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ヴェスパー部隊の食べログ
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暴力 非合意 銃フェラ 本番なし
椅子に拘束され、四肢の自由を失っている。ハンニバルのレクター博士さながらの女の姿を、スウィンバーンは冷静に見つめていた。
「…………」
監視カメラの映像が映し出されているモニターには、新しい思想犯、あるいは犯罪者、現地のレジスタンスらと一緒にヴェスパーの不良隊員が並んでいる。比較的新しい世代の強化手術を受けたACパイロットは、暴れると押さえつけられなくなるので、特別な拘束具で四肢を縛ってここまで輸送されるのだ。
他の反乱分子たちが立たされている中で、たった一人だけこのような姿で並んでいると非常に異様な光景のように思える。毎度のことながら、どうしても慣れない。
如何にも収容所じみた暗い空気が、モニター越しにも伝わってくる。姿勢を崩したルビコニアンが警棒で叩かれていた。アーキバスの再教育センターは「センター」と冠しているものの、実際はただの捕虜収容所兼刑務所として運用されていた。強制労働と洗脳によるマインドコントロールで思考力を奪い、二度と逆らわないように躾けるのである。
これから受けるであろう仕打ちを想像して表情を硬くする者もいれば、諦めたように俯いている者もいる。そんな中でも一際目を引く女は、何でもないことのように飄々としていた。何なら欠伸をして、つまらなさそうにしている。
「あれが、例の──お偉方の御息女か」
「カメラ寄せましょうか」
「いや……そのままで」
スウィンバーンの手元には、今日付で輸送されてきた囚人たちの資料があった。いくらかスクロールすると、「厳重注意」と書かれたページに辿り着く。管理者権限でロックを解除すると、女の個人情報が書かれたページに辿り着いた。
ざっと資料に目を通すと、「素行不良」でセンター送りになったということがわかった。人手不足のヴェスパー部隊で、たかが素行不良ごときで再教育センターにぶち込まれる例は少ない。具体的な罪状は空欄になっており、何かを隠すような書き方だと感じた。政治的な駆け引きの痕跡が窺える。
それでもセンター送りになるということは、よほど派手にやらかしたに違いない。一級の軍規違反──スパイ行為、あるいは誰かを唆した思想犯か。どちらにしろ厄介な相手であることには変わりない。
「あの隊員、前から結構悪い意味で有名人だったとからしいですね」
「…………はぁ……、これも私の仕事になるのか……?」
「強化してますし、死なない程度だったら痛めつけてもいいんじゃないですか」
「君なぁ……、他人事だと思って」
こんな薄暗い、暴力に塗れた職場にいるにも関わらず軽快にジョークを飛ばす部下はある意味異常なのかもしれない。
そもそも、まともな神経をしていたら、自ら死ぬかもしれないリスクをおかして脳を弄って身体能力を強化する手術などはしないのだろうが。
入所前の「洗礼」を終えた囚人たちが、センターの門を潜る。
「はぁ……。行きたくはないが、行ってくる」
※
椅子に縛り付けられた女と対面した時、恐怖は感じなかった。凶悪な囚人と相対するような気持ちで扉を開けたが、そこにいたのはどこにでもいそうな若者だった。
案外、普通の人だと思った。
革紐のベルトでぐるぐる巻きにされ、ミノムシのようになった女は、何か一言発するごとにクスクスと笑う。その声を聞くたびに、スウィンバーンの脳裏に学生時代の嫌な記憶が蘇ってくる。犯罪者としてここに送られてきた割には落ち着いている。放課後の居残りを命じられた学生と同じような表情で、完全に自分が安全であると知っているようなそぶりだった。
強化ガラスで仕切られた空間で、女の喋る声は存外クリアに聞こえてくる。
「軍規違反とか何とか言いますけど、正社員をこんなところに島流しする必要ないですよねぇ……」
挨拶も早々に現状への不満を述べられる。監視カメラが二人の様子を記録しているし、会話の内容は全て自動的にログを取るようになっている。
「体制への不満を言うと刑期が伸びるぞ」
などと脅してみるが、女は素知らぬ顔で会社への不平不満を垂れ流す。
「あのビデオの出来は最悪でした。誰ですか? あんなフリーソフトで作ったゴミみたいな映画の監督は」
「貴様、ここがどこだかわかっているのか」
「知ってますよ。でもわたしのこと本当に再教育できないから、こんな刑事ドラマみたいなことさせられてるんでしょ。マジで意味ないから早く帰らせてくださいよ」
「それはできない」
「……建前でも、再教育をしたって実績が欲しい訳ですか」
唯一自由に動かすことのできる首周りを捻って、女は自身の顔にかかった髪を振り払った。
「うーん……百万」
「……?」
「クレジットで──」
続けて、口だけを動かして声を出さずに、女は
「賄賂」
と言った。
「なっ……!」
「ね、これで手打ちにしてくださいよ。せめてこのグルグル巻きはやめるとか……、強化ガラスは外す、とか」
魅力的な値段だった。スウィンバーンは、別に清廉潔白な人間ではない。職務に忠実であるのは、単に出世を望んでいるからにすぎない。
百万。
彼は唾を飲んだ。
ぎゃっ、という声が口から漏れそうになる。
今までも、金で面倒ごとを解決してきたし、囚人からの賄賂を黙認してきた。これからは、自分も甘い汁を啜るべきなのでは──? ここなら本社からの監視の目も甘い。出所した後に女さえ黙っていれば、バレないのでは?
