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「ミッチーてさ、結構イケメンだよね」
「あぁー、確かに」
昼休み、食堂で無遠慮な会話が聞こえてくる。話しているのはわたしの担任の三井先生について。同じクラスだけで全く話さない一軍のギャルたちは、三井先生のことを軽々しく「ミッチー」と呼んでいた。
……はぁ。
──今更になって三井先生の顔の良さに気づいたわけ? もう半年も同じクラスにいるのに? 信じられない。
わたしはため息をつきながら、カツ丼定食の皿を下げ膳する。
「ってか背もでかいし、結構かっこいいかも!」
「いやまあそれはそうなんだけどさあ。ってか山田、教師にガチ恋? やめときなよー」
「ガチ恋じゃねえし!」
イライラする。
わたしのことを言われているわけじゃないけど、なんだか無性にイライラして、カラトリーを入れる箱に乱暴な仕草で箸を投げ入れてしまう。……普段なら絶対にこんなことはしない。
万が一、三井先生に見られていたらと考えると血の気が引くし、そこらにいるガサツな女と同じになりたくないし。
多分、そろそろ生理がくるせいだ。うん、そのせい。カツ丼が美味しかったのも絶対そのせい。
気分を入れ替えようとウォーターサーバーに向かう。のこのこ歩いていると、この学校では珍しい広い背中が見えた。
あっ、先生だ。後ろ姿だけでわかる。
それと同時にさっと体温が下がる。
さっきのガサツな八つ当たりが見られていたら最悪だ。幸い、うちの学食は中高大全員が入るから結構でかくて、よっぽどじゃないと下げ膳スペースなんて見られていない…………と思うけど、「もしかして」ということがある。
わたしは先生に気づかれないようにそろりと後ろを通る──はずだった。
「ミョウジ! 昼はもう食べたか?」
先生は一瞬でわたしを見つけたらしい。手に大盛りの鯖の味噌煮定食を持ちながら、ニコニコとこっちに笑いかけてくれる。
「はい。ちゃんと食べました」
「食うの早いんだなー。お前細いんだから、ちゃんと食えよ。高校生は成長期なんだからな!」
わたしはちゃんと上擦った声になっていないか、変なことを言ってしまわないか不安で、崩れ落ちそうで仕方なかった。三井先生はわたしの気を知らずにガハハと笑いながら、端っこの席に向かって歩いていく。
…………やった。
うまい具合に先生と話せた。
わたしは内心ガッツポーズをしながら、食堂を出る。
先生は白い歯を見せてわたしに笑いかけてくれた。うん、上出来。
前は緊張してうまく話せなかったから、スムーズに話をできるようになっただけ、一歩前進だ。
何に向かって進んでいるのかは、よくわからないけれど……。
わたしはトイレに入る。別に用を足したいってわけでもなく、なんとなく。
食堂横のトイレは、昼休みだというのに全く人気がなかった。ちょうどいい。誰もいない部屋っていうのは考え事にうってつけだ。
本当はわかってる。どうしたいかなんて。ぜーんぶわかってて、見て見ぬふりをしてるんだ。
自分の欲について一番詳しいのは、自分だ。
トイレの鏡で前髪をいじっている時に考えるのは先生のことだ。なんでこんなに好きになったのか、なんでわたしは生徒で三井先生は先生なんだろう、とか。そんなことを毎日二時間は考えてる。冗談じゃなくて、本気で。
ポケットの中からリップクリームを取り出すと、何かのおまじないをするみたいに、丁寧に唇に塗り込んだ。別に先生とキスしたいわけじゃない。付き合いたいわけじゃない。ただ、わたし以外の人と恋人になってほしくなくて、先生が誰か一人の人のものになるのが嫌ってだけ。
今こうしてるのも、ただの唇の保湿だから。他意はないから。
三井先生のことを好きになったのはなんでか、実のところはっきり覚えていない。運命的な何かがあったとか、そういうのはない。よく、恋に落ちると雷に打たれたような衝撃があるとか小説で聞くけど、全くそういうことはなかった。
ただただ、毛糸を編むようにじっくりと、いつの間にかわたしは三井先生のことを好きになっていた。
それを自覚した時は、流石に自分でも驚いた。
今まで人というものを好きになるということがどういうことか、この歳になるまで全く知らなかったし、好きになるなら、もっと年の近い人だとばかり思っていたから、本当にびっくりした。
そもそも、恋愛をしたいなら女子校になんて入らないし、恋愛なんて大学に入ってからでも十分だと思っていたから。
それに気づいてからのわたしは、別にどこかおかしくなるわけでもなく、逆に自分のどこかぎこちない挙動に対して理由が見つかったようで、逆にホッとしたくらいだ。
