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単発SS
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リョウが天才だというのはこのわたしが一番よく知っていた。子供の時から同じリンクで滑ってたし、中学までは部活でも一緒だった。
いつも練習の後、市営のリンクからリョウのお母さんとわたしのお母さんが交互に送り迎えをしてくれた。リョウはわたしの隣に座るといつも無防備に頭をもたれさせて、居眠りを始める。だからわたしは寝ようにも眠ることができなくて――ずっと目を閉じないように必死だった。上京する時の新幹線でも、わたしが緊張で寝付けない間リョウは無神経なくらい堂々と眠っていたし、新横浜についても目が覚めないから、とても焦った。
エーデルローズに入った後も、わたしはこの幼馴染の面倒をみてあげなきゃいけないのか。なんて心配していたのも、今になってはバカな杞憂で。この前の夏休みもわたしは一人で空港に向かった。博多空港行きの便で、横にリョウはいない。
いつの間にかわたしは一人で滑っていた。
ただなんとなく、それが自然だとわたしは思った。さみしいとか辛いとか、マイナスな感情は不思議なことに全く湧いてくることはなかった。
同じ場所にいるのにわたしたちは離れ離れになってしまったけど、それでいい。寧ろ、わたしはいない方がリョウのためになるだろう。
「もう電話もしないで。話しかけないで」
「はぁ……?」
ざわ、と風が吹いた。わたしたちの距離――間に発生した空白を通り過ぎるように、大げさなまでに音を立てて。
そういう顔をしない方がいいよ。とか、おせっかいなアドバイスが無限に頭の中をグルグルしちゃって、これだとどっちが本物のアイドルかわからなくなってくる。自然体にこういうこと、できるようになればもっといいのに。わたしはできるようにならないとステージに上がれないと思うから。努めて笑顔で、怖くならないように彼を見つめる。
「せっかくデビューしたんでしょ。じゃあもう、辞めた方がいいと思う」
――こういうこと。と言いかけた口を閉じる。今こうしている間にも後ろに誰かがいて、リョウのことを貶めようとしているんじゃないかってわたしは気が気じゃなかった。
目の前にいるこの男は、自分の立場を理解していないのかわたしを見つめて、目を大きく見開いている。困惑した時にすぐ取り繕えないのはリョウの悪い癖だと思う。全部、全部気を付けないといけないのに。何にもわかっていない。
「何が……何を、なんだよ」
「リョウ、アイドルになるんでしょう。もう女の人とは喋らない方がいいって言ってるんだけど……。わからない?」
「なんだよ……それっ! 別にわざわざそんなことしなくたっていいだろ!」
「そういう口調も辞めて。トラブルだと思われたら、困るから」
「急にどうしたんだ……? 何か言われたとか、誰からの指示とか……」
「違うよ。全部わたしのわがまま。リョウには……才能があるんだから、くだらないところで無駄にしたらもったいないよ」
――なんでわかってくれないんだろう。
絶望的なまでに、リョウはアイドルというものを理解していないんだろう。
「わたしはリョウの汚点になりそう、だから。ダメ」
「そんなことない。お前は別に何もしてないし、俺たちに後ろめたいことなんて何もないだろ」
「ダメなんだよ。女と、男だから」
「…………」
ポケットから取り出した携帯を見せる。連絡先の一覧からリョウの番号は消してある。
「他の人はよくても、リョウはダメ。今すぐ消して」
「……おかしい。お前、どうかしてる……」
これくらい――学校で教えればいいのに。今までゴシップで失墜したスタァなんて星の数ほどいる。リョウは絶対に絶対に、女と付き合わないし誰のことも好きにならないし、問題は起こさない。わたしから見てもどれだけ真面目な人間なのか、わかってる。
その隣に、わたしという不純物はいらない。
かわいくて素敵で美しくて隙のない人間でいないとダメなんだ。完璧でないと、一番になれない。そして無駄だとわかっていてそばに置いておくメリットはない。わたしを切り捨てて、リョウにはトップになって欲しかった。
「本気だから。おかしくなっちゃうくらいじゃないと、ダメ。本気で一番になるんだったらわたしのいうことを聞いて。お願い」
