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遊戯王
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我が家は小さなマンションなので、自分の部屋からトイレまでの距離はそう長くはない。けれど、天下の海馬邸はそうではない。客室で一夜を明かそうとしたわたしは、夜中ふとトイレに行きたくなり、最低限の明かりしか点灯していない廊下に出るはめになってしまった。
普段は日光を取り入れ、光を運んできてくれる廊下の窓は、分厚いカーテンで閉じられ、壁際の絵画(絶対わたしなんかじゃ買えないような値段だ)が無言でわたしを見下ろしてくるような錯覚に襲われる。非常用の懐中電灯でも持ってくればよかった。なんて思いながら、必死にトイレまでの道を歩き続ける。一歩一歩の足取りが重く、少しでも気を抜くと本当に漏らしてしまいそうだ。
そういえば、トイレまでの道筋に海馬の書斎があったはず……いや、今そこにいるとは限らないし、第一頼ったところで「トイレについてきてほしいなど、お前もまだまだお子様だな」な〜んてばかにされてしまうのがオチだ。
自分の彼氏なのに、全く甘える展開が見出せないのがなんとも冷たいなあと思いつつ、わたしは書斎をスルーしようとした──「わあ!」
いきなりドアが開いたので、本当に心臓が止まりそうになった。脈打つ胸が爆発しそうで、あたふたしているというのに、目の前の男は、羽虫でも見つけたような顔でわたしを見下ろしていた。
「夜中に大声を出すな!」
どう考えても海馬の声量の方が大きいんですが、それは。反論したところで、口喧嘩でわたしが勝てたことなどなく、全くの無駄なので反省のポーズを取っておいた。
「どうした、こんな夜中に」
「トイレ行きたくってさ」
「成程……」
やはり便所を増設すべきだったか、なんてぶつぶつと思考モードに入っておられる。
「ってか、トイレ行かなきゃ! 漏れる!」
「ここで漏らすな! 早く行け!」
「ついてきてよ!」
「何故だ! 子供ではないのだからそれくらい一人で行け!」
「帰りが怖いんだってば! 減るもんじゃないし、来てよ」
あまりにもわたしが必死だったせいか、強引に繋いだ手を引いて海馬は歩き出す。もうこの時点で、尿意なんて完全に吹き飛んでしまっていたのだが、ここまできて引き返すわけにも行かないし、ちゃっかり手まで繋げたのでラッキーかも。
「絶対置いてかないでよ」
「早く済ませろ」
個室の鍵を閉めると、普通にズボンを下ろして溜まったものを出してしまう。彼氏に夜中のトイレについてきてもらうって、本当にガキっぽい……以前に恥ずかしいな。普通のカップルがどうだかわからないけれど、絶対他人にはいえないことだ。
トイレ一つとってもわたしの家の玄関よりも広い。ペーパータオル付きの水道でじゃぶじゃぶと手を洗いながら、なんとなく、鼻歌を口ずさむ。昔幼稚園で手洗いする時、手洗いの歌を歌ったなー、みたいなことを思い出しながら。いや、この際思い出とかはどうでもよくって、わたしが歌いたいから歌うだけなんだけど。
「いやー、すっきりした!」
海馬は長い足を持て余すように壁にもたれかかっていた。
「用を済ませたか」
「やだなー、言わせないでよ」
「そうか。奇妙な歌が聞こえてきたから、ついに貴様も乱心したかと思ったが」
「奇妙な歌……」
別に聞かれても構わなかったのだけど、所感まで述べられてしまうと、少し恥ずかしくなる。奇妙な歌。そうか。わたしの歌はいわゆる「ほろびのうた」ってところか。確かに、音楽の成績はいい方ではないけれど。
「声楽の教師をつけてやってもいいぞ」
「遠慮しときます」
プロに教わらないと矯正不可能なくらい酷かったのだろうか。次の音楽のテストで歌う時、余計に緊張するかもしれない。海馬は物事をなんでもはっきり言う人だから、わたしにも全くの容赦がない。でもそれは、嘘をつかないということだから、評価を下されるという点において、わたしは海馬の論評を実力テストの結果より信用している。
「オレは別に貶した訳ではない。ただ、聞き覚えのないメロディだったというだけの話だ」
「別に何の歌って訳でもないよ。即興の適当ソングってとこかな。鼻歌を歌う時って、そんなにこれがどういう歌だって意識しなくない?」
ここまで言って、わたしは少し吹き出しそうになった。海馬が鼻歌なんて呑気に歌うところ、想像できない。
「オレは歌など歌わん」
「でしょうね。存じております」
わたしを部屋まで送り届けて、それっきり会話はなかった。扉を閉じる前に何か言おうと思ったのだけど、短くおやすみと言う以外に何も思いつかなくて、思いつかないことなのだから、それは大したことないんだと思い込んでおくことにした。
