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忠犬馬鹿
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先生、センセイ、せんせい。口に出すと、それは甘ったるい匂いがした。私の先生。私だけの、好きな人。岸辺先生、私、あなたのためなら嫌でも生きます。
まぁ、そんなことは死んでも言わない。こういう重い女を先生は嫌うだろうから。訳知り顔でそんなことを考える私を、先生はマセガキだと言って叱るだろうか。全部、本当なんですよと言って驚かせてやりたい。こんなことを思いながら、先生が飲み散らかした焼酎のカップを拾い集める。
成人男性が一人で暮らすにはちょうどいいワンルームの隅っこで、先生は子供みたいに丸まって眠っていた。私はというと、ついさっき勝手に作った合鍵でこの部屋に侵入したばっかりだ。
やめろといわれるけれど、本当に嫌なら鍵を変えるはずなので、ほぼ公認のようなものだ。まるで同棲しているカップルみたい。どきどきする。一人で勝手に妄想に浸っていると、先生がノロノロと上半身を起こした。
「おはようございます……っても、もう夕方ですけど」
部屋の中なのに、先生はコートを着たまま眠っていた。かわいい。
「お前、また勝手に……」
「先生の一番弟子だから、いいんです。特権です」
こんなに無防備に寝ていたの。
先生は人類の中では最強格といっていいくらいなので、私の気配に気づいていたはずで、それでもこんなにゆっくりと起きだすんだから、やっぱり私は特別だ。他の生徒には見せない顔に、ちょっとだけ優越感。いや、ちょっとじゃない。超絶優越感。
「今何時……」
「午後六時ですね」
先生は、やっちまった……というような顔で、玄関へと向かっていく。
「どこへ行かれるんですか」
「生徒二人、放置しすぎた」
「私も行きます」
「勝手にしろ」
履いてきたスニーカーをつっかけて、コートに急いで腕を通しながらアパートの階段を駆け降りる。
先生が運転する車の助手席に勝手に座って、シートベルトをしめた。
車の中は、ちょっと湿っていて、どこでも売っているような安っぽい芳香剤の匂いがした。
「お前って本当抜け目ないな」
ボトルに入っていたミントガムをくちゃくちゃ噛む私をみて、先生はそう言った。
「そーですね。そうじゃないと、ここまで五体満足でいないと思いますよ」
流れる景色をみているふりをして、反射した先生の顔をじっと見ていた。
相変わらず、無表情の仏頂面で、なんというか……やっぱり格好いいな〜なんて単純な感想しか浮かんでこない。
そういえば、先生の生徒と直接対面するのは初めてだった。なるべく、他のデビルハンターと接触させたくないのか、こういうところに連れていってもらうのは珍しい。
どんな人なんだろう。嫉妬と好奇心の入り混じった複雑な気持ちで、グルグルと考える。公安のデビルハンターって、めちゃくちゃ真面目な人か、頭のいっちゃってる人しかいないっていう。向こうは前者か後者か。どっちなんだろう。ちなみに、先生はなんとなく前者だと思う。私にこんなに優しいし、それに、年齢的に考えて、ここまで現役で頑張っていて、後進の教育もしているってことはめちゃ真面目で何かしらの信念がないとできないはずだ。
あー、そういうところが好きなんだよな。もし仮に、先生がめちゃくちゃな気狂いでも私は先生を好きになっていたと思う。つまり、どっちにしろ先生のことが大好きなんだ。
自己満足でにこにこしていると、車はどこかの平地で停車した。
「到着」
「結構遠い!」
勢い勇んで車から飛び降り、先生の後をついていく。
「ちょっと寒いですね」
「車で待ってるか?」
「あっ、いえ、大丈夫です」
ぬかるんでちょっとどろどろした土の上で、二人の男女が寝っ転がっていた。
「わ」
私は失礼ながら、未確認生物を見てしまったような声をあげてしまった。半裸の方の男が、私を見て似たような声をあげた。
「誰っすか、その人……」
「ミョウジナマエ。俺の生徒」
「ん……なんじゃ……人間か?」
ピンク髪の角女も、ジロジロと舐め回すように私を見ている。
わぁ、思ったより若いんだ。多分、私とタメくらいかもしれない。
ぼんやりとしていると、先生に、押されるように背中を叩かれた。自己紹介をしろ、ってことなんだろうか。
「ミョウジナマエです……どうもっ!」
あれー、ちょっと滑ったかな。なんともいえない微妙な空気があたりに漂う。
「オレ、デンジって言います。ナマエさん、よろしくっすーーほら、パワーも自己紹介しろって」
見かねて、金髪の方の男ーーデンジが自己紹介をした。隣の女は気だるそうにデンジによりかかっている。
「なぜワシが下等生物にわざわざ名乗らればならぬのじゃ? デンジ、お前が全部やれ」
めちゃくちゃ傍若無人だな。ここまで自分勝手なことを言う人、初めて見たかも。
「あーー、ミョウジさん、こいつ、魔人で性格がメチャクチャなんですよ。なんで、その、許してやってください」
「そうですか……」
二人の視線に少したじろぐ。なんていっても、私は対人経験に乏しい。先生、助けてーという気持ちを込めて見上げると、目線を逸らされてしまった。えー、なんで?!
