未設定の場合は「ミョウジ ナマエ」表記になります
相性最高で最悪!
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夕食の折、無銘は新しく生活を営む仲間として本丸の男士全員の前に顔を出した。旅館の宴会場を思わせるような広間で、数十振の視線を一点に浴びて尚、彼女は一切怯むことはなかった。小心な刀であれば、ここで心挫かれる者もいるのだが、舞手の刀であったからか、逆に堂々と、顔と名前を刻み込んでやろうとばかりに、無銘は胸を張っていた。
白い蛍光灯の光を浴びて、無銘は絵に描いたような笑みを顔に浮かべていた。彼女は見られているだけでなく、こちらもまた見ているのだぞ。と言わんばかりに男ばかりの空間を見つめている。
その目つきは獲物を狙う鷹のようだった。
彼女と目が合った男士は皆一様に、彼女の目線の鋭さを指摘した。いくら温和な目つきの女神といえど、やはり刀として……戦う器として顕現されたのだ。女の身故に戦力としての不足を心配していた男士は語った。あれは俺たちと同じ姿ではないが、やはりあれも刀だったと知って落ち着いた。女流剣士とは面白い。やはり、この本丸には何かがあるのだ、この主人についていくと面白いな、と。
無銘は審神者の横に座り、夕飯にありついていた。箸使いも小慣れたもので、まるで当たり前のように物を食べてきたと言わんばかりに、たかが焼き魚の味付けに流暢な感想を述べた。
気を良くした食事番の男士が彼女の杯に酒を注いだ。これが「いける口」ならば、彼女は酒飲みの連中に受け入れられるだろう。
長谷部は無意識に無銘の失墜を願った。だが、食事同様に無銘は酒も悪酔いせずに綺麗に飲んだ。ほんのり顔を赤くして灘のどこぞの酒蔵ですね、などと言い当てたため、酒好きの男士たちが一様に沸いた。
審神者も喜んだ。無銘ちゃんは本当になんでも綺麗にこなすんだね、と。
審神者に誉められた無銘は気を良くして、初めて桜を舞い散らかした。それを見て、審神者も喜んだ。可愛い子に桜はよく似合う。桜は無銘ちゃんによく似合う、と。無銘が照れたようにはにかむと、審神者は彼女の体に抱きついた。可愛い可愛い、と興奮して、半ば狂ったように。
無銘は一瞬度肝を抜かれたような、ひどく驚いた顔をしたが、特に反発することもなく素直に受け入れた。
「主さま、皆が見ていますよ」
「いいのいいの。女の子同士なんだから、普通のスキンシップです〜! セクハラじゃないでーす! いいよねっ! ねっ! 無銘ちゃん〜!」
「…………主さまが望まれるなら、いくらでも抱擁を」
どこかで誰かが百合だ、と溢した。キマシ……というわけのわからぬ言葉を呟く声も、僅かに長谷部の耳に届いた。なぜここで花の名前が出てくるのか、意味がわからなかった。
審神者は明らかに悪酔いしている。新入りがやってきたから浮かれて深酒してしまったのだろう。
それだけなら別にどうということはない。吐くまで飲んだり、明日の業務に支障が出るようなひどい飲み方はしない人であると、長谷部は信じている。 けれど、今回はよくない。明らかによくない方向に酔いが回っている。
今まで、審神者が短刀以外に抱きついたところを、見たことがなかった。短刀は子供の見目をしているから、特段気にしたことはなかった。
女性なのだから、小さい子供を可愛がることに違和感を覚えたことはない。少々羨ましいと思ったことはあるが、むしろ、家庭的で好ましいとすら思った。そして、いつか主が誰かと結ばれて、その手に子供を抱くならば、その父親は自分がいいとも考えた。けれど、それは叶わぬ願いである。
刀剣男士と人間の間に子供はできない。人間と神の間に子が生まれるのは古き伝承の時代、それこそ神話の中でのみあり得る話である。人間に使役される付喪神──しかもその分霊──従僕として奉仕するために顕現された今の身では、絶対に不可能なことだ。それは最初から心得ている。
しかし、それはそれとして、やはり審神者が誰かとみだりにいちゃつくことがあったなら、許せない。
物として人の世を見てきたが、女人同士でベタベタと触れ合う様子など見たことがなかった。長谷部の知りうる女性同士の関係──母と娘、姉妹同士でもそれなりに距離と節度というものがあった。それこそ、元服を済ませる以前で合っても、親子というものはみだりに抱き合ったりしない、というのが長谷部の中での常識だった。女性の傍らで過ごした短刀であればまた見方は違うのだろうが、長谷部が知りうる女性の関係というのは、元の主人の家族と、その周辺の使用人──それも、男性にしか見えない上部の極一部だけだった。
