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遊戯王
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デュエルアカデミアには、二人の問題児がいる。一人は恐れ知らずで、もう一人はクソ度胸の持ち主。というか、二人ともその両方の要素を兼ね備えていたので、二人は恐れ知らずのクソ度胸の持ち主ということが伝わればいい。
規律や成績を重んじるアカデミアの中で、二人は周りから浮いていた。空気を読めないというか、あえて読まないというか。
だから、彼らは悪い意味で、ものすごく目立っていた。これを悪目立ち、というんだろうか、と僕は思う。
一人は、遊城十代。こちらは高等部からの編入組で、オシリスレッドの一年生だ。もう一人は、ミョウジナマエ、彼女は中等部からの持ち上がり組だけど、休学していた期間があったらしい。僕も、詳しいことは知らない。彼女も十代と同じ一年生だ。
今年のアカデミアの一年は、まあとにかく濃い面子が揃っているなあ、と僕は思う。
彼ら以外にも、学内で名を馳せている有名人は、多い。けれど、彼らが学年を超えて、ここまで幅広く認知されているのは、普段の素行のせいであると言えるだろう。
こうして二人並べて僕は語っているけれど、二人は別に、それほど仲がいいというわけではなかった。というか、僕は彼らが二人で喋っているところすら見たことがない。
それなのに、なぜか彼らはセット扱いされて語られがちだったし、アカデミア高等部の例の二人、と言えば誰にでも通じた。
教師たち──特にクロノス先生──は十代を問題児とみなして、よく目をつけられていたけれど、ナマエの方というと、別にそういうわけでもなかった。
彼女の成績は中の上には入っていたし、授業に遅刻することも、騒いで教師から咎められるといったこともないらしい。むしろ、成績と授業態度で言えば、優等生と形容してもいいだろう、というような評価を、僕は先生方の口から聞いている。
それなのに、なぜ彼女はアカデミアの「恐れ知らずのクソ度胸」として、悪名を轟かせているのか。
それは言わずもがな、授業以外の「アレ」に由来する。
「せんぱーい! 丸藤亮せんぱーい‼︎ いますか? 勝負しましょう! もしもーし!」
またはじまった、と誰しも思った。デュエルアカデミア高等部三年生の教室に、いつものように乱入者がやってきた。
授業を終え、放課後に入った途端に、バタバタと廊下を走って、あの一年生が入ってくるのだ。
僕は、廊下側の席に座っているので、ドアの近くで叫ぶ彼女の声を一番近くで聞いてしまっている。ナマエは、放課後、毎日こうしてカイザーこと丸藤亮の名前を叫んで、勝負を挑むのだ。
以前、おせっかいというか、無謀な誰かが学校の制度として、デュエルしたい相手に申し込みができるということを教えてあげたらしいのだが、彼女は
「いいえ! 実際に足を運んで、お話しして受けていただけないと、意味がないんです。わたしはキチンと、古式に乗っ取った形式で、あの方と戦いたくて、ああして毎日足を運んでいます。なので、そのような申し込みの方法を採択することは、決してあり得ません!」
と言って、ピシャリと厚意を跳ね除けたそうである。なんともまあ、変わった人だなあ、というのが僕の印象だ。
実際、僕が彼女について知っているのはそれくらいで、どうしてカイザーに勝負を強請るのか、その理由に関しては、さして興味もないので、詳しくは知らない。
彼は強いし、さまざまな理由で決闘をしたいと思う人も多いから、そこは別に不自然ではないと感じる。僕だって、一度は! と思ったことくらいは、ある。卒業までに実行に移せるかは、わからないけれど。だから、ちょっと彼女の行動力が羨ましかったりも、する。
どうして、カイザーは彼女との決闘をしてあげないんだろう。
彼は特に、人好きな方ではないだろうけれど、頼めば放課後に少し時間を空けてくれることくらいは、してくれそうだ。僕も、事務的な要件で話しかけたことがあったけれど、別に普通の受け答えをしてくれたし。