「汚ねぇな」
先生は、土ぼこりでぼろぼろになった二人を見て、ぼやいた。
唾をペッと吐き出して、パワーが叫ぶ。
「ウヌの修行のせいじゃ」
「そうだな……そうかもな」
「先生の修行、いっつもこうなんだよ。私も、そうだったし……」
一応、フォローのつもりでこう言ってみたけど、意味ないなぁ。私がぼうっと見つめていると、デンジが先生に襲いかかった。
「わぁ」
完全に視界の外から切り掛かった! けれど、先生に腕をへし折られて地面に倒れ込んだ。この間コンマ数秒。思いっきり折られてヤバめの音が出ていたけれど、大丈夫なんだろうか。
「デンジ! また失敗した!」
デンジ本人はいってぇ!と騒いでいて、他の二人は極めて落ちつていた。
「先生、大丈夫なんですか。すごい音したけど」
「あー、まぁな」
「もしかして、魔人なんですか?」
「正解」
あ、そっか。じゃあほっといても大丈夫だ。でも、痛そうだしちょっとかわいそうだな。
「血ィ、あげよっか」
「エッ、いいんスか!?」
腕まくりしながらそういうと、デンジは飼い主を見つけた犬みたいな顔で、私の顔を凝視した。わお、ちょっと可愛いかも。
「ナマエ、ほっとけ」
「いいんですー。私、偽善者なんで」
人間の腕があらぬ方向に曲がっていて、それを無視できるかといえば、できないわけで。
意を決して、長く伸ばした親指の爪で、思いっきり腕を引っ掻いた。思ったより切れなかったけど、ちょっとだけ血が滲んだ。当たり前だけど、ちょっと痛い。
「どーぞ」
先生の、ほっときゃいいのにと言いたげな視線を無視して、デンジの顔の前に、白い腕を差し出した。
「アッ、どうも……イタダキマス」
ピンク色の舌が、そっと傷跡に触れた。チロチロと慎重に動くそれは、一種の深海魚めいた奇妙な輝きを持っている。無機質な白い肌と、薄い唇、決していいとはいえない歯並びの奥から、別の生き物みたいに鮮やかな舌が出てきて、私の腕の上を這っている。
最初は遠慮がちだったそれが、物足りなくなったのか、次第に傷跡を抉るように少し激しい舌づかいに変わっていく。私が何も言わず、見守っているから調子に乗って。あー、かわいい。
「デンジは犬じゃな」
異質な空気を切り裂くように、パワーの呟きが響いた。犬だって、言えてるね。私はそう言って、先生の方を見る。相変わらず、ずっと明後日の方を向いていた。
「帰る」
「ワッ! 待ってください!」
岸辺先生はすっと車の方へと歩いていった。慌てて私は立ち上がり、デンジは鼻を打った。
「ナマエ以外は歩いて帰れ」
「はぁっ!? こいつだけ特別扱いか!? ワシもランボルギーニで送り届けろ!」
「そういう修行なんだって! がんば!」
私はさっさと車に乗り込み、シートベルトをカチンとしめた。
窓を下げて、必死に追いかけてくる二人を見つめる。発車した車に齧り付く勢いで走る二人は、ぎゃあぎゃあ何か叫んでいた。
「変な人でしたね」
「お前ほどじゃないがな」
「やーだ! 私は普通ですって」
フロントガラスに、何筋かの雨粒が垂れた。天気予報、見ておけばよかったな。洗濯物、干しておけばよかったな。
「家帰ったら、消毒しとけよ」
「はーい」
私が自分につけた傷なのに、先生は優しいなぁ。嬉しくて涙が出そうになる。助手席に座らなくてよかった。泣いてるところを見られたら、恥ずかしい。子供じゃないんだし。
傷跡、ちゃんと消えたらいいな。消えなかったら、文句を言いに行こう。なんていうか、予感だけど、あの二人とはまた会えそうな気がする。
雨が大ぶりになる前に、窓から大きく叫んだ。またね!って。聞こえてるかわからないけどね。
そしたら、大きな雷が結構近くに落ちてきて、地面が少し揺れた。私は窓をしっかり上まで閉めて。勝手にラジオをつけてみる。先生は怒らない。今日もまた、ニュースでは悪魔によって殺された人の話をしていた。
まぁ、そんなことは死んでも言わない。こういう重い女を先生は嫌うだろうから。訳知り顔でそんなことを考える私を、先生はマセガキだと言って叱るだろうか。全部、本当なんですよと言って驚かせてやりたい。こんなことを思いながら、先生が飲み散らかした焼酎のカップを拾い集める。
成人男性が一人で暮らすにはちょうどいいワンルームの隅っこで、先生は子供みたいに丸まって眠っていた。私はというと、ついさっき勝手に作った合鍵でこの部屋に侵入したばっかりだ。
