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ヴェスパー部隊の食べログ
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女同士・貝合わせ・無理矢理等
スネイルの機嫌が悪い。いつものことだ。
彼の呼び出しはいつも唐突で、脈略がない。メーテルリンクはそれに対して表立って文句を言うことはしなかった。それが無礼な態度であることを承知の上で、彼を個人的に尊敬し、慕っている。慕っているという言い方は正しくないかもしれない。彼女は別にスネイルのやり方を全面的に支持しているわけでもないし、むしろその苛烈で冷酷な指針を示す部分を嫌悪すらしていた。
しかし、それでもメーテルリンクはスネイルに憧れずにはいられなかった。その強固な信念や仕事への真面目さは、彼の欠点を上回っているように感じられたし、自分にはない要素を持つ彼のように、押しても押されぬ人間になりたいと思っている。だからこそ、こうやって意味のない呼び出しにもすぐに応じているのだ。
「スネイル閣下、何のご用件でしょうか」
始業時間から少し経った頃、スネイルは社用のメッセージアプリでメーテルリンクを呼び出した。彼女がスネイルの執務室に入ると、彼はモーニングのコーヒーを片手にオフィスチェアに神妙な顔で座っていた。いつもの人を見下すような傲慢な目つきはそのままに、平素より苛立っているのか、眉間に皺が寄っている。明らかに機嫌が良くない。
「あの女が……音信不通です」
「閣下……? 失礼ですが、あの女とは誰のことでしょうか」
音信不通ということは、飛んだか、よほど体調が悪くて臥せっているか、最悪部屋の中で死んでいるかのどれかなのだろう。つまり、どれにしても良くない事態であることには変わりない。
面倒なことに巻き込まれた。思わずため息をつきたくなるが、スネイルの手前グッと堪える。
スネイルはメーテルリンクの眼前に、ある女性社員の個人IDを突きつけた。社内用のプロフィールには、名前と顔写真、所属する部隊が記載されている。
「あっ……」
その顔を見て思わず声が出た。何かと悪評高い新入社員で、スネイルが自ら手綱を握らされているお偉いさんの娘と噂されている女だった。一度第二部隊と第六部隊が合同で作戦を行った際に、基地の中ですれ違ったことがある。
「顔は知っているようですね」
「はい。その……彼女に関して、あまり良い噂を聞かないですけれど」
「貴女がそれを知っているということは、彼女の悪評は妥当な結果と言わざるを得ないようですね。私の心痛を理解していただけるようなら、あの女の社宅の部屋に行って死んでいないか確認して来て欲しいのですが、行けますね?」
「あの、閣下が女性寮に入れないのはわかるのですが、なぜわたしに……」
「丁度間が悪いことに、私の部隊にいる他の女性社員が全員有給を取ってしまっているのですよ。それに、気兼ねなく用件を頼める女性社員はメーテルリンク、貴女だけなのでね」
「それは、そうでしょうけれど……」
「わかったら速やかに任務を遂行してください。すでに管理人には許可を取っています」
そうして、メーテルリンクは有無も言わされず部屋から追い出されたのだった。片手の端末には社員寮の部屋番号と、緊急のためのロック解除に使用するパスキーが書かれている。
本当に、本当に嫌なことだったけれど彼に逆らうという選択肢はメーテルリンクには残されていなかった。渋々と社員寮に向かう道すがら、彼女の脳内には嫌な考えが渦巻いていた。
まず、スネイルが女性社員を「あの女」呼ばわりしていたのが気になる。二人はどういう関係なのか。スネイルがこれほどまでに重要視して、自分を向かわせるほどの新入社員の女。どんな人間なのだろう。音信不通ということは、もしかして部屋で首でも吊っていたら……⁉︎
万が一にでも、スネイルが恋人など作ろうものならメーテルリンクは動揺して食事も喉を通らなくなるかもしれない、と思った。
合理主義の彼がわざわざ弱点になるような存在を作っていたならば、それは気が狂ったと考えていいと思う。そういう弱さを排除した存在だから、こうやって文句を言いながらついて行っているのだ。もし、彼が世迷言を言うようになったらその時は……刺し違えてでも止めてあげよう。
そんなことを考えながら歩いていると、ついに目的の場所に辿り着いてしまった。
「…………これは仕事、これは仕事」
嫌なことがあっても、それを唱えると途端にどうでもいいことのように考えられる。一種のおまじない、自己暗示、自分を守る為の魔法の言葉。
つめたいドアノブを捻ると、チェーンもかかっていないドアはあっさりと開いた。
中は電気が付いておらず、薄暗い1Kに置かれた大きなベッドと、床に散乱した大量のゴミが彼女の目を引いた。ベッドの上には、こんもりと膨らんだ毛布がある。
「入りますよ」
大きな声でそう言い、入り口横に手を這わせて照明のスイッチを入れる。バチッという音と共に昼前にしては眩しすぎる明かりが灯った。
足元のゴミに靴が接さないように、慎重に歩く必要があった。食べかけのスナック菓子、開いたままの本、ストッキング、ティッシュなどが足の踏み場もないほど散らばっており、潔癖症のきらいがあるメーテルリンクは一秒でも早く無事を確かめて退散したいと切に願った。
「あの、生きてますか……」
ベッドの上の布団を無理やり剥がしてしまう勇気はなかった。中に遺体が……というパターンもあり得るからである。
まず声をかけてみたが反応はない。揺さぶってみたら、抵抗があった。生きている。
「…………だれ」
布団の中から気怠げな声がした。明らかに不機嫌な声に、安心すると共に不遜な態度を取る女に対して、苛立ちの感情が湧き上がってくる。
「スネイル閣下に言われて安否確認をしに来ました。貴女、会社を飛んだのではないかって疑われていましたよ」
「…………あぁ、そうですか」
布団から顔を出した女は、眩しさに目を細めながらメーテルリンクを見上げた。スネイルに見せられた社員証の顔写真よりも幼く見える。化粧をしていない素顔の彼女は寝癖のついた頭も気にせず、他人事のように曖昧な返事をするだけだった。
「そうですか、ではないでしょう⁉︎ 無断欠勤をしてるんですよ!」
「はぁ……そうですか。それはまぁ、すみません」
「閣下は怒り心頭でしたよ」
「スネイル、キレてたか……。でもいつものことですし、いいんじゃないですか?」
「最悪の場合、解雇になるかもしれないのに、気にしないんですか?」
「……うーん、別に。今ってどこでも就職口はあるし、そもそもヴェスパーって人材不足だからちょっと休んだくらいじゃせいぜい口頭でお説教されて終わりだと思いますよ。……ってか、今更ですけど貴女誰なんですか?」
「……わたしはヴェスパー第六隊長の、メーテルリンクです」
「はぁ……?」
女は怪訝な表情を浮かべて、メーテルリンクを見た。
「…………」
「え、マジで隊長格の人がわたしのことわざわざ起こしに来たんですか? 超ウケる。パジャマ姿で失礼しましたぁ〜」
最悪だ。馬鹿にされている。絶対にそう思われるだろうと思っていたけれど。
「そういや、何となく見たことある気がしないでも……。隊長をこんな仕事に使うなんて、スネイルも人使いが荒いんですねぇ、ご苦労様です」
「そう思うなら、無断欠勤も音信不通になるのもしなければいいでしょう!」
「やば。でも超正論だから何も言い返せないですね、これ……すみません、すみませんって」
頭を掻きながら適当な謝罪の言葉を繰り返す女を見て、メーテルリンクは心の奥底からひしひしと怒りが湧き上がってくる感覚を覚えた。
(……いけない、冷静にならなくては)
個性の塊のようなヴェスパー隊員たちを見ていて、比較的常識的な価値観を持つメーテルリンクは調整役というか、中間管理職的な立ち位置に立たされることが多かった。
昔からそうだった。小さい頃からいい子、おとなしい子、扱いやすい子供、優等生として見られることが多かったメーテルリンクは、常に誰かしらのお世話係、あるいはお目付役として大人にいいように使われることが多かった。
上手く躱すこともできず、大人になった今でもそのような役回りをさせられることが多い。その上、舐められやすいのか、その手の問題児が行動をあらためてくれた事もない。それを押さえつけることは苦痛だった。
こんなことがずっと、二十数年続いている。実力で勝ち取ったヴェスパーの番号だけが、唯一彼女の権威を保証してくれる資格だった。
「…………無事が確認できたので、わたしは戻ります。準備をして、速やかに出社してスネイルに謝罪とお詫びをした方がいいですよ」
この人を見ているとイライラする。
悪い物事の元凶からは、できるだけ速やかに立ち去った方がいい。
メーテルリンクは薄汚れたゴミ屋敷から立ち去ろうと、一歩を踏み出そうとした──。
「待ってそれは踏んだらヤバい!」
「え? …………な、ななッ⁉︎ これは……」
右足を前に出した姿勢で、メーテルリンクは固まった。彼女の目線の先にあったのは、いわゆる大人のおもちゃ──ディルドだった。
「あー、昨日オナってから床に置きっぱにしてたんですよ。すみません、すぐ片付けるんで」
「あ、あ、あっ貴女⁉︎ 何ですかこれはっ⁉︎」
「え、嘘だ。ディルド知らないんですか?」
