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テニスの王子様
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!観月がルドルフに転入した時期は捏造です
「拝啓 ミョウジナマエ様
こんにちは。近頃は寒さも落ち着いてきて、随分と穏やかな気候になりましたね。
こちらでは、そろそろ桜が咲く頃です。ナマエさんのいる東京ではどうですか?
もうすぐお互い進級する頃合いですね。二年生になっても、お互い文通を続けることができたら嬉しいです。
そういえば、この前手紙でお勧めしていただいた映画を見ました。
「巴里のアメリカ人」は舞台を観劇したことはありましたが、映画で見るのは初めてでしたので、楽しく観賞することができました。ナマエさんはミュージカルがお好きなんですね。
そうでしたら、「ミス・サイゴン」や「Rent」なども観劇されていますか?
どちらもブロードウェイのミュージカルですが、とても煌びやかで素敵でした。
またお勧めのものを教えてくださいね。
お体にはお気をつけて
観月はじめ」
「観月はじめ様
今回、お手紙のお返事がいつもより早くて驚きました。
「ミス・サイゴン」は今度近くの劇場で公演予定だったので、見てみようと思います。ベトナムのお話なんですね。はじめさんはいろいろなことに詳しくてすごいですね。
最近、私は家でハーブを育て始めました。テスト前には、ミントの香りを嗅いでリラックスします。でも、ミントってすごく育ちが早くて、ちょっと厄介なくらい生えてしまうという問題があるんです。一回植えたら他の花壇にまで浸食しちゃって、ミントをどうやって消費しようか考え中です。
そういえば、最近読んだ本の中で、女の子がミントティーを飲んでいました。なので、一緒にミントの茶葉も送っておきますね。飲むと、喉がスーッとして気持ちいいです。はじめさんは、紅茶が好きだと以前手紙で書いていましたよね。気に入ってくれたら嬉しいです。
どうか体調にはお気をつけて。
ミョウジナマエ」
ちょっと古風かもしれないけれど、私にはペンフレンドがいる。英語にしたらpen palって言うのかな。
私の文通相手の観月はじめさんは、山形に住んでいて、テニスをやっているという同い年の女の子だ。
高そうな凝った便箋に、ペン習字のお手本のような字で、身近にあった素敵なことや、面白かったことが綴られていて、時には写真や押し花なんかも一緒に入っていることも。
それに、手紙からはふんわりとバラやラベンダーのいい匂いがして、本当に同い年の中学生なのかと疑う時もある。
私たちが文通を始めたきっかけは、私が趣味で購読している雑誌の、ペンフレンド募集の記事から。
中学生になって、何か新しいことを始めたくなったんだっけ。
ふわふわとした気持ちで、山形に住む「観月はじめさん」の住所に手紙を送ったのが始まりです。もう1年も文通は続いている。電話をしたこともないので、相手の顔は知らないが、きっと深窓のご令嬢、ヴィクトリアン朝の貴族みたいな、たおやかで優しい女の子なんだろうね。
山形って行ったことはないけれども、冬は冷えるから暖炉であったまるんだろうね。お姉さんがいるって言ってたから、姉妹で暖炉の前に座って、編み物とか、刺繍とか、読書とかしてたりして。きっと広くて古い洋館みたいなところに住んでいるんだろうなぁ。「若草物語」の4姉妹みたいな感じなんじゃないかな。そうだといいな。全部妄想だけど。
朝、電車の中で手紙を引っ張り出してはどう返信しようか考える。単語帳に挟んで勉強をしているように見えるけど、私の頭に英単語なんて入る隙はない。
「ナマエ!次で学校だよ!」
「はーい」
友達に急かされて、学校の最寄駅で降りた。学校があるのは郊外だから、丸の内や環状線ほど混雑するわけじゃ無いけど、それでも朝の通勤ラッシュはなかなかに疲れるものだ。こういう時、両住まいの人がうらやましくなる。
「無い物ねだりだよね」
「寮って先輩とかと同室になったりするんでしょ?私は嫌だなー、みんなでシャワーとか」
「そうだよね、プライベートが無いもん。私も嫌だな」