やめろといわれるけれど、本当に嫌なら鍵を変えるはずなので、ほぼ公認のようなものだ。まるで同棲しているカップルみたい。どきどきする。一人で勝手に妄想に浸っていると、先生がノロノロと上半身を起こした。
「おはようございます……っても、もう夕方ですけど」
部屋の中なのに、先生はコートを着たまま眠っていた。かわいい。
「お前、また勝手に……」
「先生の一番弟子だから、いいんです。特権です」
こんなに無防備に寝ていたの。
先生は人類の中では最強格といっていいくらいなので、私の気配に気づいていたはずで、それでもこんなにゆっくりと起きだすんだから、やっぱり私は特別だ。他の生徒には見せない顔に、ちょっとだけ優越感。いや、ちょっとじゃない。超絶優越感。
「今何時……」
「午後六時ですね」
先生は、やっちまった……というような顔で、玄関へと向かっていく。
「どこへ行かれるんですか」
「生徒二人、放置しすぎた」
「私も行きます」
「勝手にしろ」
履いてきたスニーカーをつっかけて、コートに急いで腕を通しながらアパートの階段を駆け降りる。
先生が運転する車の助手席に勝手に座って、シートベルトをしめた。
車の中は、ちょっと湿っていて、どこでも売っているような安っぽい芳香剤の匂いがした。
「お前って本当抜け目ないな」
ボトルに入っていたミントガムをくちゃくちゃ噛む私をみて、先生はそう言った。
「そーですね。そうじゃないと、ここまで五体満足でいないと思いますよ」
流れる景色をみているふりをして、反射した先生の顔をじっと見ていた。
相変わらず、無表情の仏頂面で、なんというか……やっぱり格好いいな〜なんて単純な感想しか浮かんでこない。
そういえば、先生の生徒と直接対面するのは初めてだった。なるべく、他のデビルハンターと接触させたくないのか、こういうところに連れていってもらうのは珍しい。
どんな人なんだろう。嫉妬と好奇心の入り混じった複雑な気持ちで、グルグルと考える。公安のデビルハンターって、めちゃくちゃ真面目な人か、頭のいっちゃってる人しかいないっていう。向こうは前者か後者か。どっちなんだろう。ちなみに、先生はなんとなく前者だと思う。私にこんなに優しいし、それに、年齢的に考えて、ここまで現役で頑張っていて、後進の教育もしているってことはめちゃ真面目で何かしらの信念がないとできないはずだ。
あー、そういうところが好きなんだよな。もし仮に、先生がめちゃくちゃな気狂いでも私は先生を好きになっていたと思う。つまり、どっちにしろ先生のことが大好きなんだ。
自己満足でにこにこしていると、車はどこかの平地で停車した。
「到着」
「結構遠い!」
勢い勇んで車から飛び降り、先生の後をついていく。
「ちょっと寒いですね」
「車で待ってるか?」
「あっ、いえ、大丈夫です」
ぬかるんでちょっとどろどろした土の上で、二人の男女が寝っ転がっていた。
「わ」
私は失礼ながら、未確認生物を見てしまったような声をあげてしまった。半裸の方の男が、私を見て似たような声をあげた。
「誰っすか、その人……」
「ミョウジナマエ。俺の生徒」
「ん……なんじゃ……人間か?」
ピンク髪の角女も、ジロジロと舐め回すように私を見ている。
わぁ、思ったより若いんだ。多分、私とタメくらいかもしれない。
ぼんやりとしていると、先生に、押されるように背中を叩かれた。自己紹介をしろ、ってことなんだろうか。
「ミョウジナマエです……どうもっ!」
あれー、ちょっと滑ったかな。なんともいえない微妙な空気があたりに漂う。
「オレ、デンジって言います。ナマエさん、よろしくっすーーほら、パワーも自己紹介しろって」
見かねて、金髪の方の男ーーデンジが自己紹介をした。隣の女は気だるそうにデンジによりかかっている。
「なぜワシが下等生物にわざわざ名乗らればならぬのじゃ? デンジ、お前が全部やれ」
めちゃくちゃ傍若無人だな。ここまで自分勝手なことを言う人、初めて見たかも。
「あーー、ミョウジさん、こいつ、魔人で性格がメチャクチャなんですよ。なんで、その、許してやってください」
「そうですか……」
二人の視線に少したじろぐ。なんていっても、私は対人経験に乏しい。先生、助けてーという気持ちを込めて見上げると、目線を逸らされてしまった。えー、なんで?!
