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遊戯王
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バイト先にクラスメイトが来たので、わたしはいそいそとバックヤードに引っ込んだ。
クラスメイトといっても、彼とわたしの関係は深くはない。顔見知りくらいの間柄だ。
それでも、わたしは隠れなければいけなかった。うちの高校はアルバイト禁止の校則があり、チクられては困るからだ。
まあ一応、ここの店長はうちの叔父なので言い訳はできるかもしれないけれど、それでトラブルになったら嫌だし、っていう感じ。
念には、念を入れて。
彼は洋画の棚を見て回っていた。
新作映画やアカデミー賞を受賞した作品を一通り見終わった彼は、何本かビデオを手に取ってレジまで運んで行った。
彼のレンタルしたビデオが気になって、こっそり(本当は良くないけど)レンタルの履歴を確認した。
そうしたら、なんと、驚くべきことに、わたしと映画の趣味がそっくりそのままだった!
B級のバカ映画から、最近話題になった作品まで、結構なジャンルを借りていたけれど、それのどれもがわたしの好きなものだった。
普段全く話さないせいで人となりがわからなかったけれど、意外と彼はオタク──マニア気質なのかもしれない。
この時、わたしは勝手に気持ちよくなり、城之内くんに身勝手な親近感を抱き始めていた。
ある種の人間特有の、共通点を見つけて勝手に盛り上がるという癖を発揮してしまったわたしは、その日から城之内克也くんのことをずっと目で追うようになってしまった。
仲良くなりたい。映画の話をしたい。友達がほしい。全てわたしのエゴだ。
図書館の本の貸し出し履歴を見るみたいな感じで、わたしは城之内くんの借りた映画のことに思いを馳せた。 思えば、この時点で既に心の中のエンジンはかかっていたのだ。
次の日、わたしはずっと城之内くんのことを見ていた。
結構不良っぽい、というか、最近まではわりと乱暴でガサツな振る舞いをしていたけれど、最近は武藤遊戯くんたちと連むようになり、丸くなった気がする。
彼らは休み時間、教室でゲームをする。わたしはそれに混ざりたいような、面倒くさいから別に入らなくてもいいような、中途半端な気持ちだ。
教科書を読んでいるふりをして、楽しそうにカードゲームに興じる彼らを眺める。
この時点で、わたしの性格はよくわかっていただけたと思う。
見ての通り、人と積極的に関わることを苦手としている。
普通の人付き合いに支障はないのだけど、友人として踏み込むということが下手くそなのだ。
傷つきたくないという気持ちが強いのかもしれない。
まあ、今の時点で別に不自由はしていないし、一人は一人なりで結構楽しかったりもするから、いいのだけど、よくないのだ。
わたしは、城之内くんと仲良くなりたい。心がそう望んでいるから。
これが映画だったら、わたしはうまくできるのだろうか。それとも、情けなく、無様に敗退するのだろうか。
城之内くんは誰にでも優しいのだろうか。わたしみたいな人間にも。
武藤遊戯くんに、あなたはどうして彼と仲良くなれたのですか? と問いかけたい。
わたしは喉から手が出るくらいほしいのだ。
城之内くんを見ていると、喉が渇いてくる。机の横に引っ掛けた学生鞄から水筒を取り出して、中の水を半分ほど一気に飲んでみる。
夏でもないのに、そんなにたくさん飲むなんて。そんな視線で見てくる人はいない。
もっと、見て。こっちを見ろ。わたしを視界に入れてほしい。
じっと見ていたら、目が焼けそうになる。眩しすぎて。わたしにとって、彼は眩すぎる。
わたしの聴力は正常を通り越して、高感度のレーダーのように有能である。
そのように産んでくれた両親、聴力を落とすことなく生きれた今までの人生に感謝し、今日も彼らの会話の盗聴に勤しむ。
盗聴ではない。
聞こえてくる会話を聞いているだけだ。これにより、わたしは彼の友達になった時のシミュレーションを開始することができる。
貴重な情報だ。
「城之内くん、今週の日曜って空いてる?」
「日曜? その日は……ああ、空いてるけど」
「爺ちゃんの店に新作のパックが入るんだけど、見にこない?」
「マジかよ! そろそろ新しいカードを入れたいと思ってたところだぜ!」
「じゃあ、日曜は僕ん家に来てね!」