わたしが何か言うたびに、リョウの少女漫画じみた顔が歪んでいく。本当にそういう顔、しない方がいいのに……。舞台のために、神様が特製にあつらえたような素敵な顔だ。もっと有効に使ってほしいと思う。
昔からリョウは綺麗だった。横で見ていて、時々壊れてしまうことを恐れて怖じ気づくくらいには。
こう思ってみたけれど、こっちの顔なんてもう、きっとひどいものだろう。彼に負けず劣らず、醜く歪んでどうしようもないくらいひどいはずだ。
リョウは何度も視線を行ったり来たりさせたり、しまいには大げさに頭を抱えて泣き出しそうなくらい悲しい目でわたしを見る。
「アレに……法月のやり方に染まったんだな」
「リョウには、絶対に一番になって欲しいから」
どうとでも言えばいい。わたしはリョウを一番にするためなら地獄にだって突き落とす。
「続いては、エーデルローズ所属、山田リョウ選手の登場です!」
「リョウくん映っとるよ、ほら!」
「…………」
ジャージの中に手を突っ込んで、痒い所をポリポリひっかいている最中での出来事だった。お母さんが大騒ぎではしゃいでいる横で、わたしはやけに冷静だった。
大げさだなぁ。と我が母の姿を横目に見ながら、わたしは画面いっぱいに映し出された幼馴染の姿を目に焼き付ける。
山田リョウはいつだって完璧で、今日だってミスなく最高のプリズムショーをしてくれる。そういう風にしかならないようになっている。
「あんたも東京ではリョウくんと一緒に滑っとったんやからねぇ……」
「んー」
母はいつもわたしが「習いごと」でどれだけ家庭の財政を圧迫させたか、という話をしきりにしてくる。だから実家にだけは戻りたくなかったけれど、今の時期だけは仕方がない。法事というどうしようもない理由で、わたしは福岡の――遠く遠く離れていた我が家に戻っていた。
リョウは上京してから一度も九州に戻っていない。忙しいのもあるし、大会に合わせるならそんなことをしている暇がないし、それに……。
(わたしがそうしろって言ったからなぁ)
……なんて、うぬぼれてみる。わたしと違ってリョウはもうアイドルだ。生きているだけでお金が稼げるし、一挙手一投足が世界を動かしている。
かくいうわたしもそうなろうとしていたけれど、勝負の世界は甘くない。女子プリズムショーのスタァとしての期限は、あっという間にわたしを現実へと引き戻す。……いや、実はずっと現実を見ていたけれど、ようやくそうだと認められるようになったのかもしれない。
「大学ん推薦決まったばってん、また東京なんやって?」
「だって、嫌だし……。こっちで就職するのも……ここから通えるところなんて限られてるじゃん」
「……じゃん? すっかり東京ん子気取り? リョウくんも長男なんにどげんするっちゃろうね」
さっきまであれほどリョウくんリョウくんと騒いでいた母も、急に冷静になってわたしにお小言を言ってくる。リョウはこれだけ頑張ってるのに、やっぱりプリズムの煌めきにも限界があるのだろうか。
「リョウは――、すごいんだよ。わたしなんかより、ずっと」
親一人どうにもできなかったわたしと違って、リョウは世界中の人を幸せにしている。画面越しに笑顔を振りまく姿を見ていると、自分のことみたいに誇らしかった。わたしは何も間違っていなかったって、そう思えるから。
家に知らない番号から電話がかかってきて、誰だろうと思っていたら、リョウだった。
「……久しぶり。この前の大会も見たよ。優勝おめでとう。とても素敵だった。よかったよ、本当に」
「見てたんだ」
「ごめんね。そっちまで見に行けなくて。今、実家でさぁ……って、知ってるからかけてきてるんだった。ごめん」
「……ううん。いい。気にしてない。忙しいだろうし」
何年かぶりにわたしに向けられた声は、驚くほど変わっていなかった。実際には変わってしまったのかもしれないけれど、わたしが知る、テレビから聞こえてくる山田リョウの声とは寸分も違っていないように聞こえた。
「リョウだって忙しいでしょ。仕事とか、大丈夫? 毎日ちゃんと寝てる?」
「なんか、母親みたいだな」
「あははっ。何それ」
普通の会話だった。優しくて、昔に戻ったみたいで……。わたしは礼儀正しい人が好きで、リョウはその点わたしに嫌な思いをさせることはない。もう二度と話しかけないで欲しいなんて、めちゃくちゃなことを言った後とは思えない会話だ。
「リョウ、よく電話してきてくれたね」
「……別に電話したら死ぬとか、そういうことでもないしな」