三井先生と話すときにやけに緊張するのも、好きだからという理由があると納得できた。クラス委員になったのも、先生に近づく理由が欲しかったからなんだと気づくと、自分の突拍子もない行動が情緒不安からくるものではないとわかった。
わたしにとって、恋っていうのは半分のドキドキと半分の納得をくれるものだった。目立つのが嫌なのに、学級委員に立候補した理由にずっと悩んでいたから、それが解決したことでようやく肩の荷が降りたのだ。
わたしは、わたしがめちゃくちゃおかしくなってしまったと思っていた。そういう意味では、理由を与えてくれた三井先生に感謝している。
…………だから、わたしと同行なろうなんて、絶対に烏滸がましいことなんだ。
「…………ってことで、いいよね?」
「意義なーし」
三十人の声が教室に響く。
今日の総合の授業はちょっと特別だった。
わたしは黒板の前に立ち、白いチョークで自分の名前を末尾に加える。
黒板の上部に書いた「体育祭」の文字から、わたしは季節の移り変わりの速さを感じてしまった。
もう、そんな時期なんだなあと年寄りみたいなことを考える。……まだ高校二年生なんだけどなあ。
「じゃあ、これで出しちゃうからね。ミョウジさんもこれでいいよね?」
「あー、……うん。いいよ」
別に種目はなんでもよかった。強いて言えば、走らなくていい玉入れとか、大玉転がしとか、ケガが少なそうで比較的楽な競技がよかったけど、リレーとかじゃないだけ全然マシだ。
でも、
「借り物競走かあ……」
思わず小さな声でぼやいてしまう。こういうのって、陽キャとかそっちの人の方が盛り上がるんじゃないかな、とか。うだうだ考えてみる。
わたしは別にどこでもよかったから、希望者が一人足りていなかったところにしただけ……なんだけど。
「ミョウジさん嫌だったら変えてもいいんだよ?」
「別に……嫌じゃないよ。逆にリレーとかじゃなくてよかったーって思ってるし」
「あ、じゃあよかった。これで出しちゃうね」
「うん、お願いします」
ホームルームが終わって、にわかに教室がざわつき出した。担任の三井先生が来るまで、この間はお喋りタイムだ。
黒板に書いた文字はカメラで撮っておいて、それをプリントして先生に渡せば大丈夫ってことになっていた。だから、わたしの仕事はもうない。
わたしは席に着くと、ふっと息を吐く。緊張の糸が解けたように、わたしは深く背もたれに背中を預けた。
もう一人の方の委員長が廊下でコピーをとってくれている間、わたしはポケットに突っ込んでいたスマホを取り出す。普段はこんなことしないんだけど、おそらくあと五分くらい先生は戻ってこないし、適当にタイムラインをスクロールする。
クラスの学級委員のわたしがこんなことをしていても、誰も咎めない。本当は授業時間にスマホを取り出すこと自体が校則で禁じられているけれど、誰もそんなこと気にしない。バレなきゃいい。……でも、三井先生にだけはバレたくないな。わたしは、騒いで問題行動を起こして目立とうってタイプじゃないから。そういう人とは違うから。
……あ。
なんだよー! と思いながらわたしはそのストーリーに釘付けになった。
小学校が同じだったあっちゃんに彼氏ができていた。向こうは今日体育祭だったらしく、彼氏とは体操服姿でツーショットを撮っていた。
リボンの鉢巻なんかして、しかも彼ジャーだ。うわー、めちゃくちゃリア充って感じだわ。真似できない。しないけど。爆発しろー! と思いながらLINEにスクショと一緒に茶化すようなメッセージを送信した。……と同時に、タイムリーな話題に背筋がゾッとする。
いやいや、わたしは別に先生とそういう風になりたいとかではないので。
……全くそういう欲望がないのかと言われれば嘘になるから、完全に否定はできないけど、少なくとも、教師である三井先生とそういう感じになりたいとかは、ないんだ。
だって、向こうは先生だし。こっちは生徒だし。卒業後ならまだしも、在学中にそういうことするとか、向こうがキモいロリコンじゃんって話になる。普通に犯罪だし。三井先生は、そんなんじゃないし……多分。
「悪ぃ! ちょっと会議が長引いた!」
元気いっぱいな調子で先生がガタガタと扉を開いて入ってきたので、わたしは慌ててスマホを机の中に隠す。
「ミョウジー、体育祭の会議まとまったか……ってもう終わってるか」
わたしたちがだらだら椅子をくっつけて喋ったりしてるのを見て、そう思ったらしい。わたしは自分の席から少し声を張って返事をする。
「大丈夫です。今荒井さんがデータコピーしに行ってくれてます」
「そっか、それならヨシ」
荒井が戻ってきたらホームルーム始めるからなー。先生はそう言うと、ペットボトルのお茶をぐびぐび飲んだ。先生はこのあとバスケ部の指導があるのに、そんなに飲んで大丈夫なんだろうかと心配になる。
