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単発SS
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神尾観鈴さんが、死んだらしい。夏休みが終わって、新学期早々、教壇に上がった先生がそう言った。
まさか、信じられない。
そんな風にみんな思っているだろう。私もそう。
神尾さんの席に座る人は誰もいない。
どろり濃厚ピーチ味。半ドンで始業式が終わり、自販機でこんな飲み物を買ってみた。
彼女の好きだった味。
一口飲んで、やっぱり不味かった。
「……なんでこんなの勧めたんだろ」
堤防の上を歩く彼女の影が、見えたような気がして目を擦った。
まだ、ここは夏みたいに暑い。
私は神尾さんと夏休みの間一緒だったうちの一人だ。
春の頭、骨折したせいで単位を落としそうになったから、夏休みに補修を受けて回避しようとしたのだ。
「おはよ、ミョウジさん」
「神尾さん、おはよう」
リハビリから、まともに歩けるようになるまでしばらくかかったので、一学期はほとんど学校に行けていなかった。それに、神尾さんとは二年になって初めてクラスが一緒になったので、彼女のことについては噂程度にしか聞いていない。
エアコンが効いた教室で、自習用のプリントを渡された私は、なんだか集中する気にもなれなくて、外を見ていた。
青い空。憎たらしいくらいに綺麗だ。外では小学生が遊んでいるのに、私は暑苦しい制服をきて、自習。
世界はなんて不平等なんだろう。
終わらないと帰れないので、渋々数学Aのプリントと向き合う。
「これを証明せよ」
そんな証明ができたって、何の役にも立たないじゃん。数学なんて、中学までの範囲ができていれば生きている上で困ることはない。
物理や生物ならまだ勉強する意味はわかるけれど、数学はわからない。
私は教師がいないのをいいことに、大学ノートのすみに落書きをした。
「あ、かわいい!」
「っ!?」
隣の席に座っていた神尾さんが、急に私に近づいたので驚いて椅子から落ちそうになった。
「恐竜さん、ですか?」
「う、うん……プテラノドン」
一年の時に家族で福井に旅行に行って、その時にプテラノドンの化石をみた。それを思い出して、適当に書いてみたのだが、彼女は私の下手くそな落書きを気に入ったようだった。
「がおっ」
「……がお」
神尾さんの真似をして、一緒に吠えてみる。それから私たちは、話をするようになった。
「あのね、これ、言っちゃっていいのかな?」
「ん……なに?」
プリントに記された和歌を読んでいたが、神尾さんがもじもじし出したのでそちらに意識を集中することにした。
「私のおうち、旅人さんが来てるの」
「た、旅人?」
また変な話を。
でも、嘘をつくような人じゃないっていうのはちゃんとわかっている。
「どういう人なの? 神尾さんのおうちって民泊だったっけ?」
「ううん、でも、泊めてあげてるんだ」
神尾さんは、プリントの裏に似顔絵を描いた。
「じゃーん、こんな人!」
「え……すごい……」
「旅人さん」は団子のような巨体をしているのか……?
