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テニスの王子様
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何もない田舎に帰省する母について行った。家から電車に乗り、北を目指しておよそ一時間半。北関東の田舎に位置する母の実家の周辺には、何もなかった。駅からバスに乗り換え、やけに広い家に着いたのは午後三時を回ったあたりだった。
何もない、といえば間違いになるのだろうか。だが、周りに畑とガソリンスタンドと自販機。そしてすこし離れた場所にはこれまた大きな家が一軒あり、さらにその先にはやっとこの町唯一のコンビニがある。長期の休暇になると、母は俺と兄を連れて実家に帰省する。兄は最近就職して忙しいので来てはいないが、俺はテニス部の練習さえなければ息抜きを兼ねて母の帰省に付き合っていた。
「若くん大きくなったねぇ。もっとこっち来て顔を見せて」
祖父母に会うのは春休み以来だ。夏は大会で忙しくて顔を見せる暇がなかった。秋の連休を利用して訪れたので、もう半年も会っていない計算になる。
「久しぶり」
「聞いたよ、若くんの学校優勝したんだって?」
「はい、無事に」
「すごいねぇ、若くんは本当に自慢の孫だよ」
「もう引退しましたけどね」
今年の氷帝は、なんとか全国大会で優勝することができた。毎日苦しい時もあったが、先輩たちに任されたことを成し遂げることができた。大学には内部進学することにした。今は部活にはたまに顔を出す程度になっている。引き継ぎも滞りなく終わらせた。
荷物を置いてリビングで談笑していると、インターホンが鳴った。
「はい、どちら様ですか」
「えっ、若くん!?あの、ナマエです。ミョウジナマエ。隣の家の」
「ナマエ!待ってろ、今開ける」
田舎の家なので鍵は閉めていなかった。それでもナマエは門の前で立って待っていた。
「若くん、久しぶり」
「あぁ……」
ナマエは百貨店の紙袋を持っていた。会うのはおよそ1年ぶり。最後に会ったのは高2の夏だったはずだ。
少し伸びた髪と背丈以外は以前の記憶と変わっていない。芋っぽいジャージに間抜けな表情がよく似合っている。
「背、伸びた?」
「いいからさっさと入れよ」
「あ、うん。お邪魔しまーす」
ミョウジナマエは俺のいわゆる幼なじみだ。幼なじみ、といってもずっと一緒にいたわけではない。長期の休みのとき、俺の母親が帰省する時にだけ会う仲だ。それ以外で連絡を取ることはまれにある。しかし、俺と彼女はお互いの母親が妊娠していた時からの付き合いだ。俺の母親と、ナマエの母親は大の親友同士だった。
つっかけを揃えてナマエはリビングに上がった。俺はキッチンに行って麦茶を淹れつつ、会話に聞き耳を立てる。
「お久しぶりです、おばさん」
「あらこんにちはナマエちゃん。ひさしぶりね」
「あの、これ、うちの母からです」
「あらどうも、これ、伊勢丹の?」
「袋だけです。中身はお漬物。うちで漬けたのでお裾分けに」
「本当に?助かるわぁ」
俺はずっとナマエを見ていた。丸顔にお人好しそうな表情を浮かべ、ボサッとしていてドジばかり。田舎にいるのがよく似合う。公立の女子校に毎日バスで通っているのは彼女からの電話で知ったことだ。前に見たときは制服姿だった。セーラー服のスカーフが曲がっていて、その時も、何も連絡せずに来たものだから学校帰りのナマエは驚いていた。あんぐり口を開けて。
「そういえばナマエちゃんも受験生よね。大学だっけ?」
「はい!推薦でもう決まってて」
「へぇ、どこに?」
「氷帝大です!」
「はぁ!?」
思わず湯飲みを落としそうになった。