「このクラスは決定が早くて助かる!」
「うちら、チャチャっと決めちゃうんでぇー」
誰かがそう言うと、みんな一斉に笑った。確かに、うちの学校の生徒は竹を割ったような性格の人が多いような気がする。
「それと、うちには優秀な司会進行がいるからな」
「確かに〜」
みんながわたしの方を一斉に見て、またケタケタと笑う。なんだか気恥ずかしくて、何を言っていいか分からず、思わず三井先生の方を見てしまう。
先生も、みんなと一緒に大口を開けて楽しそうに笑っていた。
「わたしは黒板に書いてただけだから〜ほら、司会は荒井さんがやってくれてたし!」
「でもミョウジさんの字って読みやすいし綺麗だよねー書道やってた?」
「いや……別にそういうところには行ってなくて、授業でしかやったことなくて」
「ふーん、そう見えないけどね」
そう言ってくれた前の席の子は、わざわざ後ろに振り返ってわたしの方を見ながらニコニコと朗らかに笑っていた。
なんだか、勝手に気まずい。
だってその子は、お昼休みがわたしがイライラした相手だった。三井先生のことをミッチーと馴れ馴れしく呼んで、あろうことかかっこいいとまで言っていた相手だ。恨みはないけど、勝手に恨んでしまった相手に褒められると、気まずい。いや、向こうはそんなことを知らないのは知ってるんだけど。
「ほら、お前らもミョウジ見習ってノートは綺麗に書けよー。丸文字すぎて読めねえんだよ」
「マジ? ミッチーマジでおじさんすぎるんだけど」
「うるせえ! まだ二十代だっての!」
「うちらからしたらおじだもーん!」
ほっと、胸を撫で下ろす。話題が自分から先生に移ったから。
先生って、無意識のかな。こういうことをする時。
三井先生は空気が読めないように見えて、実のところめちゃくちゃ周りを見ている人だと思う。
わたしが注目されることに慣れていないのも、多分見抜かれてる。
だからこっそり助け舟を出してくれたんじゃないかな、と思った。
自惚れてるかな。
でも、そういうことがさらっとできる人は結構少ない。そして、わたしは先生のそういうところが大好きだったりするんだよね……。
「せんせー、コピーできました!」
荒井さんが教室に入ってきて、先生にコピー用紙を手渡した。
そこで、すーっと現実の世界に引き戻されるような感覚がした。もう現実に戻って来なさいよと、言われたような気がした。
◆
体育祭はあっという間にやってきた。
うちの学校は一応進学校ということになっていて、授業もそれなりに早く進む。それなのに──いや、それだからこそ、息抜きになる体育祭は息抜き以上の意味を持っていた。もう、それは言葉には表せないような熱気だ。何も知らない人が来れば、ここは本当に女子生徒しかいない学校なのかと疑うんじゃないだろうか。
うちの学年は受験を視野に入れつつもまだまだ遊んでても構わない、という感じなので、去年よりも熱狂的に盛り上がっている。
わたしは体育祭の委員と学級を取り持つ中間という感じで、それなりに忙しかったけれど、まあそっちの方がありがたかった。
今日という日まで、わたしは借り物競争のことで頭がいっぱいだった。
女子校はこういうおふざけに全力で取り組む。お題もきっと、恥ずかしいようなものが多いはずだ。去年もそうだったし。
あー、絶対に「好きな人」なんて引きませんように! とわたしは願いつつ登校する。
朝は清々しい快晴で、腹立たしいくらいの秋晴れだった。これは校長先生がスピーチのネタにするんだろうな。
今日は特別。ジャージで自転車を漕ぐ。学校までの坂道で、昨日ちょっとだけ「雨が降りますように」なんて願ったことを後悔する。
坂道を漕いでいると、額に汗が流れる。まだ始まってすらいないのに、わたしはすでにちょっと疲れていた。
運動会は滞りなく進行する。うちのクラスは白組だったので、白組がんばれー! とか、差し障りのない応援で声を張り上げる。椅子があるとはいえ、直射日光の下で声を張るのはそれなりにしんどい。
「ミョウジさん、そろそろじゃない?」
隣の席の荒井さんが、プログラム片手に教えてくれた。
「あ! そうだったね。教えてくれてありがとう」
「点とってね! 期待してるよー」
ニヤニヤと笑いながらそんなことを言われる。それって点数じゃなくて、面白いお題を期待してるでしょ! わたしがそう言うと、彼女はケラケラと笑って、「バレたかー!」と叫んだ。
やだなー、本当に。ちょっとウケる。わたしはそう言いながら、選手の待機スペースまで小走りで向かう。あー、本当に、馬鹿みたいにドキドキしてる。わたしの走ってるところ、三井先生に見られてるし。ドジって転けたりしたら恥ずかしくて泣いちゃうかもしれない。ってか、絶対泣く。