「でも学校が近いのは羨ましいなぁ、なんで中学受験したんだろ」
「拝啓 ミョウジナマエ様
こんにちは。春風が心地いい時期になりましたね。
前回頂いたミント茶、とても美味しかったです。家族で飲ませていただきました。特に姉には好評でした。
突然のことで申し訳ないのですが、文通はこれきりで終わりになると思います。私がテニスをしているのはご存知のことかと思いますが、この度、関東の学校のテニス部にスカウトされて、そちらに転校する運びとなりました。その学校で全国優勝を目指してプレイしていくつもりです。親元を離れ、寮で生活することになるので、文通を続けるのは難しいと考えました。
全国大会で優勝できたら、またこちらから連絡差し上げたいと思います。
こちらの勝手な都合を押し付けてしまってごめんなさい。貴女との文通はとても楽しかったです。お身体には気をつけて。
観月はじめ」
一番恐れていたことが起こってしまった。
「ナマエ、大丈夫?」
朝一番でポストに入っていた手紙を、電車の中で読んだ。で、読んだ私は今すごい顔になっているだろう。背筋に嫌な汗が流れて、胃のあたりがきゅうきゅう痛んだ。
「だいじょうぶじゃない……」
つり革を握った手に力がこもる。
目の前がぐるぐると周り、一瞬視界がショートした。
「降りる?次の駅で」
「うん……でも先に行って……私もう学校休む」
「じゃあ先生にそう伝えとくね」
「ありがとう」
文通は、私の楽しみだった。いつか文通は終わる。わかっていたことじゃないか。でも、今終わるなんて思っていなかった。
震える足で自宅まで帰った。親は仕事でいなかったし、担任の先生から電話がかかってきた。
汚い字で書き殴った返信は破った。
あとは寝て、夕方からは何もなかった風に振る舞った。親は私が遠くにいる同い年の子と文通しているのは知っていた。
携帯には、私を心配した友人たちからのラインが届いていたが、どれも目を通さずに無視した。
「ねぇナマエ、昨日隣のクラスに転校生が来たんだって」
朝の電車は一人で乗った。教室について、真っ先に私に駆け寄ったのは昨日心配してくれた彼女だ。
「うん、そうなんだ」
「でね、それがすっごいの。イケメンなの」
「へぇ」
「テニス部の強化のために転校してきたんだって!イケメンな上にテニスもうまいなんて競争率高そうだなぁ」
「うん」
「でね、なんて言ったかなぁ。確か、観月くん!」
「観月?」
すごく聞き覚えのある名字だ。観月。そんなに多い名字じゃない。手紙が送られた時期と、テニス部であるという情報。あれ?もしかして……
いや、でも、観月はじめさんは女の子のはずだ。
「……そっか」
朝礼を知らせるチャイムが鳴った。
申し訳ないことをしてしまったと思っている。
僕がスカウトされて、転校するのはすぐに決まったことだし、それのための準備に手間取り、手紙の返事を疎かにしていたのは事実だ。しかし、それをどう伝えるべきかの判断が遅れてしまったのは僕の責任だ。
彼女は東京に住んでいるそうだし、住所も知っているから、会おうと思えば会えるのだろう。しかし、僕はここにテニスをしに来た。だから、そういう余計なことに神経を使っている暇はないのだ。あっけない終わりだった。彼女はどうしているのだろう。
新品同様の制服が、やけに野暮ったく見えた。
東京は地元よりも暖かい。やることが多くて気が滅入りそうになる。どこに行っても中学生は小煩くて、動物園の珍獣でも見るかのように接してくる。
彼女なら、無駄に騒いだり、授業中に手紙を回したり、携帯を弄ったりなどの無意味な行為はしないだろう。新設の私立だから、公立とは違って落ち着いていると期待した僕が馬鹿だったのだ。
正直なところ、僕は彼女のこと、ナマエさんのことを好ましく思っている。おそらく、いや、確実に女性として彼女のことが好きだ。
でも、終わらせたのは僕だし、恋愛に熱中し過ぎれば全国大会で優勝する、という本来の目的を疎かにしかねない。
しかし、こんな終わらせ方では余計に気になってしまう。
駄目だった。もう、彼女の家にでも行ってしまおうか。……ここまで動揺させられることになるとは。
「観月くん、呼ばれてるよ」
「あぁ……わかりました」
