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刀剣乱舞
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「刀剣男士を労うために、夏祭りを開催する。各本丸の審神者は参加を検討されたし」
平たく言うと、こんな感じの文章が各本丸に一斉に公布されたようだ。本当はもっと堅苦しい、役所じみた文章だったが、そんなことはどうでも良い。
わたしはこの文書の内容を彼らにどう伝えようか、迷った。伝えれば、絶対に行きたいとほとんどの男士が言うに違いない。
任務への士気が上がるのなら、是非とも連れて行きたいというのがわたしの本音だが。
もう一度、要項に目を通す。場所は、政府の管理する敷地。多くの男士の来場が予想されるので、複数の日程を跨いで開催する。参加費は無償。会場の規模は、それなりに広い敷地を用意するらしい。盆踊り、軽食の屋台、花火など各種イベントを用意してお待ちしている云々。
刀帳の名簿を見返し、ため息をつく。我が本丸はそれなりの大所帯だ。そんな場所に全員連れて行って、無事で済むだろうか──
「そんなモン、俺らでどうにかできるだろ。普段の任務でも団体行動できてるぜ?」
近侍の和泉守は、そんな風に言う。彼にだけ、先んじて夏祭りのことを伝えてみれば、非常に軽く流された。
確かに、わたしが全ての面倒をみることはできない。彼ら自身に管理を任せるというアイデアは、なるほど悪くないように思えた。
「……わかった。和泉守に任せて本当に大丈夫なんだよね?」
「おう、任せとけ!」
和泉守は得意げに笑い、早速計画の準備に取り掛かるのか、わたしの書斎を後にした。
普段から、わたしの手となり足となり、本丸の運営の大黒柱の彼のことだ。まあ、どうにかなるだろう。
わたしはなんだか、責任から逃げている気がする。まあ、男士同士にしかわからない事情もあるだろうし、これで正解だと思い込んでおこう。歴史を動かすような任務をするわけでもないし、多分、大丈夫だ。多分。
実際、和泉守はよくやってくれたと思う。
今日は祭りの当日で、わたしは子供に同伴する保護者のような気持ちで、会場に足を運んでいた。本当は、彼らの方がわたしよりも何百歳と年上なのに。
大所帯の我が本丸は、いくつかのグループを作り、班行動をすることで率を取ることに成功したらしい。普段関わりのない男士同士の交流もできるだろうと、和泉守は自慢げに言った。
「学校の先生みたい」
「やめろやめろ、オレはそんなガラじゃねえ」
確かに、着流しに長髪の教師は今の世ではいないだろう。彼が教卓に立って、黒板に指示棒を突き刺す姿を想像し、ニヤニヤ笑ってしまう。案外、いい先生になったりするのかもしれない。
わたしたち以外にも、男士と一緒に出店を回っている審神者が多いようだ。大勢で学生のようにはしゃぐ若い審神者もいれば、川べりに腰掛けてかき氷を食べている集団もいる。それぞれの本丸の姿が、ここでは見れるようだった。
……そういえば、わたしたちは二人きりだ。
ふと隣に立つ和泉守を見つめれば、期待を込めて見つめられる。
「さぁて、どれから食おうか? それとも遊ぶか? オレとしてはこの揚げ物が気になるんだが」
「和泉守は、みんなと一緒に行かなくていいの?」
きっと、彼なら兄貴分ぶって、たくさんの刀剣を引き連れて遊びまわるものだと思っていた。今はわたしと二人きりだ。わたしとはいつも顔を合わせているし、別に面白くはないだろう。今からでも戻ればいい。わたしがそう言いかけた時だった。
「いや、今日はあんたと二人がいい」
「えっ」
「あんたと一緒に行きたかったんだ」
どう聞いても、冗談のようには聞こえなかった。
わたしが続きで言おうとしていた言葉を引っ込めざるをえなかった。真っ直ぐな瞳に見つめられて、どうにも言葉が出てこない。
和泉守が、わたしと二人で夏祭りに行きたがっていた。その事実に、今までの言動を思い出して、顔が熱くなる。わたしと一緒に回るために、リーダー役を買って出たということだろうか。そこまでして、わたしと。