心臓が嫌ってくらい音を立てて、わたしをせき立ててる。でも大丈夫。大丈夫だと、思い込む。思い込むしかない。
さっきのおふざけも荒井さんなりの優しさだったかもしれない。あの人、本当にいい人だから。きっとわたしに対しても気を遣ってくれたんだろう。ありがとう。本人はきっと受け取ってくれないから、心の中でお礼を言う。
「借り物競争、選手入場です!」
軽快なBGMと一緒にわたしたちは小走りで入場門をくぐる。整列してちょっとすると、ピストルの音と一緒に第一陣が走り出した。
わたしはなるべく落ち着くように、あえて走り出した人たちの姿を見ないようにした。お題も、聞きたくない。わたしの出番はその次だった。泣いても笑っても、これでわたしの出番は終わり。きっとまともなお題を拾えますようにと願うしかない。
「さて、第一位の選手が入着です! お題を確認しますね……ああ〜一番の親友! いいお題ですね!」
……まだ、大丈夫。
一発目が変なお題じゃなくてよかった。
二人の生徒は仲良さげに手を繋ぎながら全力でダッシュしてゴールする。まるで、それが当たり前みたいな風に、二人の行動に迷いはなかった。
「めっちゃ恥ずかしいお題じゃん! 何それ!」
一位の彼女に連れられてきた女の子は、照れ隠しで背中をポカポカ叩きながらも、嬉しそうに笑っていた。
いいなー。
漠然とそう思ってしまうくらいには、仲が良さそうで羨ましかった。わたしに友達って言える存在はいない。究極のボッチっていうか、友達を作ろうとしなかったら自然にそうなった。当たり前なんだけど。
だからわたしは、先生のことばかり考えるようになったんだっけ。ああでも、好きなことを見抜くような人が周りにいなくてよかったかも。先生にガチ恋とか、恥ずかしいし……。
「……さん、ミョウジさん、次並んで!」
「あっ! はい!」
ぼーっとしていたら乗り遅れていた。
白いラインの前に立つと、走り出す構えを取る。ヘラヘラ走って格好悪いところを見せるのが一番嫌だから。
大丈夫、絶対に大丈夫。ワンチャンスがあったら、それを狙おう。やばかったら、家庭科の宮田先生でも連れていけばいいんだ……。うそ! やっぱ三井先生がいい! 絶対、絶対に!
ガチャガチャ考えていると、笛の音が聞こえてくる。わたしは息を整えて、視界をまっすぐ見据える。
耳にピストルの音が響いた。すぐさま駆け出す。五十メートルほど全力でダッシュすると、お題の紙が落ちているのが見える。特に厳選せず、運に任せることにした。
『尊敬してる人』
──きた!
わたしは迷うことなくクラスの観覧席まで走り出す。あまりに迷わないので、実況席も少し興奮した口ぶりでわたしの名前を読み上げていた。
「三井先生! 来て!」
「オレか⁉︎ わかった!」
先生は迷うことなく、弾丸のように飛び出す。流石だなー。
「なんのお題か楽しみにしてるな」
「それはっ、ついてのお楽しみ……ですっ!」
ずっと考えてたことがあった。借り物競走に出るって決まった日から毎日、毎晩ずっとこの時のことを考えていた。
先生と一緒にゴールテープを切る。そして、一位になって、大好きです! って言うこと。それをずっと妄想してきた。告白は……絶対しないけど、それでも今日この日に、わたしは気持ちを伝えなくちゃいけない。恋愛じゃなくても、わたしは先生が大好きだから。
教師として、本当に尊敬してるから。うだうだ迷うな!
今、その夢は現実になろうとしている。
わたしと三井先生がゴールテープを切ると、わあわあとうちのクラスが盛り上がった。
「ミョウジさんー!」
ギャアギャアと騒ぐクラスの人たちを横目に、わたしはお題を読み上げる。
「尊敬している人……三井先生はわたしが一番尊敬する先生です!」
マイクに力を込めて精一杯叫ぶと、うちのクラスがさらにドッと湧いた。
「お、おま……マジで嬉しいこと言ってんじゃねえよ!」
「いやー、素晴らしいですね! 三井先生、めっちゃ好かれてるじゃないですか!」
ちょっとだけ泣きそうになっている三井先生を見ながら、わたしは堂々と胸を張っていた。先生のことを尊敬してる。でも、絶対に将来はわたしと結婚してもらう。だからこれは、プロポーズの予行練習かも。
…………あ。
やっぱわたし、好きなんだ。先生のこと、めっちゃ好きじゃん。あれだけぐだぐだ言い訳しておいて、どれだけ取り繕っても、やっぱり大好き。結婚したいって、どんだけ好きなの!
「あっははは!」
急に笑い出したわたしを、おかしくなったのかと思わないでほしい。ちょっとだけ涙が出てきそうなのを誤魔化しただけだから!