連日尋ねられては、迷惑なのだろうか。それでも一回くらいは戦ってあげればいいのに、と僕は思う。
まあ、毎日こうやって、クラスの中を荒らされる身にもなってほしいものだ。みんな、一回くらいは決闘してやれよ、と思っていると思う。そうすれば、ちょっとはナマエの来訪が落ち着くだろう。
まあやっぱり、カイザーなんて二つ名を持つ人間の考えることは、僕ら凡人には理解できないのかもしれない。
僕たち三年は現在、進路を選ぶ時期に差し掛かっていて、少しピリピリしていた。だから、彼女の行動を、思考の妨げになる迷惑だと考える人もいれば、圧迫した空気感に風穴を開ける新しいおもちゃと評する人もいた。僕はというと、もう推薦で進路を決めていたので、そのどちらでもない。まあ、強いていうなら、後者よりだけれども、あの大声だけはやめてほしいな、と思う。
やっぱりやかましいなあ、と思いながら、僕は、彼女がいる方とは反対側のドアから出ようと思い、席を立った。
が、
「今日の日誌、まだ書いてないんじゃね?」
と言われ、今日の日直は自分だったことを思い出した。
僕とペアになったクラスメイトは、「こっちが鍵を閉めるから、日誌は頼んだっ! じゃ、書き上がる頃にまたくるから!」と言って、うまいこと逃げていった。
こ、こいつー! と僕は握ったペンに力を込める。でも、起こってしまったことを元には戻せない。だから、少し冷静になろうと息を吸い込んだ。
あたりを見回すと、広々とした教室の中には誰もいなかった。みんな、厄介ごとに巻き込まれたくなくて、逃げたのだ。ここにいるのは、僕と、ナマエと、カイザーだけになってしまった。
僕だって、普段はそうしていた。
アカデミアの帝王と、問題児の周辺なんて、何か厄介ごとが起こるに決まっている。
ナマエと絡むと、ろくなことがないという噂まで聞くし、何より、カイザーの他にナマエに目をつけられたら、一生付き纏わられることになりそうだ。
……まあ、僕みたいな平々凡々なイエロー寮の生徒が、彼女みたいな人のお眼鏡に叶うわけがないだろうけれど、一応、だ。
今出て行ってもおかしい気がするし、今ドアを開けたら、二人の目線はこっちを見るだろう。
もう早くこんなものを書き上げてしまって、さっさと寮に帰ってしまおう。僕はそう決めて、いつもの三倍のスピードでシャーペンを動かした。
「さあ、決闘しましょう! 決闘!」
バンバンと机を叩きながら、ナマエはそう叫ぶ。
「…………もう少し、静かにできないのか」
「……はーい、行儀よくします」
僕は日誌を書きながら、二人の言動に耳を傾けた。カイザーも、なんだかんだ言って残ってあげているのが、優しいなあ、と思った。いや、早く出て行って欲しいんですけど。
「今日でわたしが勝負してほしいって言ってから、何日めでしょうか?」
「…………」
「正解は、五八九日めでしたっ! 不正解でしたねえ」
「……どうでもいい」
「どうでもよくないですよー。だって、あの日からわたし、先輩以外に負けたことないんですから」
その言葉を聞いて、僕は思わず身を硬くした。
…………一年以上、誰にも負けたことがない? そんなことが、ありえるのだろうか。もし、本当にそうだとしたら、僕の目の前にいる様子のおかしい少女は、とんでもない才能の持ち主だ。
無敗の称号を維持し続けるのがどれだけ大変なことか、僕たちデュエリストは、嫌というほど知っている。日々の授業、テスト、さまざまな場面で、僕たちは星の数ほどの対戦を強いられている。
体調の優れない日や、手札の運が悪い時、そんな時はいくらでもある。認めたくないけれど、決闘というのは運の要素も強いのだ。
あの後輩は、そんな運命、因果も捻じ曲げてしまったというのか。でなければ、そんなめちゃくちゃなことはありえないはずだ。
「…………それは知っている」
「負けるのが怖いんですか? わたしに? あれだけボコボコにしておいて、リベンジすらさせてくれないなんて。ひどいですねえ」
……なんだか、聞いてはいけない会話を聞いているような気がして、僕は今すぐにでもここを離れたい衝動に駆られた。けれど、同時にこの二人の秘密を知りたい気もして、二つの心が葛藤している。