「すっごく変わってるんだよ、でも優しいの」
神尾さんはゆるりと笑ってみせた。
「じゃあ、いい人なんだね」
「うん!」
彼女の笑顔を見ていると、なんだか私まで嬉しくなる。
補修のプリントを紙飛行機にして、空にエイっと投げたい気分だ。
神尾さんと私は、そこまで仲が良かったわけじゃない。
集中力が途切れた時に、ちょっと話をするくらい。
それでも、私は彼女の秘密をいくつか知り、私の秘密もいくつか共有した。
旅人の名前は国崎往人さん。神尾さんはお母さんと二人暮らし。国崎さんが来てから、いろいろなことがあったそうな。
「今日で補修も終わりだねぇ」
「あ……もうそんな時期か」
セミが鳴いている。黒板に落書きをしては消し、神尾さんのティラノサウルスは尻尾から消えてしまった。
結局私たちは勉強らしい勉強をしなかった。
「次に会う時は二学期だね」
「結局、遊べなかったなぁ……」
補修が終わると、私は母の実家に行く予定だ。神尾さんと次に会うのは9月1日。
「鍵、職員室に返しておくね」
「はーい」
神尾さんをピロティに待たせて、私は職員室に入る。
「ナマエ、自習お疲れ様」
「もう夏休み終わっちゃいますよー」
「はは、すまないな。でも、こうでもしないと留年だからな」
職員室の中は冷房が効いていて涼しい。教室のそれとは違った馬力で、少し肌寒いくらいだ。
「神尾と一緒だったけど、どうだった?」
「神尾さんですか? いい子ですよね。今まで話したことなかったけど、友達になれました」
私がそういうと、先生は少しだけ顔を綻ばせた。
「そうか……そうならよかった」
「じゃ、神尾さん待たせてるんで帰りますね。さようなら!」
「ごめーん! ちょっと先生と話してた!」
「ううん、大丈夫だよ。鍵返してくれて、ありがとう」
二人並んで通学路を歩く。
「……あ!」
自販機の前で、神尾さんが立ち止まった。
「どうしたの?」
「あのね、これね、すっごく美味しいんだよ……!」
神尾さんは財布を取り出し、何かを買った。ガタンと音がして、飲み物が落ちてきた。
「どろり濃厚、ピーチ味……」
「濃厚」「ピーチ」なんていうか、ちょっとB級な飲み物だ。
「ミョウジさんも、飲む?」
「……ごめん、今は喉乾いてない」
「そっかぁ」
心底美味しそうに顔を綻ばせ、そんな飲み物を飲むので、私も少し気になってしまった。
でも、断った手前、ちょうだいなんて言えない。
今度買ってみよう。
「観鈴……?」
ふと声がして、振り返ると男の人が立っていた。
見かけたことのない、背の高い人。私より年上であろうその人は、神尾さんのことを呼んでいた。
「あっ!」
神尾さんが男の人の方に駆け寄る。
「紹介するね、この人が国崎往人さん。往人さん、こちらは私のお友達のミョウジさんだよ」
「観鈴から話は聞いている。こいつが迷惑をかけてないか?」
「いえいえ! 神尾さんはすっごく優しい人ですよ! むしろこっちが迷惑かけちゃってるっていうか……」
「往人さん、ひどいんだぁ!」
仲良さげに話す二人を見て、この人が例の旅人さんなんだな、と気づく。
「観鈴、晴子が呼んでるぞ」
「えっ! おかあさんが……!? あの、ごめんねミョウジさん、ちょっと、急がないと……!」
「ううん、いいよいいよ。じゃあ、二学期に、学校でね!」
「うん! バイバイ!」
神尾さんは、そのまま走って行った。
国崎さんは、私に会釈をしてその後に続く。
私が神尾さんを見た、最後の日だった。
「……また二学期に会おうって、言ったのになぁ」
神尾さんは、元気で健康そのものだった。具体的な死因は知らされていないし、遺体もないので、私は彼女が死んだことについて、全く実感がわかない。
