てたのに……不公平だろ。酷い話だな。オレ……、オレはずっと一途だったのに……っ!」
ジェイドがこんなに饒舌に喋っているところをわたしは見たことがなかった。途中からびーびー子供の頃にも見たことがないような勢いで泣き出して、今度こそわたしは本当にどうしたらいいのかわからなくなった。ジェイドってわたしのこと、ちゃんと好きだったんだなぁ。
――付き合うって言葉の意味も知らなかったジェイドが、とうとうわたしを好きになったのか……。感慨深いというか、なんだか子供の成長を見る親みたいな気持ちすらも抱いてしまう。
口に出して全部言い切っちゃったか。行くところまで行ったなぁ……。とんでもない状況のはずなのに若干冷静に見ている自分がいた。
どこまで調べているのか、わたしの個人情報をかなり網羅してるのが怖いんだけど。
肩をふるわせて泣いているジェイドを見ていると、なんだかこっちが悪いような気がしてくる。美人で泣いてるところも絵になるから、ちょっと同情してしまう。
「ジェイド、大丈夫?」
「お、オレ……泣くつもりとか……なかったのに……っ! オレ、試合で痛くても、どれだけ滅茶苦茶にされても絶対泣かないんだ……。っ、ナマエのせいで……オレ、おかしくなって……」
「あー、うん。そうなんだ……。試合の時って特訓の時よりもめちゃくちゃになりそうだもんねぇ」
わたしは見たことないよってまた言ったらまたすごい剣幕で怒りそうだから、わたしはジェイドの言葉に同調してよしよししてあげる。なんだかめんどくさいなぁ。早く帰ってほしいなぁ。とかなんとか思いながら、これってメンヘラの女の子の相手してる彼氏みたいだなーって。
普段ストレスばっかり溜まってるんだろうな、かいわそうに。
「い……、いつになったら先輩と別れてくれる?」
「えーっ。そんなこと言われても……」
「オレの方が絶対ナマエのこと、大事にするよ……。あんな男より、オレの方が……」
「う、うーん」
「今決めて。……決めろよ。……そうだ、携帯にあいつの番号入ってたよな?」
「あ、え……?」
「断言しないってことはその程度の奴なんだろ。あ、繋がった」
いつの間にかわたしの携帯を強奪していたジェイドは、流れるように電話帳から先輩の番号に電話をかけていた。リュックに入れっぱなしにしていたから、中身を漁って勝手に取られたんだと思う。
わたしの抵抗もむなしく、奪い取ろうとした手は空を切った。
「もしもしー? ナマエ、さっきは大丈夫だったの――」
「先輩、ナマエから話があるそうですよ」
「え、お前誰だよ。ナマエ、そこにいるのか⁉」
「ジェイドっ! ちょっと、先輩! こいつ、なんか勝手にケータイ取ってきて!」
「あなたが一回も入ったことのないナマエの家にいるんですよ、オレ」「う、あああああああ! 何やってんの! 切って切って切って!」「あーあ、彼氏よりも先に入っちゃった。でも当然ですよね。ナマエってあなたのことそんなに好きじゃないんですよ」「ああああああ! 切れ切れきれきれきれきれ馬鹿! ジェイド!」「オレが先輩よりもいい彼氏になるし、あんなチャラチャラした馬鹿どもの集まりになんて金輪際関わらせないようにします」「先輩こいつ頭おかしいんで言うこと聞かないでくださいっ! ぜんぶ嘘なんです……っ!」「……ナマエはシャイだし優しい人だから、自分からは本当のことは言えないんです。だから、オレが代わりに教えてあげます。さようなら、先輩!」
「あ、あぁ……………………。う、嘘ぉ……」
ピッ。
「っ、な、なんてことを………………」
