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1
辞めた方がいい? ねぇ、そんなこと言わないでよ。ひどいなぁ。絶対運命だったんだよー。今までのとは違うのわたし本気だったの、だってね、向こうだってずっとニコニコしてたし、一回も殴ってこないしバカとか脳足りんとか言ってこないんだよ。優しいよね。優しいなら金とって逃げないって? それはそうだけどさー。無理無理無理無理。絶対うそだもーん。何か気が狂ってそうなっちゃっただけど、本当はいい人なんだよ。ぜったいそうだもん。わたし、ずっと待ってたいなぁ。裏切られたっていうのは主観の問題で、ずっと帰りを待ってたら裏切られたってことにはならないんだよ〜。
カーラは本日最初のため息をついた。目の前でマシンガンのように喋り倒す女を見ていると、頬を張っ倒して、説教したくなる衝動が抑えられなくなる。
女は見るからに幸薄そうな顔をしていて、酒が飲める歳のくせに十代前半の学生みたいな化粧をしている。手足は痩せ細って枝のように伸びていて、目はジャンキー特有の──ここはそういう人間の溜まり場だ──焦点が合わないけれど特異な光で輝いていた。瞳を縁取る睫毛は長く、見つめていると、彼女が紛争地帯で機械を乗り回し、食い扶持を稼ぐために傭兵をやっていることが嘘のように思える。
どうやって今まで生きて来たのか、あえて問うことはしない。RaDは仲間の前科前歴を聞くことはしない。この資源しかないだだっ広い惑星で、わざわざ殺しを仕事にする好きものなのだから、記録に残せないような碌でもない人生を送ってきたのだろう。
そうであるにしても、ナマエ(彼女がそう名乗った。本名は不明)の経歴は、カーラの人生経験から得た予見を持ってしても、全く想像ができなかった。お嬢様育ちのような大らかさと、学のなさそうな魔の抜けた喋り方、稼いだ金はその日限りの道楽に消費するくせに、意外と貯金もしていたようだ。それも全て、彼氏だった男に取られてしまった。
ナマエは決して自分のことをベラベラと喋るような人ではなかった。けれど、彼女の口調からして、今までの人生で男と関係しても何もいいことがなかったであろうということは、容易に想像できる。
彼女は廃墟に似つかわしくない、年代物であろう陶器のティーセットで紅茶を淹れている。部屋には上品な香りが漂い、ここが薬物中毒の巣窟であることが嘘のように思えた。
「美味しいでしょ」
「……茶葉に牛乳か、これ? ……こんなのどこで手に入れたんだ?」
「内緒〜」
呑気をしているナマエを見ているとつい流されそうになってしまう。
カーラはカップの中の紅茶を勿体無いと思いつつ一気に飲み干すと、本題に切り込んだ。
「ナマエ、いいか。ブルートゥはあんたの金や愛機だけじゃなくてパーツも何もかも全部パクって行ったんだ。これはあんただけの問題じゃないんだよ」
「うん、すごーく困ってる。でも、わたしが答える義務はないでしょ」
ナマエの伏せた睫毛が数回瞬いて、蛍光灯の光を反射した。彼女は他人事のように呟くと、砂糖をカップに投げ入れた。
何をそこまであの男に入れ込んでいるのか理由はわからないが、あるいは、裏切られたと思いたくなくて現実逃避しているのかもしれないが、ナマエはどれだけ酷く拷問されても口を割る気はありません、といった表情で優雅にティータイムを続行しようとしていた。呑気しているように見えて、この女はかなり頑固な性格をしている。
「何を惚けてるのかわからないが、あんたがヤツを庇うっていうなら、ここからは出ていってもらうことになるかもしれないね」
「……」
この星に流れ者、しかも何の後ろ盾もない独立傭兵が一人で放り出されたらどんな目に遭うか、想像もできないほど馬鹿ではないだろう。
ナマエの眉が僅かに動いた。
動揺する程度には自覚があったらしい。
「いい加減に認めれば楽になれるはずだよ。あんたはあのクズのブルートゥに捨てられたんだ。あんなやつが他人に肩入れして、たった一人の誰かの物になんてなるわけがないだろ?」