「汚ねぇな」
先生は、土ぼこりでぼろぼろになった二人を見て、ぼやいた。
唾をペッと吐き出して、パワーが叫ぶ。
「ウヌの修行のせいじゃ」
「そうだな……そうかもな」
「先生の修行、いっつもこうなんだよ。私も、そうだったし……」
一応、フォローのつもりでこう言ってみたけど、意味ないなぁ。私がぼうっと見つめていると、デンジが先生に襲いかかった。
「わぁ」
完全に視界の外から切り掛かった! けれど、先生に腕をへし折られて地面に倒れ込んだ。この間コンマ数秒。思いっきり折られてヤバめの音が出ていたけれど、大丈夫なんだろうか。
「デンジ! また失敗した!」
デンジ本人はいってぇ!と騒いでいて、他の二人は極めて落ちつていた。
「先生、大丈夫なんですか。すごい音したけど」
「あー、まぁな」
「もしかして、魔人なんですか?」
「正解」
あ、そっか。じゃあほっといても大丈夫だ。でも、痛そうだしちょっとかわいそうだな。
「血ィ、あげよっか」
「エッ、いいんスか!?」
腕まくりしながらそういうと、デンジは飼い主を見つけた犬みたいな顔で、私の顔を凝視した。わお、ちょっと可愛いかも。
「ナマエ、ほっとけ」
「いいんですー。私、偽善者なんで」
人間の腕があらぬ方向に曲がっていて、それを無視できるかといえば、できないわけで。
意を決して、長く伸ばした親指の爪で、思いっきり腕を引っ掻いた。思ったより切れなかったけど、ちょっとだけ血が滲んだ。当たり前だけど、ちょっと痛い。
「どーぞ」
先生の、ほっときゃいいのにと言いたげな視線を無視して、デンジの顔の前に、白い腕を差し出した。
「アッ、どうも……イタダキマス」
ピンク色の舌が、そっと傷跡に触れた。チロチロと慎重に動くそれは、一種の深海魚めいた奇妙な輝きを持っている。無機質な白い肌と、薄い唇、決していいとはいえない歯並びの奥から、別の生き物みたいに鮮やかな舌が出てきて、私の腕の上を這っている。
最初は遠慮がちだったそれが、物足りなくなったのか、次第に傷跡を抉るように少し激しい舌づかいに変わっていく。私が何も言わず、見守っているから調子に乗って。あー、かわいい。
「デンジは犬じゃな」
異質な空気を切り裂くように、パワーの呟きが響いた。犬だって、言えてるね。私はそう言って、先生の方を見る。相変わらず、ずっと明後日の方を向いていた。
「帰る」
「ワッ! 待ってください!」
岸辺先生はすっと車の方へと歩いていった。慌てて私は立ち上がり、デンジは鼻を打った。
「ナマエ以外は歩いて帰れ」
「はぁっ!? こいつだけ特別扱いか!? ワシもランボルギーニで送り届けろ!」
「そういう修行なんだって! がんば!」
私はさっさと車に乗り込み、シートベルトをカチンとしめた。
窓を下げて、必死に追いかけてくる二人を見つめる。発車した車に齧り付く勢いで走る二人は、ぎゃあぎゃあ何か叫んでいた。
「変な人でしたね」
「お前ほどじゃないがな」
「やーだ! 私は普通ですって」
フロントガラスに、何筋かの雨粒が垂れた。天気予報、見ておけばよかったな。洗濯物、干しておけばよかったな。
「家帰ったら、消毒しとけよ」
「はーい」
私が自分につけた傷なのに、先生は優しいなぁ。嬉しくて涙が出そうになる。助手席に座らなくてよかった。泣いてるところを見られたら、恥ずかしい。子供じゃないんだし。
傷跡、ちゃんと消えたらいいな。消えなかったら、文句を言いに行こう。なんていうか、予感だけど、あの二人とはまた会えそうな気がする。
雨が大ぶりになる前に、窓から大きく叫んだ。またね!って。聞こえてるかわからないけどね。
そしたら、大きな雷が結構近くに落ちてきて、地面が少し揺れた。私は窓をしっかり上まで閉めて。勝手にラジオをつけてみる。先生は怒らない。今日もまた、ニュースでは悪魔によって殺された人の話をしていた。
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