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単発SS
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どこでもいいといってしまった。彼女が「行きたい」って言ったところなら、どこでも。なぜならそれが彼氏として自分がやるべき当然のことで、好きな子がアレをやりたいコレをしてみたいって言ったらトーゼンやってあげるのが当たり前だろ、って。
好きだから。
どんなに長い列にだって文句を言わずに並ぶし、よく知らないようなアーティストのイベントにだってついて行った。チケットも自腹で。理由は愛しているから。それに尽きる。それ以上でもそれ以下でもなく、男として当然。
義務だから。
好きな相手と一緒にいて、彼女が笑っていて、ハッピーじゃないなら何になるんだろう。二郎は街行く人間や兄弟で営む家業に持ち込まれる男女間の諍い――争いやパートナーへの恨み辛みを漠然と眺めながら、俺だったら絶対にそんなことにならないし、思うような相手とは付き合ったりしないと考えていた。
人には人の事情がある。尊敬する兄にそんな風に教えられて育った彼は、決してそんなことを他人に漏らしたりはしなかったのだが。
愛してる人が思うように生きられて、幸せなら自分はそれでいい。そんな人の隣で俺も笑ってる彼女が見れるなら、ラッキーだ。
――という風に考えるようにしている。複雑な思考は自分の領分ではない。
好きなようにやらせてあげたい。ヤバい束縛とか……犯罪まがいの、そういうのは抜きで。なるべく……。
それが正しいことであると理解しているのだが、正論というのは必死になっている人間にはあまり届かないものだった。現在、二郎が感じている微妙な感情というのは、単純に言い表すまでもなく完全に嫉妬だった。
こういう時、兄ならどうするのだろう……。
困った時にいつもそうするように二郎は漠然と一郎の顔を思い浮かべたが、現在二次元にのみ傾倒する兄からは、恋愛ゲームから引用されたアドバイスしか頂けないだろう――というまったく役に立たない結論に達して、彼の緩やかな思考は止まった。
「二郎くん! 見てよこれ! ポッセの広告が一面だよ!」
「あ~……。うん。そうだな」
(ナマエ、すげぇはしゃいでるな……)
イケブクロから山手線の内回りで十五分。大した距離ではない。今週のはじめに「週末に行きたいところがあるんだよね」などと言われて浮かれていたのが馬鹿らしいと思えてしまう。
シブヤはポッセのホーム。そんな当たり前のことが今は恨めしい。ナマエの飴村乱数に対する感情が、ファンのそれであるということは二郎も承知の上だが、それでもやはり彼氏として、手放しに「はしゃいでる彼女かわいい♡」などと喜べるわけではなかった。
シブヤの駅前にある巨大なスクリーンをはじめとして、商業施設の壁面に貼られたポスター、街灯にぶら下げられた吊り広告――など至るところに乱数の顔がある。
その周囲にはナマエのようなポッセのファンたちが集まって、記念撮影に興じるなどして盛り上がっていた。当然ではあるが、二郎にとってはアウェイな場所だ。できれば長居はしたくはない……。
「乱数ちゃんすごい……。解像度高い……」
ナマエは早速スマホを取り出し、ポスターの前でアクリルスタンドの乱数と写真の乱数を並べて撮影に勤しんでいた。
二郎はじっと引き延ばされた乱数の顔を見つめる。確かに印刷は綺麗だ。だけど、それが何?
本物の飴村乱数と知り合いで、会おうと思えば会えるくせに、わざわざこんなプリントアウトされた画像と向き合って必死になっている。……馬鹿げているとすら思える。
「かわいい……。二郎くん見てよ、この衣装も乱数がデザインしたんだって!」
「まぁ、あいつの本業ってそっちだしな」
「わたしもほしい! ユニセックスだし買っちゃおうかな」
「……好きにすれば」
思わず突き放すような口調でそう言ってしまった。
(や、やっべぇ……! ちょっとキツかったか、俺……)
しかしナマエは特段気にするような様子もなく、新たなグッズをさらに取り出し、撮影に必死になっていた。
「…………」
(俺、ここにいない方がいいよな。邪魔になるし)
この空間でただ突っ立っているのは二郎一人だけだった。道行く通行人とナマエと同じように撮影に夢中なファンからの視線が、妙に痛々しい。
――明らかに彼女の付き添いで来ている男・しかもイケブクロの山田二郎がシブヤに。
人々から自分はそのように見られているのだろうと、容易に想像がつく。一刻も早くこの場から立ち去りたい。二郎が若干胃をキリキリとさせながらそう願っていると、ナマエが近寄ってきた。
「二郎くん、撮って」
差し出されたスマホを素直に受け取る。
「あ~、これと……?」
ツーショットを撮ってほしいということだろう。……それ以外あり得ない。
ナマエと付き合いだしてから、二郎は写真を撮るのが上手くなった……というかそういう風に褒められているのでそうだと思っている。
「うん。いつもみたいにかわいく撮ってね」
「了解!」
(これがちゃんと彼氏の本領発揮ってやつだよな~……!)