本当に、この人たちは僕に気づいていないのだろうか。それとも、いるとわかっていて、聞かれても構わないと思っているのかもしれない。
「言いたいことはそれだけか?」
「わたしは先輩と闘りたい、それだけですよ」
誰かが立ち上がる音がした。目線をやると、カイザーはすでに鞄を持ち、出口へと向かおうとしている。ナマエはそれを邪魔するように、彼の前に立ち塞がっていた。
「俺は忙しい。本当に決闘したいなら、事前に学校へ申告しろ」
「なんで昔みたいに、一緒に決闘してくれないの? お兄ちゃん」
「……その呼び方は、やめろ」
それはもう、ひどい修羅場に出くわしてしまったらしい。
片や、今にも泣き出しそうな後輩。そして、何やらその少女と訳ありらしい学園の帝王。これはもう、寮で話題を出したらそれはそれは盛り上がりそうな話だったけれど、僕はこのことを、絶対に誰にも漏らさない。
実際に見て思った。もう二度とこんなもの、見たくはない。男女のもつれってやつは、最悪だ。
「わたしは、丸藤亮以外の人間に負けたくない。絶対に」
「──そういうところが、俺は嫌いだ」
ああ、本格的にギスギスし始めてきた。僕は必死に、日直の相方が早急にこの場に戻ってくるように、祈った。……祈りはもちろん、通じない。
「でも、わたしはお兄ちゃんのこと好きだよ」
「お前、俺に勝ったら決闘をやめるつもりなんだってな」
「──ねえそれ、誰から聞いたの?」
「……否定しないのか」
僕はその日、丸藤亮という人間が、こんなにも悲しげな表情をするのだということを、初めて知った。二人だけの秘密が、第三者に漏れている。僕は彼らの、丸裸な事情を盗み聞きしてしまっている。
「だって、わたしお兄ちゃんのことが好きだし。それ以外別に、やりたいこともないんだよね。あっ、でも、サイバー流の決闘は好きだよ。それがなかったら、お兄ちゃんに出会えてないしね」
「俺はお前に、決闘を諦めてほしくないと思っている」
「うん、知ってた」
「正直な話、俺はお前と決闘して、絶対に勝つことができるとは思っていない。決闘に、絶対というものは存在しないからだ」
「丸藤亮は、無敗の皇帝。お兄ちゃんは、絶対にわたしに勝てると思うけれど」
「──お前がいつまでもそんな考えなら、尚更戦えないな」
「……何それ、わたしがどう思っていようが、勝手じゃん。決闘に大義名分を持ち出さないでよ」
「それと同じ言葉を、師匠に言えるのか⁉︎」
パチン、と鋭い音が響いた。彼が彼女をビンタしたことに気づいたのは、それから数刻後だった。
「…………は?」
呆然とするナマエの表情は、僕の席からよく見えた。僕だって、見るつもりはなかったけれど、その音がした瞬間、思わず顔を上げてしまったのだ。
口をポカンと開けて、何が起こったのかわからず混乱した表情で、彼女はカイザーを見つめている。僕だって、同じ顔をしていたはずだ。
ちょうど夕景が眩しくて、僕には、ナマエを打った張本人の顔は見えなかった。ナマエは打たれた箇所を手で押さえ、ようやっと事態を飲み込んだようだった。「…………もう今後、俺に関わろうとするな」
それだけ言うと、カイザーは教室を後にした。
凄まじいものを、見てしまった……。
「…………」
取り残されたナマエと僕は、どうしていいのかわからず、しばらく固まった。 ……早く彼女の方も、出ていってもらえないだろうか。僕から出ていくわけにも行かないし。
「…………」
というか、結局カイザーは僕のことが見えていたんだろうか。あそこの席だと、僕はちょうど死角になりそうだし、彼だって、第三者の前であんなに冷静さを失うことはないから、きっと気づいていないと思うんだけど。
「…………人の話盗み聞きして、何が楽しかった?」
ナマエの瞳が、僕の顔を射抜く。
急に声がしたので、僕は思わず日誌のページを握ってグチャグチャにしてしまいそうになった。
「いい趣味ですこと。どうせわたしを笑ってやろうって話ですか」