転入して二日目で、まさか呼び出されることになるとは。テニス部の連中か、物珍しい転入生を拝みに来た暇人のどちらかだろう。貴重な十分の休憩を使うに値する人間だといいのだけれど。
「あの、観月はじめさんですか?」
「はい、僕がそうですよ」
隣のクラスの女子だった。僕の顔を見た途端、目を見開いて、わかりやすく驚いていた。緊張したように全身が硬直して、一時停止したビデオのように固まった。
「あ、あの……えっと……」
「なんですか?」
「ちょっとこっちに来てもらっても……?」
「……いいですけど、次は移動教室なので手短にお願いします」
廊下の突き当たりにある小スペースに入った。普段はここで友達と喋ったりするんだけど、密室じゃないし、日当たりがよくて、結構人気の場所だ。
私が知っている観月はじめさんは、暖炉のある大きな家で暮らすお嬢様だった。目の前にいる観月「君」は、男の子で、女の子みたいに綺麗な顔をしているけれど、正真正銘の男の子だった。
同姓同名の別人じゃなかったら、だけど。
「私、ミョウジナマエです。……知ってる?」
「……ナマエさん?」
観月君はハッとしたような表情で私を見つめた。
「文通してた……のが私です」
「ナマエさんが、貴女だったんですね」
「同じ学校だったんだよ!これってすごいよね!」
「そうですね。僕もとても驚きました」
「うん!でもまさか、男の子だったなんて……」
「……そうですか」
「ごめん……」
「別に、気にしていませんよ。それよりも、勝手に文通を打ち切ってしまってすみませんでした」
「いいよいいよ、気にしてない」
「また再開してもいいですが生憎、寮住まいなもので」
「あー、そっか。寮に住むから無理だよね、郵便出すタイミングとか」
嬉しくて泣きたくなった。ちょっと誤算はあったけれど、観月くんは本当にいたし、同じ学校だし、これからいっぱい話すチャンスはある。
「……あの、僕はナマエさんと話が合うと思うんです」
「だよね、趣味が似てるもんね」
「……もしよろしければ、次の週末、映画にでも行きませんか? ヘップバーンの映画を再上映するようなので」
「いいの!?行く!絶対行く!駅前の映画館だよね?」
「すっごく面白かった。やっぱり、綺麗だなぁ、ヘップバーン」
「そうですね、とてもロマンチックでテンポも良かったですし」
「……これからも、一緒に映画見に行ったりしたいな」
「僕も、そうしたいです」
映画が終わるまでに食べきれなかったポップコーンをつまんで歩くと、観月君は「下品ですよ」と私を叱った。キャラメル味のポップコーンは大好きだから、手も舐めちゃいたいんだけど、そんなことをするのは恥ずかしいのでやめた。
「これから毎月、部活のない日は映画やお芝居にでも行きませんか?文通の代わりと言ってはなんですが」
「本当に?行きたい行きたい!」
「僕も、嬉しいです。まさか、実際に会ってお話できるなんて、思ってもいませんでしたから」
「そうだねぇ、山形まで遠いしね」
「……僕は東京に来て良かった」
「そっか」
「テニスのこともそうですが、ナマエさん、貴女に会えたからです」
「私……?えへへ、そんな、照れるなぁ」
「そうです。貴女との文通は、僕の生活の励みになっていたんですよ。田舎で、どうしても僕と話があう人はいませんでしたからね
僕が頑張ってこれたのは、貴女のおかげなんです」
「……うん」
「だから、お友達から始めませんか?」
「え、もう私と友達じゃん。今更じゃない?」
「僕と、友達から始めて恋人になってください。ずっと考えていたことなのですが、やっと会えたので言ってみました。もやもや考えて駆け引きするのは時間の無駄です。僕なら幸せにしてあげられますよ」
そう言った観月くんにびっくりして、私は思わずうなずいた。満足げに笑う観月君の顔が忘れられなくて、もうこの人に振り回されるしかないんだなぁ、と降参してしまった。さっきの映画でも、ヘップバーンは男の人を振り回していて、観月君はオードリーみたいだね、というと彼は複雑な表情を浮かべた。
「拝啓 ミョウジナマエ様
こんにちは。近頃は寒さも落ち着いてきて、随分と穏やかな気候になりましたね。
こちらでは、そろそろ桜が咲く頃です。ナマエさんのいる東京ではどうですか?