「氷帝ってお前……」
「あぁそうだった。若も同じ大学ね」
「若くんの行ってる学校、面白そうだなって思って。丁度学校の推薦枠もあったし」
「じゃあ春から一人暮らし?」
「はい。これからマンションでも探そうって」
「だってさ若、大学入ったらちゃんと面倒見てあげなよ。ナマエちゃん女の子なんだし、東京で一人暮らしするんだから」
「おばさん、ありがとうございます」
「おい、俺は手伝うなんて一言も……」
「ダメよ、あんた部活引退して暇だし、ナマエちゃんにちゃんと氷帝のこと教えてあげなさい」
「あぁ大丈夫です。若くん、テニスだけじゃなくて古武術もやってるし、そんなに気を遣って貰わなくても」
「若、ナマエちゃんの連絡先知ってるわよね?手続きのこととか、ちゃんと教えてあげるのよ。あ、あぁそうだ。今度東京に来た時、一緒に家探ししましょう!うちに泊まってね!」
「あぁ、はい……」
ごめんね、とナマエは俺だけに聞こえるようにささやいた。
「そんなこと気にするな」
そう言うと、ナマエは頷いた。
「お前、ラインやってたか?」
「え、あぁ、うん」
あの後結局、二時間も家にいて世間話や近況報告で盛り上がっていたのだが、これ以上いては迷惑だから、とナマエは帰宅することになった。母に、送ってあげなさいと命令され、俺たちは片道せいぜい五分の田舎道を直進していた。
視界を遮るものは何もない。周りに見えるのは畑だけ。そもそもあいつの家はここから目視できる距離にある。わざわざ俺に送らせる必要性がわからない。
ラインを聞いたのは、電話番号を変えたからで、特に深い意味はない。強いて言えば、ちゃんとナマエちゃんを手伝ってあげているの?と親に聞かれるのが面倒だからだ。
ナマエはジャージのポケットからスマホを取り出した。スマホケースはディズニーの派手なやつ。こうしてみると、本当に田舎の高校生という感じだ。いや、ナマエ以外にそんな知り合いがいないから、これは偏見だが。
「じゃあ、私が先に送るね」
送られてきたのは犬のキャラクターのスタンプ。ハロー!と元気に挨拶してきたが、俺は「よろしく」とだけ打って送った。
「うわっ、既読ついた」
「当たり前だろ」
面白くなったのが、ナマエはスタンプを連打して送ってくる。
「ひひっ、通知音すごい」
「おい馬鹿やめろ!」
俺のスマートフォンがずっと振動している。あいつは、まるで新しいおもちゃを見つけた子供だ。
ナマエ声をあげて笑う度に、白い息が上がって空に消えていく。
ひとしきりトーク画面を犬の間抜け面で埋めた後、ナマエはノロノロと歩き出した。
「学校楽しい?もう部活は引退したんだよね」
「そこそこだな」
「氷帝ってお金持ち多いんでしょ?私が入ってもやっていけると思う?」
「別に普通のやつもいるだろ」
「若くんはどこの学部にした?」
「入ってから教えてやる」
「ふーん、私は工学部にしたけど」
「お前数学できたのか?」
「建築家になりたくって」
「ガウディになるんだっけか?」
「それ言ったの小学生のときじゃん。よく覚えてるね」
「卒業文集に書いた!!ってしつこく言ってたのはお前だろ」
歩道のブロックの上を綱渡りするように歩くナマエの背中は、前よりも大きくなっている気がする。
昔は俺の方が小さくて、いつから俺の方が大きくなったかなんて覚えていない。
「若くんとこんなふうに喋ったの、久しぶりかも」
「まぁ、そうだな」
ナマエの家に着いた。なのに、あいつはまだ家に入らない。
「大学、氷帝にしたのはね、若くんと一緒の大学行きたかったからなんだよね」
「はぁ?」
「こんな田舎早く出ちゃってね、東京に行きたいんだ。それに、若くんともっとおしゃべりしたいし!」