横でギャアギャア叫んでいたので先輩にちゃんと言葉が伝わってしまったのか分からないけれど、脱力して口を開けっぱなしになっているわたしとは逆に、ジェイドは満足したように爽やかな笑みを浮かべていた。さっきまでグスグス泣いていた人と同じ人間だとは、思えなかった。
「なにって、代わりに言ってあげたんだろ。言いにくいだろうから」
「わたし、は、なにも、言ってない!」
早くかけ直さなきゃ。
ジェイドの手に握られた携帯に手を伸ばそうとすると、彼は一回画面を開いて、逆方向にへし折った。逆パカだ。……女の子の力でもできてしまうから、超人の男の手にかかれば赤子の腕をひねるよりも簡単なことなんだろう。携帯だったものの残骸が、わたしの部屋の地面に無残に転がった。
「え、あ、嘘。な、なんで……」
「なんで、って。またあいつから掛かってきたら、邪魔だから」
「だからって壊すとか……あり得ないんだけどっ」
「オレが最新の機種で買い直してあげるから、大丈夫」
「大丈夫なわけないよ……。何しちゃってくれてんの……。も……、もう本当に、嫌い。駄目でしょ犯罪じゃん。もう出て行ってよ、早く、じゃないと警察呼ぶっ!」
わたしがそう言った瞬間、壁からドン、という音がした。隣の人が苦情を入れているのだ。派手に騒いだから、ここの家の薄い壁だと隣に聞こえてしまったのだろう。
「う、もう、ジェイドのせいで最悪……。もう帰ってよ、もうあなたとは二度と関わりたくない」
「嫌だ。なんで」
いよいよ話が通じなくなってきた。完全に思い込みで行動していて、わたしの意見なんて聞いていない。こいつ本当におかしい。こんなのジェイドじゃない。わたしの知ってるジェイドはもっと……ふつうだった。これは、わたしが見てる悪夢だ。
「すき、好きなんだ。ナマエもオレのこと好き、だから、大丈夫だよ」
「…………っ」
じっと近寄ってきたジェイドが、わたしの手をぎゅっと握った。その力だけが昔のそれと全く変わっていなくて、流れるように繋がれてしまったことに、あんまり驚いていない自分がいた。先輩と手を繋いだ時は、あれだけ緊張したのに。ジェイドだと、まるで当たり前のことのように受け入れてしまっている。
わたしジェイドのことを、なんだと思ってるんだろ。好きってどういうことだっけ。ドキドキするのが恋愛?
こうやってジェイドの顔を見てると昔の面影はあったけれど、なんだか知らない男の人みたいに変わってしまっているのに、気づいた。声も低くなってるし、どこまで行きつけばジェイドは完成するんだろう。未完成の絵に線を加えたら、無意味な汚れになるかもしれないのに、ジェイドはどこまでも調和が取れた顔立ちをしていた。端正だと形容してもいい。
なるほど、人気になるわけだ、とわたしは勝手に納得する。
「昔ナマエがオレのこと、ただの友達だって思ってたの、知ってるよ。でもオレはナマエのことが好きなんだ。だから、お願い。オレを受け入れて、オレのことをナマエの中の、一番にして」
「え、あ……。えっと……わたし、許してないんだけど」
「許す、って、何が?」
「……さっき、めちゃくちゃにしたじゃん。わたし、明日からどうやって学校に行ったらいいかわからないんですけどっ。どーすんのさ! あー、マジで……ありえない!」
「ちょっと無理矢理だったっていうのは分かるんだけど、なんでオレが悪いってことになるんだ?」
ナマエの代わりにオレが全部言ってあげたのに。
ジェイドは真顔で言ってのけた。
「…………頭おかしいんじゃないの」
「じゃあ、オレがこんなになったの、ナマエが、オレに教え込んだせいだろ。オレは別に……おかしくなんてないと思うけど、オレの『先生』が言うなら、そうかもな」
ジェイドはわたしの身体をそのままベッドに押し倒した。元々布団を掛けられて、上半身だけ起こしていた姿勢だったから、ほんとうにあっけなくわたしは再び天井を見上げる形になった。