「次は絶対、泣かないでくださいね!」
「次……? あ、当たり前だろ! ってか、泣いてねえよ!」
次がなんだかわからなくて、それでも勝手に解釈してちょっと怒る先生を見て、わたしは密かにニヤニヤと笑った。
先生大好き、なんて……この人、本当にわたしが告白したら、どんな顔をするんだろう。ボヤボヤして他の人に取られたら、多分一生立ち直れない。絶対に、狙った物は手に入れよう。そんなことを考えるくらい、先生が好き。
「あぁー、確かに」
昼休み、食堂で無遠慮な会話が聞こえてくる。話しているのはわたしの担任の三井先生について。同じクラスだけで全く話さない一軍のギャルたちは、三井先生のことを軽々しく「ミッチー」と呼んでいた。
……はぁ。
──今更になって三井先生の顔の良さに気づいたわけ? もう半年も同じクラスにいるのに? 信じられない。
わたしはため息をつきながら、カツ丼定食の皿を下げ膳する。
「ってか背もでかいし、結構かっこいいかも!」
「いやまあそれはそうなんだけどさあ。ってか山田、教師にガチ恋? やめときなよー」
「ガチ恋じゃねえし!」
イライラする。
わたしのことを言われているわけじゃないけど、なんだか無性にイライラして、カラトリーを入れる箱に乱暴な仕草で箸を投げ入れてしまう。……普段なら絶対にこんなことはしない。
万が一、三井先生に見られていたらと考えると血の気が引くし、そこらにいるガサツな女と同じになりたくないし。
多分、そろそろ生理がくるせいだ。うん、そのせい。カツ丼が美味しかったのも絶対そのせい。
気分を入れ替えようとウォーターサーバーに向かう。のこのこ歩いていると、この学校では珍しい広い背中が見えた。
あっ、先生だ。後ろ姿だけでわかる。
それと同時にさっと体温が下がる。
さっきのガサツな八つ当たりが見られていたら最悪だ。幸い、うちの学食は中高大全員が入るから結構でかくて、よっぽどじゃないと下げ膳スペースなんて見られていない…………と思うけど、「もしかして」ということがある。
わたしは先生に気づかれないようにそろりと後ろを通る──はずだった。
「ミョウジ! 昼はもう食べたか?」
先生は一瞬でわたしを見つけたらしい。手に大盛りの鯖の味噌煮定食を持ちながら、ニコニコとこっちに笑いかけてくれる。
「はい。ちゃんと食べました」
「食うの早いんだなー。お前細いんだから、ちゃんと食えよ。高校生は成長期なんだからな!」
わたしはちゃんと上擦った声になっていないか、変なことを言ってしまわないか不安で、崩れ落ちそうで仕方なかった。三井先生はわたしの気を知らずにガハハと笑いながら、端っこの席に向かって歩いていく。
…………やった。
うまい具合に先生と話せた。
わたしは内心ガッツポーズをしながら、食堂を出る。
先生は白い歯を見せてわたしに笑いかけてくれた。うん、上出来。
前は緊張してうまく話せなかったから、スムーズに話をできるようになっただけ、一歩前進だ。
何に向かって進んでいるのかは、よくわからないけれど……。
わたしはトイレに入る。別に用を足したいってわけでもなく、なんとなく。
食堂横のトイレは、昼休みだというのに全く人気がなかった。ちょうどいい。誰もいない部屋っていうのは考え事にうってつけだ。
本当はわかってる。どうしたいかなんて。ぜーんぶわかってて、見て見ぬふりをしてるんだ。
自分の欲について一番詳しいのは、自分だ。
トイレの鏡で前髪をいじっている時に考えるのは先生のことだ。なんでこんなに好きになったのか、なんでわたしは生徒で三井先生は先生なんだろう、とか。そんなことを毎日二時間は考えてる。冗談じゃなくて、本気で。
ポケットの中からリップクリームを取り出すと、何かのおまじないをするみたいに、丁寧に唇に塗り込んだ。別に先生とキスしたいわけじゃない。付き合いたいわけじゃない。ただ、わたし以外の人と恋人になってほしくなくて、先生が誰か一人の人のものになるのが嫌ってだけ。
今こうしてるのも、ただの唇の保湿だから。他意はないから。
三井先生のことを好きになったのはなんでか、実のところはっきり覚えていない。運命的な何かがあったとか、そういうのはない。よく、恋に落ちると雷に打たれたような衝撃があるとか小説で聞くけど、全くそういうことはなかった。
ただただ、毛糸を編むようにじっくりと、いつの間にかわたしは三井先生のことを好きになっていた。
それを自覚した時は、流石に自分でも驚いた。
今まで人というものを好きになるということがどういうことか、この歳になるまで全く知らなかったし、好きになるなら、もっと年の近い人だとばかり思っていたから、本当にびっくりした。
そもそも、恋愛をしたいなら女子校になんて入らないし、恋愛なんて大学に入ってからでも十分だと思っていたから。
それに気づいてからのわたしは、別にどこかおかしくなるわけでもなく、逆に自分のどこかぎこちない挙動に対して理由が見つかったようで、逆にホッとしたくらいだ。
