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テニスの王子様
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丸井ブン太はその日の帰り道、何気なくいつもの洋菓子屋でケーキを買った。遠くフランスのパリで流行しているというのがその菓子も売り文句で、流行り物と甘味に目がないブン太はさっそくその「新商品」を手土産にナマエが待つ自宅へと向かった。
文明開化、欧米列強に追いつけ追い越せとせわしない都会の流れとは裏腹に、二人が暮らしている日本家屋は慎ましやかで古風な、昔ながらの平屋である。下町の小さな一軒家ではあるが、二人で暮らすには丁度いい大きさだ。日当たりも良好で、庭つきというなかなかの好条件である。
――婚前の男女が一つ屋根の下などとバレると面倒な輩がいるので、絶対に誰にもこのことは漏らさないように努めているが。
「ただいまー。戻ったぞ」
いつも通り玄関の扉を開けるとナマエがいる――はずだった。しかし、玄関の鍵こそ開いていたものの、いつも聞こえてくるはずの足音が聞こえてこない。
「……なんだよ。いないならちゃんと鍵くらい閉めていけよな」
この時間なら、とっくに学校は終わっていて帰宅して待ってくれているはずだった。再度大きな声で「ただいまぁ」と呼びかけてみても返事がない。夕飯の買い出しか? それとも俺が早帰りなのを忘れて友達とでも寄り道しているのか……? ブン太は脳内であり得る可能性をいくつも思い浮かべたが、結局確証のある答えを思いつくことはなかった。
「…………」
帰ってきてすぐに一緒に甘い物でも……と期待をしていたブン太にとって、それは期待にそぐわない事態だった。ブツブツと文句を言いながら、行儀が悪いが靴を乱雑に脱ぎ捨てる。
常なら、学校から帰ってきたナマエがブン太の帰宅時間に合わせてやってきて、「おかえりなさい」の挨拶と共にカーキ色の軍服を脱がせてくれる手筈だった。あの少女の足音が居間の奥から響いてくることを期待したが、そんなことはなく……。
「……」
相変わらずかえってくるのは静寂のみである。
仕方なく自分でコートを脱ぎ、手を洗い、廊下から居間へと続く障子を開けた。
「ナマエ~、いないのか……って、おぉ……」
ブン太の目に真っ先に飛び込んできたのは、畳の上で眠っているナマエの姿だった。居間のちゃぶ台の横で制服のまま無防備に眠っている。
「……マジかよ」
近寄って顔を見ると、うつらうつらといった様子でもなく本当に眠り込んでいる様子だった。規則的な寝息と共に、彼女の身体が連動して上下に揺れた。
「……宿題の途中で、寝落ちかぁ? あいつが……」
普段昼寝をすることはあっても、このようにやるべきことをやっている最中にナマエが居眠りをしているのをブン太は今までに見たことがなかった。寝顔自体は見慣れたものだが、それでも鍵もかかっていない家の中で無防備に熟睡されてしまうと、少し感じるものがある。
机の上には広げっぱなしの英語の教科書と、ノートが広がっている。ナマエの几帳面な字でアルファベットが書き並んでいるが、その内容は精査せず、ブン太は黙ってナマエの顔の横に腰を下ろした。
「せっかく俺が帰ってきたんだから、さっさと起きろよな……」
青い畳の上に広がる紺色のスカートから、投げ出されるようにナマエの足が二本、すらりと伸びていた。女学校の制服というのは劣情を煽られないように設計されているというが、そうはいってもブン太にとっては好きな女性の身体の一部というだけで、緊張感を伴ってしまう。――濃い青と対照的な白い足のコントラストが目に毒で、なるべく視界に収めないように、と視線をそっと逸らす。
このまま起こすべきか、それとも眠っているのをただ眺めるだけに徹するか――。起きたナマエにお茶でも一杯淹れてもらいたいところではあるが、気持ちよさそうに眠っている彼女を起こしてしまうのも忍びないような気がした。
……いっそ、自分も隣で眠ってしまおうか。
そんな考えも脳裏を過る。
「ん……」
じっと見つめていると、ナマエの口から声が漏れた。呻きのような、寝言にカウントされないような小さな声である。
まだ彼女は眠っている。どんな夢を見ているのだろうか。それが自分のことだったらいいのに、なんてくだらない妄想までも。
「ナマエ」
少しだけ肩に触れながら、ブン太は彼女の名前を呼んだ。小さな声で、そこに相手を起こそうなどという意図はなかった。たまらず呼んでしまった。この声で目覚めなくてもいい。ただ、呼びたかったからそうしただけ。
「……あ」
「……起きた、か」
「ブン太くん……ここ、家……」
「すっげえ寝てたな。おはようさん」
「…………私、そんなに寝てた? えっと、ちなみに今何時、ですか」
ブン太は壁に掛けられている時計を見た。時刻は午後六時を少し過ぎたくらいだった。