「…………カーラ、今まで世話になったのであなたには恩があるけど、だから、何? あなたにあの人の何が分かるわけ?」
「これに関してはあいつとあんたを引き合わせたわたしも悪い。でもな、聞いて欲しいんだ。これ以上あのクズ男を庇うな。お前を弄んで金も抜いて捨てた男を好きになっても、何もいいことがないんだ」
カップが震えている。取手を器用に持ち上げるナマエの指に力がこもっているのが分かった。
「ブルートゥは、ちょっと不在にしてるだけなの。パーツの持ち逃げだっていうけど、いつかフラッと戻ってくると思うけど」
ナマエが虚勢を張る様子を見ていると、馬鹿馬鹿しく感じると同時に、かわいそうに見えてくる。
カーラの目には、捨てられたと分からず、同じ場所でずっと飼い主の帰りを待っている捨て犬のように見えた。
「いいか、ここは薬中ばっかりで世間様の常識は通用しないし、まともな連中ばかりだとは言えないがな、これだけは言っておく。普通の人間は、パートナーに金を無心しないどころかパスワードを割って口座から残高を引き出したりしない。犯罪だからだ。愛されるとかそういう以前の話だってことが分かって欲しいんだよ。それに、わたしが見ている限り、あいつはあんたの名前を一回も呼ばなかった。あんたばっかり好きだって騒いで、見ていて痛々しいんだよ……」
「で、でも、ブルートゥはイく時首絞めてくれるけど普段は絶対殴らないんだよ」
「……普通のカップルはヤってる時に首なんて絞めないし、喧嘩になっても相手を殴らないんだよ。あんた、今までどんなやつと付き合ってきたんだ……」
カーラは、想像以上の返答に腰を抜かしそうになった。やることはやってると思っていたが、せいぜい遊びでドラッグを使うくらいだと考えていた。ナマエの顔をじっと見ていると、確かに男に殴られていそうな雰囲気があって、妙に納得させられてしまうのが悔しい。
「ナマエ、あんたって金を盗られるよか殴られる方が嫌ってワケ?」
「……返してくれるならね」
「あいつが返すと思ってる?」
「わかんない、借用書と契約書作ってないから返済義務は発生しないし」
「なんでそういうことが分かってるのに、彼氏になるとガバガバになるのかねぇ、この子は……」
「だって、仕事の時はちゃんと雇用契約結ばないとタダでこき使われて赤字になるし……それくらいわたしだって分かってるよ!」
「あーあ、泣いちゃって」
「化粧落ちるからあんま見ないで」
懐から白いレースのハンカチを取り出すと、ナマエは器用に涙だけを布に吸わせていく。カーラは、ここらの連中の中でナマエだけがハンカチやちり紙などを常に携帯していることを知っている。
「お人形さんみたいだね、あんた」
「それって皮肉?」
「見たまんまだよ。この部屋もドールハウスみたいでさ、ここがドーザーの集まりだって信じられないくらいにはね」
見渡すと、正にお茶会に相応しい造りの部屋が広がっていた。懐古主義と形容するに相応しい、骨董品まみれのインテリアに、今時珍しい紙の本がぎっしりと本棚に詰まっている。
「ブルートゥもこの部屋が素敵だって褒めてくれたんだけど」
「あいつは誰にでもそう言うんだよ! 元彼のことを思い出すのなんてやめときな!」
「昔は、いいやつだって、面白いやつだって言ってたくせに」
「あぁ……、あの時はわたしも馬鹿だったね……」
カーラは明後日の方向に視線を投げると、胸ポケットに入った煙草に手をかけた。
「こら、ここは禁煙だって書いてあるでしょ」
「分かってるよ。癖でついね」
ナマエは立ち上がると、お湯をポットに注いだ。
「おかわりも淹れないと勿体無いし」
「そうだね。茶葉なんて高級品、何度でも煎じて飲まないと」
「……帰るつもりがないみたいだし、仕方ないから話してあげる、ブルートゥのこと。電話を百回くらい掛けても返事がないから、居場所については期待するような答えが得られないとは思うけど」
ナマエはそう言いながら、カーラの眼前に端末を突きつけた。画面にはメッセージアプリの会話ログが表示されており、さらっと目を通しただけでも、夥しい数の一方的なメッセージを送信しているのがわかる。スタンプであったり、バッドに入ってタイピングしたのが丸わかりの長文だったり、見るに耐えない文章の羅列に頭が痛くなる。