やっと自分にターンが回ってきたことが嬉しくて多少心が弾んだが、キメ顔でポーズをとる乱数の顔を見ていると浮き上がっていた物が一気に沈んでしまった。脚が長く見えるポーズで乱数の隣に立つナマエは、ネイルも似合ってるし朝早く起きてセットしたであろう髪型も可愛い。大好きだ。
けれどそれも、巨大な乱数とツーショットを撮るために整えられたのだと思うと、あまりいい気分にはならない。
「ねー、早くしてよっ!」
二郎は慣れた手つきでカメラの設定を変更すると、地面に膝をついてナマエの姿を収めた。
「ん……。これは」
「どう? 盛れてるよな?」
「乱数ちゃんが全然入ってないじゃん……」
受け取ったデータを見てナマエは眉を顰めた。
「二郎くん、ちゃんと撮ってよ!」
「……ごめん」
「また順番並び直さないと……」
昼時ということもあってか、ポッセの巨大広告の前には結構な人数のファンが集まっていた。中でもフォトスポットよろしく並んでいる等身大の一面広告の前には、好きなメンバーとツーショットを撮ろうとするファンで列が形成されていた。
列自体は大した人数ではないのだが、再びその最後尾に加わると、一時の嫉妬で面倒な時間が増えてしまったことへの後悔がつのった。外は太陽が照りつけていて、暑かった。
「あっ、次わたしたちの番!」
ナマエは先ほどと同じように、当然のように「乱数ちゃん」の横に立ち、インスタで見た可愛いポーズを決めている。
「んじゃ、はい、チーズ」
二郎は事務的にカメラを向けた。最早早く終わってくれという感情しかなかった。
「……二郎くん、撮ってくれてありがと」
「ん…………」
ナマエは撮影データを見て少し黙り込んだ。
「…………」
カフェの中は若い女性の集団で埋め尽くされていた。ピンクと水色を基調としたカラフルな内装の中で男性の数は少ない。
ナマエとの付き合いで「かわいい」店に足を運ぶことは多かったが、今回はそんな中で最もアウェイだと感じる。なぜなら――
「こちら、Fling Posseとのコラボプレートです。そしてこちらのお客様にも……」
「わぁ! ありがとうございます」
「アリガトウゴザイマス……」
「ごゆっくりどうぞ~」
喉が渇いたし休憩でも、と入った店が再びポッセのテリトリーだった。二人が入店した後、外には長蛇の列が形成されている。
「早めに入って正解だったね」
「あぁ……うん」
ナマエは事前に何もかも調べてきていたらしい。このカフェに入ってFling Posseとのコラボメニューを食べる。それが今日の目標の一つで二郎を連れ回している理由だった。
「コースター、ほら」
「おぉ……。有栖川帝統かぁ」
こういうフードファイト要因でどこかに連れて行かされるのは、兄の関係でよくあることだった。
(俺、食べるのは全然好きだけどさぁ……)
そこそこ種類のあるポッセのコラボメニューを眺めながら、二郎はランダムな絵柄に一喜一憂する彼女を見つめる。くるくるとよく変わる表情は小動物みたいで、かわいいと思う。
(他人相手だとあんま笑わないしな……)
普段の人見知りで、相手に無愛想だという印章すら抱かせそうなナマエの顔と、二郎の前で見せる年相応にはしゃぐ姿のギャップが結構――というかかなり好きだった。どれだけ見ても、何回顔をあわせても飽きない彼女。付き合えて最高、のはず……。
「あっ、もう撮れたから食べていいよ。待っててくれてありがとう」
「うん。じゃあ、いただきます」
ポッセのメニューの中でも乱数がプロデュースしたらしい、如何にもシブヤ系という感じのグロテスク――でもこういうのがかわいいと女の子の間では人気らしい――な色のパスタやらスイーツは全部ナマエにパスした。