「まあ、ざっと二時間は寝てたんじゃね?」
「……そんなに」
「疲れてたんだろ? しょうがねえって。しかし今時の女学生ってこんな難しそうな長文もやらされるんだな」
などと言いながら、ブン太はナマエの解いていた問題文のページをパラパラとめくる。
「それは、普通に宿題だから……」
「まあ、ちょっと休憩にしようぜ? お土産もあるんだよ。一緒に食べるために俺がわざわざ買ってきたからな」
ブン太が立ち上がり、台所から皿とフォークを取り出そうとするとナマエもそれに付いていった。寝起きであまり頭と手が上手く働かないせいで、ややおぼつかない手つきでお湯を沸かそうとする。
「ちょっと火、大丈夫かよ」
「だ、大丈夫……。……大丈夫だと思うよ」
「なーんか、危なっかしいな。ま、普段通りっていえばそうなんだけど……」
お茶は別にいらないから、なしにしよう。どちらから言い出したわけでもなく自然とそうなって、二人は元いた場所に戻った。見た目こそ純和風の平屋だったが、きちんとガスと電気が通っていたから、お茶を沸かすくらいなんとでもなかったのだが、今日は二人ともそういうことをする雰囲気ではないと気づいていた。ブン太が厳かな雰囲気すら醸しだしながら、白い菓子箱を開けると、中には瑞々しい果実にたっぷりのクリームがのったケーキが入っていた。ちょうど四つ。
「残りの二つは氷室にでも入れときゃどうにかなるだろ」
ナマエが、生ものらしいそれ――しかも今日一日で食べる量ではない――を傷むのではないかと心配する前に、ブン太は誘惑に乗せられた言い訳でもするみたいにそう言い放った。
「すごい。綺麗だね、これ一つで……小さな作品みたい」
「だろ? パリのカフェではこういうのが流行なんだってよ。美味そうだよなぁ。こんなのをこの国で出せる店なんて絶対限られてるぜ。まぁ、見つけた俺もすげえんだけどな」
高々と自慢げに話すブン太に、ナマエはひたすら頷き続けた。こんなに高級そうなものを見つけ出して、しかも余分なほど買ってくるブン太の経済力に、毎度のことながらすごいなぁと素直に感心する。そして、自分の好きな物について楽しそうに話す姿を見ていると、ナマエ自身まで楽しくなってくる。
ブン太には人を楽しくさせるようなエネルギーのような物があった。だから一緒にいて楽しいし、ずっとこの先も、二人で暮らしていけたら……。ナマエは胸の内で密かに自分たちの将来について思いをはせた。
「おーい、早く食わねえとてっぺんのイチゴ、俺が取っちゃうぜ」
「うん。じゃあせっかくだし、いただくね。ブン太くん、素敵なお土産ありがとう」
「おう、このくらいならいつでも買って帰ってきてやるよ」
文明開化、欧米列強に追いつけ追い越せとせわしない都会の流れとは裏腹に、二人が暮らしている日本家屋は慎ましやかで古風な、昔ながらの平屋である。下町の小さな一軒家ではあるが、二人で暮らすには丁度いい大きさだ。日当たりも良好で、庭つきというなかなかの好条件である。
――婚前の男女が一つ屋根の下などとバレると面倒な輩がいるので、絶対に誰にもこのことは漏らさないように努めているが。
「ただいまー。戻ったぞ」
いつも通り玄関の扉を開けるとナマエがいる――はずだった。しかし、玄関の鍵こそ開いていたものの、いつも聞こえてくるはずの足音が聞こえてこない。
「……なんだよ。いないならちゃんと鍵くらい閉めていけよな」
この時間なら、とっくに学校は終わっていて帰宅して待ってくれているはずだった。再度大きな声で「ただいまぁ」と呼びかけてみても返事がない。夕飯の買い出しか? それとも俺が早帰りなのを忘れて友達とでも寄り道しているのか……? ブン太は脳内であり得る可能性をいくつも思い浮かべたが、結局確証のある答えを思いつくことはなかった。
「…………」
帰ってきてすぐに一緒に甘い物でも……と期待をしていたブン太にとって、それは期待にそぐわない事態だった。ブツブツと文句を言いながら、行儀が悪いが靴を乱雑に脱ぎ捨てる。
常なら、学校から帰ってきたナマエがブン太の帰宅時間に合わせてやってきて、「おかえりなさい」の挨拶と共にカーキ色の軍服を脱がせてくれる手筈だった。あの少女の足音が居間の奥から響いてくることを期待したが、そんなことはなく……。
「……」
相変わらずかえってくるのは静寂のみである。
仕方なく自分でコートを脱ぎ、手を洗い、廊下から居間へと続く障子を開けた。
「ナマエ~、いないのか……って、おぉ……」
ブン太の目に真っ先に飛び込んできたのは、畳の上で眠っているナマエの姿だった。居間のちゃぶ台の横で制服のまま無防備に眠っている。
「……マジかよ」
近寄って顔を見ると、うつらうつらといった様子でもなく本当に眠り込んでいる様子だった。規則的な寝息と共に、彼女の身体が連動して上下に揺れた。
「……宿題の途中で、寝落ちかぁ? あいつが……」