もうすぐお互い進級する頃合いですね。二年生になっても、お互い文通を続けることができたら嬉しいです。
そういえば、この前手紙でお勧めしていただいた映画を見ました。
「巴里のアメリカ人」は舞台を観劇したことはありましたが、映画で見るのは初めてでしたので、楽しく観賞することができました。ナマエさんはミュージカルがお好きなんですね。
そうでしたら、「ミス・サイゴン」や「Rent」なども観劇されていますか?
どちらもブロードウェイのミュージカルですが、とても煌びやかで素敵でした。
またお勧めのものを教えてくださいね。
お体にはお気をつけて
観月はじめ」
「観月はじめ様
今回、お手紙のお返事がいつもより早くて驚きました。
「ミス・サイゴン」は今度近くの劇場で公演予定だったので、見てみようと思います。ベトナムのお話なんですね。はじめさんはいろいろなことに詳しくてすごいですね。
最近、私は家でハーブを育て始めました。テスト前には、ミントの香りを嗅いでリラックスします。でも、ミントってすごく育ちが早くて、ちょっと厄介なくらい生えてしまうという問題があるんです。一回植えたら他の花壇にまで浸食しちゃって、ミントをどうやって消費しようか考え中です。
そういえば、最近読んだ本の中で、女の子がミントティーを飲んでいました。なので、一緒にミントの茶葉も送っておきますね。飲むと、喉がスーッとして気持ちいいです。はじめさんは、紅茶が好きだと以前手紙で書いていましたよね。気に入ってくれたら嬉しいです。
どうか体調にはお気をつけて。
ミョウジナマエ」
ちょっと古風かもしれないけれど、私にはペンフレンドがいる。英語にしたらpen palって言うのかな。
私の文通相手の観月はじめさんは、山形に住んでいて、テニスをやっているという同い年の女の子だ。
高そうな凝った便箋に、ペン習字のお手本のような字で、身近にあった素敵なことや、面白かったことが綴られていて、時には写真や押し花なんかも一緒に入っていることも。
それに、手紙からはふんわりとバラやラベンダーのいい匂いがして、本当に同い年の中学生なのかと疑う時もある。
私たちが文通を始めたきっかけは、私が趣味で購読している雑誌の、ペンフレンド募集の記事から。
中学生になって、何か新しいことを始めたくなったんだっけ。
ふわふわとした気持ちで、山形に住む「観月はじめさん」の住所に手紙を送ったのが始まりです。もう1年も文通は続いている。電話をしたこともないので、相手の顔は知らないが、きっと深窓のご令嬢、ヴィクトリアン朝の貴族みたいな、たおやかで優しい女の子なんだろうね。
山形って行ったことはないけれども、冬は冷えるから暖炉であったまるんだろうね。お姉さんがいるって言ってたから、姉妹で暖炉の前に座って、編み物とか、刺繍とか、読書とかしてたりして。きっと広くて古い洋館みたいなところに住んでいるんだろうなぁ。「若草物語」の4姉妹みたいな感じなんじゃないかな。そうだといいな。全部妄想だけど。
朝、電車の中で手紙を引っ張り出してはどう返信しようか考える。単語帳に挟んで勉強をしているように見えるけど、私の頭に英単語なんて入る隙はない。
「ナマエ!次で学校だよ!」
「はーい」
友達に急かされて、学校の最寄駅で降りた。学校があるのは郊外だから、丸の内や環状線ほど混雑するわけじゃ無いけど、それでも朝の通勤ラッシュはなかなかに疲れるものだ。こういう時、両住まいの人がうらやましくなる。
「無い物ねだりだよね」
「寮って先輩とかと同室になったりするんでしょ?私は嫌だなー、みんなでシャワーとか」
「そうだよね、プライベートが無いもん。私も嫌だな」
「でも学校が近いのは羨ましいなぁ、なんで中学受験したんだろ」
「拝啓 ミョウジナマエ様
こんにちは。春風が心地いい時期になりましたね。
前回頂いたミント茶、とても美味しかったです。家族で飲ませていただきました。特に姉には好評でした。