二郎はかろうじて普通っぽい見た目の夢野の定食を口に運びながら、明らかにゲテモノを食べているとしか思えないナマエの顔をじっと見つめる。
「なに? 何かついてる?」
「それ、すげえ色……」
「……アメリカのお菓子ってこういう色してるよね」
食べ物への色彩感覚に関しては二人とも同じセンスらしい。
「でもこれ、食べると普通の味なんだよ」
「食紅?」
「かなぁ……?」
こんな時に三郎がいれば、したり顔で解説の一つでもしてくれただろう。食べ物の色に関して気にならないわけではないが、わざわざ検索して調べるほど気になったわけでもないので、二人の会話はすぐに途切れた。
二郎は周囲の人々を再度観察する。狭い店内に満員の客。その中でもカップルは二組ほどいたが、両方ともポッセのファンであるらしく、完全に付き添いで来ているのは二郎一人だけだった。
店の雰囲気も、シブヤの空気も、この空間すべてが二郎を異物であるかのように仕立て上げる。事情が事情なのでいつも通りに併合するわけにもいかず、不味くはないが取り立てて美味しいというわけでもない食べ物に口をつける。
(このメニューに二千五百円? 嘘だろ……)
などと考えても決して口にできるような雰囲気ではなかった。
「二郎君、どうしたの? お腹痛い?」
「いや、なんでもない」
食べる手が止まり、しばらく固まっていた二郎にナマエの心配そうな目線が投げかけられる。
「なんか、付き合わせてごめんね。楽しくないよね、こういうの……」
「……いや、そういうのじゃなくて」
途端に周囲の空気が全身にのし掛かってきたように、身体が重くなった。二人の間に流れる膠着したような空気と相反するように、店内に流れるFling PosseのBGMがやけに大きく聞こえる。
「でもわたし、二郎くんと来たかったから」
「え、俺……?」
「ポッセのコラボだからっていうのもあるけど、ここ、前にオシャレだねって二郎くんが言ってくれた店なんだよ?」
(……!? マジかよ……っ!)
まったく記憶になかった。二人でダラダラとSNSを見ながら喋るのはいつもの話で、お洒落なカフェなんて東京にはありふれている。その時の流れでなんとなく……ノリで言った言葉だったのだろう。
「ご、ごめん……。バズってた店とかそういうの、あんまり覚えられなくて」
「いいの。わたしが二郎くんと行きたいところは全部覚えてるから」
「そんなに全部、俺のために……?」
「うん。だってわたし、二郎くんのことが一番好きだから」
照れることも誤魔化すこともなく、ナマエは真っ直ぐに言い放った。
顔に熱が集まっていくのがわかる。こんなに堂々としている彼女が、格好いいとすら思えた。清々しいまでにナマエの目線は真っ直ぐ二郎に向けられている。
「え、あ、はは……。すげえ嬉しい……」
「そうだよ。ファンとしての隙と彼氏への好きは違うからね」
「…………う、うん。分かってるんだけどさ、俺結構……」
「分かってる。わたしも二郎くんが他の女にキャーキャー言ってたらムカつくと思う!」
「……」
「でもわたし、飴村乱数の音楽が……あの人の生き方が好きなんだよね。悪いけど許してね」
「うん。うん、いいよ。いくらでも……」
「……」
二郎は完全にナマエの言葉のせいで浮き足立っていた。飴村乱数がどうとか聞こえた気がしたけれど、たぶん空耳だ。
それよりも、ナマエが自分のことを「一番」だと言ってくれたことの方が何倍も重要で、それ以外はどうでもいいことだった。
(俺、今日ここに来てよかった……!)