都合のいい考えで頭が満たされていく。
──他の看守もやっていることだ。別に自分がやったっって、いいじゃないか。
女は目をぱちくりさせながら、意味ありげにこちらを見つめてくる。
「足りなかったら……、そうですねぇ、上乗せしてもいいですよ」
ここからさらに上乗せしてふんだくるべきか悩み、悩んだがそうはしなかった。
緊張で瞼が痙攣してくる。
それを悟られてはいけない、と思うが我慢できなかった。
「──わかった。ここで苦心することがないよう、便宜を図ろう」
「あぁ、物分かりが良くて助かります。んじゃあ、これ外してくれます?」
記録係の部下を呼びつけ、拘束を解く。
「これ、本当にいいんですか?」
部下は小声で囁いた。
「いいんだ、私がいいと言ったから、やるんだ」
女は上機嫌でニコニコ笑っていた。するするとベルトが外され、血の巡りが悪くならない程度にガチガチに固められていた拘束具が外される。
「どーも」
自由になった女は、魔法のように服の中から小切手を取り出し、またどこに仕込んでいたのかわからないような場所から筆記具を取り出し、スラスラとサインして渡した。
「アナログなんて旧時代的だと思ったけど、ムショでは役に立つんですねぇ」
その姿がやけに様になっていた。今までも、こんな風に金を渡して黙らせてきたのだろうか。これからも、何かやらかしてもこうして誤魔化して握り潰していくのだろうか。
自分も全く同じことをやっているのに、後ろめたさを微塵も感じていないような、息ををするように賄賂を渡している。
こんな小娘がこんな大金を、何とも思わないのか。
企業が力をもつ社会における特権階級の姿は、末恐ろしい。
これが自分が目指した先にあるものなのか、とスウィンバーンは背中に何か亀裂が入ったような気持ちになった。女がそれを見つめている。部下も小慣れた様子で見て見ぬフリをしている。
「他の者にもよく、言い聞かせておくが……ここはあくまで公正施設であり、き、貴様は犯罪者なのだということを忘れないように──」
「…………はぁい」
※
「あの女──、まるで貴族気取りだ。ここをホテルか何かだと思ってますよ」
数時間後、珈琲を片手に部下の愚痴を聞く。シフト上では交代に当たる時間だ。引き継ぎの時間に部下のご意見を拝聴するご機嫌取りの時間でもある。
「やれレモネードはないか? だの、水道の水は軟水じゃないと嫌、だの。ここがどこで自分がどういう立場なのか全く理解してません。あの態度なら、どうせ碌でもないことをやったんでしょうね」
「…………で、その通りにしたのか?」
「……まぁ、できる限りはやりましたよ。お姫様相手に、やってやりました」
きっと現金で懐柔されたのだろう。明後日の方向を向きながら喋っている部下の顔には、恥ずかしげな表情が浮かんでいる。
「本当に、スウィンバーンさんも気をつけてくださいよ。厄介だし、おっかない女でしたから……」
身震いしながらそう言った部下を見て、気持ちはわからないでもないが大袈裟ではないかと思った。だが言葉にしない。
「……彼女がどうしてこんな最前線にいるのか、私には理解しかねる。働かなくても平気なご身分だろうに」
「ですね……。ノブレス・オブリージュってやつですか? 企業は慈善活動じゃないっての……」
サシで話していると、段々と飲み会じみたテンションになってくる。部下のメンタルケアも仕事の一環だと思っているので、頑張って聞き役に徹する。
こういう場合、変にアドバイスをしてはいけなくて、感情労働をした方が結果的に最小限の心労で人の信用が得られることを、よく知っている。
感情を無にして人の話を聞き流すに限るのだ。
スウィンバーンの頭では、ドレスを着て優雅にくつろいでいる女の姿が見えた。彼にはそんな世界を垣間見たことすらない。映像で、過去に生きていた高尚な人間の姿を見たことはある。しかしそれも、物語の上に乗っかっている紛い物だ。
本物の姫とはどんな生き物をしているんだろう。
絵本の中の「おひいさま」に漠然と憧れる女児ではないが、生まれた時から何も苦労せず、何もかも与えられ、天に愛されている、そんな人間がいるのなら、是非話をしてみたい。労働者階級である自分たちとは違っているのだろうから。
※
スウィンバーンは、女の部屋に食事を運んだ。というのは、万が一毒でも入っていたら責任を取るのは彼だからだ。囚人であり、偉い人のご子息でもある。
再教育センターとは名ばかりで、実際はこんなものだ。全く更生も何もない。内心で毒づきながら、スウィンバーンは扉をノックする。私はホテルの客室係なのか?
「どうぞー」
これでは、どちらが囚人かわからない。鍵のついた部屋の中は職員のための寮で、たまたま空き部屋があったからそこに女を「収監」した。
女はベッドの上にくつろぎながら、「最低でもこれだけはやらないといけない義務」から、再教育センターのビデオを見ていた。
そこには、脳科学の権威だとかいう人間が作ったプロパガンダの映像が流れていて、ここで奉仕して勤労に励めばいつかは外に出してやるぞ、といった内容の映像が流れていた。
本当は能力が極めて高い人間以外は、口外できないように実験して殺すか、臓器を掻っ捌かれるかの二択である。殺されなくても、洗脳を施して優秀な兵士として戦場で死ぬしかない。つまりは、どのみちもと居た場所には戻って来れない。
スウィンバーンは再教育センターに配属された時に研修で見せられたビデオを見て、冷戦時代のソビエトで行われていた「シベリア送り」が記述された歴史の教科書の一片を思い出した。
「ライチが食べたい」
テーブルの上に置かれたプレートを見て、女はそう言った。
「ライチ……?」
「はい。こう、皮を剥いて白い実が出てくる時って嬉しいって思いませんか」
「ここにはフルーツは缶詰しかない。種類も、オレンジと桃と、パイナップルだけだ」
──ここを高級ホテルだと思っているのか、このクソガキは⁉︎
……と言いたくなるのをグッと堪えて、スウィンバーンは相手の出方を伺う。
「ふぅん……」
女は、手元のスプーンを弄くり回しながら、興味なさげに呟いた。
こんな辺境の地で、明日食べる物にも苦心するような土地で、新鮮なフルーツや食材がなんでもかんでも好き勝手手に入ると思っているのだとしたら、彼女はとてつもない世間知らずだ。