三井先生と話すときにやけに緊張するのも、好きだからという理由があると納得できた。クラス委員になったのも、先生に近づく理由が欲しかったからなんだと気づくと、自分の突拍子もない行動が情緒不安からくるものではないとわかった。
わたしにとって、恋っていうのは半分のドキドキと半分の納得をくれるものだった。目立つのが嫌なのに、学級委員に立候補した理由にずっと悩んでいたから、それが解決したことでようやく肩の荷が降りたのだ。
わたしは、わたしがめちゃくちゃおかしくなってしまったと思っていた。そういう意味では、理由を与えてくれた三井先生に感謝している。
…………だから、わたしと同行なろうなんて、絶対に烏滸がましいことなんだ。
「…………ってことで、いいよね?」
「意義なーし」
三十人の声が教室に響く。
今日の総合の授業はちょっと特別だった。
わたしは黒板の前に立ち、白いチョークで自分の名前を末尾に加える。
黒板の上部に書いた「体育祭」の文字から、わたしは季節の移り変わりの速さを感じてしまった。
もう、そんな時期なんだなあと年寄りみたいなことを考える。……まだ高校二年生なんだけどなあ。
「じゃあ、これで出しちゃうからね。ミョウジさんもこれでいいよね?」
「あー、……うん。いいよ」
別に種目はなんでもよかった。強いて言えば、走らなくていい玉入れとか、大玉転がしとか、ケガが少なそうで比較的楽な競技がよかったけど、リレーとかじゃないだけ全然マシだ。
でも、
「借り物競走かあ……」
思わず小さな声でぼやいてしまう。こういうのって、陽キャとかそっちの人の方が盛り上がるんじゃないかな、とか。うだうだ考えてみる。
わたしは別にどこでもよかったから、希望者が一人足りていなかったところにしただけ……なんだけど。
「ミョウジさん嫌だったら変えてもいいんだよ?」
「別に……嫌じゃないよ。逆にリレーとかじゃなくてよかったーって思ってるし」
「あ、じゃあよかった。これで出しちゃうね」
「うん、お願いします」
ホームルームが終わって、にわかに教室がざわつき出した。担任の三井先生が来るまで、この間はお喋りタイムだ。
黒板に書いた文字はカメラで撮っておいて、それをプリントして先生に渡せば大丈夫ってことになっていた。だから、わたしの仕事はもうない。
わたしは席に着くと、ふっと息を吐く。緊張の糸が解けたように、わたしは深く背もたれに背中を預けた。
もう一人の方の委員長が廊下でコピーをとってくれている間、わたしはポケットに突っ込んでいたスマホを取り出す。普段はこんなことしないんだけど、おそらくあと五分くらい先生は戻ってこないし、適当にタイムラインをスクロールする。
クラスの学級委員のわたしがこんなことをしていても、誰も咎めない。本当は授業時間にスマホを取り出すこと自体が校則で禁じられているけれど、誰もそんなこと気にしない。バレなきゃいい。……でも、三井先生にだけはバレたくないな。わたしは、騒いで問題行動を起こして目立とうってタイプじゃないから。そういう人とは違うから。
……あ。
なんだよー! と思いながらわたしはそのストーリーに釘付けになった。
小学校が同じだったあっちゃんに彼氏ができていた。向こうは今日体育祭だったらしく、彼氏とは体操服姿でツーショットを撮っていた。
リボンの鉢巻なんかして、しかも彼ジャーだ。うわー、めちゃくちゃリア充って感じだわ。真似できない。しないけど。爆発しろー! と思いながらLINEにスクショと一緒に茶化すようなメッセージを送信した。……と同時に、タイムリーな話題に背筋がゾッとする。
いやいや、わたしは別に先生とそういう風になりたいとかではないので。
……全くそういう欲望がないのかと言われれば嘘になるから、完全に否定はできないけど、少なくとも、教師である三井先生とそういう感じになりたいとかは、ないんだ。
だって、向こうは先生だし。こっちは生徒だし。卒業後ならまだしも、在学中にそういうことするとか、向こうがキモいロリコンじゃんって話になる。普通に犯罪だし。三井先生は、そんなんじゃないし……多分。
「悪ぃ! ちょっと会議が長引いた!」
元気いっぱいな調子で先生がガタガタと扉を開いて入ってきたので、わたしは慌ててスマホを机の中に隠す。
「ミョウジー、体育祭の会議まとまったか……ってもう終わってるか」
わたしたちがだらだら椅子をくっつけて喋ったりしてるのを見て、そう思ったらしい。わたしは自分の席から少し声を張って返事をする。
「大丈夫です。今荒井さんがデータコピーしに行ってくれてます」
「そっか、それならヨシ」
荒井が戻ってきたらホームルーム始めるからなー。先生はそう言うと、ペットボトルのお茶をぐびぐび飲んだ。先生はこのあとバスケ部の指導があるのに、そんなに飲んで大丈夫なんだろうかと心配になる。