「さっさと行こうぜ。祭りが終わっちまう」
そう言って彼が歩き出したので、わたしは慌ててついて行った。普段なら、わたしが先頭を歩き、彼がそれについてきてくれるのに、今回は違った。広い背中を見て、改めて彼の背がかなり高いことを思い出した。刀が男性の姿をしているということも。
顔を見られないから、今回はこれで助かった。暑さのせいだととごまかすには、顔が赤くなりすぎているから。
「和泉守、舌を出してみて」
素直に舌を出した彼の顔を見て、素直で可愛いなと思った。
「舌、真っ青」
「あぁっ?」
「わたしも、ほら」
「黄色……? さっきのシロップの色に染まってるのか?」
「そうそう。和泉守はブルーハワイで、わたしはレモンだから」
「……あんたってそういうの好きだよな」
「だって、面白いし」
以前、似たように舌の色が変わる駄菓子を買ってきて、短刀たちを驚かせたことがあった。そのことを言っているのだろう。
戦いの中にはユーモアも必要だ。彼らの息抜きになればいいと思って買ったジョークグッズ、あるいは昔懐かしい駄菓子たちのことを思い出した。
「でも嫌いじゃないでしょ」
「まあな」
手のひらで温められたかき氷は、一瞬でわたしたちの腹の中に収まってしまった。
「次はたい焼きでもどうだ?」
「ベビーカステラも食べたいんだけど」
「全部食えばいいだろ」
「気持ち悪くなっても知らないからね」
「人間の体ってのは不便な作りだな」
「でも、刀のままだと食べられないよ」
「……ま、そうだな」
わたしたちはふらふらと歩いて、目についた屋台を食べ歩き、くじ引きやだるま落としなんかのゲームでも遊んだ。しばらく歩き回っていると、荷物が増えた。お面だったり、水鉄砲だったり、おおよそ役に立たないおもちゃばかりが手に入った。
「ねえ、これどうしよっか」
「…………鶴丸あたりに渡したら喜ぶんじゃないか?」
ヨーヨーやら、大して音の出ない笛なんかの、妙に現実的な、ちゃちいプラスチックの景品で遊ぶ彼の姿を想像してしまった。
わたしたちがこうなのだから、きっと他の面々もこんなおもちゃを大量に持ち帰ってくるだろう。それで、溢れたおもちゃをどうするかで揉めるはずだ。なんとなく、予想がつく。
「くっそー、政府のくせに景品がしょぼすぎる!」
周りのことなんて気にせずに毒づいてみる。どうせなら、お米とか、和牛とか、ちょっと嬉しくなるような美味しいものがよかったのに。
時の政府とやらは、結構ケチなのかもしれない。
「結構言うじゃねえか」
「まあ、ね。和泉守以外の前ではこういうこと、あんま言っちゃいけない気がするし」
「オレで良いなら、なんでも言えよ」
普段なら茶化して誤魔化しそうなことでも、今回はそうしてはいけない気がした。恥ずかしいけれど、素直に感謝を伝えるべきだろうし。
「……ありがと。そうさせてもらおうかな」
和泉守は黙って頷くと、川の方へと歩き出した。
「花火、見ていくだろ」
「うん。一番いいところで見ようね」
「うし、任せとけ!」
一番いいところと言うと張り切るところが、なんとも和泉守らしいと思う。すでにまばらに集まっている男士たちの間を歩いて、一番綺麗に見える場所に検討をつけたらしく、小走りで人の波を避け、見つけた一等地でわたしを手招く。
「早く来いよ!」
同じような考えの人たちであたりはどんどん混み合ってきて、わたしのことを呼ぶ大きな声を頼りに、必死に人の波を渡り歩く。
土手の中ほどに彼はいた。対岸から打ち上がる花火がいつ始まるのか、みんなが興奮している。必死の思いでわたしはそこにたどり着いた。
「人、すごいね」
「だな」
空はもうすでに真っ暗に染まっていた。蝉の鳴き声と、屋台の賑わいと、いろんな匂いが混じって、ここがどこか違う世界にいるように見えた。
人の体温で汗が滲む。隣の和泉守を見上げてみれば、彼は涼しげな顔で空を見上げている。やはり、人の姿をしていても、彼は神なんだな、と思った。こんな暑苦しいなか、汗をかいているのは我々人間だけなように見えた。
「あっ!」