それなりのサイズがあり、悪趣味な蛍光ピンクの色をした「それ」を素手でぎゅっと掴みながら、女は恥ずかしがる様子もなく、淡々としていた。
「そ、そそ、そんなものを……よくも平気で!」
「あぁ、ディルドは知ってたんだ。よかったです、ガキじゃないしなって思ってたんで。ってか第六隊長殿ってオナニーするんですか?」
「⁉︎」
メーテルリンクは絶句した。目の前の女が何をいっているのか分からなかった。脳が理解を拒む。そうしている間にも、女は何も聞いていないのにスラスラと自分の性事情を暴露する。
「わたしって結構性欲強くって、ほぼ毎日オナってるんですよね。んで、アーキバスの子も結構食べたかな。スネイルとヤった時はマジで大変で、あいつわたしのこと妊娠させるとか何とか言っててキモかったんですよね。乳首いじるとすごい声出すから、面白かったなぁ……」
「スネイルが⁉︎」
「え、まだヤってなかったんですか? てっきり『コレ』だと思ってんですけど」
女は小指を立てるという非常に古風なジェスチャーをして見せる。頭に血の昇ったメーテルリンクはその意味を理解する前に、ニュアンスで女が言わんとしていることを察した。
思わず、詰め寄って女の顔を見る。面白いものを見つけた、という表情でニヤニヤと笑っている。下品な目つきだと思った。
「わたしが……、わたしがスネイルとそんな、関係しているだなんて、そんな冗談は、決して、死んでも通しません……! 誰が言い出したか知りませんけれど、わたしは、わたしとスネイルは、そんな下賤な関係ではありません!」
女の肩を鷲掴みにしながら、メーテルリンクは吠えた。今までの人生で、ここまで激昂したことがあっただろうか。女は、本気で怒っているメーテルリンクを見て、顔から趣味の悪い笑みを消した。
今度は嬉しそうに微笑んで、彼女の頬にそっと手を当てる。
「……そうですか。いや、何、ちょっとカマをかけてみただけです。ジョークですよ、ジョーク。でも怒らせてしまったみたいで。関係が潔白だということは知ってますよ、最初から」
「…………スネイルと貴女は、どうなんですか」
「別に? 一回こっきりヤっただけですよ。あ、わたしから無理やりしたんで、セフレとかそういうのでもないです。ただ、まぁ、スネイルがどう思ってるかは知りませんけど……?」
「…………」
「え、気になります?」
「別にそういう訳ではありません。プライベートな部分は、別に……」
そう口では言いながらも、メーテルリンクは先ほど女が発した言葉を気にしていた。スネイルのことを卑猥な目で見たことは決してない。今だってそのはずなのだが、言われてしまったものは気になってしまう。潔癖なイメージのあるスネイルが、どんな姿で行為に耽っていたのか……。嗚呼、考えるだけでも汚らわしい!
「考えててもいいと思いますよ、別に」
「え……」
「性欲って、別に悪いことじゃないですよ。性欲がなかったら人間絶滅するし。わたしみたいにコントロールできないくらいに困ってるなら別ですけど、普通にオナニーするくらい誰でもやってますよ。言わないだけで、みんなポルノくらい見てるし、ムラムラしたらオナニーしますよ!」
「でもスネイルはそんなことしません!」
「してた! わたしとセックスして、ちんこ弄られてデカい声で喘いでた!」
「しません!」
「するんだってば!」
議論というより、喧嘩と表現した方が正しいだろう。二人はお互いを強情な人間だと評価した。
「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」
感情的になったメーテルリンクは、女の胸元を掴んで叫んだ。信じがたい言葉を投げつけられて辛抱できなかったのである。
女は目の前の大人しそうな上司が、胸元を掴むという比較的暴力じみた行為を取るとは思っていなかった。思わず目を見開く。大して体格差のない二人だったが、無意識のうちに「この人は大丈夫だろう」と侮っていた女の方がメーテルリンクに力負けする形になり、二人してベッドに倒れ込む形になった。
尊敬する上司を侮辱されて顔を真っ赤にしながら叫ぶメーテルリンクを見て、女は呆気に取られた。
「あ、貴女は大嘘つきですっ! スネイルがそんなこと、するわけないじゃないですか……」
後輩をガクガクと揺さぶりながら、メーテルリンクは悲痛な声を上げた。女はそれを見ながら、枕元に充電してあった端末に手を伸ばし、手早くロックを解除する。
「……これ、見てください」
メーテルリンクの眼前に、卑猥な写真が映し出された。目も当てられないような惨たらしいスネイルの姿を見て、彼女は絶句した。
「合成とかじゃないですよ」
「嘘だ……、そんな……あり得ない……」
「……」
先ほどまで、女が勢いに圧倒されるほどに怒り狂っていたメーテルリンクだったが、スネイルのハメ撮りを見ると急に静かになり、メソメソと泣きだした。女は、この状況に慣れていた。彼女持ちの女から寝取ると、火山の噴火のように怒った後、さめざめと泣き出すパターンがまれに発生する。現実が受け止めきれなくてストレスの発露の手段として、悲劇のヒロインのように振る舞うのだ。
今回の場合は別に寝取ってないからなぁ……、と女は思った。
ここで「わたしは別にスネイルのこと好きじゃないんで」と言ったところで追い討ちをかけるだけだ。女の怒りの火に油を注いだ所で何もよくならないことを、彼女はよく知っている。
「…………スネイルは、どんな風に貴女とセックスしたんですか」
「…………はぁ?」
目を真っ赤に腫らしながら、メーテルリンクは女に向かって先ほどの言葉を放った。
「わたし……は、貴女を許しません。ですが、自由恋愛が認められていることもわかっています。後学のために、理解しておきたいんです。彼のことを」
「後学……ですか」
(結構切り替えの早い、図太い女だな)
メーテルリンクの言葉を聞き、後学のためだという方便が嘘だと思えて仕方なかった。
実際のところ彼女のその気持ちは本当だったのだが、スネイルの弱みを知りたいという下心が含まれてもいた。
「……ん、じゃあ、しょうがないですね」
この部屋に他人を入れて、タダで帰したことはない。女は緊張で固まるメーテルリンクの頬に手を添え、そっと唇を啄んだ。
「……⁉︎」
触れた先から、熱くなる。
暴れようとするメーテルリンクを下から抱え込むようにして押さえつけると、体が密着する。そのまま困惑して開く口に舌を捩じ込むと、ベッドが軋むほど混乱して外に逃げようと四肢が動く。
「っ…………! わたしは別に、こんなことがしたくて聞いたんじゃ……!」
「えーでも、体に教えた方が一番早いかなって」
「せ、性行為は愛する二人が行うもので……!」
「ご実家ってカトリックとかですか? 別に一発くらいやったって減るもんじゃないですよー。……あぁ、もしかして、処女?」
「う、訴えます! こんなことあり得ません! セクシュアルハラスメントで……んんっ⁉︎」
メーテルリンクの胸を鷲掴みにしながら、この人は絶対に処女だと女は確信した。
「あーヤダヤダ、この状況で誰かが入ってきたら、いたいけな後輩が先輩に押し倒されてると思われちゃいますよぉ。そうなったら困るのって……第六隊長殿ですよね? スネイルはわたしに籠絡されてるから、多分わたしの証言信じちゃうだろうなー」
後半の部分は完全にハッタリで嘘だった。スネイルは女のことを別に好いているわけではない。手駒として置いている、ただそれだけである。それでも、メーテルリンクへの攻撃としては充分だった。
「うっ、うぅっ……うううう…………!」
女が顎で促すと、メーテルリンクはボロボロと涙を零しながら、上着を脱ぎ、ワイシャツのボタンを一個ずつ外していく。
手は真冬の中にいるかのように震えるが、厳しい監視の目の元で確実な動きを強要される。脱がしている間も惜しいのか、女はメーテルリンクが今まさに脱いでいる真っ最中のシャツの下に着込んだタンクトップに手を突っ込んだ。徐々に上の方に手を伸ばすと、ワイヤーの入ったブラジャーの感触があった。フロントホックだった。
(お、ラッキー。脱がせやすいじゃん)
「スネイルはね、乳首弄られて感じてたんですよ。最初からマゾの才能があったなー、あいつは」
性行為の様子を知りたいと言ってしまった手前、やめて欲しいとは言えなかった。
「ブラの上は脱がなくていいですよー、中でブラジャー外しちゃうけどね」
「…………っ」
誰にも触らせたことのない新雪のような肌を、慣れた手つきが無遠慮に弄る。拷問に耐えるような表情でぎゅっと目を瞑るメーテルリンクを見て、我ながら親父臭かったかな、と女は少し後悔した。
「わかった、わかりました。わたしも脱ぐんで、先輩だけにひどい目にあわせたりはしませんよ……」
女は素早く部屋着を脱ぎ、ブラジャーも取り外すと目の前で座っているメーテルリンクをそっと抱きしめた。
「ほら、胸と胸が当たってますよ……ってかメーテルリンクさんって冷え性なんですか?」
「貴女が子供体温なだけです」
鼻を啜りながら耳の近くでそれなりの声量で喋られたので、女は少し耳が痛くなった。子供体温だと指摘されたのは初めてだったかもしれない。
「スネイルとも……こういうことをしたんですか」
「……ちょっと胸は、はい。おっぱい吸わせて上げました。それで、赤ちゃんプレイ搾乳手コキをさせていただき……」
「…………」
「あの、ショックなら聞かない方がいいんじゃ──」
「うるさいですね! 貴女は黙っていてください!」
(だ、だる〜!)