突然のことで申し訳ないのですが、文通はこれきりで終わりになると思います。私がテニスをしているのはご存知のことかと思いますが、この度、関東の学校のテニス部にスカウトされて、そちらに転校する運びとなりました。その学校で全国優勝を目指してプレイしていくつもりです。親元を離れ、寮で生活することになるので、文通を続けるのは難しいと考えました。
全国大会で優勝できたら、またこちらから連絡差し上げたいと思います。
こちらの勝手な都合を押し付けてしまってごめんなさい。貴女との文通はとても楽しかったです。お身体には気をつけて。
観月はじめ」
一番恐れていたことが起こってしまった。
「ナマエ、大丈夫?」
朝一番でポストに入っていた手紙を、電車の中で読んだ。で、読んだ私は今すごい顔になっているだろう。背筋に嫌な汗が流れて、胃のあたりがきゅうきゅう痛んだ。
「だいじょうぶじゃない……」
つり革を握った手に力がこもる。
目の前がぐるぐると周り、一瞬視界がショートした。
「降りる?次の駅で」
「うん……でも先に行って……私もう学校休む」
「じゃあ先生にそう伝えとくね」
「ありがとう」
文通は、私の楽しみだった。いつか文通は終わる。わかっていたことじゃないか。でも、今終わるなんて思っていなかった。
震える足で自宅まで帰った。親は仕事でいなかったし、担任の先生から電話がかかってきた。
汚い字で書き殴った返信は破った。
あとは寝て、夕方からは何もなかった風に振る舞った。親は私が遠くにいる同い年の子と文通しているのは知っていた。
携帯には、私を心配した友人たちからのラインが届いていたが、どれも目を通さずに無視した。
「ねぇナマエ、昨日隣のクラスに転校生が来たんだって」
朝の電車は一人で乗った。教室について、真っ先に私に駆け寄ったのは昨日心配してくれた彼女だ。
「うん、そうなんだ」
「でね、それがすっごいの。イケメンなの」
「へぇ」
「テニス部の強化のために転校してきたんだって!イケメンな上にテニスもうまいなんて競争率高そうだなぁ」
「うん」
「でね、なんて言ったかなぁ。確か、観月くん!」
「観月?」
すごく聞き覚えのある名字だ。観月。そんなに多い名字じゃない。手紙が送られた時期と、テニス部であるという情報。あれ?もしかして……
いや、でも、観月はじめさんは女の子のはずだ。
「……そっか」
朝礼を知らせるチャイムが鳴った。
申し訳ないことをしてしまったと思っている。
僕がスカウトされて、転校するのはすぐに決まったことだし、それのための準備に手間取り、手紙の返事を疎かにしていたのは事実だ。しかし、それをどう伝えるべきかの判断が遅れてしまったのは僕の責任だ。
彼女は東京に住んでいるそうだし、住所も知っているから、会おうと思えば会えるのだろう。しかし、僕はここにテニスをしに来た。だから、そういう余計なことに神経を使っている暇はないのだ。あっけない終わりだった。彼女はどうしているのだろう。
新品同様の制服が、やけに野暮ったく見えた。
東京は地元よりも暖かい。やることが多くて気が滅入りそうになる。どこに行っても中学生は小煩くて、動物園の珍獣でも見るかのように接してくる。
彼女なら、無駄に騒いだり、授業中に手紙を回したり、携帯を弄ったりなどの無意味な行為はしないだろう。新設の私立だから、公立とは違って落ち着いていると期待した僕が馬鹿だったのだ。
正直なところ、僕は彼女のこと、ナマエさんのことを好ましく思っている。おそらく、いや、確実に女性として彼女のことが好きだ。
でも、終わらせたのは僕だし、恋愛に熱中し過ぎれば全国大会で優勝する、という本来の目的を疎かにしかねない。
しかし、こんな終わらせ方では余計に気になってしまう。
駄目だった。もう、彼女の家にでも行ってしまおうか。……ここまで動揺させられることになるとは。
「観月くん、呼ばれてるよ」
「あぁ……わかりました」
転入して二日目で、まさか呼び出されることになるとは。テニス部の連中か、物珍しい転入生を拝みに来た暇人のどちらかだろう。貴重な十分の休憩を使うに値する人間だといいのだけれど。