普段昼寝をすることはあっても、このようにやるべきことをやっている最中にナマエが居眠りをしているのをブン太は今までに見たことがなかった。寝顔自体は見慣れたものだが、それでも鍵もかかっていない家の中で無防備に熟睡されてしまうと、少し感じるものがある。
机の上には広げっぱなしの英語の教科書と、ノートが広がっている。ナマエの几帳面な字でアルファベットが書き並んでいるが、その内容は精査せず、ブン太は黙ってナマエの顔の横に腰を下ろした。
「せっかく俺が帰ってきたんだから、さっさと起きろよな……」
青い畳の上に広がる紺色のスカートから、投げ出されるようにナマエの足が二本、すらりと伸びていた。女学校の制服というのは劣情を煽られないように設計されているというが、そうはいってもブン太にとっては好きな女性の身体の一部というだけで、緊張感を伴ってしまう。――濃い青と対照的な白い足のコントラストが目に毒で、なるべく視界に収めないように、と視線をそっと逸らす。
このまま起こすべきか、それとも眠っているのをただ眺めるだけに徹するか――。起きたナマエにお茶でも一杯淹れてもらいたいところではあるが、気持ちよさそうに眠っている彼女を起こしてしまうのも忍びないような気がした。
……いっそ、自分も隣で眠ってしまおうか。
そんな考えも脳裏を過る。
「ん……」
じっと見つめていると、ナマエの口から声が漏れた。呻きのような、寝言にカウントされないような小さな声である。
まだ彼女は眠っている。どんな夢を見ているのだろうか。それが自分のことだったらいいのに、なんてくだらない妄想までも。
「ナマエ」
少しだけ肩に触れながら、ブン太は彼女の名前を呼んだ。小さな声で、そこに相手を起こそうなどという意図はなかった。たまらず呼んでしまった。この声で目覚めなくてもいい。ただ、呼びたかったからそうしただけ。
「……あ」
「……起きた、か」
「ブン太くん……ここ、家……」
「すっげえ寝てたな。おはようさん」
「…………私、そんなに寝てた? えっと、ちなみに今何時、ですか」
ブン太は壁に掛けられている時計を見た。時刻は午後六時を少し過ぎたくらいだった。
「まあ、ざっと二時間は寝てたんじゃね?」
「……そんなに」
「疲れてたんだろ? しょうがねえって。しかし今時の女学生ってこんな難しそうな長文もやらされるんだな」
などと言いながら、ブン太はナマエの解いていた問題文のページをパラパラとめくる。
「それは、普通に宿題だから……」
「まあ、ちょっと休憩にしようぜ? お土産もあるんだよ。一緒に食べるために俺がわざわざ買ってきたからな」
ブン太が立ち上がり、台所から皿とフォークを取り出そうとするとナマエもそれに付いていった。寝起きであまり頭と手が上手く働かないせいで、ややおぼつかない手つきでお湯を沸かそうとする。
「ちょっと火、大丈夫かよ」
「だ、大丈夫……。……大丈夫だと思うよ」
「なーんか、危なっかしいな。ま、普段通りっていえばそうなんだけど……」
お茶は別にいらないから、なしにしよう。どちらから言い出したわけでもなく自然とそうなって、二人は元いた場所に戻った。見た目こそ純和風の平屋だったが、きちんとガスと電気が通っていたから、お茶を沸かすくらいなんとでもなかったのだが、今日は二人ともそういうことをする雰囲気ではないと気づいていた。ブン太が厳かな雰囲気すら醸しだしながら、白い菓子箱を開けると、中には瑞々しい果実にたっぷりのクリームがのったケーキが入っていた。ちょうど四つ。
「残りの二つは氷室にでも入れときゃどうにかなるだろ」
ナマエが、生ものらしいそれ――しかも今日一日で食べる量ではない――を傷むのではないかと心配する前に、ブン太は誘惑に乗せられた言い訳でもするみたいにそう言い放った。
「すごい。綺麗だね、これ一つで……小さな作品みたい」
「だろ? パリのカフェではこういうのが流行なんだってよ。美味そうだよなぁ。こんなのをこの国で出せる店なんて絶対限られてるぜ。まぁ、見つけた俺もすげえんだけどな」
高々と自慢げに話すブン太に、ナマエはひたすら頷き続けた。こんなに高級そうなものを見つけ出して、しかも余分なほど買ってくるブン太の経済力に、毎度のことながらすごいなぁと素直に感心する。そして、自分の好きな物について楽しそうに話す姿を見ていると、ナマエ自身まで楽しくなってくる。
ブン太には人を楽しくさせるようなエネルギーのような物があった。だから一緒にいて楽しいし、ずっとこの先も、二人で暮らしていけたら……。ナマエは胸の内で密かに自分たちの将来について思いをはせた。
「おーい、早く食わねえとてっぺんのイチゴ、俺が取っちゃうぜ」
「うん。じゃあせっかくだし、いただくね。ブン太くん、素敵なお土産ありがとう」
「おう、このくらいならいつでも買って帰ってきてやるよ」
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