これだといくら熱烈なカップルでも返信しきれないだろうし、通知も恐ろしいことになっているだろう。失踪しなくても、この連絡の仕方だと既読すらつかないというのは納得しかない。
「もう分かった。……それは、いい。万が一あんたらのハメ撮りなんて流れてきたら、この場で全部ぶちまけちまうだろうし」
「カーラって、わたしのことをなんだと思ってるのかな」
「ここのダメ人間たちの中で、ナマエはまだマシな部類だと思うんだがね……」
これに関しては偽りのない本心だった。基本的に会話の成り立つ連中しか入れない方針にしているが、元が犯罪者ばかりなので、規律に反した行動も多い。ちょっとした諍いが殺し合いに発展するような血の気の多い集団の中で、ナマエは情緒不安定な性分と男を見る目のなさを除けば、とびきり一般人に近い性格の女性だった。
「誤魔化して吸おうとしちゃダメだからね」
「……バレたか」
「このかわいい部屋に灰皿なんか置いたら興醒めだわ」
それでもナマエが机の引き出しに、甘ったるい味のする逸品を隠し持っていることを、カーラは密かに知っていた。そして、彼女がそれを吸っているところを死ぬまで誰にも晒さないであろうことも、この時からとっくに予想できていた。
2
彼はわたしのことを、ご友人と呼ぶ以外になにも名前を呼んでくれなかった。連絡先を交換したので、向こうはわたしの名前を知っているはずだけれど、意味がなかった。そもそも、ブルートゥはリーダーであるカーラとそれ以外という認識しかなかったのではないかと、今なら思う。
そもそもわたしたちは、まともに交際していたと言える期間すら曖昧で、仲間のパーティで一緒にハイになった時に意気投合して流れとノリで寝たら、そのまま好きになっちゃって、わたしが一方的にベタベタとまとわりついていただけだ。これが恋人と呼べるなら、ストーカーも片思いではないと思う。
わたしはブルートゥのことを結構ハンサムだと思ってて、なんでこんな落ち着いた人がドーザーの集団にいるのか疑問しか抱かなかった。こっそり傭兵のデータベースで調べたりもしたけど、前歴らしい前歴、逆に言えば戦歴も見当たらなかったし、そのくせアリーナだけはやりこんでいるのが、なんだか不気味だと思ったのを覚えている。
わたしみたいな底辺の人間と違って、すごい人なんだと思うと益々好きになった。セックスもめっちゃ上手かったし「知り合いのそういう事情を聞くのは正直、キツいんだが……」あー、そうなんだ。ごめんごめん。
それに、カーラが面白いやつだって言ってたから、余計にキラキラして見えたんだよね。
「……皮肉か?」
あーあ、今思い返してもなんで消えちゃったかわかんないよね。
なんだか、すごい大物を取り逃した気分。認証IDのデータとか、抜いておけばよかったかも……。
「あんた、傭兵よりもハッカーやってればいいんじゃないか?」
それに関しては、カーラの方がすごいでしょ。
昔一回だけ試したことがあるんだけど、結構すぐに探知されて弾かれちゃった。一回だけだったから警告で済んだけど、またシステムに手を出して永久BANされたらヤバいしさ。
わたしも個人だしー? 一介の傭兵が手を出してどうにかなるような脆弱なシステムじゃないよ、オールマインドは。
こっちも企業相手に伝手があるわけじゃないし、干されたら、どっかに身売りして使い捨ての駒にされるしかないね〜。
「……まぁ、無理にとは言わないさ。それにしても、なんでそこまであの男に入れ込んでたのか聞いてもいいかい?」
顔。
声。
殴ってこなくて優しかった。
「…………聞いたわたしがバカだったかね」
悲しいことに、わたしばっかり好きで、向こうから好きとか愛してるとかずっと一緒にいたいとか、そういうことは全く言われなかったよねっ!
「あいつはなぁ……、まぁ、予想はつくよ」
コーラルでバチバチやってる時は、ちょっとは面白がってくれたけど。あれも今考えればハイになってるだけだよね……。ていうか、本当の愛ってなに?