「あの、観月はじめさんですか?」
「はい、僕がそうですよ」
隣のクラスの女子だった。僕の顔を見た途端、目を見開いて、わかりやすく驚いていた。緊張したように全身が硬直して、一時停止したビデオのように固まった。
「あ、あの……えっと……」
「なんですか?」
「ちょっとこっちに来てもらっても……?」
「……いいですけど、次は移動教室なので手短にお願いします」
廊下の突き当たりにある小スペースに入った。普段はここで友達と喋ったりするんだけど、密室じゃないし、日当たりがよくて、結構人気の場所だ。
私が知っている観月はじめさんは、暖炉のある大きな家で暮らすお嬢様だった。目の前にいる観月「君」は、男の子で、女の子みたいに綺麗な顔をしているけれど、正真正銘の男の子だった。
同姓同名の別人じゃなかったら、だけど。
「私、ミョウジナマエです。……知ってる?」
「……ナマエさん?」
観月君はハッとしたような表情で私を見つめた。
「文通してた……のが私です」
「ナマエさんが、貴女だったんですね」
「同じ学校だったんだよ!これってすごいよね!」
「そうですね。僕もとても驚きました」
「うん!でもまさか、男の子だったなんて……」
「……そうですか」
「ごめん……」
「別に、気にしていませんよ。それよりも、勝手に文通を打ち切ってしまってすみませんでした」
「いいよいいよ、気にしてない」
「また再開してもいいですが生憎、寮住まいなもので」
「あー、そっか。寮に住むから無理だよね、郵便出すタイミングとか」
嬉しくて泣きたくなった。ちょっと誤算はあったけれど、観月くんは本当にいたし、同じ学校だし、これからいっぱい話すチャンスはある。
「……あの、僕はナマエさんと話が合うと思うんです」
「だよね、趣味が似てるもんね」
「……もしよろしければ、次の週末、映画にでも行きませんか? ヘップバーンの映画を再上映するようなので」
「いいの!?行く!絶対行く!駅前の映画館だよね?」
「すっごく面白かった。やっぱり、綺麗だなぁ、ヘップバーン」
「そうですね、とてもロマンチックでテンポも良かったですし」
「……これからも、一緒に映画見に行ったりしたいな」
「僕も、そうしたいです」
映画が終わるまでに食べきれなかったポップコーンをつまんで歩くと、観月君は「下品ですよ」と私を叱った。キャラメル味のポップコーンは大好きだから、手も舐めちゃいたいんだけど、そんなことをするのは恥ずかしいのでやめた。
「これから毎月、部活のない日は映画やお芝居にでも行きませんか?文通の代わりと言ってはなんですが」
「本当に?行きたい行きたい!」
「僕も、嬉しいです。まさか、実際に会ってお話できるなんて、思ってもいませんでしたから」
「そうだねぇ、山形まで遠いしね」
「……僕は東京に来て良かった」
「そっか」
「テニスのこともそうですが、ナマエさん、貴女に会えたからです」
「私……?えへへ、そんな、照れるなぁ」
「そうです。貴女との文通は、僕の生活の励みになっていたんですよ。田舎で、どうしても僕と話があう人はいませんでしたからね
僕が頑張ってこれたのは、貴女のおかげなんです」
「……うん」
「だから、お友達から始めませんか?」
「え、もう私と友達じゃん。今更じゃない?」
「僕と、友達から始めて恋人になってください。ずっと考えていたことなのですが、やっと会えたので言ってみました。もやもや考えて駆け引きするのは時間の無駄です。僕なら幸せにしてあげられますよ」
そう言った観月くんにびっくりして、私は思わずうなずいた。満足げに笑う観月君の顔が忘れられなくて、もうこの人に振り回されるしかないんだなぁ、と降参してしまった。さっきの映画でも、ヘップバーンは男の人を振り回していて、観月君はオードリーみたいだね、というと彼は複雑な表情を浮かべた。
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