「え」
「その、すごく大事なことなんだけど……。ナマエ、先輩とセックスしたことある?」
き、きっしょー! キモキモキモ! ジェイドはありえないくらい真剣な表情でとんでもないことを聞いてきた。
「あ、ありえないっ……! 何言ってんのもうっ、キモいんだけど!」
「……その感じだと、ないよな? ないだろ? ……ああ、安心した。こればっかりはちょっと……、本気で許せなくなるから」
どういう解答をしたって、ああ、面倒くさいことには変わりないんでしょ……こいつ。押し倒された時点で嫌な予感はしてたけど、まさかきっしょい質問をしてくるとは思ってなかったから、本気でドン引きしている。
「き、キスはした……?」
セックスははっきり言ったくせに、こっちはなぜかモジモジしながら聞いてきた。あーもう、やだ。なんでこんなことに……。
ジェイドは多分……というか絶対童貞だし、こじらせてるし、このまま流れでセックスすることになったら本当に……さいあく、だ。
最悪……だと、思う。
頭の中に先輩の顔が思い浮かんだけど、微妙な気持ちになった。そういうこと、するのはまだ……嫌だ。先輩でも嫌! だったらジェイド相手だともっと嫌なのかと言われると、うん……よくわからない。え、これって絆されてる?
ていうかまだ、そういうことするには早すぎる、し。このままいざヤるぞとなってジェイドが完遂できるのか、セックスを知っていてもわたし相手にちゃんとできるのかは、まあ、定かではない。力では叶わないから、なんとか嫌な気持ちにさせて中断する方向に持って行きたいところだ。できるかな? できるよ……多分、ね。
「さ、さぁ……どうだろうね。あー、ジェイドはしたいんだ、ムッツリだなぁ。昔のかわいかったころに戻して欲しいなぁ」
「昔のままがいい? 今のオレは……うん、嫌だろうけど、慣れて」
「んっ⁉」
文句を言おうとした瞬間、口に生暖かい物が当たった。カサカサだった。しかも、勢いがありすぎて歯がガチンと当たった。痛い! と文句を言うよりも先にジェイドはわたしの服の中に手を入れた。
「ん、ぅ、ぐ……」
ど、どうしよう……。本当にヤバい。これ以上は。
「え、えへ……。オレ、初めてだったから、ごめん。でも、嬉しい……♡」
「わたしは、最悪、なんだけど……。手、キモい……どけて、早く」
「あー、うん」
あ、それはあっさり辞めるんだ。
「ナマエの腹とかさ、触ってると……むらむらする。だって、オレと何もかも違うから……」
「は、はぁ……。そりゃ違うでしょ。わたし別に、鍛えてないし」
「う、うん……。そうだよな。ずっと触りたいけど、我慢する。……イライラして、めちゃくちゃやりそうだから」
「うん、我慢してね。あと、セックスはしないからね」
「えっ……」
「い、嫌に決まってんじゃん⁉ 何言ってんの……もう……」
ジェイドは「あっ」という顔をした後、なにかゴソゴソとズボンをまさぐっていた。取り出されたものをみて、わたしは叫びそうになったけど、「げ」と口から漏らすだけで我慢した。本当に、本当に無理。
ジェイドの目がネオンサインみたいにギラギラしていて、その反射でわたしは潰れてしまいそうだった。あの頃のかわいかった時に戻してほしい。こんなジェイドわたしは知らないし、知りたくもなかった。
「避妊具ならちゃんと買ってきたから。大丈夫だよ。当たり前だよなぁ。こういうところで誠意を見せないと、彼氏……として、普通の男として、当然じゃないか」
「な、なに言ってんの……本気で……」
黒いパッケージに包まれたコンドームが、印章を見せつけるようにわたしに突きつけられた。
「オレが本気以外でナマエに迫ると思う?」