つまり、女の子同士だから普通のスキンシップである、という言葉の意味を全くと言っていいほど理解できなかったのである。
長谷部は、己が無意識に手に力をこめていることに気づかなかった。右手に持った湯呑みに若干の亀裂が走った。だが、水が溢れるほどではない。あくまで表面に若干の傷ができた程度である。普段であればここまで苛烈に物に当たるということはない。 あくまで冷静に、感情的にならずに、と言い聞かせていればどうということはない。けれど、今回はどうしようもなかった。
今己の顔がどのような表情をしているか検討がつかない。おそらく、どこにも見せられないような醜い面をしているだろう。
無銘は、困惑したように審神者の背中に手を回していたが、いつからか自慢げな顔で、審神者を抱きしめ返していた。
彼女はその様子を面白がっている男士たちの群れの中から、長谷部の姿を探し当てた。
その顔が明らかに嫉妬の色に染まっていることを確認すると、唇の端をにいっと吊り上げ、妖婦のように笑って見せた。
──この女の正体見たり。
時が止まったかのように二人の視線が交わり、凍結した。
これが敵であったならば、すぐさま切り付けていただろう。
けれど、そうではない。
無銘は、この本丸の『仲間』だ。
『この本丸に於いて、一切の私闘を禁ず』
審神者の作ったルールが、寸でのところで長谷部の理性を押しとどめた。その反動で、彼の頭に逆流した血潮の流れが、やや怠慢な動きで弛緩した。誰もそれに気づかない。無銘の視線は、しっかりと理性に飼い慣らされた男の顔を射止めていた。
ただ一度、その様子を見ると、獣を捕らえた猟犬のような微笑みでそれに応える。
挑発するというよりは、自ら作り出した罠に引っかかった害獣を見て、胸を撫で下ろしたような調子だった。この戦いに置いて、無銘が一手上回ったのである。彼女はすっかり他の面々の信頼を勝ち取った。長谷部が必死で勝ち取ってきたものを、彼女はあっさりと手の内に収め、勝ち誇っている。
それがたまらなく、耐えられなかった。
長谷部は立ち上がると、ひっそりと外に出た。誰もそれに気づいていない。たった一人、無銘を除いては。
そのまま寝てしまってもよかったのだが、風呂に入っていないことを思い出して、浴場に向かった。
勝ち誇るように嗤う無銘と、何もできない己。
今この瞬間、彼女と長谷部の立ち位置は彼岸と此岸に分たれた。
実際のところ、決定的な瞬間というものはまだ訪れていなかったが、心理的なイニチアシブを握ったのがどちらであったかは、誰にでも理解できることだろう。
白い蛍光灯の光を浴びて、無銘は絵に描いたような笑みを顔に浮かべていた。彼女は見られているだけでなく、こちらもまた見ているのだぞ。と言わんばかりに男ばかりの空間を見つめている。
その目つきは獲物を狙う鷹のようだった。
彼女と目が合った男士は皆一様に、彼女の目線の鋭さを指摘した。いくら温和な目つきの女神といえど、やはり刀として……戦う器として顕現されたのだ。女の身故に戦力としての不足を心配していた男士は語った。あれは俺たちと同じ姿ではないが、やはりあれも刀だったと知って落ち着いた。女流剣士とは面白い。やはり、この本丸には何かがあるのだ、この主人についていくと面白いな、と。
無銘は審神者の横に座り、夕飯にありついていた。箸使いも小慣れたもので、まるで当たり前のように物を食べてきたと言わんばかりに、たかが焼き魚の味付けに流暢な感想を述べた。
気を良くした食事番の男士が彼女の杯に酒を注いだ。これが「いける口」ならば、彼女は酒飲みの連中に受け入れられるだろう。
長谷部は無意識に無銘の失墜を願った。だが、食事同様に無銘は酒も悪酔いせずに綺麗に飲んだ。ほんのり顔を赤くして灘のどこぞの酒蔵ですね、などと言い当てたため、酒好きの男士たちが一様に沸いた。
審神者も喜んだ。無銘ちゃんは本当になんでも綺麗にこなすんだね、と。
審神者に誉められた無銘は気を良くして、初めて桜を舞い散らかした。それを見て、審神者も喜んだ。可愛い子に桜はよく似合う。桜は無銘ちゃんによく似合う、と。無銘が照れたようにはにかむと、審神者は彼女の体に抱きついた。可愛い可愛い、と興奮して、半ば狂ったように。
無銘は一瞬度肝を抜かれたような、ひどく驚いた顔をしたが、特に反発することもなく素直に受け入れた。
「主さま、皆が見ていますよ」
「いいのいいの。女の子同士なんだから、普通のスキンシップです〜! セクハラじゃないでーす! いいよねっ! ねっ! 無銘ちゃん〜!」
「…………主さまが望まれるなら、いくらでも抱擁を」