「おいおい、バッドに入るんじゃないよ! 介護するこっちの身にもなってくれ」
カーラの言う通りだね。いつもカーラは正しいことしか言わないね。
「はぁ……、もう言わないからな? わたしがいつも正しいことをしてるんだったら、こんなことにはなってないんだよ。あんたはなんでこう、自己評価が低いのかね……」
それは……そうだけど、同じミスは何度もしないでしょ。わたしはいっつも、同じことで間違えてばっかりだよ。
「……すぐに愛してるって言ってくる男と、一言も好きだと言ってくれない男、今後は両方ともすぐに信用しないことだね」
カーラはそういうこと言わないよね。
「なんだい、私に言ってほしいって?」
あのさー、すぐ口説きにくるやつがやばいって話じゃなかったっけ。
「私たち……、結構長い付き合いじゃないか」
傷心で弱った女を口説く人は信用できないよー。
「あはは、困ったな」
──カーラに話を聞いてもらったら、ちょっと楽になったかも。
「そりゃよかった。ついでに、あいつが行きそう場所を思い出せたら連絡をくれると、ありがたいんだが……気が向いたらで構わないから」
木を隠すなら、森の中。
「……はぁ? 緊急事態なんだ、詩的な暗喩は辞めてもらえるといいんだが」
多分ブルートゥはそんなに遠くには逃げてないよ。あの人は悪いことを悪いことだって思わないタイプだと思う。
「つまり……?」
ブルートゥが連絡を取ってた相手は全部、わたしの監視リストに入ってるよ。
3
「あいつを見つけたら、一撃で首を落とすか、そうじゃなきゃなるべく早く殺しといてね〜」
ブリーフィング中の回線に強引に割り込んできた声を聞き、621はわずかに動揺した。高い声の持ち主は、それだけを言うと逃げるように会話から外れる。ざっと見た限りでは、識別番号は確認できない。傭兵なのか、どこかの手先なのか、目的も理解できないまま彼女(暫定)はどこかへ消えていった。
今頃、ウォルターがログを洗って接続元を探し出しているはずだと621は冷静になる。
この作戦内容を知っているということは、カーラの知り合いだろうか。それなら正規の方法で入ってきてもいいはずだが。
傭兵とクライアントのやり取りは機密事項に該当するため、電波の傍受がされないようにセキュリティを固めている。いくつもの防壁を突破して飛び込んできた知らない誰かに、わずかにでも興味を抱かない訳ではないが、気にしても仕方のないことだと意識を切り替える。
カーラがため息をつく声が聞こえる。
「あー、これはアレだ。彼女もあいつに個人的な恨みがあるクチでね。気にしないでくれ」
『カーラが認めた人なら気にしません』
手元の端末で返事を送ると、そのあとは何事もなかったかのように説明は続いた。
「ドーザーにも色々あるのでしょうね」
そっと呟いたエアの言葉に、対人経験の乏しい621は黙って頷くしかなかった。
「わたしも殴りに行きたいけど、生憎コアの部分をパクられちゃった。だから、あなたに頼るしかないんですよね〜。レイヴン、この前言った通り、全部任せたからよろしく!」
通信回線に入ってきた女は、今度は正規のアカウントを使っていた。
きっとどこかでこの様子を監視しているのだろう。
全く名前を見たことも聞いたこともない傭兵の女は、それだけ言うとこちらの返事も聞かずに、再び黙ってしまった。
カーラに聞けばブルートゥと彼女の因縁についても話してくれるかもしれないが、621はそういった男女の関係に興味がある訳ではなかった。
エアは女が気になるのか、少し浮ついていたが戦闘が本格的に開始されると、女ではなくブルートゥの言動の方が気になるようで、彼女の存在は二人の意識の片隅へと追いやられてしまった。
「古いご友人も、新しいご友人も、素敵だ! カーラの周りにいるのは素晴らしいご友人ばかりですね、ミルクトゥース」
「……こいつ、わたしとカーラの区別がついてるのかな」
「嗚呼、ナマエ! 貴方もいるのですね! ご無事で何よりです。元気にしていましたか?」
「こ、この男〜ッ! 土壇場になって急に名前呼びやがって〜ッ! なんで今になって、そんなことするのかなぁ……⁉︎」
「ナマエ、少し落ち着け!」
「もう、わたしカーラにする。カーラがいい。あいついらない。レイヴン、早くあいつを殺して!」
「仲間外れは寂しいことですね、ミルクトゥース。もうナマエは踊ってくれないようですよ」
「あんたねぇ……。回線おっ広げて恥ずかしいことを言うのは辞めてくれないか……⁉︎」
「……これが俗にいう──修羅場でしょうか。人間の交尾に付随する感情の動きは実に興味深いものがあります」
あちこちから聞くに堪えない声が聞こえて来るせいで狙いが逸れた。弾薬の残りが少ないと告げる声すらも、敵と似たような声がするので、621に取っては不愉快に感じられた。
「…………」
621は静かに全ての回線をミュートにした。
それからのことは、特記すべき事項ではない。