「このクラスは決定が早くて助かる!」
「うちら、チャチャっと決めちゃうんでぇー」
誰かがそう言うと、みんな一斉に笑った。確かに、うちの学校の生徒は竹を割ったような性格の人が多いような気がする。
「それと、うちには優秀な司会進行がいるからな」
「確かに〜」
みんながわたしの方を一斉に見て、またケタケタと笑う。なんだか気恥ずかしくて、何を言っていいか分からず、思わず三井先生の方を見てしまう。
先生も、みんなと一緒に大口を開けて楽しそうに笑っていた。
「わたしは黒板に書いてただけだから〜ほら、司会は荒井さんがやってくれてたし!」
「でもミョウジさんの字って読みやすいし綺麗だよねー書道やってた?」
「いや……別にそういうところには行ってなくて、授業でしかやったことなくて」
「ふーん、そう見えないけどね」
そう言ってくれた前の席の子は、わざわざ後ろに振り返ってわたしの方を見ながらニコニコと朗らかに笑っていた。
なんだか、勝手に気まずい。
だってその子は、お昼休みがわたしがイライラした相手だった。三井先生のことをミッチーと馴れ馴れしく呼んで、あろうことかかっこいいとまで言っていた相手だ。恨みはないけど、勝手に恨んでしまった相手に褒められると、気まずい。いや、向こうはそんなことを知らないのは知ってるんだけど。
「ほら、お前らもミョウジ見習ってノートは綺麗に書けよー。丸文字すぎて読めねえんだよ」
「マジ? ミッチーマジでおじさんすぎるんだけど」
「うるせえ! まだ二十代だっての!」
「うちらからしたらおじだもーん!」
ほっと、胸を撫で下ろす。話題が自分から先生に移ったから。
先生って、無意識のかな。こういうことをする時。
三井先生は空気が読めないように見えて、実のところめちゃくちゃ周りを見ている人だと思う。
わたしが注目されることに慣れていないのも、多分見抜かれてる。
だからこっそり助け舟を出してくれたんじゃないかな、と思った。
自惚れてるかな。
でも、そういうことがさらっとできる人は結構少ない。そして、わたしは先生のそういうところが大好きだったりするんだよね……。
「せんせー、コピーできました!」
荒井さんが教室に入ってきて、先生にコピー用紙を手渡した。
そこで、すーっと現実の世界に引き戻されるような感覚がした。もう現実に戻って来なさいよと、言われたような気がした。
◆
体育祭はあっという間にやってきた。
うちの学校は一応進学校ということになっていて、授業もそれなりに早く進む。それなのに──いや、それだからこそ、息抜きになる体育祭は息抜き以上の意味を持っていた。もう、それは言葉には表せないような熱気だ。何も知らない人が来れば、ここは本当に女子生徒しかいない学校なのかと疑うんじゃないだろうか。
うちの学年は受験を視野に入れつつもまだまだ遊んでても構わない、という感じなので、去年よりも熱狂的に盛り上がっている。
わたしは体育祭の委員と学級を取り持つ中間という感じで、それなりに忙しかったけれど、まあそっちの方がありがたかった。
今日という日まで、わたしは借り物競争のことで頭がいっぱいだった。
女子校はこういうおふざけに全力で取り組む。お題もきっと、恥ずかしいようなものが多いはずだ。去年もそうだったし。
あー、絶対に「好きな人」なんて引きませんように! とわたしは願いつつ登校する。
朝は清々しい快晴で、腹立たしいくらいの秋晴れだった。これは校長先生がスピーチのネタにするんだろうな。
今日は特別。ジャージで自転車を漕ぐ。学校までの坂道で、昨日ちょっとだけ「雨が降りますように」なんて願ったことを後悔する。
坂道を漕いでいると、額に汗が流れる。まだ始まってすらいないのに、わたしはすでにちょっと疲れていた。
運動会は滞りなく進行する。うちのクラスは白組だったので、白組がんばれー! とか、差し障りのない応援で声を張り上げる。椅子があるとはいえ、直射日光の下で声を張るのはそれなりにしんどい。
「ミョウジさん、そろそろじゃない?」
隣の席の荒井さんが、プログラム片手に教えてくれた。
「あ! そうだったね。教えてくれてありがとう」
「点とってね! 期待してるよー」
ニヤニヤと笑いながらそんなことを言われる。それって点数じゃなくて、面白いお題を期待してるでしょ! わたしがそう言うと、彼女はケラケラと笑って、「バレたかー!」と叫んだ。
やだなー、本当に。ちょっとウケる。わたしはそう言いながら、選手の待機スペースまで小走りで向かう。あー、本当に、馬鹿みたいにドキドキしてる。わたしの走ってるところ、三井先生に見られてるし。ドジって転けたりしたら恥ずかしくて泣いちゃうかもしれない。ってか、絶対泣く。
心臓が嫌ってくらい音を立てて、わたしをせき立ててる。でも大丈夫。大丈夫だと、思い込む。思い込むしかない。