それとも、できないとわかっていて、わざとわがままを言っているのか──。
どちらにしろ理解し難い人間だ。初対面の他人を、しかも犯罪者を理解しようとするほどお人好しではないが、それでも精神的にどのような構造をしているのかを把握しておくことは、決して悪いアイデアではないと思う。
高級ホテルのルームサービスを口に運ぶように、女は黙々と運ばれてきた夕食を食べた。スウィンバーンは、その様子を「邪な目線」だと思われないように見張っているが、この年頃の女性はかなり繊細だと聞いている。
フォークもナイフもスプーンも、暴動のきっかけにならないように、幼児が使うような丸まった物になっているし、食べ物自体も質素で最低限の栄養しか摂取できないような内容だったが、それでも女が食べていると不思議とそれ自体が様になった。
──このような精神的素養は、どのようにして身につけるのだろう。
一般家庭出身のスウィンバーンには知り得ないことだった。
味気も薄く、大して美味しいとも言えない料理を口に運ぶ様子を見ていると……、不意に腹の虫が騒ぐ音が部屋に響いた。
「…………」
「……お腹、空きました?」
親が子供に言うような口調だった。
女はベッドから降りると、ゆっくりと歩み寄ってくる。片手にフォークを持ち、壁際にスウィンバーンを追い詰めた。
不気味なほどに、ニコニコ笑っている。
「っ……私のことは……、気にせず……っ⁉︎」
──殺されるかもしれない。
本能的に感じたスウィンバーンは、腰に携帯している拳銃に手をかけた。女はそれでも一切臆することなく、人参を突き刺したフォークを利き手に持ち、ジリジリと歩を進める。
「あーん、して」
その言葉には、有無を言わせぬ圧があった。
「お腹すいたんですよね、食べてもいいですよ」
何か言い返したかったが、口を開けば強引に喉奥に突き刺してきそうな雰囲気を漂わせていたため、唇をかたく結んで首を横に振るしかなかった。
女はそれでも諦めることはなかった。
当たり前だが。
わたしの飯が食えないのか、そう言いたげな視線がスウィンバーンを突き刺した。
しばらくこの仕事を続けていて、わかっていることがある。沈黙は一番良い対処法であること。
「何も、これで眼球抉ってやろうって狙ってるわけじゃあないんですよ」
別にそんなつもりはなかった。女が一言こう言えば、全ての罪は許されるだろう。
いざとなればこの銃を使ってやってもいい、とはできない状況だった。いくら新しい世代の強化人間と対峙しているといえど、男女の体格差、状況、相手の立場、さまざまな要因で、本当に殺されそうにならない限り、安全装置を外して引き金を引くことは許されない。
否、本当に手をかけられそうになっても、この女に一つでも、かすり傷でもつけてみたら、「後」がどうなるかわからない──。
「ひっ……」
戦場で感じるものとは違う恐怖がスウィンバーンを襲った。
どうせ結果が同じになるのかもしれないのなら、女の言う通りにした方が、まだ助かる可能性があるかもしれない……。
スウィンバーンは、言われるがままに恐る恐る口を開いた。体の震えや動悸は、全く隠すことができなかった。
「ねぇ、美味しいですか?」
フォークの先端に突き刺さった茹で人参が、スウィンバーンの口内に侵入する。その切先が猛威を振るうことはなく、しっかりと口の中に収まって出る気配がないことを悟ると静かに引いていった。
女は美味しいか、と彼に問うが、味らしい味は全くなかった。ただ単に薄味であるのもそうだったが、極度の緊張に晒されている状況で、人間の味覚が上手く機能するだろうか──。
「わたし、人参きらいなんですよね。だから、代わりに食べてくださいね〜」
ペットの犬に餌付けをするような気軽さで、女は言い放った。
飲み込んだモノが食道を通って下に落ちていく感覚が嫌なほど伝わってくる。今すぐにでも吐き出してしまいたかったが、そんなことをしたらどんな反応をするかわかったものではない。
早くこの部屋から出たい。しかし、女が食べ終わるまで見届けなくてはならない。
他の部下を同伴させれば良かった──。
今となっては無駄な後悔と緊張で、肉食獣に睨まれた羊のように体が震え上がった。
「お礼、しなきゃ……」
「お、お礼……?」
「もう手元にあるお金がなくなっちゃった。賄賂も払えないし、そうなるとわたしも強制労働行きなんでしょう? この個室も使えなくなりますよね」
「そ、それは……」
金なんていらないから早く出ていってくれ! そう叫びたくなった。しかし、本社が決めた刑期は「絶対」だ。これだけは、誰にもどうしようもない決定事項である。
「払えるモノっていったらほら、もうこれしかないかな……」
女はいつの間にか、スウィンバーンの真正面にいた。規定では一番上のボタンまでとめなければいけない上着の前を、下着が見えるほどオープンにしている。
「なっ……何を……するつもりなのかね……⁉︎」
「見抜きぃ、してもいいですよ。でも触ってあげる方がいいんじゃないんですかぁ……?」
「わっ……」
スウィンバーンは思わず腰の拳銃に手をかけたが、それは女によって阻止された。
「なンだよ……、囚人にレイプされそうになったから正当防衛でぶっ殺すって感じですか? 自分がそんな上等な立ち位置にいると思わないでもらえます〜? 囚人を殺したら、裁判ッ! あなたの証言、うちの会社で信じる人は誰もいないと思うんですけど……」
女はスウィンバーンの無防備な腹に、一発拳を叩き込んだ。全力の一撃を喰らったスウィンバーンはそのまま壁に頭を打ちつけ、床に倒れ込む。女はその隙に、拳銃を奪い取り、安全装置を外し、一発だけ弾丸を残して抜き取り、五発分の薬莢を全て床に投げ捨てた。コインが床に落ちるような音がした。
「はぁ……ご奉仕してやろうかと思ったけど、気が変わりました……」
軽い脳震盪でスウィンバーンの視界は揺れていたが、髪を掴まれて顔を上げさせられ、女と目があった瞬間にボンヤリとしていた世界はクリアになった。
無防備な口に、先ほどのフォークよろしく銃の先端が捩じ込まれる。
「ンっ……⁉︎ あガっ……⁉︎」
「手で『やって』あげますよ……その代わり……頭とちんこ、どっちが先に爆発するかわからないですけどね〜」
女は片手で拳銃を握り、引き金に手をかけながら、器用にもう片方の手でスウィンバーンのズボンのチャックをおろし、下着も同様に処理した。