「でも律儀に守ってたんだね」
「お前に嫌われたくないから」
「……わたしのお願い、ちゃんと意味があったでしょう?」
実家の古い固定電話につながった有線の部分をくるくる指でいじくっていると、不思議と興奮が落ち着いてくるようだった。わたしはあれから毎週のように週刊誌をチェックしていた。何かあるとすぐにすっぱ抜かれる世の中で、女性問題はとりわけ大きい。
「リョウはね、一番になれるって思ってたよ」
何もない人間に無理を強いてやろうなんて思わない。ゴシップも悪い噂もなく、リョウは清純で可愛いアイドルとして立派に成功している。
「今だってちゃんと、個室で話してるよね。……わたしはリョウが頑張ってるってわかってるから。一番わかってるの。リョウがどれだけすごい人なのか、ずっと見てたからね」
「一番……。まぁ間違ってないだろうけどさ」
「好きだよ」
「…………そう」
向こうで彼が動揺したのが、わかった。普段どれだけ愛してると言ってもラブソングを歌っても、こういうところは擦れていないみたいで安心した。
「頑張ってるリョウのことが好きだから、ずっと頑張ってね」
「俺は、お前のプリズムショーも好き、だけどな」
「うん。わたしもプリズムショー、嫌いじゃないよ」
これは本当。そもそもわたしはリョウの前でいらない嘘なんてついたことはないけど。
「――そうだよな。わかってる」
「昔からずっと好きだよ。本当だよ? でもリョウの方が好きだから、もっとキラキラしてるところが見たいなって思うんだ。だから東京にはちゃんと戻ってくるって」
「ああ」
戻ってきたところで、何をすればいいのかわからないけど。とにかくここからは早く出ていきたかった。そのためには、わたしは滑らないといけないんだなって思うと、ちょっと面倒だけど。嫌いっていうほどでもないかな。
「あっちではちゃんと、名字で呼んでね」
「わかってる。今更そんなミスするわけないだろ」
「ありがとう。わたしは頑張ってるリョウのことが好きだから。ずっと見てる。頑張って」
ただでさえ頑張ってる人にもっと頑張ってほしいなんて言うのは、エゴだろうなって思う。
でも、リョウは頑張れる人だから。もっと輝ける人だと思うから。わたしよりすごい人だから。
「そっちもな」
「うん」
素敵な人を見て、どうやったらそんな風になれるんだろうって、最後に考えたのって小学生の時だった気がする。
いつも練習の後、市営のリンクからリョウのお母さんとわたしのお母さんが交互に送り迎えをしてくれた。リョウはわたしの隣に座るといつも無防備に頭をもたれさせて、居眠りを始める。だからわたしは寝ようにも眠ることができなくて――ずっと目を閉じないように必死だった。上京する時の新幹線でも、わたしが緊張で寝付けない間リョウは無神経なくらい堂々と眠っていたし、新横浜についても目が覚めないから、とても焦った。
エーデルローズに入った後も、わたしはこの幼馴染の面倒をみてあげなきゃいけないのか。なんて心配していたのも、今になってはバカな杞憂で。この前の夏休みもわたしは一人で空港に向かった。博多空港行きの便で、横にリョウはいない。
いつの間にかわたしは一人で滑っていた。
ただなんとなく、それが自然だとわたしは思った。さみしいとか辛いとか、マイナスな感情は不思議なことに全く湧いてくることはなかった。
同じ場所にいるのにわたしたちは離れ離れになってしまったけど、それでいい。寧ろ、わたしはいない方がリョウのためになるだろう。
「もう電話もしないで。話しかけないで」
「はぁ……?」
ざわ、と風が吹いた。わたしたちの距離――間に発生した空白を通り過ぎるように、大げさなまでに音を立てて。
そういう顔をしない方がいいよ。とか、おせっかいなアドバイスが無限に頭の中をグルグルしちゃって、これだとどっちが本物のアイドルかわからなくなってくる。自然体にこういうこと、できるようになればもっといいのに。わたしはできるようにならないとステージに上がれないと思うから。努めて笑顔で、怖くならないように彼を見つめる。
「せっかくデビューしたんでしょ。じゃあもう、辞めた方がいいと思う」
――こういうこと。と言いかけた口を閉じる。今こうしている間にも後ろに誰かがいて、リョウのことを貶めようとしているんじゃないかってわたしは気が気じゃなかった。