さっきのおふざけも荒井さんなりの優しさだったかもしれない。あの人、本当にいい人だから。きっとわたしに対しても気を遣ってくれたんだろう。ありがとう。本人はきっと受け取ってくれないから、心の中でお礼を言う。
「借り物競争、選手入場です!」
軽快なBGMと一緒にわたしたちは小走りで入場門をくぐる。整列してちょっとすると、ピストルの音と一緒に第一陣が走り出した。
わたしはなるべく落ち着くように、あえて走り出した人たちの姿を見ないようにした。お題も、聞きたくない。わたしの出番はその次だった。泣いても笑っても、これでわたしの出番は終わり。きっとまともなお題を拾えますようにと願うしかない。
「さて、第一位の選手が入着です! お題を確認しますね……ああ〜一番の親友! いいお題ですね!」
……まだ、大丈夫。
一発目が変なお題じゃなくてよかった。
二人の生徒は仲良さげに手を繋ぎながら全力でダッシュしてゴールする。まるで、それが当たり前みたいな風に、二人の行動に迷いはなかった。
「めっちゃ恥ずかしいお題じゃん! 何それ!」
一位の彼女に連れられてきた女の子は、照れ隠しで背中をポカポカ叩きながらも、嬉しそうに笑っていた。
いいなー。
漠然とそう思ってしまうくらいには、仲が良さそうで羨ましかった。わたしに友達って言える存在はいない。究極のボッチっていうか、友達を作ろうとしなかったら自然にそうなった。当たり前なんだけど。
だからわたしは、先生のことばかり考えるようになったんだっけ。ああでも、好きなことを見抜くような人が周りにいなくてよかったかも。先生にガチ恋とか、恥ずかしいし……。
「……さん、ミョウジさん、次並んで!」
「あっ! はい!」
ぼーっとしていたら乗り遅れていた。
白いラインの前に立つと、走り出す構えを取る。ヘラヘラ走って格好悪いところを見せるのが一番嫌だから。
大丈夫、絶対に大丈夫。ワンチャンスがあったら、それを狙おう。やばかったら、家庭科の宮田先生でも連れていけばいいんだ……。うそ! やっぱ三井先生がいい! 絶対、絶対に!
ガチャガチャ考えていると、笛の音が聞こえてくる。わたしは息を整えて、視界をまっすぐ見据える。
耳にピストルの音が響いた。すぐさま駆け出す。五十メートルほど全力でダッシュすると、お題の紙が落ちているのが見える。特に厳選せず、運に任せることにした。
『尊敬してる人』
──きた!
わたしは迷うことなくクラスの観覧席まで走り出す。あまりに迷わないので、実況席も少し興奮した口ぶりでわたしの名前を読み上げていた。
「三井先生! 来て!」
「オレか⁉︎ わかった!」
先生は迷うことなく、弾丸のように飛び出す。流石だなー。
「なんのお題か楽しみにしてるな」
「それはっ、ついてのお楽しみ……ですっ!」
ずっと考えてたことがあった。借り物競走に出るって決まった日から毎日、毎晩ずっとこの時のことを考えていた。
先生と一緒にゴールテープを切る。そして、一位になって、大好きです! って言うこと。それをずっと妄想してきた。告白は……絶対しないけど、それでも今日この日に、わたしは気持ちを伝えなくちゃいけない。恋愛じゃなくても、わたしは先生が大好きだから。
教師として、本当に尊敬してるから。うだうだ迷うな!
今、その夢は現実になろうとしている。
わたしと三井先生がゴールテープを切ると、わあわあとうちのクラスが盛り上がった。
「ミョウジさんー!」
ギャアギャアと騒ぐクラスの人たちを横目に、わたしはお題を読み上げる。
「尊敬している人……三井先生はわたしが一番尊敬する先生です!」
マイクに力を込めて精一杯叫ぶと、うちのクラスがさらにドッと湧いた。
「お、おま……マジで嬉しいこと言ってんじゃねえよ!」
「いやー、素晴らしいですね! 三井先生、めっちゃ好かれてるじゃないですか!」
ちょっとだけ泣きそうになっている三井先生を見ながら、わたしは堂々と胸を張っていた。先生のことを尊敬してる。でも、絶対に将来はわたしと結婚してもらう。だからこれは、プロポーズの予行練習かも。
…………あ。
やっぱわたし、好きなんだ。先生のこと、めっちゃ好きじゃん。あれだけぐだぐだ言い訳しておいて、どれだけ取り繕っても、やっぱり大好き。結婚したいって、どんだけ好きなの!
「あっははは!」
急に笑い出したわたしを、おかしくなったのかと思わないでほしい。ちょっとだけ涙が出てきそうなのを誤魔化しただけだから!
「次は絶対、泣かないでくださいね!」
「次……? あ、当たり前だろ! ってか、泣いてねえよ!」
次がなんだかわからなくて、それでも勝手に解釈してちょっと怒る先生を見て、わたしは密かにニヤニヤと笑った。
先生大好き、なんて……この人、本当にわたしが告白したら、どんな顔をするんだろう。ボヤボヤして他の人に取られたら、多分一生立ち直れない。絶対に、狙った物は手に入れよう。そんなことを考えるくらい、先生が好き。