など。
ああ、日曜日に彼は武藤遊戯の家に行き、そこで遊ぶのか。いいな。楽しそうだな。
ここまで来たら、自分は異常なのかとすら思えてくる。同級生の男の子を執拗に監視して、全てを把握したいという欲求。
そのエネルギーは勉強に注げばいい。自分でもそう思う。
そんな風にして、わたしはじっとチャンスを伺っていた。けれど、来るべきXデーはまだ来ない。
辛抱して、獲物を待つ狩人のようにジッとしているべきか、そうせず、もう少し積極的に動いてみるべきか。 するべきか、動かざるべきか。
シェイクスピア的思考法は、わたしの脳味噌を侵食している。
動くなら、慎重になるべきだ。
バイト先でも、わたしはそんなことだけを考えていた。 体が勝手に動いて業務をこなしてくれて、助かっている。
今がチャンスだ。ということがあった。つい最近のことである。
クラスの中で、班を決めてグループで討論しなさいという授業があった。
幸運なことに、わたしは城之内くんの席と近いところにいたので、ごく自然に彼と接近することができた。
討論の内容は覚えていない。覚えていないということは重要な話はしなかったということだ。
藁半紙に意見をまとめる必要があり、わたしはその役目を担っていた。その時、油性ペンを撮りに行った城之内くんが、わたしにそれを手渡す時「ミョウジさん」と呼んでくれた。
名前を覚えていてくれた。
わたしは気が動転して、頭がおかしくなりそうだった。その時はありがとうと言えたかすら怪しい。多分、言えたと思うのだけど、その後はずっとそれだけを考えていた。授業なんて、まともに聞こえなかった。
好きな映画の話をするチャンスはなかった。けれど、どうにか雑談の中で引き出せたはずだ。それをしなかった自分が腹立たしい。嬉しいことと苛立つことというのは、一緒に襲ってくるのだとわかった。
執着という感情は、非常に厄介だと思う。こんな感情を向けられている彼には心底同情するが、今更止めることはできない。不可能だ。
わたしの異常な感情は、日に日に肥大化していく。
押さえつけることはできなかった。むしろ、我慢しようとすればするほど、ひどく胸が締め付けられた。
それはもう、ただの願いで片付けることはできないほどに、太く、強く、いつまでもわたしの心の中で肥大化していく。
その日は雨だった。
わたしはエンドロールを最後まで見切った後、映画館を後にした。
傘を開こうと思い、わたしはカバンから折り畳み傘を取り出した。
そのタイミングで、横から風のように通り過ぎていく影があった。
あ。と思うまでもなく、わたしはその正体に気づいた。 城之内くん。
わたしの横を、彼は通り過ぎて行った。
同じ劇場に、ついさっきまで彼はいたのだ。
ああ、わたしの神経はなんて鈍いのだろう。同じ空間にいたのに、全く気づいていなかったとは。
迷うよりも、体の方が先に動いた。
「城之内くん、傘っ!」
背中に向かって投げかける。
彼はゆっくりと振り返ると、わたしの顔を見て、驚いたような表情をした。
わたしの顔を見ている彼と、ばっちり目があった。
休日の夕方、突然話かけられてびっくりしていることだろう。申し訳ないな、と思う。
「……傘?」
「駅まで一緒に行こう」
勇気を振り絞って相合傘なるものを提案してみる。折り畳み傘は、男女二人を雨から守りきれるほどの大きさはないが、駅までずぶ濡れになるよりいいだろう。
わたしの必死の気遣い、もとい欲望である。
もっと近づきたいという下心に気づいていないと嬉しい。
「それはありがたいんだけど、俺、走るからさ。そっちが使っといた方がいいと思うぜ」
今こうしている間にも、雨は風を纏ってわたしたちの体を濡らしている。
つまり、この会話が時間の無駄なのだ。
「……そっか。わかった」
会話の終了。
わたしは雨に打たれその場に立ち尽くした。
城之内くんが駅まで走っていく後ろ姿を眺めて、なんだか取り返しのつかないものを失ってしまったような気持ちになった。
学校に行くのが嫌だな、と思った。傘の提供を断られただけでここまでナイーブになる自分に対して、メンタルが弱いなー、と少し批判的になる。実際、わたしの心はそこまで頑丈な方ではない。
嫌だな、嫌だなと思いながら、学校まで足は動いてしまう。全然偏差値の高くない公立校。そこがわたしの高校だ。毎日嫌だな、と感じながら通う学校だ。
校門ではない裏口から、下駄箱までダラダラ歩く。その間、本当に帰りたい気持ちでいっぱいになる。