スネイルとはまた別のベクトルで面倒な相手だ。口ではそう言いながらも腕を回してくるメーテルリンクの様子が、スネイルの母体回帰的な性的嗜好と似ているように感じたが、決して口には出さなかった。
「……山で遭難したみたいに抱き合って、終わりなんですか?」
「スネイルはたしか……、この後手コキで一回出して、わたしのまんこの中でアナル弄られながらイって……あとはなんだっけな……」
「ま……ン゛ンッ! とにかく、女性器に挿入して、射精をしたという認識でいいですね?」
「そうですよ。女同士で挿入はできないですけど、それに近いことなら……」
「あぁ、スネイル……可哀想に……!」
「えぇ、何がかわいそうなんですか……」
「こんな、こんなことってないですよ。今わたしが感じている屈辱は、スネイル、貴方もそうなんですね……」
(なんか色々と酔っててめんどくさいな、この人)
思い込みが激しくて、陶酔的なところは二人ともそっくりだと女は思った。類は友を呼ぶという言葉の意味を脳内で反芻していると、自分の胸に押し当てられている他人の乳首の感触がやけに生々しく感じられてきて、目の前で祈るように何かブツブツと独言ている様子を見て、脳と下半身が苛立ってくるのがわかった。たかがセックスをするために、スネイル教の信仰告白に付き合わされているのは気分が悪い。胸も合わせていたところで、視覚的には興奮するけれど、開発してなければただ生暖かくて柔らかいだけだ。
「なんかまんこもイライラしてきたし、いいですよね……?」
女は腰を浮かせて自分の半ズボンをおろした。メーテルリンクがギョッとした目でそれを見るので、女は大きなため息をついた。
「ほら、脱いでください。これはスネイルもやってたんですよ?」
若干脅すような口調で囁けば、彼女は嫌々ながらも下着を脱いだ。
「……下、触りますよ」
「…………んぅっ」
ガチガチに固まった体をベッドに横たわらせると、閉じようとする足を優しく押さえつけて、開かせた。陰毛は脱毛で処理しているが、申し訳程度に薄い毛が伸びている。成人女性ならそうなるだろうという具合の、なんの特別さのない普通の女性器だ。
(いきなりクンニしたら殺されるかな……)
先ほどかなり力強く暴れられたことを思い出しながら、女は自分の指に唾液を絡ませて、皮を被ったクリトリスに触れた。先ほどから緊張で小刻みに震えている体が、大きく揺れる。
「……っ♡ い、いきなりすぎやしませんか……」
「オナニーとか普段しないんですか?」
「答える義務は……あり、ませんっ」
「…………へぇ、まぁいいですけど……」
職人のような手つきで繊細な部分を弄っていると、自分がされているわけではないけれど相手の反応を見て、自分も気持ちよくよがっているような気持ちになる。共感覚のようなものなのだろうか。
成り行きがめちゃくちゃだったが、結果的に狙っていた美人上司(しかも処女)とセックスできているから、自分はラッキーな人間だと女は思った。
「ん゛ぅっ……♡ そ、そこダメです……」
「うーん、自分で弄ってないって信じられないくらいには結構デカいですよ。何とは言いませんけど、アハハ」
弄っていると下から愛液がダラダラと湧き出てくるので、それを掬ってさらに擦り付けると、ぬるぬるとして汗よりも粘着質な愛液と、芯を持って硬くなるクリトリスが混じり合って、卑猥な光沢を放つ。
「めっちゃ濡れてますよ〜、本当に初めてなのかな?」
「わ゛たしは、誰ともこんな……卑猥なごどはっ……あ゛っ、あ゛う゛っ……♡」
ついでとばかりに膣に指を差し込むと、拒むような弾力がある。
「あ、処女っていうのマジなんですね」
「ばかに……ぃっ……してるんですか……⁉︎」
「いや全然。むしろ初めてのセックスが女同士だと、男で満足できるようになるのかなってかわいそうに思いますよ♡ でもガバマンにはならないようにしますからねー♡」
「う゛ぅ……ぞんな゛っ……知り゛ま゛ぜん゛っ」
「…………あ、二本目入っちゃった♡」
「あ゛ぁ゛っ……♡」
最初は侵入者を拒んでいたメーテルリンクの膣内も、ゆっくりとほぐし続けたことによって、異物を受け入れるように柔らかく緊張も解けていた。
「ここ、尿道の近くの裏筋を擦ると……気持ちいいですよ」
「ん……ぁ……っ……う゛っ……♡ あ゛あ゛っ……♡」
生暖かい膣の中を無遠慮に荒らしていると、それに比例するように、メーテルリンクがベッドのシーツを掴む力が強くなっていく。
「そんなに耐えてなくてもいいのに。わたしのシーツが破けてしまいますけど♡」
その言葉すらも聞こえていないのか、快楽を逃そうと必死になるあまり指先が白く変色する。それと同時に膣内も指を咥え込んで、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる。
「はぁ、締め付けすご……♡ 指取れそう……♡ これはちんこじゃないってのに♡」
「あ……はぁっ……も、駄目です……♡」
下品な水音を立てる膣内に、女は三本目の指を挿入した。ギチギチに締め付けてくる割にはすんなりと指を受けれた。
(──この人、ド淫乱の素質ありだな♡)
普段の楚々とした様子からは考えられないくらい派手に喘ぐ上司を見ていると、心底気分がいい。
性欲が薄そうな人間を悦楽に目覚めさせるこの瞬間、男とのセックスで満足できていない女を絶頂に導く瞬間が、女にとっては男を「わからせる」ことと変わらない快感を女に与えてくれる。
「このままだとちんこ突っ込んでも、大丈夫そうじゃないですか? わたしにはついてませんけどね〜♡」
「あ゛……っ……う゛ぅぅぅっ……♡ しっ、死ぬっ! 気持ち良すぎて、おかしくなります……っ!」
「イきそうですか? いいですよ、イっちゃっても♡」
女は指の動きをあえてゆっくりにした。その分丁寧に愛撫する。クリトリスをいじる仕草は力強く、中で動かす分はそれほどガシガシとがっつかずに緩慢な動きであえて焦らすという戦法である。
中イキは難しいだろうと思ってそうしたのだが、意外にもメーテルリンクは女の期待を僅かに上回った。
「も、も゛っと……早く!」
「え、えぇ……わかりました」
注文をつけられると思っていなかった女は、言われた通りに激し目に指を動かした。
(マジか……。処女でガシマン希望するとか、ヤバすぎる! わたしの時は痛くて死ぬかと思ったのに……。──いや、あれは男が悪かったな……。わたしって手マンがうますぎなのかも♡)
などと考えながら、女は膣内をゾリゾリと抉るように愛撫した。ただでさえギチギチに締めてくる
「っ……あ゛ぁっ! あ゛ぁあ゛っ♡ ……イ゛、イ゛ぎま゛ずっ! イ゛ぐっ……♡」
誰に教えられたわけでもないのに、先の台詞を言いながら絶頂に至ったメーテルリンクを、女はイライラしながらも冷静に観察していた。彼女は所謂、ポルノでも見たことがないような「床上手の処女」というやつかもしれない、と。フィクションのみの存在だと思っていたが、実在するとは──。
絶頂に至ったことでやや緩くなった膣内から手を引き、女は肩で息をしながらぜえぜえと喘ぐメーテルリンクを横向きに倒した。
「えっ? あの、え、何を……するつもりなんですか……?」
「ムラムラしてきたから、付き合ってください」
「え、女性同士で……その、するんですか⁉︎」
「何を今さらカマトト打ってんだよ! 貝合わせするから、ちゃんと足広げろ!」
女はメーテルリンクの手を取ると、太ももを上げて膣口を見せる姿勢を取らせた。
「えっ……えっ……」
「あはは、犬みたい……♡ チンチンのポーズですよ、ほら、わかります? 犬が電柱にションベン掛ける時のやつですよ……♡ あー、クッソ情けなくてかわいい♡」
「わ、わたし……犬……じゃ……ないです……」
そうは言いながらも、メーテルリンクは女に言われた通りに足を上げ続けた。かなしいことに普段から鍛えている職業軍人の習性が、セックスにも応用されてしまっている。
「手マンで躾けたワンちゃん、お利口で助かりま〜す♡」
女は自身の股を挿入するような要領で、メーテルリンクの股間に押しつけた。
「えっ……あ、あのっ……これは……あ゛っ……♡」
ぬちぬちと、お互いの愛液が混ざり合う音がする。女が無遠慮にグッと股ぐらを押し付けて、気持ちいい箇所を探りながら、強引なオナニーじみた律動を繰り返すたび、熟れた女性器同士が絡み合い、体温が混じり合って恐ろしいほど気持ちよかった。