「器が小さい男はちんぽも同様……」
とんでもなく屈辱的な言葉だったが、それよりも引き金に手をかける女の態度を損ねないようにはどうするかで頭がいっぱいになった。
「んん〜っ!」
「あはは、何言おうとしてんのかわっかんなぁい♡」
女はフェラチオの要領で銃を抜き差ししながら、反対の手では器用にちんこをしばいていた。
スウィンバーンの口いっぱいに鉄の味が広がり、金属と歯がぶつかってガチガチと音を立てる。その状態では当然呼吸も困難で、生理的な涙が溢れて鼻水が出て、余計に呼吸が苦しくなる。
「あお゛っ……ん゛ぅ゛っ……」
「うんうん。わたし、手コキがうまいねってみんなに言われますよ♡」
「お゛っ……」
銃口で喉奥をぐいぐいと押しながら、女は性器も同様に攻め立てた。
「上」は硬く、重苦しく、少しでも手元が狂ったら死にかねないというのに、「下」は意外にも優しい手つきで、ゆっくりとした動きで陰茎の下から上までを撫でるように愛撫される。
柔らかい。
女の手に対する感想はそれに尽きた。
今まで女性との経験がなかったスウィンバーンは、生まれて初めて他者から与えられる性器への愛撫に感動していた。そもそも、彼は医者以外の女性にまともに触れたことすらなかった。女性の手の肉付きが、これほどまでに暖かく、柔らかくてしっとりしているものだとは知らなかった。
だらしなく口が開き、その端からは涎が垂れている。そんな情けない姿で、命の危機に瀕しているにもかかわらず、彼の脳はきっちりと性的な快感を処理して味わっていた。
しかし、女が引き金をカチャカチャと弄る音が聞こえるたびに、ふと正気に戻る。
銃は、安全対策のために二段階のセーフティが施されており、二重構造になっている引き金を一度引いた上で、もう一度やや力を込めて、しまい込むように押し込まないと発砲できない仕様になっていた。
女もそれを理解した上で、一段階目の状態でカチカチと弄って遊んでいるのだが、それでもいつ暴発してもおかしくなかった。
その引き金を弄ってカチャカチャいう音と、股から聞こえるぐちょぐちょと泡だったような粘着質な音が混じり合い、女の興奮した息遣いとスウィンバーンの口から漏れ出る、喘ぎ声ともくぐもった悲鳴ともつかないような嗚咽がミックスされて、前衛音楽じみた響きが部屋の壁に吸収される。ビデオは、いつの間にか再生を止めていた。
「死ぬのと精子出すの、どっちが早いかな」
スウィンバーンを殺してしまえば、いくらなんでも揉み消すことは難しいだろう。スウィンバーンは、実は内心は殺されるわけがないと冷静に見積もっていた。戦闘経験や人間を見る目は、生きている年数や踏んだ場数が桁違いの人間には敵わない。
しかし、女は後先考えずに動くタイプだった。楽しそうだったらなんでもやりたくなるし、禁止されていたら余計に興味が掻き立てられる性質だった。
だから女は、本当にセーブが効かなくなったら殺してしまうだろうな、と思った。
安全装置をつけていようが、銃の事故は常に起こりうる。絶対的な安全などというものはこの世に存在しない。
「…………敵だからって、何人も戦場で殺させといて、上司は殺すな! って矛盾してますよ。そう思いませんか?」
スウィンバーンは、慌てて首を縦に振った。口壁の上のざらざらとしたところに、銃の硬い感触が伝わった。
「あはは、ですよね〜」
女はスウィンバーンの性器の先端を、痛いくらいの力で愛撫した。ギチギチと迫り上がってくる性液を押し留めるような動きだった。
「この精子のムダ撃ちも、要は人殺しと一緒ですもんね〜」
「ん゛〜っ! ん゛っ!」
「じゃあわたし、何億人も殺したってことになりません? 命の定義ってなんだと思います〜?」
スウィンバーンは女が薬物でも使用しているのではないかと疑ったが、その疑惑はすぐに吹っ飛んだ。
ガチッ。
女が第二段階のセーフティも乗り越えてきた。
「⁉︎」
「……不発、ってか、ロシアンルーレットハズレか。でも下の方は爆発ってことで」
スウィンバーンは、自身が精子を出していることに気づいていなかった。女は自分の手を見せつけるように、スウィンバーンの顔の前に持っていく。
「おめでと〜ございま〜す」
イカ臭くて粘っこい精子が女の柔らかい手のひらに付着している。彼女は全く迷いなくスウィンバーンの前髪でそれを拭い取った。
全てを理解した時、心臓が一際大きく跳ねて肩を揺らした。肩だけではなく、次第に痺れるように全身に恐怖が伝播していく。
一度「抜いて」冷静になった頭で女を見ると、不自然なほどにシンメトリーな表情がこちらを見つめ返してきた。
「死ななくてよかったですね。命が助かってよかったですね。気持ちよかったですか? …………あ、これじゃ喋れないか」
スウィンバーンの口から銃が抜き取られる。付着した唾液が、まるで深く口づけた後のように糸を引く。
「い、イがれでる……っ……」
「顎外れちゃいました?」
「どし……て、こんなことを……死ぬかと……死ぬところだったんだぞ!」
ガクガクと震える体を叱咤しながら、スウィンバーンは力の限り叫んだ。目の前の、およそ人間の形をしていながら全く理解できない性質を持つ女に対して、あらんばかりの罵声をぶつけた。
女はそれに対して、清々しい笑顔で頷いた。
──悪魔だ。
こいつは生かしておいてはいけない人間だ。
スウィンバーンは、今まで理不尽に何度も対面してきた。しかしそれは、純然たる社会の仕組みからくる競争社会の理不尽だった。女は、スウィンバーンの知る中で最も理解し難い災厄だった。サイコパスという言葉を何度も叫んだ。
本で過去の凄惨な事件を知るのとは違い、実際に理不尽に対面すると、突き上げるように感情が昂ってくる。
「だって、そっちの方が面白そうだったし……。ちょっとムカついちゃったから」
ただそれだけの理由で、女は躊躇なく人を殺そうとした。
しかし、それは自分も同じじゃないか──。
スウィンバーンは、これまで自分が殺してきた人間の顔を全て覚えていなかった。政治的な理由で無罪にしてきた犯罪者、犯罪者のレッテルを貼られたレジスタンスを、金儲けのために殺して回る。
大義名分が与えられていたから気にしなかっただけで、たまたま自分が死ななかったから大丈夫だっただけで、実のところ何も変わらない。この壁越しには、強制労働に従事する元ゲリラたちが、死んでも資源として利用されている。
