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ジェイド、頭をよくしてあげよう
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「ナマエ!」
その声がした瞬間、わたしの周囲はモーセが割った海のようにさっと人の波が消えた。今は放課後で、わたしは学校帰りで、気が置けない友人たちと一緒になって歩いていた……ところだ。ここは通学路で、周りには商店があって、今日もこれから通りで遊んで帰ろうとしていたところだったのに。
地の果てまで響き渡りそうな大声の主は、ざわめく周囲をものともせずわたしに向かってズカズカと歩いてくる。その姿には、どことなく既視感があった。
「あれって……」
「え?」
隣にいた友人が何か言いかけたけれど、わたしの真ん前にやってきたそいつを見て、口を閉じた。え、不審者? 変な人に絡まれてる?
周囲に向けて助けて欲しいと目線を飛ばすけれど、誰もわたしのことなんて見ていないみたいだった。それどころか、みんなの視線は大柄な体躯の青年に向かって寄せられている。
「オレだよ! ジェイドだよ。……久しぶりだけど、ドイツに戻ってきたんだ。前の家から引っ越したって聞いて、それでずっと探して、やっと会えた!」
「うーん……。うん」
わたしの手を勝手に握って大げさな握手をする彼を見て、ああ、と合点がいった。子供の時近所にいた超人の男の子だった。あまりにも記憶とかけ離れていたから名前を言われるまでわからなかった。
……何年前の話だよ。
向こうは嬉しそうにわたしに向かってくるけど、正直、うーん。別に。目立ってヤバいし。人目について視線が痛いのなんの。
「あー、あのさ。人集まってるから、ちょっと別のとこ行こう」
わたしは皆に「先に行ってていいよ」と言うと、ちょっと握る力が強すぎて痛い彼の手を引いて、超人レスリングのファンたちから逃れようと走った。
「……」
「どこだっていいよ。ナマエが行きたいところなら」
「もうちょっとさぁ、自分の立場を考えた方がいいんじゃないの」
わたしが行ったのは、奥まった場所にある小さな公園だった。バウハウス風の変なベンチには誰も座ろうとしない。居心地が悪いから。
二人してそこに座ると、わたしの口からは大きなため息が出た。
こちらを見つめる目は幼い子供みたいにキラキラとしていて、なんだかこっちが悪い大人みたいに見えてきて仕方がない。
「……すごかったね、さっき」
「あ、ああ。まあ、いつもあんな感じで、結構大変なんだ」
「……わかってるならさぁ。……んん、まあ、いいや」
ジェイドは昔から猪突猛進で、こういうところは頑固で絶対に人の言うことなんて聞かないし、自分がこうだと決めたら空気なんて読まない。……昔からそうだった。面と向かって話していると、色々と思い出してきた。なんでぱっと見で気づかなかったのかも。
「ヘルメット、ないじゃん」
「……ない方がオレだって分からないかなって」
「いや、バレてるし。もっとこう、普通に変装とかしないの? 有名人だけどジェイドって結構普通よりの格好してるし」
「オレがそんな器用なことできるって?」
「……まー、そうだね」
「そんなことよりナマエに、早く会いたかったんだ」
「……」
わたしの周りには、彼ほど綺麗な瞳をした人はいなかった。また胸の奥がチリチリと痛くなる。全身がバラバラに砕かれているような気持ちになる。この感覚は身に覚えがありすぎた。だって、ずっと、昔は感じていた痛みだ。ようやく過ぎ去ったかと思えば、向こうからやってくる。大きくなったジェイドは、わたしの記憶よりも数倍は立派に育った。昔はわたしを見上げていた目線も、わたしがジェイドの長い前髪の隙間から木漏れ日のような瞳を見上げるようになってしまった。
「なんで、今なの」
木枯らしがびゅう、と吹いた。
ジリジリと背負っていたリュックの重さが肩にかかって、自分が小さくなっていくみたいだ。
「頑張ったんだ、オレ。負けちゃったけど……でも、もっと強くなってからなんて言ってたら、いつまで経っても会えない気がしたから」