目の前にいるこの男は、自分の立場を理解していないのかわたしを見つめて、目を大きく見開いている。困惑した時にすぐ取り繕えないのはリョウの悪い癖だと思う。全部、全部気を付けないといけないのに。何にもわかっていない。
「何が……何を、なんだよ」
「リョウ、アイドルになるんでしょう。もう女の人とは喋らない方がいいって言ってるんだけど……。わからない?」
「なんだよ……それっ! 別にわざわざそんなことしなくたっていいだろ!」
「そういう口調も辞めて。トラブルだと思われたら、困るから」
「急にどうしたんだ……? 何か言われたとか、誰からの指示とか……」
「違うよ。全部わたしのわがまま。リョウには……才能があるんだから、くだらないところで無駄にしたらもったいないよ」
――なんでわかってくれないんだろう。
絶望的なまでに、リョウはアイドルというものを理解していないんだろう。
「わたしはリョウの汚点になりそう、だから。ダメ」
「そんなことない。お前は別に何もしてないし、俺たちに後ろめたいことなんて何もないだろ」
「ダメなんだよ。女と、男だから」
「…………」
ポケットから取り出した携帯を見せる。連絡先の一覧からリョウの番号は消してある。
「他の人はよくても、リョウはダメ。今すぐ消して」
「……おかしい。お前、どうかしてる……」
これくらい――学校で教えればいいのに。今までゴシップで失墜したスタァなんて星の数ほどいる。リョウは絶対に絶対に、女と付き合わないし誰のことも好きにならないし、問題は起こさない。わたしから見てもどれだけ真面目な人間なのか、わかってる。
その隣に、わたしという不純物はいらない。
かわいくて素敵で美しくて隙のない人間でいないとダメなんだ。完璧でないと、一番になれない。そして無駄だとわかっていてそばに置いておくメリットはない。わたしを切り捨てて、リョウにはトップになって欲しかった。
「本気だから。おかしくなっちゃうくらいじゃないと、ダメ。本気で一番になるんだったらわたしのいうことを聞いて。お願い」
わたしが何か言うたびに、リョウの少女漫画じみた顔が歪んでいく。本当にそういう顔、しない方がいいのに……。舞台のために、神様が特製にあつらえたような素敵な顔だ。もっと有効に使ってほしいと思う。
昔からリョウは綺麗だった。横で見ていて、時々壊れてしまうことを恐れて怖じ気づくくらいには。
こう思ってみたけれど、こっちの顔なんてもう、きっとひどいものだろう。彼に負けず劣らず、醜く歪んでどうしようもないくらいひどいはずだ。
リョウは何度も視線を行ったり来たりさせたり、しまいには大げさに頭を抱えて泣き出しそうなくらい悲しい目でわたしを見る。
「アレに……法月のやり方に染まったんだな」
「リョウには、絶対に一番になって欲しいから」
どうとでも言えばいい。わたしはリョウを一番にするためなら地獄にだって突き落とす。
「続いては、エーデルローズ所属、山田リョウ選手の登場です!」
「リョウくん映っとるよ、ほら!」
「…………」
ジャージの中に手を突っ込んで、痒い所をポリポリひっかいている最中での出来事だった。お母さんが大騒ぎではしゃいでいる横で、わたしはやけに冷静だった。
大げさだなぁ。と我が母の姿を横目に見ながら、わたしは画面いっぱいに映し出された幼馴染の姿を目に焼き付ける。
山田リョウはいつだって完璧で、今日だってミスなく最高のプリズムショーをしてくれる。そういう風にしかならないようになっている。
「あんたも東京ではリョウくんと一緒に滑っとったんやからねぇ……」
「んー」
母はいつもわたしが「習いごと」でどれだけ家庭の財政を圧迫させたか、という話をしきりにしてくる。だから実家にだけは戻りたくなかったけれど、今の時期だけは仕方がない。法事というどうしようもない理由で、わたしは福岡の――遠く遠く離れていた我が家に戻っていた。
リョウは上京してから一度も九州に戻っていない。忙しいのもあるし、大会に合わせるならそんなことをしている暇がないし、それに……。
(わたしがそうしろって言ったからなぁ)
……なんて、うぬぼれてみる。わたしと違ってリョウはもうアイドルだ。生きているだけでお金が稼げるし、一挙手一投足が世界を動かしている。
かくいうわたしもそうなろうとしていたけれど、勝負の世界は甘くない。女子プリズムショーのスタァとしての期限は、あっという間にわたしを現実へと引き戻す。……いや、実はずっと現実を見ていたけれど、ようやくそうだと認められるようになったのかもしれない。