「……ち、違う……」
罪悪感を揉み消されてきた全ての行動を思い出し、自分もこの女も何も変わらないことを理解し、その場でうずくまった。
罵った相手と自分に、なんの違いもありはしないのだ。
「これで死んだら腹上死と一緒ですよ。まぁ、結果的に死ななかったからよかったじゃないですか。別に中に出したとかでもないし」
女は、スウィンバーンに銃を突き返した。彼が何を思ってうずくまっているのか、彼女は理解していない。殺されかけたショックでこうなったのか、それとも潔癖すぎたのか。ちょっとやりすぎたかもな、と少し反省してみるが、数秒後には忘れている。
「銃ももういらないんで、返しますね」
おもちゃでも渡すような軽さでそれはスウィンバーンの目前に落とされた。
それなりに質量のある金属の塊が、床に落ちて鈍い音を立てた。換気扇の音と共に、それは二人の耳を突き刺した。
椅子に拘束され、四肢の自由を失っている。ハンニバルのレクター博士さながらの女の姿を、スウィンバーンは冷静に見つめていた。
「…………」
監視カメラの映像が映し出されているモニターには、新しい思想犯、あるいは犯罪者、現地のレジスタンスらと一緒にヴェスパーの不良隊員が並んでいる。比較的新しい世代の強化手術を受けたACパイロットは、暴れると押さえつけられなくなるので、特別な拘束具で四肢を縛ってここまで輸送されるのだ。
他の反乱分子たちが立たされている中で、たった一人だけこのような姿で並んでいると非常に異様な光景のように思える。毎度のことながら、どうしても慣れない。
如何にも収容所じみた暗い空気が、モニター越しにも伝わってくる。姿勢を崩したルビコニアンが警棒で叩かれていた。アーキバスの再教育センターは「センター」と冠しているものの、実際はただの捕虜収容所兼刑務所として運用されていた。強制労働と洗脳によるマインドコントロールで思考力を奪い、二度と逆らわないように躾けるのである。
これから受けるであろう仕打ちを想像して表情を硬くする者もいれば、諦めたように俯いている者もいる。そんな中でも一際目を引く女は、何でもないことのように飄々としていた。何なら欠伸をして、つまらなさそうにしている。
「あれが、例の──お偉方の御息女か」
「カメラ寄せましょうか」
「いや……そのままで」
スウィンバーンの手元には、今日付で輸送されてきた囚人たちの資料があった。いくらかスクロールすると、「厳重注意」と書かれたページに辿り着く。管理者権限でロックを解除すると、女の個人情報が書かれたページに辿り着いた。
ざっと資料に目を通すと、「素行不良」でセンター送りになったということがわかった。人手不足のヴェスパー部隊で、たかが素行不良ごときで再教育センターにぶち込まれる例は少ない。具体的な罪状は空欄になっており、何かを隠すような書き方だと感じた。政治的な駆け引きの痕跡が窺える。
それでもセンター送りになるということは、よほど派手にやらかしたに違いない。一級の軍規違反──スパイ行為、あるいは誰かを唆した思想犯か。どちらにしろ厄介な相手であることには変わりない。
「あの隊員、前から結構悪い意味で有名人だったとからしいですね」
「…………はぁ……、これも私の仕事になるのか……?」
「強化してますし、死なない程度だったら痛めつけてもいいんじゃないですか」
「君なぁ……、他人事だと思って」
こんな薄暗い、暴力に塗れた職場にいるにも関わらず軽快にジョークを飛ばす部下はある意味異常なのかもしれない。
そもそも、まともな神経をしていたら、自ら死ぬかもしれないリスクをおかして脳を弄って身体能力を強化する手術などはしないのだろうが。
入所前の「洗礼」を終えた囚人たちが、センターの門を潜る。
「はぁ……。行きたくはないが、行ってくる」
※
椅子に縛り付けられた女と対面した時、恐怖は感じなかった。凶悪な囚人と相対するような気持ちで扉を開けたが、そこにいたのはどこにでもいそうな若者だった。
案外、普通の人だと思った。
革紐のベルトでぐるぐる巻きにされ、ミノムシのようになった女は、何か一言発するごとにクスクスと笑う。その声を聞くたびに、スウィンバーンの脳裏に学生時代の嫌な記憶が蘇ってくる。犯罪者としてここに送られてきた割には落ち着いている。放課後の居残りを命じられた学生と同じような表情で、完全に自分が安全であると知っているようなそぶりだった。
強化ガラスで仕切られた空間で、女の喋る声は存外クリアに聞こえてくる。
「軍規違反とか何とか言いますけど、正社員をこんなところに島流しする必要ないですよねぇ……」
挨拶も早々に現状への不満を述べられる。監視カメラが二人の様子を記録しているし、会話の内容は全て自動的にログを取るようになっている。
「体制への不満を言うと刑期が伸びるぞ」
などと脅してみるが、女は素知らぬ顔で会社への不平不満を垂れ流す。
「あのビデオの出来は最悪でした。誰ですか? あんなフリーソフトで作ったゴミみたいな映画の監督は」
「貴様、ここがどこだかわかっているのか」
「知ってますよ。でもわたしのこと本当に再教育できないから、こんな刑事ドラマみたいなことさせられてるんでしょ。マジで意味ないから早く帰らせてくださいよ」
「それはできない」
「……建前でも、再教育をしたって実績が欲しい訳ですか」
唯一自由に動かすことのできる首周りを捻って、女は自身の顔にかかった髪を振り払った。
「うーん……百万」
「……?」
「クレジットで──」
続けて、口だけを動かして声を出さずに、女は
「賄賂」
と言った。
「なっ……!」
「ね、これで手打ちにしてくださいよ。せめてこのグルグル巻きはやめるとか……、強化ガラスは外す、とか」
魅力的な値段だった。スウィンバーンは、別に清廉潔白な人間ではない。職務に忠実であるのは、単に出世を望んでいるからにすぎない。
百万。
彼は唾を飲んだ。
ぎゃっ、という声が口から漏れそうになる。
今までも、金で面倒ごとを解決してきたし、囚人からの賄賂を黙認してきた。これからは、自分も甘い汁を啜るべきなのでは──? ここなら本社からの監視の目も甘い。出所した後に女さえ黙っていれば、バレないのでは?