国崎さんという人も、旅人だったからもう町を離れてしまっているだろう。二人はお似合いだった。仲が良さそうで、神尾さんも幸せそうで、二人は恋人だったのかもしれない。
浜辺を歩くと、海猫のなく声と、波が揺れる音が聞こえる。私以外、誰もいない。
9月は暦の上では秋なのに、全くそんな気配はなく、夏の延長線上に立っているような気分だった。
ここにくると、神尾さんに会える気がした。なぜだかわからないけれど、海に近づけば彼女の影が見えるような気がした。
神尾さんが勧めてくれたジュース、全然おいしくないよ。こんなジュース、あなたが買わないと売れないんじゃないの。
がお、と神尾さんが恐竜の真似をする声が、どこかから聞こえた気がした。
真昼間の海に、私一人だけ。
なんだかやりきれなくて、どうしようもないくらい悲しい。
せめてあの子が、幸せに安らかに眠っていますようにと祈ることしか、私にはできない。
まさか、信じられない。
そんな風にみんな思っているだろう。私もそう。
神尾さんの席に座る人は誰もいない。
どろり濃厚ピーチ味。半ドンで始業式が終わり、自販機でこんな飲み物を買ってみた。
彼女の好きだった味。
一口飲んで、やっぱり不味かった。
「……なんでこんなの勧めたんだろ」
堤防の上を歩く彼女の影が、見えたような気がして目を擦った。
まだ、ここは夏みたいに暑い。
私は神尾さんと夏休みの間一緒だったうちの一人だ。
春の頭、骨折したせいで単位を落としそうになったから、夏休みに補修を受けて回避しようとしたのだ。
「おはよ、ミョウジさん」
「神尾さん、おはよう」
リハビリから、まともに歩けるようになるまでしばらくかかったので、一学期はほとんど学校に行けていなかった。それに、神尾さんとは二年になって初めてクラスが一緒になったので、彼女のことについては噂程度にしか聞いていない。
エアコンが効いた教室で、自習用のプリントを渡された私は、なんだか集中する気にもなれなくて、外を見ていた。
青い空。憎たらしいくらいに綺麗だ。外では小学生が遊んでいるのに、私は暑苦しい制服をきて、自習。
世界はなんて不平等なんだろう。
終わらないと帰れないので、渋々数学Aのプリントと向き合う。
「これを証明せよ」
そんな証明ができたって、何の役にも立たないじゃん。数学なんて、中学までの範囲ができていれば生きている上で困ることはない。
物理や生物ならまだ勉強する意味はわかるけれど、数学はわからない。
私は教師がいないのをいいことに、大学ノートのすみに落書きをした。
「あ、かわいい!」
「っ!?」
隣の席に座っていた神尾さんが、急に私に近づいたので驚いて椅子から落ちそうになった。
「恐竜さん、ですか?」
「う、うん……プテラノドン」
一年の時に家族で福井に旅行に行って、その時にプテラノドンの化石をみた。それを思い出して、適当に書いてみたのだが、彼女は私の下手くそな落書きを気に入ったようだった。
「がおっ」
「……がお」
神尾さんの真似をして、一緒に吠えてみる。それから私たちは、話をするようになった。
「あのね、これ、言っちゃっていいのかな?」
「ん……なに?」
プリントに記された和歌を読んでいたが、神尾さんがもじもじし出したのでそちらに意識を集中することにした。
「私のおうち、旅人さんが来てるの」
「た、旅人?」
また変な話を。
でも、嘘をつくような人じゃないっていうのはちゃんとわかっている。
「どういう人なの? 神尾さんのおうちって民泊だったっけ?」
「ううん、でも、泊めてあげてるんだ」
神尾さんは、プリントの裏に似顔絵を描いた。
「じゃーん、こんな人!」
「え……すごい……」
「旅人さん」は団子のような巨体をしているのか……?