わたしに挨拶する人はいない。なぜなら、友達がいないから。
そう思っていたのだけど、今日は違った。
「おはよう」
後ろから声をかけられる。知っている声、というか、聞きすぎて耳が麻痺している。
「あ、おはよう……」
緊張して声が裏返った。今、猛烈に汗をかいている。緊張と興奮で、体の神経が全て狂ってしまっているからだ。
「昨日、ありがとうな。断って悪かった」
「ううん……」
それだけ言うと、彼は風のように去っていった。教室に行くまでの階段を、身軽に駆け上がって、行ってしまった。
結局のところ、映画のような出会いというのは現実にはないのだ。
この前の事件以降、わたしはパッタリと城之内くんを執拗に見物することをやめた。
あれで満足してしまったのだ。
わたしは他の人に一言ありがとうと言われただけで、満足してしまう人間だったらしい。
リアクションを求めて行動したのに、たった一言であっけなく終わってしまう。自分の飽き性に、我ながら呆れた。
今日は放課後バイトがある日だ。
授業が終わると、そそくさと校舎から抜け出し、駅前の店に入った。
タイムカードを押し、バックヤードでエプロンを見にまとってレジにでた。これから人が多くなる時間なので、面倒臭い。けれど、そういう時間だからこそバイトの人手が必要なのだ。
セルフレジをうちの店舗にも導入してほしい。
そんなことを考えながら、わたしはひたすら感情を無にして仕事をこなした。
「これ、返却でお願いします」
返却?
ボックスがあるのにわざわざレジで言ってくるなよ。めんどくさい客だなあ。
「……城之内くん?」
「よっ」
制服姿の城之内くんが、わたしの目の前にいた。レンタルの袋を取り出して中身を確認すると、すごいタイトルの映画が入っていた。
「必殺! 恐竜神父……!?」
今までの人生の中でも1番といっていいくらい大きな声が出た。タイトルから漂うそこ知れぬB級感。明らかに異様な雰囲気が感じ取れた。
「あー、これ結構面白かったぜ」
「これって人に勧めていいやつなの?」
「俺は好きだな」
「明らかにクソ映画じゃん。これが面白いと思うって、異常者だよ」
かつてないほど饒舌にしゃべるわたしを見て、城之内くんは妙な表情を浮かべていた。
「じゃあ、クソじゃない映画ってあるのか?」
「あるでしょ。スピルバーグとか……好みは分かれるだろうけど、ティム・バートンとかアリ・アスターも好きだし、黄金期のディズニーなんてそれは素晴らしいアニメを作ってたよ。あれをクソっていう人はいないと思う」
「ふーん」
完全にオタクの早口だった。わたしは既に失敗しているので、もう失うものはない。
ちょうど来客数も引いてきたところで、わたしたちの大声が店内に響いている。
「ミョウジって、やっぱ映画オタクだよな」
「そうだよ。城之内くんだって、クソ映画マニアのオタクだしね」
「俺、今のミョウジの方が好きだな。なんていうか、イキイキしてる」
「……あ? うん、そうかな」
「話しすぎたし、そろそろ帰るな。明日、また学校で」
「あー、うん」
こいつ、最後にでかい爆弾を投下していった。
“今のミョウジの方が好き“
その言葉がぐるぐる回って、今日の夜は一睡もできなかった。
複雑な言葉よりも、こういうストレートな言葉を投げてくれる人と、わたしは友達になりたかったのかもしれない。
今までのわたしよりも、今のわたしの方が好き。
わたし自身、自分で変わった気はしないのだけど、他の人から見たわたしは、万華鏡のように姿を変えているのだろうか。
角度を変えれば見方も変わる。そういうことにしておこう。
クラスメイトといっても、彼とわたしの関係は深くはない。顔見知りくらいの間柄だ。
それでも、わたしは隠れなければいけなかった。うちの高校はアルバイト禁止の校則があり、チクられては困るからだ。
まあ一応、ここの店長はうちの叔父なので言い訳はできるかもしれないけれど、それでトラブルになったら嫌だし、っていう感じ。
念には、念を入れて。
彼は洋画の棚を見て回っていた。
新作映画やアカデミー賞を受賞した作品を一通り見終わった彼は、何本かビデオを手に取ってレジまで運んで行った。
彼のレンタルしたビデオが気になって、こっそり(本当は良くないけど)レンタルの履歴を確認した。
そうしたら、なんと、驚くべきことに、わたしと映画の趣味がそっくりそのままだった!