彼女の顔は、カイザーをおちょくっていた時の自信げな表情とも、普段のいかにも小動物的な笑顔とも違って、地の底から這い上がってきた──まるで形容しがたい──怨霊みたいな、絶望を帯びたものだった。その眼力に、僕は正直、怯んでしまった。だから、何も言い返せなかった。
「…………わたし、明日もここに来ていいと思います?」
「……え、僕に言われても」
「……あ?」
「い、いや……だって丸藤さんすごく怒ってたし」
普通、あれだけ明確にキレられて、動じず普段通りにできる人がいるだろうか。僕だったら、もうあそこまで完璧に地雷を踏んでしまったら、あとはどう関わらずに逃げるかということだけを考えてしまう。
というか、そもそもなんで今後のあり方を僕に聞くんだろう。あ、ここに僕しかいないからか……。
「……それも、そうか」
ナマエは、意外にもあっさり僕の意見を飲み込んだ。
──正直、あの会話を聞いていて、カイザーが怒ったのは彼女の自業自得であるような気がしないでもないのだが、まあ、個人間の事情は僕の知るところではないし、下手に口出しをしたら、今度は彼女の地雷を、僕が踏み抜く結果に陥りそうだ。
「明日にでも、謝りに行ったら許してもらえるんじゃない……ですかね」
僕は恐る恐る、ごく普通の、平凡な、誰にとっても通用しそうなアドバイスを紡いだ。ナマエは、真剣に頷いてくれた。思ったよりも、話が通じる子だったかもしれない。
「……じゃあ、明日、また来ます」
「…………次は、あんまり暴れないようにね」
彼女は、次の瞬間には教室から消えていた。まるで、木枯らしが吹いたように一瞬の出来事だった。
「おー、日誌終わった?」
鍵をお手玉のように弄びながら、僕の相方は教室に入ってきた。
「……一応、終わったけど」
「そういや、あの後輩ちゃんどうだった?」
「……言っていいかなぁ」
「え? なんかやばかった?」
「カイザーがすげえキレててさあ、なんかあったみたいだった」
「マジ? 丸藤怒ったん? それはやべえわ」
「お前ブルー寮だったよな。あんまこのこと広めんなよ」
「……俺だってカイザーに睨まれたくねえし、一々言わねえよ。安心しな」
僕たちは、そのまま日誌を職員室に提出し、それぞれの寮に戻った。
明日、ナマエはこの教室に……否、そもそも通学して来るだろうか。他人事ながら、少し気になるけれど、あまり期待しないでおこうと思う。
なぜなら僕は、普通の生徒であり続けたいから。
規律や成績を重んじるアカデミアの中で、二人は周りから浮いていた。空気を読めないというか、あえて読まないというか。
だから、彼らは悪い意味で、ものすごく目立っていた。これを悪目立ち、というんだろうか、と僕は思う。
一人は、遊城十代。こちらは高等部からの編入組で、オシリスレッドの一年生だ。もう一人は、ミョウジナマエ、彼女は中等部からの持ち上がり組だけど、休学していた期間があったらしい。僕も、詳しいことは知らない。彼女も十代と同じ一年生だ。
今年のアカデミアの一年は、まあとにかく濃い面子が揃っているなあ、と僕は思う。
彼ら以外にも、学内で名を馳せている有名人は、多い。けれど、彼らが学年を超えて、ここまで幅広く認知されているのは、普段の素行のせいであると言えるだろう。
こうして二人並べて僕は語っているけれど、二人は別に、それほど仲がいいというわけではなかった。というか、僕は彼らが二人で喋っているところすら見たことがない。
それなのに、なぜか彼らはセット扱いされて語られがちだったし、アカデミア高等部の例の二人、と言えば誰にでも通じた。
教師たち──特にクロノス先生──は十代を問題児とみなして、よく目をつけられていたけれど、ナマエの方というと、別にそういうわけでもなかった。
彼女の成績は中の上には入っていたし、授業に遅刻することも、騒いで教師から咎められるといったこともないらしい。むしろ、成績と授業態度で言えば、優等生と形容してもいいだろう、というような評価を、僕は先生方の口から聞いている。
それなのに、なぜ彼女はアカデミアの「恐れ知らずのクソ度胸」として、悪名を轟かせているのか。
それは言わずもがな、授業以外の「アレ」に由来する。
「せんぱーい! 丸藤亮せんぱーい‼︎ いますか? 勝負しましょう! もしもーし!」