わたしは最早、彼の目を真っ直ぐ見ることができない。向こうからこちらに向けられる視線が、全部が、わたしを認識してどんな気持ちでいるのか、痛いほどわかってしまう。だって、子供の時の思い出ほど廃れないものはない。たった数年しか離れていない。
「あの時、引っ越して、もう二度と会わないって思った」
「でもオレから迎えにきたよ。色んな人に会って、色々あったけど、やっぱりオレはナマエが一番だ。ナマエがいるから、見てくれてるって思ったから……。どんなに辛くたって頑張った。だからずっとお礼が言いたかったし、ずっと会いたかったんだ」
「…………ジェイドって、わたし以外に友達いないの?」
「そんなことない!」
「わたし、今、忙しいから。……ジェイドの試合も見てない。有名人になって……、女の子のファンも多いんじゃないの。気をつけなよ、今だって誰が見てるかわからないよ。――刺されても、責任取れないよ」
ずっと落ち着かないのは、ジェイドのせいだけじゃない。あの囲まれよう、そして平然としているジェイドを見てわたしは……、怖じ気づいた。
大勢の人の前で神様みたいに輝いて、何事にも動じずに立っているジェイドが怖かった。なんであんなに目立っていても平気なのかわたしにはわからなかった。そもそも、わたしがジェイドの気持ちをわかっていたことなんて一度だってなくて、今だって理解からは最もほど遠い場所にあるけど、向こうはわたしのことを友達だと思って、あろうことか一番だと言ってくる。
「一番っていうのは、一番古いって意味でしょ。上書きされてるんだから、ちゃんと今いる人のことを見てあげればいいじゃん……わたしなんかじゃなくて、もっと、わかるでしょ⁉」
わたしにないものを全部持っているくせに、なんでわたしみたいなつまらない人間に……同情して! ああ、本当に!
――おこがましいことをしている。最初からわたしなんてジェイドに関わらなきゃよかったのに。あの大勢の人の目がわたしに突き刺さった時、みんながなんであの子と? って顔をしていた。本当にそう思う。わたしなんてつまらない、取るに足らない、ジェイドに触っちゃいけなかったんだ。教えてあげるなんてあんなこと、言わなきゃよかった。今すぐ死にたい。普通の場所に戻って、ジェイドは大舞台を真っ直ぐ進めばいい。
「……ジェイドといると、わたしはしんどいんだよ。ずっと、苦しかったんだよ。もうほっといてよ。わたしとは生きてる世界が違うんだよ、ジェイドは……普通じゃないんだから」
「一番なのに、好きになってくれないのか?」
「わたしの一番はもうあなたじゃない」
声が震えている。言っちゃえ、言っちゃえってわたしの中で誰かが囁いている。止めてくれる声もする。うるさい。黙れ。全員静かにしてよ。
「彼氏も、もう、いるし……。家、帰らなきゃ、だし……。練習、しなよ……。わたしに構ってないで。お願いだから」
足がガクガクして、膝が笑っている。ジェイドの顔を見ないようにして、わたしは不退転の決意で立ち上がった。もう二度と、顔も見たくない。見ないようにする。わたしのことが一番だなんて、重いこと言わないでよ。久しぶりに会って開口それとか、わたしには荷が重いよ。
言いたいことは沢山あったけど、喉から全部の水分が奪われたみたいにガラガラになって、何もできなかった。意外にもジェイドはわたしのあとをつけてくることはなかった。
風が冷たいと思うくらいに走った。足下は不安定で、時々ゴミを踏んづけて、壁に腕が擦って血がシャツに滲んだ。――それからは真っ直ぐ家に戻って、ベッドに入って少し泣いた。横たわって、悲劇ぶって泣いていたら、いつの間にか夜になっていた。
その声がした瞬間、わたしの周囲はモーセが割った海のようにさっと人の波が消えた。今は放課後で、わたしは学校帰りで、気が置けない友人たちと一緒になって歩いていた……ところだ。ここは通学路で、周りには商店があって、今日もこれから通りで遊んで帰ろうとしていたところだったのに。
地の果てまで響き渡りそうな大声の主は、ざわめく周囲をものともせずわたしに向かってズカズカと歩いてくる。その姿には、どことなく既視感があった。
「あれって……」
「え?」
隣にいた友人が何か言いかけたけれど、わたしの真ん前にやってきたそいつを見て、口を閉じた。え、不審者? 変な人に絡まれてる?