「あ゛ぅっ……あ゛っ……そ、そんなっ……めちゃくちゃ濡れて……♡」
「ほら、クリトリス同士兜合わせすると……ぉ゛……っ……気持ちい……ですよ♡」
「う、うぅ……♡ 女同士で兜合わせなんて、意味がわかりません……っ♡」
「へー、兜合わせの意味を知ってるんですね。意外だなぁ……♡」
「そっ、そんなの……語感で察しがづぎ……っ……ぁ……♡」
「口答えは禁止でーす♡」
女がメーテルリンクの口を唇で塞ぐ。快楽に耐えるために噛んだ唇からは、若干の血の味がする。しっとりとした唇は、普段から手入れをしている証拠だ。
丹念に愛撫を続けていると、くぐもった声の中から徐々にか細い喘ぎ声のようなものが漏れ出るようになった。
堪えるためにシーツを握ろうとする手を繋ぎ止めてそっと握ると、握り返してくる。
「ん……ぅ……そんなに力一杯したら……壊れます……」
「だ……れのせいだ……と……んぅ……っ……♡ 思ってるんですか……」
ガクガクと揺れる腰に、更に勢いづいて性器同士をくっつける。遠慮がちに浮いていた敏感な部分を攻められて、メーテルリンクは激しく呻いた。
「あ゛っ……あ゛あ゛っ……♡ イ゛っ……♡ はぁっ……な、何をいきなり……」
「スネイルも、こうやって……ん゛っ……じっと押し付けると……感じてました、よ……♡」
「今は……、スネイルの名前は……出さないで……ください……」
「なんで? 恥ずかしいんですか?」
「あの人が……こんなことしてたなんて……。こんな風に気持ちよくなってたなんて、本当に……、ありえない……!」
「ハァ……?」
「こっ、こんなことをして彼を籠絡させて……、恥を知りなさい……! うぅ……っ……悪魔……」
「急に何? 賢者モードになってる?」
「だ、だってこんなこと、絶対に良くない……!」
──快感に浸っているくせに、何を偉そうに語っているんだろう。
脳に血がのぼって、ムカついて、苛立ちをぶつけるように腰を乱暴に動かした。
「…………あいつと同じこと言うの、やめてもらっていいですか? 一丁前に優等生ぶるのも、ムカつくんですけど」
「……っ……ん……っ⁉︎」
再び唇を塞ぐと、メーテルリンクの吐息が二人の合わせた唇の合間から漏れ出る。
(最初から素直になっておけばいいのに……)
部屋中が湿っぽい空気に包まれているようだった。このままドロドロに溶け合って、空気になれてしまえば素敵なのに、と女は思った。
「難しいことは、何も考えないで……」
何も考えたくないからセックスをしている。理由を考えたら、自我が崩れてしまう。女が必死に訴えると、その目線に何か感じるものがあったのか、メーテルリンクは頷いた。
「わたし、何も考えたくないんです。前に寝た男のことなんて、正直どうでもいい……」
吐き出すように呟くと、女は再びメーテルリンクの唇に噛み付いた。波のように押しては引いてを繰り返す快感の中で、次第に時間の感覚は間延びしていく。
スローなセックスの途中、メーテルリンクは何度も目の前の女を糾弾してやりたい衝動に駆られた。彼女の道徳観としては、婚約もしていない人間同士が見境なくセックスをするのは良くないことだと思えたし、第一仕事を放り出して性行為に耽溺することは、退職も視野に入れなければならないような重大な違反行為である。
それでも、やろうと思えば力任せに退けることもできたのに、メーテルリンクはそうすることはしなかった。否、できなかった。
下半身から卑猥な音を立てながら、何かを思い出そうとしても思考はまともに動かなかった。
「…………あ」
女が少し動きを止めたかと思うと、二人の接続面に指を遣った。接面する女性器の間に指を突っ込み、ぞりぞりと棒を突っ込むように動かす。
「……ほら、混ざってる」
女はその人差し指を、自慢げにメーテルリンクの眼前に突き出した。指に付着した二人の愛液を指してそう言っているのだろう。
汗で湿った前髪が、女のおでこにくっついていた。
子供みたいだな、とメーテルリンクは思った。
「まんこって熱いのに、愛液ってぬるいですよね」
「知りませんよ、そんなこと」
「ふぅん……」
それ、は白と透明が混じって、乾きかけの接着剤のようにべっとりとしていた。
「これって、わたし達ですよ」
大真面目な顔で女がそう言ったので、思わず吹き出しかける。
「貴女、今キマってるんですか」
「……別にぃ、詩的な比喩、ですよ……技術屋はこれだから……」
女はぶつぶつと言いながら、恥ずかしさを誤魔化すように腰を揺らした。
(これがわたしたち、ですか……)
「セックスの時に難しいこと、言わないでください。哲学の授業じゃないんだから……」
先ほど女に言われた言葉を、繰り返す。目の前の彼女は、ヘラヘラと笑った。
※
「…………はぁ」
メーテルリンクは、デスクでため息をついた。目の前のモニタには「申請受理」の文字が表示されており、それは認証まで済ませて、申告を終えたことを意味している。
その文字を目にした瞬間、どっと体の力が抜けて先ほどのため息が漏れ出たというわけである。
(本当はこんなこと、しなければよかったのかもしれない)
彼女の脳裏には、以前性行為に及んだ相手の顔が浮かんでいた。性衝動のままに動く野生生物のような女のことは、忘れることができない。彼女がなんらかの問題を抱えているだろうということも、想像できる。しかし、
「これは、あの子のためにもなりますから……」
先ほど申請したのは、社内の通報窓口への被害報告だった。この窓口は、要はよくある社内のセクハラ・パワハラ相談窓口である。彼女はそこにあの女のことを通報したのだった。
うまくいけば、性依存に対する適切な医療行為を受けられるだろうし、それが被害者を減らすための取り組みにもなるだろう。万が一、更生の余地なしと判断された場合は──、口に出したくは無い。
メーテルリンクは、完全に善意で動いていた。それまでだって、これからだってそうだ。この企業が清廉潔白であるとは到底思えないが、沈黙しているよりもいいことであると彼女は信じている。
これであの人も、善い道に進んでくれればいい。その手助けをするために、わたしは頑張った……。メーテルリンクは心の中で、自分にそう言い聞かせる。
いいことをすれば、いいことが。悪いことをすれば悪いことが、返ってくる。人を正しい方向へ導くことは、いいこと。
脳裏に焼きついて離れない女の顔を消し去るように、メーテルリンクは新しい資料に目を通す。
彼女が仕事に打ち込んでいくうちに、次第に女の姿はぼやけていき、輪郭すらも曖昧になり、しばらくすると遠い闇に葬り去られていくのだった。
スネイルの機嫌が悪い。いつものことだ。
彼の呼び出しはいつも唐突で、脈略がない。メーテルリンクはそれに対して表立って文句を言うことはしなかった。それが無礼な態度であることを承知の上で、彼を個人的に尊敬し、慕っている。慕っているという言い方は正しくないかもしれない。彼女は別にスネイルのやり方を全面的に支持しているわけでもないし、むしろその苛烈で冷酷な指針を示す部分を嫌悪すらしていた。
しかし、それでもメーテルリンクはスネイルに憧れずにはいられなかった。その強固な信念や仕事への真面目さは、彼の欠点を上回っているように感じられたし、自分にはない要素を持つ彼のように、押しても押されぬ人間になりたいと思っている。だからこそ、こうやって意味のない呼び出しにもすぐに応じているのだ。
「スネイル閣下、何のご用件でしょうか」
始業時間から少し経った頃、スネイルは社用のメッセージアプリでメーテルリンクを呼び出した。彼女がスネイルの執務室に入ると、彼はモーニングのコーヒーを片手にオフィスチェアに神妙な顔で座っていた。いつもの人を見下すような傲慢な目つきはそのままに、平素より苛立っているのか、眉間に皺が寄っている。明らかに機嫌が良くない。
「あの女が……音信不通です」
「閣下……? 失礼ですが、あの女とは誰のことでしょうか」
音信不通ということは、飛んだか、よほど体調が悪くて臥せっているか、最悪部屋の中で死んでいるかのどれかなのだろう。つまり、どれにしても良くない事態であることには変わりない。
面倒なことに巻き込まれた。思わずため息をつきたくなるが、スネイルの手前グッと堪える。
スネイルはメーテルリンクの眼前に、ある女性社員の個人IDを突きつけた。社内用のプロフィールには、名前と顔写真、所属する部隊が記載されている。