都合のいい考えで頭が満たされていく。
──他の看守もやっていることだ。別に自分がやったっって、いいじゃないか。
女は目をぱちくりさせながら、意味ありげにこちらを見つめてくる。
「足りなかったら……、そうですねぇ、上乗せしてもいいですよ」
ここからさらに上乗せしてふんだくるべきか悩み、悩んだがそうはしなかった。
緊張で瞼が痙攣してくる。
それを悟られてはいけない、と思うが我慢できなかった。
「──わかった。ここで苦心することがないよう、便宜を図ろう」
「あぁ、物分かりが良くて助かります。んじゃあ、これ外してくれます?」
記録係の部下を呼びつけ、拘束を解く。
「これ、本当にいいんですか?」
部下は小声で囁いた。
「いいんだ、私がいいと言ったから、やるんだ」
女は上機嫌でニコニコ笑っていた。するするとベルトが外され、血の巡りが悪くならない程度にガチガチに固められていた拘束具が外される。
「どーも」
自由になった女は、魔法のように服の中から小切手を取り出し、またどこに仕込んでいたのかわからないような場所から筆記具を取り出し、スラスラとサインして渡した。
「アナログなんて旧時代的だと思ったけど、ムショでは役に立つんですねぇ」
その姿がやけに様になっていた。今までも、こんな風に金を渡して黙らせてきたのだろうか。これからも、何かやらかしてもこうして誤魔化して握り潰していくのだろうか。
自分も全く同じことをやっているのに、後ろめたさを微塵も感じていないような、息ををするように賄賂を渡している。
こんな小娘がこんな大金を、何とも思わないのか。
企業が力をもつ社会における特権階級の姿は、末恐ろしい。
これが自分が目指した先にあるものなのか、とスウィンバーンは背中に何か亀裂が入ったような気持ちになった。女がそれを見つめている。部下も小慣れた様子で見て見ぬフリをしている。
「他の者にもよく、言い聞かせておくが……ここはあくまで公正施設であり、き、貴様は犯罪者なのだということを忘れないように──」
「…………はぁい」
※
「あの女──、まるで貴族気取りだ。ここをホテルか何かだと思ってますよ」
数時間後、珈琲を片手に部下の愚痴を聞く。シフト上では交代に当たる時間だ。引き継ぎの時間に部下のご意見を拝聴するご機嫌取りの時間でもある。
「やれレモネードはないか? だの、水道の水は軟水じゃないと嫌、だの。ここがどこで自分がどういう立場なのか全く理解してません。あの態度なら、どうせ碌でもないことをやったんでしょうね」
「…………で、その通りにしたのか?」
「……まぁ、できる限りはやりましたよ。お姫様相手に、やってやりました」
きっと現金で懐柔されたのだろう。明後日の方向を向きながら喋っている部下の顔には、恥ずかしげな表情が浮かんでいる。
「本当に、スウィンバーンさんも気をつけてくださいよ。厄介だし、おっかない女でしたから……」
身震いしながらそう言った部下を見て、気持ちはわからないでもないが大袈裟ではないかと思った。だが言葉にしない。
「……彼女がどうしてこんな最前線にいるのか、私には理解しかねる。働かなくても平気なご身分だろうに」
「ですね……。ノブレス・オブリージュってやつですか? 企業は慈善活動じゃないっての……」
サシで話していると、段々と飲み会じみたテンションになってくる。部下のメンタルケアも仕事の一環だと思っているので、頑張って聞き役に徹する。
こういう場合、変にアドバイスをしてはいけなくて、感情労働をした方が結果的に最小限の心労で人の信用が得られることを、よく知っている。
感情を無にして人の話を聞き流すに限るのだ。
スウィンバーンの頭では、ドレスを着て優雅にくつろいでいる女の姿が見えた。彼にはそんな世界を垣間見たことすらない。映像で、過去に生きていた高尚な人間の姿を見たことはある。しかしそれも、物語の上に乗っかっている紛い物だ。
本物の姫とはどんな生き物をしているんだろう。
絵本の中の「おひいさま」に漠然と憧れる女児ではないが、生まれた時から何も苦労せず、何もかも与えられ、天に愛されている、そんな人間がいるのなら、是非話をしてみたい。労働者階級である自分たちとは違っているのだろうから。
※
スウィンバーンは、女の部屋に食事を運んだ。というのは、万が一毒でも入っていたら責任を取るのは彼だからだ。囚人であり、偉い人のご子息でもある。
再教育センターとは名ばかりで、実際はこんなものだ。全く更生も何もない。内心で毒づきながら、スウィンバーンは扉をノックする。私はホテルの客室係なのか?
「どうぞー」
これでは、どちらが囚人かわからない。鍵のついた部屋の中は職員のための寮で、たまたま空き部屋があったからそこに女を「収監」した。
女はベッドの上にくつろぎながら、「最低でもこれだけはやらないといけない義務」から、再教育センターのビデオを見ていた。
そこには、脳科学の権威だとかいう人間が作ったプロパガンダの映像が流れていて、ここで奉仕して勤労に励めばいつかは外に出してやるぞ、といった内容の映像が流れていた。
本当は能力が極めて高い人間以外は、口外できないように実験して殺すか、臓器を掻っ捌かれるかの二択である。殺されなくても、洗脳を施して優秀な兵士として戦場で死ぬしかない。つまりは、どのみちもと居た場所には戻って来れない。
スウィンバーンは再教育センターに配属された時に研修で見せられたビデオを見て、冷戦時代のソビエトで行われていた「シベリア送り」が記述された歴史の教科書の一片を思い出した。
「ライチが食べたい」
テーブルの上に置かれたプレートを見て、女はそう言った。
「ライチ……?」
「はい。こう、皮を剥いて白い実が出てくる時って嬉しいって思いませんか」
「ここにはフルーツは缶詰しかない。種類も、オレンジと桃と、パイナップルだけだ」
──ここを高級ホテルだと思っているのか、このクソガキは⁉︎
……と言いたくなるのをグッと堪えて、スウィンバーンは相手の出方を伺う。
「ふぅん……」
女は、手元のスプーンを弄くり回しながら、興味なさげに呟いた。
こんな辺境の地で、明日食べる物にも苦心するような土地で、新鮮なフルーツや食材がなんでもかんでも好き勝手手に入ると思っているのだとしたら、彼女はとてつもない世間知らずだ。
それとも、できないとわかっていて、わざとわがままを言っているのか──。
どちらにしろ理解し難い人間だ。初対面の他人を、しかも犯罪者を理解しようとするほどお人好しではないが、それでも精神的にどのような構造をしているのかを把握しておくことは、決して悪いアイデアではないと思う。