またはじまった、と誰しも思った。デュエルアカデミア高等部三年生の教室に、いつものように乱入者がやってきた。
授業を終え、放課後に入った途端に、バタバタと廊下を走って、あの一年生が入ってくるのだ。
僕は、廊下側の席に座っているので、ドアの近くで叫ぶ彼女の声を一番近くで聞いてしまっている。ナマエは、放課後、毎日こうしてカイザーこと丸藤亮の名前を叫んで、勝負を挑むのだ。
以前、おせっかいというか、無謀な誰かが学校の制度として、デュエルしたい相手に申し込みができるということを教えてあげたらしいのだが、彼女は
「いいえ! 実際に足を運んで、お話しして受けていただけないと、意味がないんです。わたしはキチンと、古式に乗っ取った形式で、あの方と戦いたくて、ああして毎日足を運んでいます。なので、そのような申し込みの方法を採択することは、決してあり得ません!」
と言って、ピシャリと厚意を跳ね除けたそうである。なんともまあ、変わった人だなあ、というのが僕の印象だ。
実際、僕が彼女について知っているのはそれくらいで、どうしてカイザーに勝負を強請るのか、その理由に関しては、さして興味もないので、詳しくは知らない。
彼は強いし、さまざまな理由で決闘をしたいと思う人も多いから、そこは別に不自然ではないと感じる。僕だって、一度は! と思ったことくらいは、ある。卒業までに実行に移せるかは、わからないけれど。だから、ちょっと彼女の行動力が羨ましかったりも、する。
どうして、カイザーは彼女との決闘をしてあげないんだろう。
彼は特に、人好きな方ではないだろうけれど、頼めば放課後に少し時間を空けてくれることくらいは、してくれそうだ。僕も、事務的な要件で話しかけたことがあったけれど、別に普通の受け答えをしてくれたし。
連日尋ねられては、迷惑なのだろうか。それでも一回くらいは戦ってあげればいいのに、と僕は思う。
まあ、毎日こうやって、クラスの中を荒らされる身にもなってほしいものだ。みんな、一回くらいは決闘してやれよ、と思っていると思う。そうすれば、ちょっとはナマエの来訪が落ち着くだろう。
まあやっぱり、カイザーなんて二つ名を持つ人間の考えることは、僕ら凡人には理解できないのかもしれない。
僕たち三年は現在、進路を選ぶ時期に差し掛かっていて、少しピリピリしていた。だから、彼女の行動を、思考の妨げになる迷惑だと考える人もいれば、圧迫した空気感に風穴を開ける新しいおもちゃと評する人もいた。僕はというと、もう推薦で進路を決めていたので、そのどちらでもない。まあ、強いていうなら、後者よりだけれども、あの大声だけはやめてほしいな、と思う。
やっぱりやかましいなあ、と思いながら、僕は、彼女がいる方とは反対側のドアから出ようと思い、席を立った。
が、
「今日の日誌、まだ書いてないんじゃね?」
と言われ、今日の日直は自分だったことを思い出した。
僕とペアになったクラスメイトは、「こっちが鍵を閉めるから、日誌は頼んだっ! じゃ、書き上がる頃にまたくるから!」と言って、うまいこと逃げていった。
こ、こいつー! と僕は握ったペンに力を込める。でも、起こってしまったことを元には戻せない。だから、少し冷静になろうと息を吸い込んだ。
あたりを見回すと、広々とした教室の中には誰もいなかった。みんな、厄介ごとに巻き込まれたくなくて、逃げたのだ。ここにいるのは、僕と、ナマエと、カイザーだけになってしまった。
僕だって、普段はそうしていた。
アカデミアの帝王と、問題児の周辺なんて、何か厄介ごとが起こるに決まっている。
ナマエと絡むと、ろくなことがないという噂まで聞くし、何より、カイザーの他にナマエに目をつけられたら、一生付き纏わられることになりそうだ。
……まあ、僕みたいな平々凡々なイエロー寮の生徒が、彼女みたいな人のお眼鏡に叶うわけがないだろうけれど、一応、だ。
今出て行ってもおかしい気がするし、今ドアを開けたら、二人の目線はこっちを見るだろう。
もう早くこんなものを書き上げてしまって、さっさと寮に帰ってしまおう。僕はそう決めて、いつもの三倍のスピードでシャーペンを動かした。