「イケブクロでこういうのやったら、みんな喜ぶかな……」
「うん、需要はあると思うよ。せっかく来たんだし、メニューとか参考にしてみたら?」
「え、えぇ……。こういう色のやつをファンの人はほしがるのか?」
「……見た目は二郎くんらしい方がいいんじゃないかな。これ系は乱数の特権、っていうか……」
そう言いながら目玉の形のスイーツをつついて、ナマエは苦笑いをした。柔らかいビートに会わせて、時間はゆっくりと流れていく。
好きだから。
どんなに長い列にだって文句を言わずに並ぶし、よく知らないようなアーティストのイベントにだってついて行った。チケットも自腹で。理由は愛しているから。それに尽きる。それ以上でもそれ以下でもなく、男として当然。
義務だから。
好きな相手と一緒にいて、彼女が笑っていて、ハッピーじゃないなら何になるんだろう。二郎は街行く人間や兄弟で営む家業に持ち込まれる男女間の諍い――争いやパートナーへの恨み辛みを漠然と眺めながら、俺だったら絶対にそんなことにならないし、思うような相手とは付き合ったりしないと考えていた。
人には人の事情がある。尊敬する兄にそんな風に教えられて育った彼は、決してそんなことを他人に漏らしたりはしなかったのだが。
愛してる人が思うように生きられて、幸せなら自分はそれでいい。そんな人の隣で俺も笑ってる彼女が見れるなら、ラッキーだ。
――という風に考えるようにしている。複雑な思考は自分の領分ではない。
好きなようにやらせてあげたい。ヤバい束縛とか……犯罪まがいの、そういうのは抜きで。なるべく……。
それが正しいことであると理解しているのだが、正論というのは必死になっている人間にはあまり届かないものだった。現在、二郎が感じている微妙な感情というのは、単純に言い表すまでもなく完全に嫉妬だった。
こういう時、兄ならどうするのだろう……。
困った時にいつもそうするように二郎は漠然と一郎の顔を思い浮かべたが、現在二次元にのみ傾倒する兄からは、恋愛ゲームから引用されたアドバイスしか頂けないだろう――というまったく役に立たない結論に達して、彼の緩やかな思考は止まった。
「二郎くん! 見てよこれ! ポッセの広告が一面だよ!」
「あ~……。うん。そうだな」
(ナマエ、すげぇはしゃいでるな……)
イケブクロから山手線の内回りで十五分。大した距離ではない。今週のはじめに「週末に行きたいところがあるんだよね」などと言われて浮かれていたのが馬鹿らしいと思えてしまう。
シブヤはポッセのホーム。そんな当たり前のことが今は恨めしい。ナマエの飴村乱数に対する感情が、ファンのそれであるということは二郎も承知の上だが、それでもやはり彼氏として、手放しに「はしゃいでる彼女かわいい♡」などと喜べるわけではなかった。
シブヤの駅前にある巨大なスクリーンをはじめとして、商業施設の壁面に貼られたポスター、街灯にぶら下げられた吊り広告――など至るところに乱数の顔がある。
その周囲にはナマエのようなポッセのファンたちが集まって、記念撮影に興じるなどして盛り上がっていた。当然ではあるが、二郎にとってはアウェイな場所だ。できれば長居はしたくはない……。
「乱数ちゃんすごい……。解像度高い……」
ナマエは早速スマホを取り出し、ポスターの前でアクリルスタンドの乱数と写真の乱数を並べて撮影に勤しんでいた。
二郎はじっと引き延ばされた乱数の顔を見つめる。確かに印刷は綺麗だ。だけど、それが何?
本物の飴村乱数と知り合いで、会おうと思えば会えるくせに、わざわざこんなプリントアウトされた画像と向き合って必死になっている。……馬鹿げているとすら思える。
「かわいい……。二郎くん見てよ、この衣装も乱数がデザインしたんだって!」
「まぁ、あいつの本業ってそっちだしな」
「わたしもほしい! ユニセックスだし買っちゃおうかな」
「……好きにすれば」
思わず突き放すような口調でそう言ってしまった。
(や、やっべぇ……! ちょっとキツかったか、俺……)
しかしナマエは特段気にするような様子もなく、新たなグッズをさらに取り出し、撮影に必死になっていた。
「…………」
(俺、ここにいない方がいいよな。邪魔になるし)
この空間でただ突っ立っているのは二郎一人だけだった。道行く通行人とナマエと同じように撮影に夢中なファンからの視線が、妙に痛々しい。
――明らかに彼女の付き添いで来ている男・しかもイケブクロの山田二郎がシブヤに。
人々から自分はそのように見られているのだろうと、容易に想像がつく。一刻も早くこの場から立ち去りたい。二郎が若干胃をキリキリとさせながらそう願っていると、ナマエが近寄ってきた。
「二郎くん、撮って」
差し出されたスマホを素直に受け取る。
「あ~、これと……?」
ツーショットを撮ってほしいということだろう。……それ以外あり得ない。
ナマエと付き合いだしてから、二郎は写真を撮るのが上手くなった……というかそういう風に褒められているのでそうだと思っている。
「うん。いつもみたいにかわいく撮ってね」
「了解!」
(これがちゃんと彼氏の本領発揮ってやつだよな~……!)
