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えたーなる
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好きな作家の展覧会が開かれるというので、前売り券を買って東京に行った。家から美術館までは結構な距離がある。まるでちょっとした遠足のようで少しドキドキしていたのが数時間前。
今、わたしの手には購入した図録と次回の企画展の案内があり、中庭のベンチで一休みしていた。
美術館に併設された中庭には、花や木の他に噴水や彫刻作品が置かれていて、入場券がなくても入れるから子供の姿も多い。植木の合間を縫うように蝶が飛んでいる。天気は晴れで春に相応しい温かな空気が心地いい。
本当に、ここでお昼寝したいくらい。
高校に入学してからしばらく経って、わたしはもう二年生になってしまった。公立の中学から私立の中高一貫校に編入したのは、大学受験を煩わしく思ったからであって、特に深い理由はない。幸い、高校からの編入生はそれなりに多く、クラスの中でも浮くこともなく順調に学校生活を送れている。
昔から、自分だけが落ち着ける場所を見つけるのだけは得意だった。マンモス校なだけあってそれなりに騒がしい学校ではあるが、空気が乱れているところはない。放課後、絵具の油っぽい匂いのする美術室から、校庭を眺めるのが好きだった。
朝一番で入場したのに、ゆっくり見て回ったせいかもうお昼の時間になってしまっていた。コンビニで買ったおにぎりを片手に、図録を開いてお昼ご飯を食べることにした。
リュックサックの中に入れていたおかかおにぎりは、いつも食べているのと同じようなちょうどいい塩っけのする味をしている。海苔の欠片が本につくのが嫌なので、溢さないように慎重に。そのせいか、いつもより食べるのに時間がかかる。でもおいしい。
展示室から出てくる人をぼうっと観察していると、ある人間がぱっと目についた。どこかで見たことのある、というか知っている人だ。
どうしようかと悩んでいる間に、向こうのほうも気づいたようで、すたすたとこちらに近づいてくる。
「ミョウジさん?」
「あっ、幸村くん、こんにちは」
いつもの見慣れた制服とは違い、今日は私服だったので、少し驚いた。休みの日だから当たり前か、そうか。
幸村精市くんは、わたしと同学年で同クラス、しかも座っている席が私の隣という、それなりに親しい顔見知りだ。帰宅部の私と違って、全国大会の常連であるテニス部のレギュラーというすごい人。
「あぁ、こんにちは。ミョウジさんとこんなところで会うなんて驚いたな。展示はもう見た?」
「うん。とってもよかったよね、人も少なくて」
「ミョウジさんがこの作家を知ってるなんて嬉しいなぁ。俺も好きなんだ」
「図録も買ったんだ。幸村くんが良ければ一緒に見ない?」
「え、いいのかい?ありがとう」
幸村くんは私の横に腰掛けて、開いたページを熱心に見ていた。自然と顔が近くなって、なんだか変な気分。いつも隣に座っていたけれど、机は離れていたし。
「印象派と同じ時代に活躍した作家だったっけ、確か」
「あぁ、印象派はフランスだけどこっちはイギリスだね」
「幸村くん、詳しいんだ」
「ミョウジさんには及ばないと思うけれどね」
ページをめくるたびに、私たちの距離は徐々に近づいていく。幸村くんが絵を見つめる表情を見るたびにハッとする。なんて穏やかな顔をしているのだろう。本当に、肖像画の貴婦人のようなたおやかさは、同い年の同級生とは思えないくらい。
「これ、今回の展示で一番好きだな」
「私も……私もこれが一番好き」
幸村くんが指さした先にあったのは、穏やかな表情で眠りにつく女性の絵だった。鮮やかなオレンジの衣装が目を引く、ロマンチックな絵。見た瞬間に引き込まれるような、そんな作品。
「俺たち、気が合うと思わない?」
「そうかな……うん、そうだね」
「もし、ミョウジさんがよかったら、でいいんだけど、次の展覧会、一緒に行かない?」
今、わたしの手には購入した図録と次回の企画展の案内があり、中庭のベンチで一休みしていた。
美術館に併設された中庭には、花や木の他に噴水や彫刻作品が置かれていて、入場券がなくても入れるから子供の姿も多い。植木の合間を縫うように蝶が飛んでいる。天気は晴れで春に相応しい温かな空気が心地いい。
本当に、ここでお昼寝したいくらい。
高校に入学してからしばらく経って、わたしはもう二年生になってしまった。公立の中学から私立の中高一貫校に編入したのは、大学受験を煩わしく思ったからであって、特に深い理由はない。幸い、高校からの編入生はそれなりに多く、クラスの中でも浮くこともなく順調に学校生活を送れている。
昔から、自分だけが落ち着ける場所を見つけるのだけは得意だった。マンモス校なだけあってそれなりに騒がしい学校ではあるが、空気が乱れているところはない。放課後、絵具の油っぽい匂いのする美術室から、校庭を眺めるのが好きだった。
朝一番で入場したのに、ゆっくり見て回ったせいかもうお昼の時間になってしまっていた。コンビニで買ったおにぎりを片手に、図録を開いてお昼ご飯を食べることにした。
リュックサックの中に入れていたおかかおにぎりは、いつも食べているのと同じようなちょうどいい塩っけのする味をしている。海苔の欠片が本につくのが嫌なので、溢さないように慎重に。そのせいか、いつもより食べるのに時間がかかる。でもおいしい。
展示室から出てくる人をぼうっと観察していると、ある人間がぱっと目についた。どこかで見たことのある、というか知っている人だ。
どうしようかと悩んでいる間に、向こうのほうも気づいたようで、すたすたとこちらに近づいてくる。
「ミョウジさん?」
「あっ、幸村くん、こんにちは」
いつもの見慣れた制服とは違い、今日は私服だったので、少し驚いた。休みの日だから当たり前か、そうか。
幸村精市くんは、わたしと同学年で同クラス、しかも座っている席が私の隣という、それなりに親しい顔見知りだ。帰宅部の私と違って、全国大会の常連であるテニス部のレギュラーというすごい人。
「あぁ、こんにちは。ミョウジさんとこんなところで会うなんて驚いたな。展示はもう見た?」
「うん。とってもよかったよね、人も少なくて」
「ミョウジさんがこの作家を知ってるなんて嬉しいなぁ。俺も好きなんだ」
「図録も買ったんだ。幸村くんが良ければ一緒に見ない?」
「え、いいのかい?ありがとう」
幸村くんは私の横に腰掛けて、開いたページを熱心に見ていた。自然と顔が近くなって、なんだか変な気分。いつも隣に座っていたけれど、机は離れていたし。
「印象派と同じ時代に活躍した作家だったっけ、確か」
「あぁ、印象派はフランスだけどこっちはイギリスだね」
「幸村くん、詳しいんだ」
「ミョウジさんには及ばないと思うけれどね」
ページをめくるたびに、私たちの距離は徐々に近づいていく。幸村くんが絵を見つめる表情を見るたびにハッとする。なんて穏やかな顔をしているのだろう。本当に、肖像画の貴婦人のようなたおやかさは、同い年の同級生とは思えないくらい。
「これ、今回の展示で一番好きだな」
「私も……私もこれが一番好き」
幸村くんが指さした先にあったのは、穏やかな表情で眠りにつく女性の絵だった。鮮やかなオレンジの衣装が目を引く、ロマンチックな絵。見た瞬間に引き込まれるような、そんな作品。
「俺たち、気が合うと思わない?」
「そうかな……うん、そうだね」
「もし、ミョウジさんがよかったら、でいいんだけど、次の展覧会、一緒に行かない?」