「さあ、決闘しましょう! 決闘!」
バンバンと机を叩きながら、ナマエはそう叫ぶ。
「…………もう少し、静かにできないのか」
「……はーい、行儀よくします」
僕は日誌を書きながら、二人の言動に耳を傾けた。カイザーも、なんだかんだ言って残ってあげているのが、優しいなあ、と思った。いや、早く出て行って欲しいんですけど。
「今日でわたしが勝負してほしいって言ってから、何日めでしょうか?」
「…………」
「正解は、五八九日めでしたっ! 不正解でしたねえ」
「……どうでもいい」
「どうでもよくないですよー。だって、あの日からわたし、先輩以外に負けたことないんですから」
その言葉を聞いて、僕は思わず身を硬くした。
…………一年以上、誰にも負けたことがない? そんなことが、ありえるのだろうか。もし、本当にそうだとしたら、僕の目の前にいる様子のおかしい少女は、とんでもない才能の持ち主だ。
無敗の称号を維持し続けるのがどれだけ大変なことか、僕たちデュエリストは、嫌というほど知っている。日々の授業、テスト、さまざまな場面で、僕たちは星の数ほどの対戦を強いられている。
体調の優れない日や、手札の運が悪い時、そんな時はいくらでもある。認めたくないけれど、決闘というのは運の要素も強いのだ。
あの後輩は、そんな運命、因果も捻じ曲げてしまったというのか。でなければ、そんなめちゃくちゃなことはありえないはずだ。
「…………それは知っている」
「負けるのが怖いんですか? わたしに? あれだけボコボコにしておいて、リベンジすらさせてくれないなんて。ひどいですねえ」
……なんだか、聞いてはいけない会話を聞いているような気がして、僕は今すぐにでもここを離れたい衝動に駆られた。けれど、同時にこの二人の秘密を知りたい気もして、二つの心が葛藤している。
本当に、この人たちは僕に気づいていないのだろうか。それとも、いるとわかっていて、聞かれても構わないと思っているのかもしれない。
「言いたいことはそれだけか?」
「わたしは先輩と闘りたい、それだけですよ」
誰かが立ち上がる音がした。目線をやると、カイザーはすでに鞄を持ち、出口へと向かおうとしている。ナマエはそれを邪魔するように、彼の前に立ち塞がっていた。
「俺は忙しい。本当に決闘したいなら、事前に学校へ申告しろ」
「なんで昔みたいに、一緒に決闘してくれないの? お兄ちゃん」
「……その呼び方は、やめろ」
それはもう、ひどい修羅場に出くわしてしまったらしい。
片や、今にも泣き出しそうな後輩。そして、何やらその少女と訳ありらしい学園の帝王。これはもう、寮で話題を出したらそれはそれは盛り上がりそうな話だったけれど、僕はこのことを、絶対に誰にも漏らさない。
実際に見て思った。もう二度とこんなもの、見たくはない。男女のもつれってやつは、最悪だ。
「わたしは、丸藤亮以外の人間に負けたくない。絶対に」
「──そういうところが、俺は嫌いだ」
ああ、本格的にギスギスし始めてきた。僕は必死に、日直の相方が早急にこの場に戻ってくるように、祈った。……祈りはもちろん、通じない。
「でも、わたしはお兄ちゃんのこと好きだよ」
「お前、俺に勝ったら決闘をやめるつもりなんだってな」
「──ねえそれ、誰から聞いたの?」
「……否定しないのか」
僕はその日、丸藤亮という人間が、こんなにも悲しげな表情をするのだということを、初めて知った。二人だけの秘密が、第三者に漏れている。僕は彼らの、丸裸な事情を盗み聞きしてしまっている。
「だって、わたしお兄ちゃんのことが好きだし。それ以外別に、やりたいこともないんだよね。あっ、でも、サイバー流の決闘は好きだよ。それがなかったら、お兄ちゃんに出会えてないしね」
「俺はお前に、決闘を諦めてほしくないと思っている」
「うん、知ってた」
「正直な話、俺はお前と決闘して、絶対に勝つことができるとは思っていない。決闘に、絶対というものは存在しないからだ」
「丸藤亮は、無敗の皇帝。お兄ちゃんは、絶対にわたしに勝てると思うけれど」
「──お前がいつまでもそんな考えなら、尚更戦えないな」