高級ホテルのルームサービスを口に運ぶように、女は黙々と運ばれてきた夕食を食べた。スウィンバーンは、その様子を「邪な目線」だと思われないように見張っているが、この年頃の女性はかなり繊細だと聞いている。
フォークもナイフもスプーンも、暴動のきっかけにならないように、幼児が使うような丸まった物になっているし、食べ物自体も質素で最低限の栄養しか摂取できないような内容だったが、それでも女が食べていると不思議とそれ自体が様になった。
──このような精神的素養は、どのようにして身につけるのだろう。
一般家庭出身のスウィンバーンには知り得ないことだった。
味気も薄く、大して美味しいとも言えない料理を口に運ぶ様子を見ていると……、不意に腹の虫が騒ぐ音が部屋に響いた。
「…………」
「……お腹、空きました?」
親が子供に言うような口調だった。
女はベッドから降りると、ゆっくりと歩み寄ってくる。片手にフォークを持ち、壁際にスウィンバーンを追い詰めた。
不気味なほどに、ニコニコ笑っている。
「っ……私のことは……、気にせず……っ⁉︎」
──殺されるかもしれない。
本能的に感じたスウィンバーンは、腰に携帯している拳銃に手をかけた。女はそれでも一切臆することなく、人参を突き刺したフォークを利き手に持ち、ジリジリと歩を進める。
「あーん、して」
その言葉には、有無を言わせぬ圧があった。
「お腹すいたんですよね、食べてもいいですよ」
何か言い返したかったが、口を開けば強引に喉奥に突き刺してきそうな雰囲気を漂わせていたため、唇をかたく結んで首を横に振るしかなかった。
女はそれでも諦めることはなかった。
当たり前だが。
わたしの飯が食えないのか、そう言いたげな視線がスウィンバーンを突き刺した。
しばらくこの仕事を続けていて、わかっていることがある。沈黙は一番良い対処法であること。
「何も、これで眼球抉ってやろうって狙ってるわけじゃあないんですよ」
別にそんなつもりはなかった。女が一言こう言えば、全ての罪は許されるだろう。
いざとなればこの銃を使ってやってもいい、とはできない状況だった。いくら新しい世代の強化人間と対峙しているといえど、男女の体格差、状況、相手の立場、さまざまな要因で、本当に殺されそうにならない限り、安全装置を外して引き金を引くことは許されない。
否、本当に手をかけられそうになっても、この女に一つでも、かすり傷でもつけてみたら、「後」がどうなるかわからない──。
「ひっ……」
戦場で感じるものとは違う恐怖がスウィンバーンを襲った。
どうせ結果が同じになるのかもしれないのなら、女の言う通りにした方が、まだ助かる可能性があるかもしれない……。
スウィンバーンは、言われるがままに恐る恐る口を開いた。体の震えや動悸は、全く隠すことができなかった。
「ねぇ、美味しいですか?」
フォークの先端に突き刺さった茹で人参が、スウィンバーンの口内に侵入する。その切先が猛威を振るうことはなく、しっかりと口の中に収まって出る気配がないことを悟ると静かに引いていった。
女は美味しいか、と彼に問うが、味らしい味は全くなかった。ただ単に薄味であるのもそうだったが、極度の緊張に晒されている状況で、人間の味覚が上手く機能するだろうか──。
「わたし、人参きらいなんですよね。だから、代わりに食べてくださいね〜」
ペットの犬に餌付けをするような気軽さで、女は言い放った。
飲み込んだモノが食道を通って下に落ちていく感覚が嫌なほど伝わってくる。今すぐにでも吐き出してしまいたかったが、そんなことをしたらどんな反応をするかわかったものではない。
早くこの部屋から出たい。しかし、女が食べ終わるまで見届けなくてはならない。
他の部下を同伴させれば良かった──。
今となっては無駄な後悔と緊張で、肉食獣に睨まれた羊のように体が震え上がった。
「お礼、しなきゃ……」
「お、お礼……?」
「もう手元にあるお金がなくなっちゃった。賄賂も払えないし、そうなるとわたしも強制労働行きなんでしょう? この個室も使えなくなりますよね」
「そ、それは……」
金なんていらないから早く出ていってくれ! そう叫びたくなった。しかし、本社が決めた刑期は「絶対」だ。これだけは、誰にもどうしようもない決定事項である。
「払えるモノっていったらほら、もうこれしかないかな……」
女はいつの間にか、スウィンバーンの真正面にいた。規定では一番上のボタンまでとめなければいけない上着の前を、下着が見えるほどオープンにしている。
「なっ……何を……するつもりなのかね……⁉︎」
「見抜きぃ、してもいいですよ。でも触ってあげる方がいいんじゃないんですかぁ……?」
「わっ……」
スウィンバーンは思わず腰の拳銃に手をかけたが、それは女によって阻止された。
「なンだよ……、囚人にレイプされそうになったから正当防衛でぶっ殺すって感じですか? 自分がそんな上等な立ち位置にいると思わないでもらえます〜? 囚人を殺したら、裁判ッ! あなたの証言、うちの会社で信じる人は誰もいないと思うんですけど……」
女はスウィンバーンの無防備な腹に、一発拳を叩き込んだ。全力の一撃を喰らったスウィンバーンはそのまま壁に頭を打ちつけ、床に倒れ込む。女はその隙に、拳銃を奪い取り、安全装置を外し、一発だけ弾丸を残して抜き取り、五発分の薬莢を全て床に投げ捨てた。コインが床に落ちるような音がした。
「はぁ……ご奉仕してやろうかと思ったけど、気が変わりました……」
軽い脳震盪でスウィンバーンの視界は揺れていたが、髪を掴まれて顔を上げさせられ、女と目があった瞬間にボンヤリとしていた世界はクリアになった。
無防備な口に、先ほどのフォークよろしく銃の先端が捩じ込まれる。
「ンっ……⁉︎ あガっ……⁉︎」
「手で『やって』あげますよ……その代わり……頭とちんこ、どっちが先に爆発するかわからないですけどね〜」
女は片手で拳銃を握り、引き金に手をかけながら、器用にもう片方の手でスウィンバーンのズボンのチャックをおろし、下着も同様に処理した。
「器が小さい男はちんぽも同様……」
とんでもなく屈辱的な言葉だったが、それよりも引き金に手をかける女の態度を損ねないようにはどうするかで頭がいっぱいになった。
「んん〜っ!」
「あはは、何言おうとしてんのかわっかんなぁい♡」
女はフェラチオの要領で銃を抜き差ししながら、反対の手では器用にちんこをしばいていた。
スウィンバーンの口いっぱいに鉄の味が広がり、金属と歯がぶつかってガチガチと音を立てる。その状態では当然呼吸も困難で、生理的な涙が溢れて鼻水が出て、余計に呼吸が苦しくなる。
「あお゛っ……ん゛ぅ゛っ……」