「あっ……」
その顔を見て思わず声が出た。何かと悪評高い新入社員で、スネイルが自ら手綱を握らされているお偉いさんの娘と噂されている女だった。一度第二部隊と第六部隊が合同で作戦を行った際に、基地の中ですれ違ったことがある。
「顔は知っているようですね」
「はい。その……彼女に関して、あまり良い噂を聞かないですけれど」
「貴女がそれを知っているということは、彼女の悪評は妥当な結果と言わざるを得ないようですね。私の心痛を理解していただけるようなら、あの女の社宅の部屋に行って死んでいないか確認して来て欲しいのですが、行けますね?」
「あの、閣下が女性寮に入れないのはわかるのですが、なぜわたしに……」
「丁度間が悪いことに、私の部隊にいる他の女性社員が全員有給を取ってしまっているのですよ。それに、気兼ねなく用件を頼める女性社員はメーテルリンク、貴女だけなのでね」
「それは、そうでしょうけれど……」
「わかったら速やかに任務を遂行してください。すでに管理人には許可を取っています」
そうして、メーテルリンクは有無も言わされず部屋から追い出されたのだった。片手の端末には社員寮の部屋番号と、緊急のためのロック解除に使用するパスキーが書かれている。
本当に、本当に嫌なことだったけれど彼に逆らうという選択肢はメーテルリンクには残されていなかった。渋々と社員寮に向かう道すがら、彼女の脳内には嫌な考えが渦巻いていた。
まず、スネイルが女性社員を「あの女」呼ばわりしていたのが気になる。二人はどういう関係なのか。スネイルがこれほどまでに重要視して、自分を向かわせるほどの新入社員の女。どんな人間なのだろう。音信不通ということは、もしかして部屋で首でも吊っていたら……⁉︎
万が一にでも、スネイルが恋人など作ろうものならメーテルリンクは動揺して食事も喉を通らなくなるかもしれない、と思った。
合理主義の彼がわざわざ弱点になるような存在を作っていたならば、それは気が狂ったと考えていいと思う。そういう弱さを排除した存在だから、こうやって文句を言いながらついて行っているのだ。もし、彼が世迷言を言うようになったらその時は……刺し違えてでも止めてあげよう。
そんなことを考えながら歩いていると、ついに目的の場所に辿り着いてしまった。
「…………これは仕事、これは仕事」
嫌なことがあっても、それを唱えると途端にどうでもいいことのように考えられる。一種のおまじない、自己暗示、自分を守る為の魔法の言葉。
つめたいドアノブを捻ると、チェーンもかかっていないドアはあっさりと開いた。
中は電気が付いておらず、薄暗い1Kに置かれた大きなベッドと、床に散乱した大量のゴミが彼女の目を引いた。ベッドの上には、こんもりと膨らんだ毛布がある。
「入りますよ」
大きな声でそう言い、入り口横に手を這わせて照明のスイッチを入れる。バチッという音と共に昼前にしては眩しすぎる明かりが灯った。
足元のゴミに靴が接さないように、慎重に歩く必要があった。食べかけのスナック菓子、開いたままの本、ストッキング、ティッシュなどが足の踏み場もないほど散らばっており、潔癖症のきらいがあるメーテルリンクは一秒でも早く無事を確かめて退散したいと切に願った。
「あの、生きてますか……」
ベッドの上の布団を無理やり剥がしてしまう勇気はなかった。中に遺体が……というパターンもあり得るからである。
まず声をかけてみたが反応はない。揺さぶってみたら、抵抗があった。生きている。
「…………だれ」
布団の中から気怠げな声がした。明らかに不機嫌な声に、安心すると共に不遜な態度を取る女に対して、苛立ちの感情が湧き上がってくる。
「スネイル閣下に言われて安否確認をしに来ました。貴女、会社を飛んだのではないかって疑われていましたよ」
「…………あぁ、そうですか」
布団から顔を出した女は、眩しさに目を細めながらメーテルリンクを見上げた。スネイルに見せられた社員証の顔写真よりも幼く見える。化粧をしていない素顔の彼女は寝癖のついた頭も気にせず、他人事のように曖昧な返事をするだけだった。
「そうですか、ではないでしょう⁉︎ 無断欠勤をしてるんですよ!」
「はぁ……そうですか。それはまぁ、すみません」
「閣下は怒り心頭でしたよ」
「スネイル、キレてたか……。でもいつものことですし、いいんじゃないですか?」
「最悪の場合、解雇になるかもしれないのに、気にしないんですか?」
「……うーん、別に。今ってどこでも就職口はあるし、そもそもヴェスパーって人材不足だからちょっと休んだくらいじゃせいぜい口頭でお説教されて終わりだと思いますよ。……ってか、今更ですけど貴女誰なんですか?」
「……わたしはヴェスパー第六隊長の、メーテルリンクです」
「はぁ……?」
女は怪訝な表情を浮かべて、メーテルリンクを見た。
「…………」
「え、マジで隊長格の人がわたしのことわざわざ起こしに来たんですか? 超ウケる。パジャマ姿で失礼しましたぁ〜」
最悪だ。馬鹿にされている。絶対にそう思われるだろうと思っていたけれど。
「そういや、何となく見たことある気がしないでも……。隊長をこんな仕事に使うなんて、スネイルも人使いが荒いんですねぇ、ご苦労様です」
「そう思うなら、無断欠勤も音信不通になるのもしなければいいでしょう!」
「やば。でも超正論だから何も言い返せないですね、これ……すみません、すみませんって」
頭を掻きながら適当な謝罪の言葉を繰り返す女を見て、メーテルリンクは心の奥底からひしひしと怒りが湧き上がってくる感覚を覚えた。
(……いけない、冷静にならなくては)
個性の塊のようなヴェスパー隊員たちを見ていて、比較的常識的な価値観を持つメーテルリンクは調整役というか、中間管理職的な立ち位置に立たされることが多かった。
昔からそうだった。小さい頃からいい子、おとなしい子、扱いやすい子供、優等生として見られることが多かったメーテルリンクは、常に誰かしらのお世話係、あるいはお目付役として大人にいいように使われることが多かった。
上手く躱すこともできず、大人になった今でもそのような役回りをさせられることが多い。その上、舐められやすいのか、その手の問題児が行動をあらためてくれた事もない。それを押さえつけることは苦痛だった。
こんなことがずっと、二十数年続いている。実力で勝ち取ったヴェスパーの番号だけが、唯一彼女の権威を保証してくれる資格だった。
「…………無事が確認できたので、わたしは戻ります。準備をして、速やかに出社してスネイルに謝罪とお詫びをした方がいいですよ」
この人を見ているとイライラする。
悪い物事の元凶からは、できるだけ速やかに立ち去った方がいい。
メーテルリンクは薄汚れたゴミ屋敷から立ち去ろうと、一歩を踏み出そうとした──。
「待ってそれは踏んだらヤバい!」
「え? …………な、ななッ⁉︎ これは……」
右足を前に出した姿勢で、メーテルリンクは固まった。彼女の目線の先にあったのは、いわゆる大人のおもちゃ──ディルドだった。
「あー、昨日オナってから床に置きっぱにしてたんですよ。すみません、すぐ片付けるんで」
「あ、あ、あっ貴女⁉︎ 何ですかこれはっ⁉︎」
「え、嘘だ。ディルド知らないんですか?」
それなりのサイズがあり、悪趣味な蛍光ピンクの色をした「それ」を素手でぎゅっと掴みながら、女は恥ずかしがる様子もなく、淡々としていた。
「そ、そそ、そんなものを……よくも平気で!」
「あぁ、ディルドは知ってたんだ。よかったです、ガキじゃないしなって思ってたんで。ってか第六隊長殿ってオナニーするんですか?」
「⁉︎」
メーテルリンクは絶句した。目の前の女が何をいっているのか分からなかった。脳が理解を拒む。そうしている間にも、女は何も聞いていないのにスラスラと自分の性事情を暴露する。
「わたしって結構性欲強くって、ほぼ毎日オナってるんですよね。んで、アーキバスの子も結構食べたかな。スネイルとヤった時はマジで大変で、あいつわたしのこと妊娠させるとか何とか言っててキモかったんですよね。乳首いじるとすごい声出すから、面白かったなぁ……」
「スネイルが⁉︎」
「え、まだヤってなかったんですか? てっきり『コレ』だと思ってんですけど」
女は小指を立てるという非常に古風なジェスチャーをして見せる。頭に血の昇ったメーテルリンクはその意味を理解する前に、ニュアンスで女が言わんとしていることを察した。