どこかで誰かが百合だ、と溢した。キマシ……というわけのわからぬ言葉を呟く声も、僅かに長谷部の耳に届いた。なぜここで花の名前が出てくるのか、意味がわからなかった。
審神者は明らかに悪酔いしている。新入りがやってきたから浮かれて深酒してしまったのだろう。
それだけなら別にどうということはない。吐くまで飲んだり、明日の業務に支障が出るようなひどい飲み方はしない人であると、長谷部は信じている。 けれど、今回はよくない。明らかによくない方向に酔いが回っている。
今まで、審神者が短刀以外に抱きついたところを、見たことがなかった。短刀は子供の見目をしているから、特段気にしたことはなかった。
女性なのだから、小さい子供を可愛がることに違和感を覚えたことはない。少々羨ましいと思ったことはあるが、むしろ、家庭的で好ましいとすら思った。そして、いつか主が誰かと結ばれて、その手に子供を抱くならば、その父親は自分がいいとも考えた。けれど、それは叶わぬ願いである。
刀剣男士と人間の間に子供はできない。人間と神の間に子が生まれるのは古き伝承の時代、それこそ神話の中でのみあり得る話である。人間に使役される付喪神──しかもその分霊──従僕として奉仕するために顕現された今の身では、絶対に不可能なことだ。それは最初から心得ている。
しかし、それはそれとして、やはり審神者が誰かとみだりにいちゃつくことがあったなら、許せない。
物として人の世を見てきたが、女人同士でベタベタと触れ合う様子など見たことがなかった。長谷部の知りうる女性同士の関係──母と娘、姉妹同士でもそれなりに距離と節度というものがあった。それこそ、元服を済ませる以前で合っても、親子というものはみだりに抱き合ったりしない、というのが長谷部の中での常識だった。女性の傍らで過ごした短刀であればまた見方は違うのだろうが、長谷部が知りうる女性の関係というのは、元の主人の家族と、その周辺の使用人──それも、男性にしか見えない上部の極一部だけだった。
つまり、女の子同士だから普通のスキンシップである、という言葉の意味を全くと言っていいほど理解できなかったのである。
長谷部は、己が無意識に手に力をこめていることに気づかなかった。右手に持った湯呑みに若干の亀裂が走った。だが、水が溢れるほどではない。あくまで表面に若干の傷ができた程度である。普段であればここまで苛烈に物に当たるということはない。 あくまで冷静に、感情的にならずに、と言い聞かせていればどうということはない。けれど、今回はどうしようもなかった。
今己の顔がどのような表情をしているか検討がつかない。おそらく、どこにも見せられないような醜い面をしているだろう。
無銘は、困惑したように審神者の背中に手を回していたが、いつからか自慢げな顔で、審神者を抱きしめ返していた。
彼女はその様子を面白がっている男士たちの群れの中から、長谷部の姿を探し当てた。
その顔が明らかに嫉妬の色に染まっていることを確認すると、唇の端をにいっと吊り上げ、妖婦のように笑って見せた。
──この女の正体見たり。
時が止まったかのように二人の視線が交わり、凍結した。
これが敵であったならば、すぐさま切り付けていただろう。
けれど、そうではない。
無銘は、この本丸の『仲間』だ。
『この本丸に於いて、一切の私闘を禁ず』
審神者の作ったルールが、寸でのところで長谷部の理性を押しとどめた。その反動で、彼の頭に逆流した血潮の流れが、やや怠慢な動きで弛緩した。誰もそれに気づかない。無銘の視線は、しっかりと理性に飼い慣らされた男の顔を射止めていた。
ただ一度、その様子を見ると、獣を捕らえた猟犬のような微笑みでそれに応える。
挑発するというよりは、自ら作り出した罠に引っかかった害獣を見て、胸を撫で下ろしたような調子だった。この戦いに置いて、無銘が一手上回ったのである。彼女はすっかり他の面々の信頼を勝ち取った。長谷部が必死で勝ち取ってきたものを、彼女はあっさりと手の内に収め、勝ち誇っている。
それがたまらなく、耐えられなかった。
長谷部は立ち上がると、ひっそりと外に出た。誰もそれに気づいていない。たった一人、無銘を除いては。
そのまま寝てしまってもよかったのだが、風呂に入っていないことを思い出して、浴場に向かった。
勝ち誇るように嗤う無銘と、何もできない己。
今この瞬間、彼女と長谷部の立ち位置は彼岸と此岸に分たれた。
実際のところ、決定的な瞬間というものはまだ訪れていなかったが、心理的なイニチアシブを握ったのがどちらであったかは、誰にでも理解できることだろう。