「大学ん推薦決まったばってん、また東京なんやって?」
「だって、嫌だし……。こっちで就職するのも……ここから通えるところなんて限られてるじゃん」
「……じゃん? すっかり東京ん子気取り? リョウくんも長男なんにどげんするっちゃろうね」
さっきまであれほどリョウくんリョウくんと騒いでいた母も、急に冷静になってわたしにお小言を言ってくる。リョウはこれだけ頑張ってるのに、やっぱりプリズムの煌めきにも限界があるのだろうか。
「リョウは――、すごいんだよ。わたしなんかより、ずっと」
親一人どうにもできなかったわたしと違って、リョウは世界中の人を幸せにしている。画面越しに笑顔を振りまく姿を見ていると、自分のことみたいに誇らしかった。わたしは何も間違っていなかったって、そう思えるから。
家に知らない番号から電話がかかってきて、誰だろうと思っていたら、リョウだった。
「……久しぶり。この前の大会も見たよ。優勝おめでとう。とても素敵だった。よかったよ、本当に」
「見てたんだ」
「ごめんね。そっちまで見に行けなくて。今、実家でさぁ……って、知ってるからかけてきてるんだった。ごめん」
「……ううん。いい。気にしてない。忙しいだろうし」
何年かぶりにわたしに向けられた声は、驚くほど変わっていなかった。実際には変わってしまったのかもしれないけれど、わたしが知る、テレビから聞こえてくる山田リョウの声とは寸分も違っていないように聞こえた。
「リョウだって忙しいでしょ。仕事とか、大丈夫? 毎日ちゃんと寝てる?」
「なんか、母親みたいだな」
「あははっ。何それ」
普通の会話だった。優しくて、昔に戻ったみたいで……。わたしは礼儀正しい人が好きで、リョウはその点わたしに嫌な思いをさせることはない。もう二度と話しかけないで欲しいなんて、めちゃくちゃなことを言った後とは思えない会話だ。
「リョウ、よく電話してきてくれたね」
「……別に電話したら死ぬとか、そういうことでもないしな」
「でも律儀に守ってたんだね」
「お前に嫌われたくないから」
「……わたしのお願い、ちゃんと意味があったでしょう?」
実家の古い固定電話につながった有線の部分をくるくる指でいじくっていると、不思議と興奮が落ち着いてくるようだった。わたしはあれから毎週のように週刊誌をチェックしていた。何かあるとすぐにすっぱ抜かれる世の中で、女性問題はとりわけ大きい。
「リョウはね、一番になれるって思ってたよ」
何もない人間に無理を強いてやろうなんて思わない。ゴシップも悪い噂もなく、リョウは清純で可愛いアイドルとして立派に成功している。
「今だってちゃんと、個室で話してるよね。……わたしはリョウが頑張ってるってわかってるから。一番わかってるの。リョウがどれだけすごい人なのか、ずっと見てたからね」
「一番……。まぁ間違ってないだろうけどさ」
「好きだよ」
「…………そう」
向こうで彼が動揺したのが、わかった。普段どれだけ愛してると言ってもラブソングを歌っても、こういうところは擦れていないみたいで安心した。
「頑張ってるリョウのことが好きだから、ずっと頑張ってね」
「俺は、お前のプリズムショーも好き、だけどな」
「うん。わたしもプリズムショー、嫌いじゃないよ」
これは本当。そもそもわたしはリョウの前でいらない嘘なんてついたことはないけど。
「――そうだよな。わかってる」
「昔からずっと好きだよ。本当だよ? でもリョウの方が好きだから、もっとキラキラしてるところが見たいなって思うんだ。だから東京にはちゃんと戻ってくるって」
「ああ」
戻ってきたところで、何をすればいいのかわからないけど。とにかくここからは早く出ていきたかった。そのためには、わたしは滑らないといけないんだなって思うと、ちょっと面倒だけど。嫌いっていうほどでもないかな。
「あっちではちゃんと、名字で呼んでね」
「わかってる。今更そんなミスするわけないだろ」
「ありがとう。わたしは頑張ってるリョウのことが好きだから。ずっと見てる。頑張って」
ただでさえ頑張ってる人にもっと頑張ってほしいなんて言うのは、エゴだろうなって思う。
でも、リョウは頑張れる人だから。もっと輝ける人だと思うから。わたしよりすごい人だから。
「そっちもな」
「うん」
素敵な人を見て、どうやったらそんな風になれるんだろうって、最後に考えたのって小学生の時だった気がする。