じゃあね!とナマエはそのまま俺を置いて家の中に入っていった。
おい、俺と一緒の大学に行きたいってどういうことだ。
言い逃げなんて、困るだろ。明日、梅干しでも持ってあいつの家に行ってやろうか。
何もない、といえば間違いになるのだろうか。だが、周りに畑とガソリンスタンドと自販機。そしてすこし離れた場所にはこれまた大きな家が一軒あり、さらにその先にはやっとこの町唯一のコンビニがある。長期の休暇になると、母は俺と兄を連れて実家に帰省する。兄は最近就職して忙しいので来てはいないが、俺はテニス部の練習さえなければ息抜きを兼ねて母の帰省に付き合っていた。
「若くん大きくなったねぇ。もっとこっち来て顔を見せて」
祖父母に会うのは春休み以来だ。夏は大会で忙しくて顔を見せる暇がなかった。秋の連休を利用して訪れたので、もう半年も会っていない計算になる。
「久しぶり」
「聞いたよ、若くんの学校優勝したんだって?」
「はい、無事に」
「すごいねぇ、若くんは本当に自慢の孫だよ」
「もう引退しましたけどね」
今年の氷帝は、なんとか全国大会で優勝することができた。毎日苦しい時もあったが、先輩たちに任されたことを成し遂げることができた。大学には内部進学することにした。今は部活にはたまに顔を出す程度になっている。引き継ぎも滞りなく終わらせた。
荷物を置いてリビングで談笑していると、インターホンが鳴った。
「はい、どちら様ですか」
「えっ、若くん!?あの、ナマエです。ミョウジナマエ。隣の家の」
「ナマエ!待ってろ、今開ける」
田舎の家なので鍵は閉めていなかった。それでもナマエは門の前で立って待っていた。
「若くん、久しぶり」
「あぁ……」
ナマエは百貨店の紙袋を持っていた。会うのはおよそ1年ぶり。最後に会ったのは高2の夏だったはずだ。
少し伸びた髪と背丈以外は以前の記憶と変わっていない。芋っぽいジャージに間抜けな表情がよく似合っている。
「背、伸びた?」
「いいからさっさと入れよ」
「あ、うん。お邪魔しまーす」
ミョウジナマエは俺のいわゆる幼なじみだ。幼なじみ、といってもずっと一緒にいたわけではない。長期の休みのとき、俺の母親が帰省する時にだけ会う仲だ。それ以外で連絡を取ることはまれにある。しかし、俺と彼女はお互いの母親が妊娠していた時からの付き合いだ。俺の母親と、ナマエの母親は大の親友同士だった。
つっかけを揃えてナマエはリビングに上がった。俺はキッチンに行って麦茶を淹れつつ、会話に聞き耳を立てる。
「お久しぶりです、おばさん」
「あらこんにちはナマエちゃん。ひさしぶりね」
「あの、これ、うちの母からです」
「あらどうも、これ、伊勢丹の?」
「袋だけです。中身はお漬物。うちで漬けたのでお裾分けに」
「本当に?助かるわぁ」
俺はずっとナマエを見ていた。丸顔にお人好しそうな表情を浮かべ、ボサッとしていてドジばかり。田舎にいるのがよく似合う。公立の女子校に毎日バスで通っているのは彼女からの電話で知ったことだ。前に見たときは制服姿だった。セーラー服のスカーフが曲がっていて、その時も、何も連絡せずに来たものだから学校帰りのナマエは驚いていた。あんぐり口を開けて。
「そういえばナマエちゃんも受験生よね。大学だっけ?」
「はい!推薦でもう決まってて」
「へぇ、どこに?」
「氷帝大です!」
「はぁ!?」
思わず湯飲みを落としそうになった。
「氷帝ってお前……」
「あぁそうだった。若も同じ大学ね」
「若くんの行ってる学校、面白そうだなって思って。丁度学校の推薦枠もあったし」
「じゃあ春から一人暮らし?」
「はい。これからマンションでも探そうって」
「だってさ若、大学入ったらちゃんと面倒見てあげなよ。ナマエちゃん女の子なんだし、東京で一人暮らしするんだから」