やっと自分にターンが回ってきたことが嬉しくて多少心が弾んだが、キメ顔でポーズをとる乱数の顔を見ていると浮き上がっていた物が一気に沈んでしまった。脚が長く見えるポーズで乱数の隣に立つナマエは、ネイルも似合ってるし朝早く起きてセットしたであろう髪型も可愛い。大好きだ。
けれどそれも、巨大な乱数とツーショットを撮るために整えられたのだと思うと、あまりいい気分にはならない。
「ねー、早くしてよっ!」
二郎は慣れた手つきでカメラの設定を変更すると、地面に膝をついてナマエの姿を収めた。
「ん……。これは」
「どう? 盛れてるよな?」
「乱数ちゃんが全然入ってないじゃん……」
受け取ったデータを見てナマエは眉を顰めた。
「二郎くん、ちゃんと撮ってよ!」
「……ごめん」
「また順番並び直さないと……」
昼時ということもあってか、ポッセの巨大広告の前には結構な人数のファンが集まっていた。中でもフォトスポットよろしく並んでいる等身大の一面広告の前には、好きなメンバーとツーショットを撮ろうとするファンで列が形成されていた。
列自体は大した人数ではないのだが、再びその最後尾に加わると、一時の嫉妬で面倒な時間が増えてしまったことへの後悔がつのった。外は太陽が照りつけていて、暑かった。
「あっ、次わたしたちの番!」
ナマエは先ほどと同じように、当然のように「乱数ちゃん」の横に立ち、インスタで見た可愛いポーズを決めている。
「んじゃ、はい、チーズ」
二郎は事務的にカメラを向けた。最早早く終わってくれという感情しかなかった。
「……二郎くん、撮ってくれてありがと」
「ん…………」
ナマエは撮影データを見て少し黙り込んだ。
「…………」
カフェの中は若い女性の集団で埋め尽くされていた。ピンクと水色を基調としたカラフルな内装の中で男性の数は少ない。
ナマエとの付き合いで「かわいい」店に足を運ぶことは多かったが、今回はそんな中で最もアウェイだと感じる。なぜなら――
「こちら、Fling Posseとのコラボプレートです。そしてこちらのお客様にも……」
「わぁ! ありがとうございます」
「アリガトウゴザイマス……」
「ごゆっくりどうぞ~」
喉が渇いたし休憩でも、と入った店が再びポッセのテリトリーだった。二人が入店した後、外には長蛇の列が形成されている。
「早めに入って正解だったね」
「あぁ……うん」
ナマエは事前に何もかも調べてきていたらしい。このカフェに入ってFling Posseとのコラボメニューを食べる。それが今日の目標の一つで二郎を連れ回している理由だった。
「コースター、ほら」
「おぉ……。有栖川帝統かぁ」
こういうフードファイト要因でどこかに連れて行かされるのは、兄の関係でよくあることだった。
(俺、食べるのは全然好きだけどさぁ……)
そこそこ種類のあるポッセのコラボメニューを眺めながら、二郎はランダムな絵柄に一喜一憂する彼女を見つめる。くるくるとよく変わる表情は小動物みたいで、かわいいと思う。
(他人相手だとあんま笑わないしな……)
普段の人見知りで、相手に無愛想だという印章すら抱かせそうなナマエの顔と、二郎の前で見せる年相応にはしゃぐ姿のギャップが結構――というかかなり好きだった。どれだけ見ても、何回顔をあわせても飽きない彼女。付き合えて最高、のはず……。
「あっ、もう撮れたから食べていいよ。待っててくれてありがとう」
「うん。じゃあ、いただきます」
ポッセのメニューの中でも乱数がプロデュースしたらしい、如何にもシブヤ系という感じのグロテスク――でもこういうのがかわいいと女の子の間では人気らしい――な色のパスタやらスイーツは全部ナマエにパスした。
二郎はかろうじて普通っぽい見た目の夢野の定食を口に運びながら、明らかにゲテモノを食べているとしか思えないナマエの顔をじっと見つめる。