周囲に向けて助けて欲しいと目線を飛ばすけれど、誰もわたしのことなんて見ていないみたいだった。それどころか、みんなの視線は大柄な体躯の青年に向かって寄せられている。
「オレだよ! ジェイドだよ。……久しぶりだけど、ドイツに戻ってきたんだ。前の家から引っ越したって聞いて、それでずっと探して、やっと会えた!」
「うーん……。うん」
わたしの手を勝手に握って大げさな握手をする彼を見て、ああ、と合点がいった。子供の時近所にいた超人の男の子だった。あまりにも記憶とかけ離れていたから名前を言われるまでわからなかった。
……何年前の話だよ。
向こうは嬉しそうにわたしに向かってくるけど、正直、うーん。別に。目立ってヤバいし。人目について視線が痛いのなんの。
「あー、あのさ。人集まってるから、ちょっと別のとこ行こう」
わたしは皆に「先に行ってていいよ」と言うと、ちょっと握る力が強すぎて痛い彼の手を引いて、超人レスリングのファンたちから逃れようと走った。
「……」
「どこだっていいよ。ナマエが行きたいところなら」
「もうちょっとさぁ、自分の立場を考えた方がいいんじゃないの」
わたしが行ったのは、奥まった場所にある小さな公園だった。バウハウス風の変なベンチには誰も座ろうとしない。居心地が悪いから。
二人してそこに座ると、わたしの口からは大きなため息が出た。
こちらを見つめる目は幼い子供みたいにキラキラとしていて、なんだかこっちが悪い大人みたいに見えてきて仕方がない。
「……すごかったね、さっき」
「あ、ああ。まあ、いつもあんな感じで、結構大変なんだ」
「……わかってるならさぁ。……んん、まあ、いいや」
ジェイドは昔から猪突猛進で、こういうところは頑固で絶対に人の言うことなんて聞かないし、自分がこうだと決めたら空気なんて読まない。……昔からそうだった。面と向かって話していると、色々と思い出してきた。なんでぱっと見で気づかなかったのかも。
「ヘルメット、ないじゃん」
「……ない方がオレだって分からないかなって」
「いや、バレてるし。もっとこう、普通に変装とかしないの? 有名人だけどジェイドって結構普通よりの格好してるし」
「オレがそんな器用なことできるって?」
「……まー、そうだね」
「そんなことよりナマエに、早く会いたかったんだ」
「……」
わたしの周りには、彼ほど綺麗な瞳をした人はいなかった。また胸の奥がチリチリと痛くなる。全身がバラバラに砕かれているような気持ちになる。この感覚は身に覚えがありすぎた。だって、ずっと、昔は感じていた痛みだ。ようやく過ぎ去ったかと思えば、向こうからやってくる。大きくなったジェイドは、わたしの記憶よりも数倍は立派に育った。昔はわたしを見上げていた目線も、わたしがジェイドの長い前髪の隙間から木漏れ日のような瞳を見上げるようになってしまった。
「なんで、今なの」
木枯らしがびゅう、と吹いた。
ジリジリと背負っていたリュックの重さが肩にかかって、自分が小さくなっていくみたいだ。
「頑張ったんだ、オレ。負けちゃったけど……でも、もっと強くなってからなんて言ってたら、いつまで経っても会えない気がしたから」
わたしは最早、彼の目を真っ直ぐ見ることができない。向こうからこちらに向けられる視線が、全部が、わたしを認識してどんな気持ちでいるのか、痛いほどわかってしまう。だって、子供の時の思い出ほど廃れないものはない。たった数年しか離れていない。