夜中に歌を歌うと蛇が出るなんて、昔聞いたことがある。口笛だったかもしれないし、夜中に爪を切ると親の死に目にあえない、みたいな話と混ざっているかもしれない。ビビりで慎重なわたしが、迷信なんて信じないで歌い出したことに、自分で驚いた。多分、恐怖なんてそばに大きな存在があればどうでもいいことに変化するんだ。夜の長い廊下を歩くあの瞬間が、良い思い出に変わってしまうことだってある。
普段は日光を取り入れ、光を運んできてくれる廊下の窓は、分厚いカーテンで閉じられ、壁際の絵画(絶対わたしなんかじゃ買えないような値段だ)が無言でわたしを見下ろしてくるような錯覚に襲われる。非常用の懐中電灯でも持ってくればよかった。なんて思いながら、必死にトイレまでの道を歩き続ける。一歩一歩の足取りが重く、少しでも気を抜くと本当に漏らしてしまいそうだ。
そういえば、トイレまでの道筋に海馬の書斎があったはず……いや、今そこにいるとは限らないし、第一頼ったところで「トイレについてきてほしいなど、お前もまだまだお子様だな」な〜んてばかにされてしまうのがオチだ。
自分の彼氏なのに、全く甘える展開が見出せないのがなんとも冷たいなあと思いつつ、わたしは書斎をスルーしようとした──「わあ!」
いきなりドアが開いたので、本当に心臓が止まりそうになった。脈打つ胸が爆発しそうで、あたふたしているというのに、目の前の男は、羽虫でも見つけたような顔でわたしを見下ろしていた。
「夜中に大声を出すな!」
どう考えても海馬の声量の方が大きいんですが、それは。反論したところで、口喧嘩でわたしが勝てたことなどなく、全くの無駄なので反省のポーズを取っておいた。
「どうした、こんな夜中に」
「トイレ行きたくってさ」
「成程……」
やはり便所を増設すべきだったか、なんてぶつぶつと思考モードに入っておられる。
「ってか、トイレ行かなきゃ! 漏れる!」
「ここで漏らすな! 早く行け!」
「ついてきてよ!」
「何故だ! 子供ではないのだからそれくらい一人で行け!」
「帰りが怖いんだってば! 減るもんじゃないし、来てよ」
あまりにもわたしが必死だったせいか、強引に繋いだ手を引いて海馬は歩き出す。もうこの時点で、尿意なんて完全に吹き飛んでしまっていたのだが、ここまできて引き返すわけにも行かないし、ちゃっかり手まで繋げたのでラッキーかも。
「絶対置いてかないでよ」
「早く済ませろ」
個室の鍵を閉めると、普通にズボンを下ろして溜まったものを出してしまう。彼氏に夜中のトイレについてきてもらうって、本当にガキっぽい……以前に恥ずかしいな。普通のカップルがどうだかわからないけれど、絶対他人にはいえないことだ。
トイレ一つとってもわたしの家の玄関よりも広い。ペーパータオル付きの水道でじゃぶじゃぶと手を洗いながら、なんとなく、鼻歌を口ずさむ。昔幼稚園で手洗いする時、手洗いの歌を歌ったなー、みたいなことを思い出しながら。いや、この際思い出とかはどうでもよくって、わたしが歌いたいから歌うだけなんだけど。
「いやー、すっきりした!」
海馬は長い足を持て余すように壁にもたれかかっていた。
「用を済ませたか」
「やだなー、言わせないでよ」
「そうか。奇妙な歌が聞こえてきたから、ついに貴様も乱心したかと思ったが」
「奇妙な歌……」
別に聞かれても構わなかったのだけど、所感まで述べられてしまうと、少し恥ずかしくなる。奇妙な歌。そうか。わたしの歌はいわゆる「ほろびのうた」ってところか。確かに、音楽の成績はいい方ではないけれど。
「声楽の教師をつけてやってもいいぞ」
「遠慮しときます」
プロに教わらないと矯正不可能なくらい酷かったのだろうか。次の音楽のテストで歌う時、余計に緊張するかもしれない。海馬は物事をなんでもはっきり言う人だから、わたしにも全くの容赦がない。でもそれは、嘘をつかないということだから、評価を下されるという点において、わたしは海馬の論評を実力テストの結果より信用している。
「オレは別に貶した訳ではない。ただ、聞き覚えのないメロディだったというだけの話だ」
「別に何の歌って訳でもないよ。即興の適当ソングってとこかな。鼻歌を歌う時って、そんなにこれがどういう歌だって意識しなくない?」
ここまで言って、わたしは少し吹き出しそうになった。海馬が鼻歌なんて呑気に歌うところ、想像できない。
「オレは歌など歌わん」
「でしょうね。存じております」
わたしを部屋まで送り届けて、それっきり会話はなかった。扉を閉じる前に何か言おうと思ったのだけど、短くおやすみと言う以外に何も思いつかなくて、思いつかないことなのだから、それは大したことないんだと思い込んでおくことにした。
夜中に歌を歌うと蛇が出るなんて、昔聞いたことがある。口笛だったかもしれないし、夜中に爪を切ると親の死に目にあえない、みたいな話と混ざっているかもしれない。ビビりで慎重なわたしが、迷信なんて信じないで歌い出したことに、自分で驚いた。多分、恐怖なんてそばに大きな存在があればどうでもいいことに変化するんだ。夜の長い廊下を歩くあの瞬間が、良い思い出に変わってしまうことだってある。