「……何それ、わたしがどう思っていようが、勝手じゃん。決闘に大義名分を持ち出さないでよ」
「それと同じ言葉を、師匠に言えるのか⁉︎」
パチン、と鋭い音が響いた。彼が彼女をビンタしたことに気づいたのは、それから数刻後だった。
「…………は?」
呆然とするナマエの表情は、僕の席からよく見えた。僕だって、見るつもりはなかったけれど、その音がした瞬間、思わず顔を上げてしまったのだ。
口をポカンと開けて、何が起こったのかわからず混乱した表情で、彼女はカイザーを見つめている。僕だって、同じ顔をしていたはずだ。
ちょうど夕景が眩しくて、僕には、ナマエを打った張本人の顔は見えなかった。ナマエは打たれた箇所を手で押さえ、ようやっと事態を飲み込んだようだった。「…………もう今後、俺に関わろうとするな」
それだけ言うと、カイザーは教室を後にした。
凄まじいものを、見てしまった……。
「…………」
取り残されたナマエと僕は、どうしていいのかわからず、しばらく固まった。 ……早く彼女の方も、出ていってもらえないだろうか。僕から出ていくわけにも行かないし。
「…………」
というか、結局カイザーは僕のことが見えていたんだろうか。あそこの席だと、僕はちょうど死角になりそうだし、彼だって、第三者の前であんなに冷静さを失うことはないから、きっと気づいていないと思うんだけど。
「…………人の話盗み聞きして、何が楽しかった?」
ナマエの瞳が、僕の顔を射抜く。
急に声がしたので、僕は思わず日誌のページを握ってグチャグチャにしてしまいそうになった。
「いい趣味ですこと。どうせわたしを笑ってやろうって話ですか」
彼女の顔は、カイザーをおちょくっていた時の自信げな表情とも、普段のいかにも小動物的な笑顔とも違って、地の底から這い上がってきた──まるで形容しがたい──怨霊みたいな、絶望を帯びたものだった。その眼力に、僕は正直、怯んでしまった。だから、何も言い返せなかった。
「…………わたし、明日もここに来ていいと思います?」
「……え、僕に言われても」
「……あ?」
「い、いや……だって丸藤さんすごく怒ってたし」
普通、あれだけ明確にキレられて、動じず普段通りにできる人がいるだろうか。僕だったら、もうあそこまで完璧に地雷を踏んでしまったら、あとはどう関わらずに逃げるかということだけを考えてしまう。
というか、そもそもなんで今後のあり方を僕に聞くんだろう。あ、ここに僕しかいないからか……。
「……それも、そうか」
ナマエは、意外にもあっさり僕の意見を飲み込んだ。
──正直、あの会話を聞いていて、カイザーが怒ったのは彼女の自業自得であるような気がしないでもないのだが、まあ、個人間の事情は僕の知るところではないし、下手に口出しをしたら、今度は彼女の地雷を、僕が踏み抜く結果に陥りそうだ。
「明日にでも、謝りに行ったら許してもらえるんじゃない……ですかね」
僕は恐る恐る、ごく普通の、平凡な、誰にとっても通用しそうなアドバイスを紡いだ。ナマエは、真剣に頷いてくれた。思ったよりも、話が通じる子だったかもしれない。
「……じゃあ、明日、また来ます」
「…………次は、あんまり暴れないようにね」
彼女は、次の瞬間には教室から消えていた。まるで、木枯らしが吹いたように一瞬の出来事だった。
「おー、日誌終わった?」
鍵をお手玉のように弄びながら、僕の相方は教室に入ってきた。
「……一応、終わったけど」
「そういや、あの後輩ちゃんどうだった?」
「……言っていいかなぁ」
「え? なんかやばかった?」
「カイザーがすげえキレててさあ、なんかあったみたいだった」
「マジ? 丸藤怒ったん? それはやべえわ」
「お前ブルー寮だったよな。あんまこのこと広めんなよ」
「……俺だってカイザーに睨まれたくねえし、一々言わねえよ。安心しな」
僕たちは、そのまま日誌を職員室に提出し、それぞれの寮に戻った。
明日、ナマエはこの教室に……否、そもそも通学して来るだろうか。他人事ながら、少し気になるけれど、あまり期待しないでおこうと思う。
なぜなら僕は、普通の生徒であり続けたいから。