どこかで誰かが声を上げた。釣られて見上げれば、墨を垂らしたような空に、大きな大輪が咲いた。一つ、また一つと大きな音を立てて、花火が上がる。
「たまやー! かぎやー!」
なんだか気分が高まってきたので、わたしも叫んでみた。普段、こんなに大きな声を出すことはないから、少し胸がスッとした。
「あんた、威勢がいいな!」
「こういう時は、めいいっぱいはしゃぐのが礼儀!」
一際大きな花火があがって、拍手が沸いた。
夜空に目一杯開いた花火だ。火薬が空に飛び散って、その姿を目に焼き付けようと、わたしは目を大きく見開いた。
「綺麗だ」
小さな声で、和泉守がそう呟いたのを、わたしは聞き逃さなかった。普段からは考えられない、消えそうな声だったから。思わず、彼の横顔を見上げた。
瞳に、火花が反射して光っていた。磨りガラス越しに覗いたような花火の光を、目前で咲いた花と同じくらい、美しいと思った。吸い込まれるように右目を見つめていると、目があった。
「綺麗だね」
とわたしは言った。
「あんたが見せてくれたんだ」
と彼は言った。
それから、誰からというわけでもなく、手を繋いだ。握った手は冷たかった。
本丸に帰った後、わたしは浴衣を脱いで、個室でシャワーを浴びた。寝る前に、ふと思い立って、花火を注文した。来年も夏祭りに行けるとは限らない。なんとなく、そんな気がした。
隣の部屋で、和泉守が控えている。普段は鳴らさない呼び鈴を鳴らし、部屋にこなくていいから少し話をしてほしい。そう伝えた。
「和泉守、来年もまた祭りに行けるといいね」
「そうだな。そのためにも、オレたちが頑張らないと……」
そんなことを話したと思う。声だけだったので、彼がどんな顔でそんなことを言ったのかはわからない。今となっては、あの夏祭りも全て夢幻だったのではないかと思うくらいだ。
次の日から、またわたしたちは戦場の日常へ戻る。一時でも平和を享受できたのならこの祭りには意義があったのではないかと、わたしは思うのだ。
「ところでよ、くじ引きのおもちゃやらお面やらが一部屋埋まるくらいあるんだが、どうする?」
「あっ」
次から、おもちゃを景品にするのはやめていただきたい。
平たく言うと、こんな感じの文章が各本丸に一斉に公布されたようだ。本当はもっと堅苦しい、役所じみた文章だったが、そんなことはどうでも良い。
わたしはこの文書の内容を彼らにどう伝えようか、迷った。伝えれば、絶対に行きたいとほとんどの男士が言うに違いない。
任務への士気が上がるのなら、是非とも連れて行きたいというのがわたしの本音だが。
もう一度、要項に目を通す。場所は、政府の管理する敷地。多くの男士の来場が予想されるので、複数の日程を跨いで開催する。参加費は無償。会場の規模は、それなりに広い敷地を用意するらしい。盆踊り、軽食の屋台、花火など各種イベントを用意してお待ちしている云々。
刀帳の名簿を見返し、ため息をつく。我が本丸はそれなりの大所帯だ。そんな場所に全員連れて行って、無事で済むだろうか──
「そんなモン、俺らでどうにかできるだろ。普段の任務でも団体行動できてるぜ?」
近侍の和泉守は、そんな風に言う。彼にだけ、先んじて夏祭りのことを伝えてみれば、非常に軽く流された。
確かに、わたしが全ての面倒をみることはできない。彼ら自身に管理を任せるというアイデアは、なるほど悪くないように思えた。
「……わかった。和泉守に任せて本当に大丈夫なんだよね?」
「おう、任せとけ!」
和泉守は得意げに笑い、早速計画の準備に取り掛かるのか、わたしの書斎を後にした。
普段から、わたしの手となり足となり、本丸の運営の大黒柱の彼のことだ。まあ、どうにかなるだろう。
わたしはなんだか、責任から逃げている気がする。まあ、男士同士にしかわからない事情もあるだろうし、これで正解だと思い込んでおこう。歴史を動かすような任務をするわけでもないし、多分、大丈夫だ。多分。
実際、和泉守はよくやってくれたと思う。
今日は祭りの当日で、わたしは子供に同伴する保護者のような気持ちで、会場に足を運んでいた。本当は、彼らの方がわたしよりも何百歳と年上なのに。