思わず、詰め寄って女の顔を見る。面白いものを見つけた、という表情でニヤニヤと笑っている。下品な目つきだと思った。
「わたしが……、わたしがスネイルとそんな、関係しているだなんて、そんな冗談は、決して、死んでも通しません……! 誰が言い出したか知りませんけれど、わたしは、わたしとスネイルは、そんな下賤な関係ではありません!」
女の肩を鷲掴みにしながら、メーテルリンクは吠えた。今までの人生で、ここまで激昂したことがあっただろうか。女は、本気で怒っているメーテルリンクを見て、顔から趣味の悪い笑みを消した。
今度は嬉しそうに微笑んで、彼女の頬にそっと手を当てる。
「……そうですか。いや、何、ちょっとカマをかけてみただけです。ジョークですよ、ジョーク。でも怒らせてしまったみたいで。関係が潔白だということは知ってますよ、最初から」
「…………スネイルと貴女は、どうなんですか」
「別に? 一回こっきりヤっただけですよ。あ、わたしから無理やりしたんで、セフレとかそういうのでもないです。ただ、まぁ、スネイルがどう思ってるかは知りませんけど……?」
「…………」
「え、気になります?」
「別にそういう訳ではありません。プライベートな部分は、別に……」
そう口では言いながらも、メーテルリンクは先ほど女が発した言葉を気にしていた。スネイルのことを卑猥な目で見たことは決してない。今だってそのはずなのだが、言われてしまったものは気になってしまう。潔癖なイメージのあるスネイルが、どんな姿で行為に耽っていたのか……。嗚呼、考えるだけでも汚らわしい!
「考えててもいいと思いますよ、別に」
「え……」
「性欲って、別に悪いことじゃないですよ。性欲がなかったら人間絶滅するし。わたしみたいにコントロールできないくらいに困ってるなら別ですけど、普通にオナニーするくらい誰でもやってますよ。言わないだけで、みんなポルノくらい見てるし、ムラムラしたらオナニーしますよ!」
「でもスネイルはそんなことしません!」
「してた! わたしとセックスして、ちんこ弄られてデカい声で喘いでた!」
「しません!」
「するんだってば!」
議論というより、喧嘩と表現した方が正しいだろう。二人はお互いを強情な人間だと評価した。
「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」
感情的になったメーテルリンクは、女の胸元を掴んで叫んだ。信じがたい言葉を投げつけられて辛抱できなかったのである。
女は目の前の大人しそうな上司が、胸元を掴むという比較的暴力じみた行為を取るとは思っていなかった。思わず目を見開く。大して体格差のない二人だったが、無意識のうちに「この人は大丈夫だろう」と侮っていた女の方がメーテルリンクに力負けする形になり、二人してベッドに倒れ込む形になった。
尊敬する上司を侮辱されて顔を真っ赤にしながら叫ぶメーテルリンクを見て、女は呆気に取られた。
「あ、貴女は大嘘つきですっ! スネイルがそんなこと、するわけないじゃないですか……」
後輩をガクガクと揺さぶりながら、メーテルリンクは悲痛な声を上げた。女はそれを見ながら、枕元に充電してあった端末に手を伸ばし、手早くロックを解除する。
「……これ、見てください」
メーテルリンクの眼前に、卑猥な写真が映し出された。目も当てられないような惨たらしいスネイルの姿を見て、彼女は絶句した。
「合成とかじゃないですよ」
「嘘だ……、そんな……あり得ない……」
「……」
先ほどまで、女が勢いに圧倒されるほどに怒り狂っていたメーテルリンクだったが、スネイルのハメ撮りを見ると急に静かになり、メソメソと泣きだした。女は、この状況に慣れていた。彼女持ちの女から寝取ると、火山の噴火のように怒った後、さめざめと泣き出すパターンがまれに発生する。現実が受け止めきれなくてストレスの発露の手段として、悲劇のヒロインのように振る舞うのだ。
今回の場合は別に寝取ってないからなぁ……、と女は思った。
ここで「わたしは別にスネイルのこと好きじゃないんで」と言ったところで追い討ちをかけるだけだ。女の怒りの火に油を注いだ所で何もよくならないことを、彼女はよく知っている。
「…………スネイルは、どんな風に貴女とセックスしたんですか」
「…………はぁ?」
目を真っ赤に腫らしながら、メーテルリンクは女に向かって先ほどの言葉を放った。
「わたし……は、貴女を許しません。ですが、自由恋愛が認められていることもわかっています。後学のために、理解しておきたいんです。彼のことを」
「後学……ですか」
(結構切り替えの早い、図太い女だな)
メーテルリンクの言葉を聞き、後学のためだという方便が嘘だと思えて仕方なかった。
実際のところ彼女のその気持ちは本当だったのだが、スネイルの弱みを知りたいという下心が含まれてもいた。
「……ん、じゃあ、しょうがないですね」
この部屋に他人を入れて、タダで帰したことはない。女は緊張で固まるメーテルリンクの頬に手を添え、そっと唇を啄んだ。
「……⁉︎」
触れた先から、熱くなる。
暴れようとするメーテルリンクを下から抱え込むようにして押さえつけると、体が密着する。そのまま困惑して開く口に舌を捩じ込むと、ベッドが軋むほど混乱して外に逃げようと四肢が動く。
「っ…………! わたしは別に、こんなことがしたくて聞いたんじゃ……!」
「えーでも、体に教えた方が一番早いかなって」
「せ、性行為は愛する二人が行うもので……!」
「ご実家ってカトリックとかですか? 別に一発くらいやったって減るもんじゃないですよー。……あぁ、もしかして、処女?」
「う、訴えます! こんなことあり得ません! セクシュアルハラスメントで……んんっ⁉︎」
メーテルリンクの胸を鷲掴みにしながら、この人は絶対に処女だと女は確信した。
「あーヤダヤダ、この状況で誰かが入ってきたら、いたいけな後輩が先輩に押し倒されてると思われちゃいますよぉ。そうなったら困るのって……第六隊長殿ですよね? スネイルはわたしに籠絡されてるから、多分わたしの証言信じちゃうだろうなー」
後半の部分は完全にハッタリで嘘だった。スネイルは女のことを別に好いているわけではない。手駒として置いている、ただそれだけである。それでも、メーテルリンクへの攻撃としては充分だった。
「うっ、うぅっ……うううう…………!」
女が顎で促すと、メーテルリンクはボロボロと涙を零しながら、上着を脱ぎ、ワイシャツのボタンを一個ずつ外していく。
手は真冬の中にいるかのように震えるが、厳しい監視の目の元で確実な動きを強要される。脱がしている間も惜しいのか、女はメーテルリンクが今まさに脱いでいる真っ最中のシャツの下に着込んだタンクトップに手を突っ込んだ。徐々に上の方に手を伸ばすと、ワイヤーの入ったブラジャーの感触があった。フロントホックだった。
(お、ラッキー。脱がせやすいじゃん)
「スネイルはね、乳首弄られて感じてたんですよ。最初からマゾの才能があったなー、あいつは」
性行為の様子を知りたいと言ってしまった手前、やめて欲しいとは言えなかった。
「ブラの上は脱がなくていいですよー、中でブラジャー外しちゃうけどね」
「…………っ」
誰にも触らせたことのない新雪のような肌を、慣れた手つきが無遠慮に弄る。拷問に耐えるような表情でぎゅっと目を瞑るメーテルリンクを見て、我ながら親父臭かったかな、と女は少し後悔した。
「わかった、わかりました。わたしも脱ぐんで、先輩だけにひどい目にあわせたりはしませんよ……」
女は素早く部屋着を脱ぎ、ブラジャーも取り外すと目の前で座っているメーテルリンクをそっと抱きしめた。
「ほら、胸と胸が当たってますよ……ってかメーテルリンクさんって冷え性なんですか?」
「貴女が子供体温なだけです」
鼻を啜りながら耳の近くでそれなりの声量で喋られたので、女は少し耳が痛くなった。子供体温だと指摘されたのは初めてだったかもしれない。
「スネイルとも……こういうことをしたんですか」
「……ちょっと胸は、はい。おっぱい吸わせて上げました。それで、赤ちゃんプレイ搾乳手コキをさせていただき……」
「…………」
「あの、ショックなら聞かない方がいいんじゃ──」
「うるさいですね! 貴女は黙っていてください!」
(だ、だる〜!)