「うんうん。わたし、手コキがうまいねってみんなに言われますよ♡」
「お゛っ……」
銃口で喉奥をぐいぐいと押しながら、女は性器も同様に攻め立てた。
「上」は硬く、重苦しく、少しでも手元が狂ったら死にかねないというのに、「下」は意外にも優しい手つきで、ゆっくりとした動きで陰茎の下から上までを撫でるように愛撫される。
柔らかい。
女の手に対する感想はそれに尽きた。
今まで女性との経験がなかったスウィンバーンは、生まれて初めて他者から与えられる性器への愛撫に感動していた。そもそも、彼は医者以外の女性にまともに触れたことすらなかった。女性の手の肉付きが、これほどまでに暖かく、柔らかくてしっとりしているものだとは知らなかった。
だらしなく口が開き、その端からは涎が垂れている。そんな情けない姿で、命の危機に瀕しているにもかかわらず、彼の脳はきっちりと性的な快感を処理して味わっていた。
しかし、女が引き金をカチャカチャと弄る音が聞こえるたびに、ふと正気に戻る。
銃は、安全対策のために二段階のセーフティが施されており、二重構造になっている引き金を一度引いた上で、もう一度やや力を込めて、しまい込むように押し込まないと発砲できない仕様になっていた。
女もそれを理解した上で、一段階目の状態でカチカチと弄って遊んでいるのだが、それでもいつ暴発してもおかしくなかった。
その引き金を弄ってカチャカチャいう音と、股から聞こえるぐちょぐちょと泡だったような粘着質な音が混じり合い、女の興奮した息遣いとスウィンバーンの口から漏れ出る、喘ぎ声ともくぐもった悲鳴ともつかないような嗚咽がミックスされて、前衛音楽じみた響きが部屋の壁に吸収される。ビデオは、いつの間にか再生を止めていた。
「死ぬのと精子出すの、どっちが早いかな」
スウィンバーンを殺してしまえば、いくらなんでも揉み消すことは難しいだろう。スウィンバーンは、実は内心は殺されるわけがないと冷静に見積もっていた。戦闘経験や人間を見る目は、生きている年数や踏んだ場数が桁違いの人間には敵わない。
しかし、女は後先考えずに動くタイプだった。楽しそうだったらなんでもやりたくなるし、禁止されていたら余計に興味が掻き立てられる性質だった。
だから女は、本当にセーブが効かなくなったら殺してしまうだろうな、と思った。
安全装置をつけていようが、銃の事故は常に起こりうる。絶対的な安全などというものはこの世に存在しない。
「…………敵だからって、何人も戦場で殺させといて、上司は殺すな! って矛盾してますよ。そう思いませんか?」
スウィンバーンは、慌てて首を縦に振った。口壁の上のざらざらとしたところに、銃の硬い感触が伝わった。
「あはは、ですよね〜」
女はスウィンバーンの性器の先端を、痛いくらいの力で愛撫した。ギチギチと迫り上がってくる性液を押し留めるような動きだった。
「この精子のムダ撃ちも、要は人殺しと一緒ですもんね〜」
「ん゛〜っ! ん゛っ!」
「じゃあわたし、何億人も殺したってことになりません? 命の定義ってなんだと思います〜?」
スウィンバーンは女が薬物でも使用しているのではないかと疑ったが、その疑惑はすぐに吹っ飛んだ。
ガチッ。
女が第二段階のセーフティも乗り越えてきた。
「⁉︎」
「……不発、ってか、ロシアンルーレットハズレか。でも下の方は爆発ってことで」
スウィンバーンは、自身が精子を出していることに気づいていなかった。女は自分の手を見せつけるように、スウィンバーンの顔の前に持っていく。
「おめでと〜ございま〜す」
イカ臭くて粘っこい精子が女の柔らかい手のひらに付着している。彼女は全く迷いなくスウィンバーンの前髪でそれを拭い取った。
全てを理解した時、心臓が一際大きく跳ねて肩を揺らした。肩だけではなく、次第に痺れるように全身に恐怖が伝播していく。
一度「抜いて」冷静になった頭で女を見ると、不自然なほどにシンメトリーな表情がこちらを見つめ返してきた。
「死ななくてよかったですね。命が助かってよかったですね。気持ちよかったですか? …………あ、これじゃ喋れないか」
スウィンバーンの口から銃が抜き取られる。付着した唾液が、まるで深く口づけた後のように糸を引く。
「い、イがれでる……っ……」
「顎外れちゃいました?」
「どし……て、こんなことを……死ぬかと……死ぬところだったんだぞ!」
ガクガクと震える体を叱咤しながら、スウィンバーンは力の限り叫んだ。目の前の、およそ人間の形をしていながら全く理解できない性質を持つ女に対して、あらんばかりの罵声をぶつけた。
女はそれに対して、清々しい笑顔で頷いた。
──悪魔だ。
こいつは生かしておいてはいけない人間だ。
スウィンバーンは、今まで理不尽に何度も対面してきた。しかしそれは、純然たる社会の仕組みからくる競争社会の理不尽だった。女は、スウィンバーンの知る中で最も理解し難い災厄だった。サイコパスという言葉を何度も叫んだ。
本で過去の凄惨な事件を知るのとは違い、実際に理不尽に対面すると、突き上げるように感情が昂ってくる。
「だって、そっちの方が面白そうだったし……。ちょっとムカついちゃったから」
ただそれだけの理由で、女は躊躇なく人を殺そうとした。
しかし、それは自分も同じじゃないか──。
スウィンバーンは、これまで自分が殺してきた人間の顔を全て覚えていなかった。政治的な理由で無罪にしてきた犯罪者、犯罪者のレッテルを貼られたレジスタンスを、金儲けのために殺して回る。
大義名分が与えられていたから気にしなかっただけで、たまたま自分が死ななかったから大丈夫だっただけで、実のところ何も変わらない。この壁越しには、強制労働に従事する元ゲリラたちが、死んでも資源として利用されている。
「……ち、違う……」
罪悪感を揉み消されてきた全ての行動を思い出し、自分もこの女も何も変わらないことを理解し、その場でうずくまった。
罵った相手と自分に、なんの違いもありはしないのだ。
「これで死んだら腹上死と一緒ですよ。まぁ、結果的に死ななかったからよかったじゃないですか。別に中に出したとかでもないし」
女は、スウィンバーンに銃を突き返した。彼が何を思ってうずくまっているのか、彼女は理解していない。殺されかけたショックでこうなったのか、それとも潔癖すぎたのか。ちょっとやりすぎたかもな、と少し反省してみるが、数秒後には忘れている。
「銃ももういらないんで、返しますね」
おもちゃでも渡すような軽さでそれはスウィンバーンの目前に落とされた。
それなりに質量のある金属の塊が、床に落ちて鈍い音を立てた。換気扇の音と共に、それは二人の耳を突き刺した。