「なに? 何かついてる?」
「それ、すげえ色……」
「……アメリカのお菓子ってこういう色してるよね」
食べ物への色彩感覚に関しては二人とも同じセンスらしい。
「でもこれ、食べると普通の味なんだよ」
「食紅?」
「かなぁ……?」
こんな時に三郎がいれば、したり顔で解説の一つでもしてくれただろう。食べ物の色に関して気にならないわけではないが、わざわざ検索して調べるほど気になったわけでもないので、二人の会話はすぐに途切れた。
二郎は周囲の人々を再度観察する。狭い店内に満員の客。その中でもカップルは二組ほどいたが、両方ともポッセのファンであるらしく、完全に付き添いで来ているのは二郎一人だけだった。
店の雰囲気も、シブヤの空気も、この空間すべてが二郎を異物であるかのように仕立て上げる。事情が事情なのでいつも通りに併合するわけにもいかず、不味くはないが取り立てて美味しいというわけでもない食べ物に口をつける。
(このメニューに二千五百円? 嘘だろ……)
などと考えても決して口にできるような雰囲気ではなかった。
「二郎君、どうしたの? お腹痛い?」
「いや、なんでもない」
食べる手が止まり、しばらく固まっていた二郎にナマエの心配そうな目線が投げかけられる。
「なんか、付き合わせてごめんね。楽しくないよね、こういうの……」
「……いや、そういうのじゃなくて」
途端に周囲の空気が全身にのし掛かってきたように、身体が重くなった。二人の間に流れる膠着したような空気と相反するように、店内に流れるFling PosseのBGMがやけに大きく聞こえる。
「でもわたし、二郎くんと来たかったから」
「え、俺……?」
「ポッセのコラボだからっていうのもあるけど、ここ、前にオシャレだねって二郎くんが言ってくれた店なんだよ?」
(……!? マジかよ……っ!)
まったく記憶になかった。二人でダラダラとSNSを見ながら喋るのはいつもの話で、お洒落なカフェなんて東京にはありふれている。その時の流れでなんとなく……ノリで言った言葉だったのだろう。
「ご、ごめん……。バズってた店とかそういうの、あんまり覚えられなくて」
「いいの。わたしが二郎くんと行きたいところは全部覚えてるから」
「そんなに全部、俺のために……?」
「うん。だってわたし、二郎くんのことが一番好きだから」
照れることも誤魔化すこともなく、ナマエは真っ直ぐに言い放った。
顔に熱が集まっていくのがわかる。こんなに堂々としている彼女が、格好いいとすら思えた。清々しいまでにナマエの目線は真っ直ぐ二郎に向けられている。
「え、あ、はは……。すげえ嬉しい……」
「そうだよ。ファンとしての隙と彼氏への好きは違うからね」
「…………う、うん。分かってるんだけどさ、俺結構……」
「分かってる。わたしも二郎くんが他の女にキャーキャー言ってたらムカつくと思う!」
「……」
「でもわたし、飴村乱数の音楽が……あの人の生き方が好きなんだよね。悪いけど許してね」
「うん。うん、いいよ。いくらでも……」
「……」
二郎は完全にナマエの言葉のせいで浮き足立っていた。飴村乱数がどうとか聞こえた気がしたけれど、たぶん空耳だ。
それよりも、ナマエが自分のことを「一番」だと言ってくれたことの方が何倍も重要で、それ以外はどうでもいいことだった。
(俺、今日ここに来てよかった……!)
「イケブクロでこういうのやったら、みんな喜ぶかな……」
「うん、需要はあると思うよ。せっかく来たんだし、メニューとか参考にしてみたら?」
「え、えぇ……。こういう色のやつをファンの人はほしがるのか?」
「……見た目は二郎くんらしい方がいいんじゃないかな。これ系は乱数の特権、っていうか……」
そう言いながら目玉の形のスイーツをつついて、ナマエは苦笑いをした。柔らかいビートに会わせて、時間はゆっくりと流れていく。