スネイルとはまた別のベクトルで面倒な相手だ。口ではそう言いながらも腕を回してくるメーテルリンクの様子が、スネイルの母体回帰的な性的嗜好と似ているように感じたが、決して口には出さなかった。
「……山で遭難したみたいに抱き合って、終わりなんですか?」
「スネイルはたしか……、この後手コキで一回出して、わたしのまんこの中でアナル弄られながらイって……あとはなんだっけな……」
「ま……ン゛ンッ! とにかく、女性器に挿入して、射精をしたという認識でいいですね?」
「そうですよ。女同士で挿入はできないですけど、それに近いことなら……」
「あぁ、スネイル……可哀想に……!」
「えぇ、何がかわいそうなんですか……」
「こんな、こんなことってないですよ。今わたしが感じている屈辱は、スネイル、貴方もそうなんですね……」
(なんか色々と酔っててめんどくさいな、この人)
思い込みが激しくて、陶酔的なところは二人ともそっくりだと女は思った。類は友を呼ぶという言葉の意味を脳内で反芻していると、自分の胸に押し当てられている他人の乳首の感触がやけに生々しく感じられてきて、目の前で祈るように何かブツブツと独言ている様子を見て、脳と下半身が苛立ってくるのがわかった。たかがセックスをするために、スネイル教の信仰告白に付き合わされているのは気分が悪い。胸も合わせていたところで、視覚的には興奮するけれど、開発してなければただ生暖かくて柔らかいだけだ。
「なんかまんこもイライラしてきたし、いいですよね……?」
女は腰を浮かせて自分の半ズボンをおろした。メーテルリンクがギョッとした目でそれを見るので、女は大きなため息をついた。
「ほら、脱いでください。これはスネイルもやってたんですよ?」
若干脅すような口調で囁けば、彼女は嫌々ながらも下着を脱いだ。
「……下、触りますよ」
「…………んぅっ」
ガチガチに固まった体をベッドに横たわらせると、閉じようとする足を優しく押さえつけて、開かせた。陰毛は脱毛で処理しているが、申し訳程度に薄い毛が伸びている。成人女性ならそうなるだろうという具合の、なんの特別さのない普通の女性器だ。
(いきなりクンニしたら殺されるかな……)
先ほどかなり力強く暴れられたことを思い出しながら、女は自分の指に唾液を絡ませて、皮を被ったクリトリスに触れた。先ほどから緊張で小刻みに震えている体が、大きく揺れる。
「……っ♡ い、いきなりすぎやしませんか……」
「オナニーとか普段しないんですか?」
「答える義務は……あり、ませんっ」
「…………へぇ、まぁいいですけど……」
職人のような手つきで繊細な部分を弄っていると、自分がされているわけではないけれど相手の反応を見て、自分も気持ちよくよがっているような気持ちになる。共感覚のようなものなのだろうか。
成り行きがめちゃくちゃだったが、結果的に狙っていた美人上司(しかも処女)とセックスできているから、自分はラッキーな人間だと女は思った。
「ん゛ぅっ……♡ そ、そこダメです……」
「うーん、自分で弄ってないって信じられないくらいには結構デカいですよ。何とは言いませんけど、アハハ」
弄っていると下から愛液がダラダラと湧き出てくるので、それを掬ってさらに擦り付けると、ぬるぬるとして汗よりも粘着質な愛液と、芯を持って硬くなるクリトリスが混じり合って、卑猥な光沢を放つ。
「めっちゃ濡れてますよ〜、本当に初めてなのかな?」
「わ゛たしは、誰ともこんな……卑猥なごどはっ……あ゛っ、あ゛う゛っ……♡」
ついでとばかりに膣に指を差し込むと、拒むような弾力がある。
「あ、処女っていうのマジなんですね」
「ばかに……ぃっ……してるんですか……⁉︎」
「いや全然。むしろ初めてのセックスが女同士だと、男で満足できるようになるのかなってかわいそうに思いますよ♡ でもガバマンにはならないようにしますからねー♡」
「う゛ぅ……ぞんな゛っ……知り゛ま゛ぜん゛っ」
「…………あ、二本目入っちゃった♡」
「あ゛ぁ゛っ……♡」
最初は侵入者を拒んでいたメーテルリンクの膣内も、ゆっくりとほぐし続けたことによって、異物を受け入れるように柔らかく緊張も解けていた。
「ここ、尿道の近くの裏筋を擦ると……気持ちいいですよ」
「ん……ぁ……っ……う゛っ……♡ あ゛あ゛っ……♡」
生暖かい膣の中を無遠慮に荒らしていると、それに比例するように、メーテルリンクがベッドのシーツを掴む力が強くなっていく。
「そんなに耐えてなくてもいいのに。わたしのシーツが破けてしまいますけど♡」
その言葉すらも聞こえていないのか、快楽を逃そうと必死になるあまり指先が白く変色する。それと同時に膣内も指を咥え込んで、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる。
「はぁ、締め付けすご……♡ 指取れそう……♡ これはちんこじゃないってのに♡」
「あ……はぁっ……も、駄目です……♡」
下品な水音を立てる膣内に、女は三本目の指を挿入した。ギチギチに締め付けてくる割にはすんなりと指を受けれた。
(──この人、ド淫乱の素質ありだな♡)
普段の楚々とした様子からは考えられないくらい派手に喘ぐ上司を見ていると、心底気分がいい。
性欲が薄そうな人間を悦楽に目覚めさせるこの瞬間、男とのセックスで満足できていない女を絶頂に導く瞬間が、女にとっては男を「わからせる」ことと変わらない快感を女に与えてくれる。
「このままだとちんこ突っ込んでも、大丈夫そうじゃないですか? わたしにはついてませんけどね〜♡」
「あ゛……っ……う゛ぅぅぅっ……♡ しっ、死ぬっ! 気持ち良すぎて、おかしくなります……っ!」
「イきそうですか? いいですよ、イっちゃっても♡」
女は指の動きをあえてゆっくりにした。その分丁寧に愛撫する。クリトリスをいじる仕草は力強く、中で動かす分はそれほどガシガシとがっつかずに緩慢な動きであえて焦らすという戦法である。
中イキは難しいだろうと思ってそうしたのだが、意外にもメーテルリンクは女の期待を僅かに上回った。
「も、も゛っと……早く!」
「え、えぇ……わかりました」
注文をつけられると思っていなかった女は、言われた通りに激し目に指を動かした。
(マジか……。処女でガシマン希望するとか、ヤバすぎる! わたしの時は痛くて死ぬかと思ったのに……。──いや、あれは男が悪かったな……。わたしって手マンがうますぎなのかも♡)
などと考えながら、女は膣内をゾリゾリと抉るように愛撫した。ただでさえギチギチに締めてくる
「っ……あ゛ぁっ! あ゛ぁあ゛っ♡ ……イ゛、イ゛ぎま゛ずっ! イ゛ぐっ……♡」
誰に教えられたわけでもないのに、先の台詞を言いながら絶頂に至ったメーテルリンクを、女はイライラしながらも冷静に観察していた。彼女は所謂、ポルノでも見たことがないような「床上手の処女」というやつかもしれない、と。フィクションのみの存在だと思っていたが、実在するとは──。
絶頂に至ったことでやや緩くなった膣内から手を引き、女は肩で息をしながらぜえぜえと喘ぐメーテルリンクを横向きに倒した。
「えっ? あの、え、何を……するつもりなんですか……?」
「ムラムラしてきたから、付き合ってください」
「え、女性同士で……その、するんですか⁉︎」
「何を今さらカマトト打ってんだよ! 貝合わせするから、ちゃんと足広げろ!」
女はメーテルリンクの手を取ると、太ももを上げて膣口を見せる姿勢を取らせた。
「えっ……えっ……」