「あの時、引っ越して、もう二度と会わないって思った」
「でもオレから迎えにきたよ。色んな人に会って、色々あったけど、やっぱりオレはナマエが一番だ。ナマエがいるから、見てくれてるって思ったから……。どんなに辛くたって頑張った。だからずっとお礼が言いたかったし、ずっと会いたかったんだ」
「…………ジェイドって、わたし以外に友達いないの?」
「そんなことない!」
「わたし、今、忙しいから。……ジェイドの試合も見てない。有名人になって……、女の子のファンも多いんじゃないの。気をつけなよ、今だって誰が見てるかわからないよ。――刺されても、責任取れないよ」
ずっと落ち着かないのは、ジェイドのせいだけじゃない。あの囲まれよう、そして平然としているジェイドを見てわたしは……、怖じ気づいた。
大勢の人の前で神様みたいに輝いて、何事にも動じずに立っているジェイドが怖かった。なんであんなに目立っていても平気なのかわたしにはわからなかった。そもそも、わたしがジェイドの気持ちをわかっていたことなんて一度だってなくて、今だって理解からは最もほど遠い場所にあるけど、向こうはわたしのことを友達だと思って、あろうことか一番だと言ってくる。
「一番っていうのは、一番古いって意味でしょ。上書きされてるんだから、ちゃんと今いる人のことを見てあげればいいじゃん……わたしなんかじゃなくて、もっと、わかるでしょ⁉」
わたしにないものを全部持っているくせに、なんでわたしみたいなつまらない人間に……同情して! ああ、本当に!
――おこがましいことをしている。最初からわたしなんてジェイドに関わらなきゃよかったのに。あの大勢の人の目がわたしに突き刺さった時、みんながなんであの子と? って顔をしていた。本当にそう思う。わたしなんてつまらない、取るに足らない、ジェイドに触っちゃいけなかったんだ。教えてあげるなんてあんなこと、言わなきゃよかった。今すぐ死にたい。普通の場所に戻って、ジェイドは大舞台を真っ直ぐ進めばいい。
「……ジェイドといると、わたしはしんどいんだよ。ずっと、苦しかったんだよ。もうほっといてよ。わたしとは生きてる世界が違うんだよ、ジェイドは……普通じゃないんだから」
「一番なのに、好きになってくれないのか?」
「わたしの一番はもうあなたじゃない」
声が震えている。言っちゃえ、言っちゃえってわたしの中で誰かが囁いている。止めてくれる声もする。うるさい。黙れ。全員静かにしてよ。
「彼氏も、もう、いるし……。家、帰らなきゃ、だし……。練習、しなよ……。わたしに構ってないで。お願いだから」
足がガクガクして、膝が笑っている。ジェイドの顔を見ないようにして、わたしは不退転の決意で立ち上がった。もう二度と、顔も見たくない。見ないようにする。わたしのことが一番だなんて、重いこと言わないでよ。久しぶりに会って開口それとか、わたしには荷が重いよ。
言いたいことは沢山あったけど、喉から全部の水分が奪われたみたいにガラガラになって、何もできなかった。意外にもジェイドはわたしのあとをつけてくることはなかった。
風が冷たいと思うくらいに走った。足下は不安定で、時々ゴミを踏んづけて、壁に腕が擦って血がシャツに滲んだ。――それからは真っ直ぐ家に戻って、ベッドに入って少し泣いた。横たわって、悲劇ぶって泣いていたら、いつの間にか夜になっていた。