大所帯の我が本丸は、いくつかのグループを作り、班行動をすることで率を取ることに成功したらしい。普段関わりのない男士同士の交流もできるだろうと、和泉守は自慢げに言った。
「学校の先生みたい」
「やめろやめろ、オレはそんなガラじゃねえ」
確かに、着流しに長髪の教師は今の世ではいないだろう。彼が教卓に立って、黒板に指示棒を突き刺す姿を想像し、ニヤニヤ笑ってしまう。案外、いい先生になったりするのかもしれない。
わたしたち以外にも、男士と一緒に出店を回っている審神者が多いようだ。大勢で学生のようにはしゃぐ若い審神者もいれば、川べりに腰掛けてかき氷を食べている集団もいる。それぞれの本丸の姿が、ここでは見れるようだった。
……そういえば、わたしたちは二人きりだ。
ふと隣に立つ和泉守を見つめれば、期待を込めて見つめられる。
「さぁて、どれから食おうか? それとも遊ぶか? オレとしてはこの揚げ物が気になるんだが」
「和泉守は、みんなと一緒に行かなくていいの?」
きっと、彼なら兄貴分ぶって、たくさんの刀剣を引き連れて遊びまわるものだと思っていた。今はわたしと二人きりだ。わたしとはいつも顔を合わせているし、別に面白くはないだろう。今からでも戻ればいい。わたしがそう言いかけた時だった。
「いや、今日はあんたと二人がいい」
「えっ」
「あんたと一緒に行きたかったんだ」
どう聞いても、冗談のようには聞こえなかった。
わたしが続きで言おうとしていた言葉を引っ込めざるをえなかった。真っ直ぐな瞳に見つめられて、どうにも言葉が出てこない。
和泉守が、わたしと二人で夏祭りに行きたがっていた。その事実に、今までの言動を思い出して、顔が熱くなる。わたしと一緒に回るために、リーダー役を買って出たということだろうか。そこまでして、わたしと。
「さっさと行こうぜ。祭りが終わっちまう」
そう言って彼が歩き出したので、わたしは慌ててついて行った。普段なら、わたしが先頭を歩き、彼がそれについてきてくれるのに、今回は違った。広い背中を見て、改めて彼の背がかなり高いことを思い出した。刀が男性の姿をしているということも。
顔を見られないから、今回はこれで助かった。暑さのせいだととごまかすには、顔が赤くなりすぎているから。
「和泉守、舌を出してみて」
素直に舌を出した彼の顔を見て、素直で可愛いなと思った。
「舌、真っ青」
「あぁっ?」
「わたしも、ほら」
「黄色……? さっきのシロップの色に染まってるのか?」
「そうそう。和泉守はブルーハワイで、わたしはレモンだから」
「……あんたってそういうの好きだよな」
「だって、面白いし」
以前、似たように舌の色が変わる駄菓子を買ってきて、短刀たちを驚かせたことがあった。そのことを言っているのだろう。
戦いの中にはユーモアも必要だ。彼らの息抜きになればいいと思って買ったジョークグッズ、あるいは昔懐かしい駄菓子たちのことを思い出した。
「でも嫌いじゃないでしょ」
「まあな」
手のひらで温められたかき氷は、一瞬でわたしたちの腹の中に収まってしまった。
「次はたい焼きでもどうだ?」
「ベビーカステラも食べたいんだけど」
「全部食えばいいだろ」
「気持ち悪くなっても知らないからね」
「人間の体ってのは不便な作りだな」
「でも、刀のままだと食べられないよ」
「……ま、そうだな」
わたしたちはふらふらと歩いて、目についた屋台を食べ歩き、くじ引きやだるま落としなんかのゲームでも遊んだ。しばらく歩き回っていると、荷物が増えた。お面だったり、水鉄砲だったり、おおよそ役に立たないおもちゃばかりが手に入った。
「ねえ、これどうしよっか」
「…………鶴丸あたりに渡したら喜ぶんじゃないか?」
ヨーヨーやら、大して音の出ない笛なんかの、妙に現実的な、ちゃちいプラスチックの景品で遊ぶ彼の姿を想像してしまった。
わたしたちがこうなのだから、きっと他の面々もこんなおもちゃを大量に持ち帰ってくるだろう。それで、溢れたおもちゃをどうするかで揉めるはずだ。なんとなく、予想がつく。