B級のバカ映画から、最近話題になった作品まで、結構なジャンルを借りていたけれど、それのどれもがわたしの好きなものだった。
普段全く話さないせいで人となりがわからなかったけれど、意外と彼はオタク──マニア気質なのかもしれない。
この時、わたしは勝手に気持ちよくなり、城之内くんに身勝手な親近感を抱き始めていた。
ある種の人間特有の、共通点を見つけて勝手に盛り上がるという癖を発揮してしまったわたしは、その日から城之内克也くんのことをずっと目で追うようになってしまった。
仲良くなりたい。映画の話をしたい。友達がほしい。全てわたしのエゴだ。
図書館の本の貸し出し履歴を見るみたいな感じで、わたしは城之内くんの借りた映画のことに思いを馳せた。 思えば、この時点で既に心の中のエンジンはかかっていたのだ。
次の日、わたしはずっと城之内くんのことを見ていた。
結構不良っぽい、というか、最近まではわりと乱暴でガサツな振る舞いをしていたけれど、最近は武藤遊戯くんたちと連むようになり、丸くなった気がする。
彼らは休み時間、教室でゲームをする。わたしはそれに混ざりたいような、面倒くさいから別に入らなくてもいいような、中途半端な気持ちだ。
教科書を読んでいるふりをして、楽しそうにカードゲームに興じる彼らを眺める。
この時点で、わたしの性格はよくわかっていただけたと思う。
見ての通り、人と積極的に関わることを苦手としている。
普通の人付き合いに支障はないのだけど、友人として踏み込むということが下手くそなのだ。
傷つきたくないという気持ちが強いのかもしれない。
まあ、今の時点で別に不自由はしていないし、一人は一人なりで結構楽しかったりもするから、いいのだけど、よくないのだ。
わたしは、城之内くんと仲良くなりたい。心がそう望んでいるから。
これが映画だったら、わたしはうまくできるのだろうか。それとも、情けなく、無様に敗退するのだろうか。
城之内くんは誰にでも優しいのだろうか。わたしみたいな人間にも。
武藤遊戯くんに、あなたはどうして彼と仲良くなれたのですか? と問いかけたい。
わたしは喉から手が出るくらいほしいのだ。
城之内くんを見ていると、喉が渇いてくる。机の横に引っ掛けた学生鞄から水筒を取り出して、中の水を半分ほど一気に飲んでみる。
夏でもないのに、そんなにたくさん飲むなんて。そんな視線で見てくる人はいない。
もっと、見て。こっちを見ろ。わたしを視界に入れてほしい。
じっと見ていたら、目が焼けそうになる。眩しすぎて。わたしにとって、彼は眩すぎる。
わたしの聴力は正常を通り越して、高感度のレーダーのように有能である。
そのように産んでくれた両親、聴力を落とすことなく生きれた今までの人生に感謝し、今日も彼らの会話の盗聴に勤しむ。
盗聴ではない。
聞こえてくる会話を聞いているだけだ。これにより、わたしは彼の友達になった時のシミュレーションを開始することができる。
貴重な情報だ。
「城之内くん、今週の日曜って空いてる?」
「日曜? その日は……ああ、空いてるけど」
「爺ちゃんの店に新作のパックが入るんだけど、見にこない?」
「マジかよ! そろそろ新しいカードを入れたいと思ってたところだぜ!」
「じゃあ、日曜は僕ん家に来てね!」
など。
ああ、日曜日に彼は武藤遊戯の家に行き、そこで遊ぶのか。いいな。楽しそうだな。
ここまで来たら、自分は異常なのかとすら思えてくる。同級生の男の子を執拗に監視して、全てを把握したいという欲求。
そのエネルギーは勉強に注げばいい。自分でもそう思う。
そんな風にして、わたしはじっとチャンスを伺っていた。けれど、来るべきXデーはまだ来ない。
辛抱して、獲物を待つ狩人のようにジッとしているべきか、そうせず、もう少し積極的に動いてみるべきか。 するべきか、動かざるべきか。