「おばさん、ありがとうございます」
「おい、俺は手伝うなんて一言も……」
「ダメよ、あんた部活引退して暇だし、ナマエちゃんにちゃんと氷帝のこと教えてあげなさい」
「あぁ大丈夫です。若くん、テニスだけじゃなくて古武術もやってるし、そんなに気を遣って貰わなくても」
「若、ナマエちゃんの連絡先知ってるわよね?手続きのこととか、ちゃんと教えてあげるのよ。あ、あぁそうだ。今度東京に来た時、一緒に家探ししましょう!うちに泊まってね!」
「あぁ、はい……」
ごめんね、とナマエは俺だけに聞こえるようにささやいた。
「そんなこと気にするな」
そう言うと、ナマエは頷いた。
「お前、ラインやってたか?」
「え、あぁ、うん」
あの後結局、二時間も家にいて世間話や近況報告で盛り上がっていたのだが、これ以上いては迷惑だから、とナマエは帰宅することになった。母に、送ってあげなさいと命令され、俺たちは片道せいぜい五分の田舎道を直進していた。
視界を遮るものは何もない。周りに見えるのは畑だけ。そもそもあいつの家はここから目視できる距離にある。わざわざ俺に送らせる必要性がわからない。
ラインを聞いたのは、電話番号を変えたからで、特に深い意味はない。強いて言えば、ちゃんとナマエちゃんを手伝ってあげているの?と親に聞かれるのが面倒だからだ。
ナマエはジャージのポケットからスマホを取り出した。スマホケースはディズニーの派手なやつ。こうしてみると、本当に田舎の高校生という感じだ。いや、ナマエ以外にそんな知り合いがいないから、これは偏見だが。
「じゃあ、私が先に送るね」
送られてきたのは犬のキャラクターのスタンプ。ハロー!と元気に挨拶してきたが、俺は「よろしく」とだけ打って送った。
「うわっ、既読ついた」
「当たり前だろ」
面白くなったのが、ナマエはスタンプを連打して送ってくる。
「ひひっ、通知音すごい」
「おい馬鹿やめろ!」
俺のスマートフォンがずっと振動している。あいつは、まるで新しいおもちゃを見つけた子供だ。
ナマエ声をあげて笑う度に、白い息が上がって空に消えていく。
ひとしきりトーク画面を犬の間抜け面で埋めた後、ナマエはノロノロと歩き出した。
「学校楽しい?もう部活は引退したんだよね」
「そこそこだな」
「氷帝ってお金持ち多いんでしょ?私が入ってもやっていけると思う?」
「別に普通のやつもいるだろ」
「若くんはどこの学部にした?」
「入ってから教えてやる」
「ふーん、私は工学部にしたけど」
「お前数学できたのか?」
「建築家になりたくって」
「ガウディになるんだっけか?」
「それ言ったの小学生のときじゃん。よく覚えてるね」
「卒業文集に書いた!!ってしつこく言ってたのはお前だろ」
歩道のブロックの上を綱渡りするように歩くナマエの背中は、前よりも大きくなっている気がする。
昔は俺の方が小さくて、いつから俺の方が大きくなったかなんて覚えていない。
「若くんとこんなふうに喋ったの、久しぶりかも」
「まぁ、そうだな」
ナマエの家に着いた。なのに、あいつはまだ家に入らない。
「大学、氷帝にしたのはね、若くんと一緒の大学行きたかったからなんだよね」
「はぁ?」
「こんな田舎早く出ちゃってね、東京に行きたいんだ。それに、若くんともっとおしゃべりしたいし!」
じゃあね!とナマエはそのまま俺を置いて家の中に入っていった。
おい、俺と一緒の大学に行きたいってどういうことだ。
言い逃げなんて、困るだろ。明日、梅干しでも持ってあいつの家に行ってやろうか。
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