「あはは、犬みたい……♡ チンチンのポーズですよ、ほら、わかります? 犬が電柱にションベン掛ける時のやつですよ……♡ あー、クッソ情けなくてかわいい♡」
「わ、わたし……犬……じゃ……ないです……」
そうは言いながらも、メーテルリンクは女に言われた通りに足を上げ続けた。かなしいことに普段から鍛えている職業軍人の習性が、セックスにも応用されてしまっている。
「手マンで躾けたワンちゃん、お利口で助かりま〜す♡」
女は自身の股を挿入するような要領で、メーテルリンクの股間に押しつけた。
「えっ……あ、あのっ……これは……あ゛っ……♡」
ぬちぬちと、お互いの愛液が混ざり合う音がする。女が無遠慮にグッと股ぐらを押し付けて、気持ちいい箇所を探りながら、強引なオナニーじみた律動を繰り返すたび、熟れた女性器同士が絡み合い、体温が混じり合って恐ろしいほど気持ちよかった。
「あ゛ぅっ……あ゛っ……そ、そんなっ……めちゃくちゃ濡れて……♡」
「ほら、クリトリス同士兜合わせすると……ぉ゛……っ……気持ちい……ですよ♡」
「う、うぅ……♡ 女同士で兜合わせなんて、意味がわかりません……っ♡」
「へー、兜合わせの意味を知ってるんですね。意外だなぁ……♡」
「そっ、そんなの……語感で察しがづぎ……っ……ぁ……♡」
「口答えは禁止でーす♡」
女がメーテルリンクの口を唇で塞ぐ。快楽に耐えるために噛んだ唇からは、若干の血の味がする。しっとりとした唇は、普段から手入れをしている証拠だ。
丹念に愛撫を続けていると、くぐもった声の中から徐々にか細い喘ぎ声のようなものが漏れ出るようになった。
堪えるためにシーツを握ろうとする手を繋ぎ止めてそっと握ると、握り返してくる。
「ん……ぅ……そんなに力一杯したら……壊れます……」
「だ……れのせいだ……と……んぅ……っ……♡ 思ってるんですか……」
ガクガクと揺れる腰に、更に勢いづいて性器同士をくっつける。遠慮がちに浮いていた敏感な部分を攻められて、メーテルリンクは激しく呻いた。
「あ゛っ……あ゛あ゛っ……♡ イ゛っ……♡ はぁっ……な、何をいきなり……」
「スネイルも、こうやって……ん゛っ……じっと押し付けると……感じてました、よ……♡」
「今は……、スネイルの名前は……出さないで……ください……」
「なんで? 恥ずかしいんですか?」
「あの人が……こんなことしてたなんて……。こんな風に気持ちよくなってたなんて、本当に……、ありえない……!」
「ハァ……?」
「こっ、こんなことをして彼を籠絡させて……、恥を知りなさい……! うぅ……っ……悪魔……」
「急に何? 賢者モードになってる?」
「だ、だってこんなこと、絶対に良くない……!」
──快感に浸っているくせに、何を偉そうに語っているんだろう。
脳に血がのぼって、ムカついて、苛立ちをぶつけるように腰を乱暴に動かした。
「…………あいつと同じこと言うの、やめてもらっていいですか? 一丁前に優等生ぶるのも、ムカつくんですけど」
「……っ……ん……っ⁉︎」
再び唇を塞ぐと、メーテルリンクの吐息が二人の合わせた唇の合間から漏れ出る。
(最初から素直になっておけばいいのに……)
部屋中が湿っぽい空気に包まれているようだった。このままドロドロに溶け合って、空気になれてしまえば素敵なのに、と女は思った。
「難しいことは、何も考えないで……」
何も考えたくないからセックスをしている。理由を考えたら、自我が崩れてしまう。女が必死に訴えると、その目線に何か感じるものがあったのか、メーテルリンクは頷いた。
「わたし、何も考えたくないんです。前に寝た男のことなんて、正直どうでもいい……」
吐き出すように呟くと、女は再びメーテルリンクの唇に噛み付いた。波のように押しては引いてを繰り返す快感の中で、次第に時間の感覚は間延びしていく。
スローなセックスの途中、メーテルリンクは何度も目の前の女を糾弾してやりたい衝動に駆られた。彼女の道徳観としては、婚約もしていない人間同士が見境なくセックスをするのは良くないことだと思えたし、第一仕事を放り出して性行為に耽溺することは、退職も視野に入れなければならないような重大な違反行為である。
それでも、やろうと思えば力任せに退けることもできたのに、メーテルリンクはそうすることはしなかった。否、できなかった。
下半身から卑猥な音を立てながら、何かを思い出そうとしても思考はまともに動かなかった。
「…………あ」
女が少し動きを止めたかと思うと、二人の接続面に指を遣った。接面する女性器の間に指を突っ込み、ぞりぞりと棒を突っ込むように動かす。
「……ほら、混ざってる」
女はその人差し指を、自慢げにメーテルリンクの眼前に突き出した。指に付着した二人の愛液を指してそう言っているのだろう。
汗で湿った前髪が、女のおでこにくっついていた。
子供みたいだな、とメーテルリンクは思った。
「まんこって熱いのに、愛液ってぬるいですよね」
「知りませんよ、そんなこと」
「ふぅん……」
それ、は白と透明が混じって、乾きかけの接着剤のようにべっとりとしていた。
「これって、わたし達ですよ」
大真面目な顔で女がそう言ったので、思わず吹き出しかける。
「貴女、今キマってるんですか」
「……別にぃ、詩的な比喩、ですよ……技術屋はこれだから……」
女はぶつぶつと言いながら、恥ずかしさを誤魔化すように腰を揺らした。
(これがわたしたち、ですか……)
「セックスの時に難しいこと、言わないでください。哲学の授業じゃないんだから……」
先ほど女に言われた言葉を、繰り返す。目の前の彼女は、ヘラヘラと笑った。
※
「…………はぁ」
メーテルリンクは、デスクでため息をついた。目の前のモニタには「申請受理」の文字が表示されており、それは認証まで済ませて、申告を終えたことを意味している。
その文字を目にした瞬間、どっと体の力が抜けて先ほどのため息が漏れ出たというわけである。
(本当はこんなこと、しなければよかったのかもしれない)
彼女の脳裏には、以前性行為に及んだ相手の顔が浮かんでいた。性衝動のままに動く野生生物のような女のことは、忘れることができない。彼女がなんらかの問題を抱えているだろうということも、想像できる。しかし、
「これは、あの子のためにもなりますから……」
先ほど申請したのは、社内の通報窓口への被害報告だった。この窓口は、要はよくある社内のセクハラ・パワハラ相談窓口である。彼女はそこにあの女のことを通報したのだった。
うまくいけば、性依存に対する適切な医療行為を受けられるだろうし、それが被害者を減らすための取り組みにもなるだろう。万が一、更生の余地なしと判断された場合は──、口に出したくは無い。
メーテルリンクは、完全に善意で動いていた。それまでだって、これからだってそうだ。この企業が清廉潔白であるとは到底思えないが、沈黙しているよりもいいことであると彼女は信じている。
これであの人も、善い道に進んでくれればいい。その手助けをするために、わたしは頑張った……。メーテルリンクは心の中で、自分にそう言い聞かせる。
いいことをすれば、いいことが。悪いことをすれば悪いことが、返ってくる。人を正しい方向へ導くことは、いいこと。
脳裏に焼きついて離れない女の顔を消し去るように、メーテルリンクは新しい資料に目を通す。
彼女が仕事に打ち込んでいくうちに、次第に女の姿はぼやけていき、輪郭すらも曖昧になり、しばらくすると遠い闇に葬り去られていくのだった。