シェイクスピア的思考法は、わたしの脳味噌を侵食している。
動くなら、慎重になるべきだ。
バイト先でも、わたしはそんなことだけを考えていた。 体が勝手に動いて業務をこなしてくれて、助かっている。
今がチャンスだ。ということがあった。つい最近のことである。
クラスの中で、班を決めてグループで討論しなさいという授業があった。
幸運なことに、わたしは城之内くんの席と近いところにいたので、ごく自然に彼と接近することができた。
討論の内容は覚えていない。覚えていないということは重要な話はしなかったということだ。
藁半紙に意見をまとめる必要があり、わたしはその役目を担っていた。その時、油性ペンを撮りに行った城之内くんが、わたしにそれを手渡す時「ミョウジさん」と呼んでくれた。
名前を覚えていてくれた。
わたしは気が動転して、頭がおかしくなりそうだった。その時はありがとうと言えたかすら怪しい。多分、言えたと思うのだけど、その後はずっとそれだけを考えていた。授業なんて、まともに聞こえなかった。
好きな映画の話をするチャンスはなかった。けれど、どうにか雑談の中で引き出せたはずだ。それをしなかった自分が腹立たしい。嬉しいことと苛立つことというのは、一緒に襲ってくるのだとわかった。
執着という感情は、非常に厄介だと思う。こんな感情を向けられている彼には心底同情するが、今更止めることはできない。不可能だ。
わたしの異常な感情は、日に日に肥大化していく。
押さえつけることはできなかった。むしろ、我慢しようとすればするほど、ひどく胸が締め付けられた。
それはもう、ただの願いで片付けることはできないほどに、太く、強く、いつまでもわたしの心の中で肥大化していく。
その日は雨だった。
わたしはエンドロールを最後まで見切った後、映画館を後にした。
傘を開こうと思い、わたしはカバンから折り畳み傘を取り出した。
そのタイミングで、横から風のように通り過ぎていく影があった。
あ。と思うまでもなく、わたしはその正体に気づいた。 城之内くん。
わたしの横を、彼は通り過ぎて行った。
同じ劇場に、ついさっきまで彼はいたのだ。
ああ、わたしの神経はなんて鈍いのだろう。同じ空間にいたのに、全く気づいていなかったとは。
迷うよりも、体の方が先に動いた。
「城之内くん、傘っ!」
背中に向かって投げかける。
彼はゆっくりと振り返ると、わたしの顔を見て、驚いたような表情をした。
わたしの顔を見ている彼と、ばっちり目があった。
休日の夕方、突然話かけられてびっくりしていることだろう。申し訳ないな、と思う。
「……傘?」
「駅まで一緒に行こう」
勇気を振り絞って相合傘なるものを提案してみる。折り畳み傘は、男女二人を雨から守りきれるほどの大きさはないが、駅までずぶ濡れになるよりいいだろう。
わたしの必死の気遣い、もとい欲望である。
もっと近づきたいという下心に気づいていないと嬉しい。
「それはありがたいんだけど、俺、走るからさ。そっちが使っといた方がいいと思うぜ」
今こうしている間にも、雨は風を纏ってわたしたちの体を濡らしている。
つまり、この会話が時間の無駄なのだ。
「……そっか。わかった」
会話の終了。
わたしは雨に打たれその場に立ち尽くした。
城之内くんが駅まで走っていく後ろ姿を眺めて、なんだか取り返しのつかないものを失ってしまったような気持ちになった。
学校に行くのが嫌だな、と思った。傘の提供を断られただけでここまでナイーブになる自分に対して、メンタルが弱いなー、と少し批判的になる。実際、わたしの心はそこまで頑丈な方ではない。
嫌だな、嫌だなと思いながら、学校まで足は動いてしまう。全然偏差値の高くない公立校。そこがわたしの高校だ。毎日嫌だな、と感じながら通う学校だ。