「くっそー、政府のくせに景品がしょぼすぎる!」
周りのことなんて気にせずに毒づいてみる。どうせなら、お米とか、和牛とか、ちょっと嬉しくなるような美味しいものがよかったのに。
時の政府とやらは、結構ケチなのかもしれない。
「結構言うじゃねえか」
「まあ、ね。和泉守以外の前ではこういうこと、あんま言っちゃいけない気がするし」
「オレで良いなら、なんでも言えよ」
普段なら茶化して誤魔化しそうなことでも、今回はそうしてはいけない気がした。恥ずかしいけれど、素直に感謝を伝えるべきだろうし。
「……ありがと。そうさせてもらおうかな」
和泉守は黙って頷くと、川の方へと歩き出した。
「花火、見ていくだろ」
「うん。一番いいところで見ようね」
「うし、任せとけ!」
一番いいところと言うと張り切るところが、なんとも和泉守らしいと思う。すでにまばらに集まっている男士たちの間を歩いて、一番綺麗に見える場所に検討をつけたらしく、小走りで人の波を避け、見つけた一等地でわたしを手招く。
「早く来いよ!」
同じような考えの人たちであたりはどんどん混み合ってきて、わたしのことを呼ぶ大きな声を頼りに、必死に人の波を渡り歩く。
土手の中ほどに彼はいた。対岸から打ち上がる花火がいつ始まるのか、みんなが興奮している。必死の思いでわたしはそこにたどり着いた。
「人、すごいね」
「だな」
空はもうすでに真っ暗に染まっていた。蝉の鳴き声と、屋台の賑わいと、いろんな匂いが混じって、ここがどこか違う世界にいるように見えた。
人の体温で汗が滲む。隣の和泉守を見上げてみれば、彼は涼しげな顔で空を見上げている。やはり、人の姿をしていても、彼は神なんだな、と思った。こんな暑苦しいなか、汗をかいているのは我々人間だけなように見えた。
「あっ!」
どこかで誰かが声を上げた。釣られて見上げれば、墨を垂らしたような空に、大きな大輪が咲いた。一つ、また一つと大きな音を立てて、花火が上がる。
「たまやー! かぎやー!」
なんだか気分が高まってきたので、わたしも叫んでみた。普段、こんなに大きな声を出すことはないから、少し胸がスッとした。
「あんた、威勢がいいな!」
「こういう時は、めいいっぱいはしゃぐのが礼儀!」
一際大きな花火があがって、拍手が沸いた。
夜空に目一杯開いた花火だ。火薬が空に飛び散って、その姿を目に焼き付けようと、わたしは目を大きく見開いた。
「綺麗だ」
小さな声で、和泉守がそう呟いたのを、わたしは聞き逃さなかった。普段からは考えられない、消えそうな声だったから。思わず、彼の横顔を見上げた。
瞳に、火花が反射して光っていた。磨りガラス越しに覗いたような花火の光を、目前で咲いた花と同じくらい、美しいと思った。吸い込まれるように右目を見つめていると、目があった。
「綺麗だね」
とわたしは言った。
「あんたが見せてくれたんだ」
と彼は言った。
それから、誰からというわけでもなく、手を繋いだ。握った手は冷たかった。
本丸に帰った後、わたしは浴衣を脱いで、個室でシャワーを浴びた。寝る前に、ふと思い立って、花火を注文した。来年も夏祭りに行けるとは限らない。なんとなく、そんな気がした。
隣の部屋で、和泉守が控えている。普段は鳴らさない呼び鈴を鳴らし、部屋にこなくていいから少し話をしてほしい。そう伝えた。
「和泉守、来年もまた祭りに行けるといいね」
「そうだな。そのためにも、オレたちが頑張らないと……」
そんなことを話したと思う。声だけだったので、彼がどんな顔でそんなことを言ったのかはわからない。今となっては、あの夏祭りも全て夢幻だったのではないかと思うくらいだ。
次の日から、またわたしたちは戦場の日常へ戻る。一時でも平和を享受できたのならこの祭りには意義があったのではないかと、わたしは思うのだ。
「ところでよ、くじ引きのおもちゃやらお面やらが一部屋埋まるくらいあるんだが、どうする?」
「あっ」
次から、おもちゃを景品にするのはやめていただきたい。
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