校門ではない裏口から、下駄箱までダラダラ歩く。その間、本当に帰りたい気持ちでいっぱいになる。
わたしに挨拶する人はいない。なぜなら、友達がいないから。
そう思っていたのだけど、今日は違った。
「おはよう」
後ろから声をかけられる。知っている声、というか、聞きすぎて耳が麻痺している。
「あ、おはよう……」
緊張して声が裏返った。今、猛烈に汗をかいている。緊張と興奮で、体の神経が全て狂ってしまっているからだ。
「昨日、ありがとうな。断って悪かった」
「ううん……」
それだけ言うと、彼は風のように去っていった。教室に行くまでの階段を、身軽に駆け上がって、行ってしまった。
結局のところ、映画のような出会いというのは現実にはないのだ。
この前の事件以降、わたしはパッタリと城之内くんを執拗に見物することをやめた。
あれで満足してしまったのだ。
わたしは他の人に一言ありがとうと言われただけで、満足してしまう人間だったらしい。
リアクションを求めて行動したのに、たった一言であっけなく終わってしまう。自分の飽き性に、我ながら呆れた。
今日は放課後バイトがある日だ。
授業が終わると、そそくさと校舎から抜け出し、駅前の店に入った。
タイムカードを押し、バックヤードでエプロンを見にまとってレジにでた。これから人が多くなる時間なので、面倒臭い。けれど、そういう時間だからこそバイトの人手が必要なのだ。
セルフレジをうちの店舗にも導入してほしい。
そんなことを考えながら、わたしはひたすら感情を無にして仕事をこなした。
「これ、返却でお願いします」
返却?
ボックスがあるのにわざわざレジで言ってくるなよ。めんどくさい客だなあ。
「……城之内くん?」
「よっ」
制服姿の城之内くんが、わたしの目の前にいた。レンタルの袋を取り出して中身を確認すると、すごいタイトルの映画が入っていた。
「必殺! 恐竜神父……!?」
今までの人生の中でも1番といっていいくらい大きな声が出た。タイトルから漂うそこ知れぬB級感。明らかに異様な雰囲気が感じ取れた。
「あー、これ結構面白かったぜ」
「これって人に勧めていいやつなの?」
「俺は好きだな」
「明らかにクソ映画じゃん。これが面白いと思うって、異常者だよ」
かつてないほど饒舌にしゃべるわたしを見て、城之内くんは妙な表情を浮かべていた。
「じゃあ、クソじゃない映画ってあるのか?」
「あるでしょ。スピルバーグとか……好みは分かれるだろうけど、ティム・バートンとかアリ・アスターも好きだし、黄金期のディズニーなんてそれは素晴らしいアニメを作ってたよ。あれをクソっていう人はいないと思う」
「ふーん」
完全にオタクの早口だった。わたしは既に失敗しているので、もう失うものはない。
ちょうど来客数も引いてきたところで、わたしたちの大声が店内に響いている。
「ミョウジって、やっぱ映画オタクだよな」
「そうだよ。城之内くんだって、クソ映画マニアのオタクだしね」
「俺、今のミョウジの方が好きだな。なんていうか、イキイキしてる」
「……あ? うん、そうかな」
「話しすぎたし、そろそろ帰るな。明日、また学校で」
「あー、うん」
こいつ、最後にでかい爆弾を投下していった。
“今のミョウジの方が好き“
その言葉がぐるぐる回って、今日の夜は一睡もできなかった。
複雑な言葉よりも、こういうストレートな言葉を投げてくれる人と、わたしは友達になりたかったのかもしれない。
今までのわたしよりも、今のわたしの方が好き。
わたし自身、自分で変わった気はしないのだけど、他の人から見たわたしは、万華鏡のように姿を変えているのだろうか。
角度を変えれば見方も変わる。そういうことにしておこう。