「すっごく変わってるんだよ、でも優しいの」
神尾さんはゆるりと笑ってみせた。
「じゃあ、いい人なんだね」
「うん!」
彼女の笑顔を見ていると、なんだか私まで嬉しくなる。
補修のプリントを紙飛行機にして、空にエイっと投げたい気分だ。
神尾さんと私は、そこまで仲が良かったわけじゃない。
集中力が途切れた時に、ちょっと話をするくらい。
それでも、私は彼女の秘密をいくつか知り、私の秘密もいくつか共有した。
旅人の名前は国崎往人さん。神尾さんはお母さんと二人暮らし。国崎さんが来てから、いろいろなことがあったそうな。
「今日で補修も終わりだねぇ」
「あ……もうそんな時期か」
セミが鳴いている。黒板に落書きをしては消し、神尾さんのティラノサウルスは尻尾から消えてしまった。
結局私たちは勉強らしい勉強をしなかった。
「次に会う時は二学期だね」
「結局、遊べなかったなぁ……」
補修が終わると、私は母の実家に行く予定だ。神尾さんと次に会うのは9月1日。
「鍵、職員室に返しておくね」
「はーい」
神尾さんをピロティに待たせて、私は職員室に入る。
「ナマエ、自習お疲れ様」
「もう夏休み終わっちゃいますよー」
「はは、すまないな。でも、こうでもしないと留年だからな」
職員室の中は冷房が効いていて涼しい。教室のそれとは違った馬力で、少し肌寒いくらいだ。
「神尾と一緒だったけど、どうだった?」
「神尾さんですか? いい子ですよね。今まで話したことなかったけど、友達になれました」
私がそういうと、先生は少しだけ顔を綻ばせた。
「そうか……そうならよかった」
「じゃ、神尾さん待たせてるんで帰りますね。さようなら!」
「ごめーん! ちょっと先生と話してた!」
「ううん、大丈夫だよ。鍵返してくれて、ありがとう」
二人並んで通学路を歩く。
「……あ!」
自販機の前で、神尾さんが立ち止まった。
「どうしたの?」
「あのね、これね、すっごく美味しいんだよ……!」
神尾さんは財布を取り出し、何かを買った。ガタンと音がして、飲み物が落ちてきた。
「どろり濃厚、ピーチ味……」
「濃厚」「ピーチ」なんていうか、ちょっとB級な飲み物だ。
「ミョウジさんも、飲む?」
「……ごめん、今は喉乾いてない」
「そっかぁ」
心底美味しそうに顔を綻ばせ、そんな飲み物を飲むので、私も少し気になってしまった。
でも、断った手前、ちょうだいなんて言えない。
今度買ってみよう。
「観鈴……?」
ふと声がして、振り返ると男の人が立っていた。
見かけたことのない、背の高い人。私より年上であろうその人は、神尾さんのことを呼んでいた。
「あっ!」
神尾さんが男の人の方に駆け寄る。
「紹介するね、この人が国崎往人さん。往人さん、こちらは私のお友達のミョウジさんだよ」
「観鈴から話は聞いている。こいつが迷惑をかけてないか?」
「いえいえ! 神尾さんはすっごく優しい人ですよ! むしろこっちが迷惑かけちゃってるっていうか……」
「往人さん、ひどいんだぁ!」
仲良さげに話す二人を見て、この人が例の旅人さんなんだな、と気づく。
「観鈴、晴子が呼んでるぞ」
「えっ! おかあさんが……!? あの、ごめんねミョウジさん、ちょっと、急がないと……!」
「ううん、いいよいいよ。じゃあ、二学期に、学校でね!」
「うん! バイバイ!」
神尾さんは、そのまま走って行った。
国崎さんは、私に会釈をしてその後に続く。
私が神尾さんを見た、最後の日だった。
「……また二学期に会おうって、言ったのになぁ」
神尾さんは、元気で健康そのものだった。具体的な死因は知らされていないし、遺体もないので、私は彼女が死んだことについて、全く実感がわかない。
国崎さんという人も、旅人だったからもう町を離れてしまっているだろう。二人はお似合いだった。仲が良さそうで、神尾さんも幸せそうで、二人は恋人だったのかもしれない。
浜辺を歩くと、海猫のなく声と、波が揺れる音が聞こえる。私以外、誰もいない。
9月は暦の上では秋なのに、全くそんな気配はなく、夏の延長線上に立っているような気分だった。
ここにくると、神尾さんに会える気がした。なぜだかわからないけれど、海に近づけば彼女の影が見えるような気がした。
神尾さんが勧めてくれたジュース、全然おいしくないよ。こんなジュース、あなたが買わないと売れないんじゃないの。
がお、と神尾さんが恐竜の真似をする声が、どこかから聞こえた気がした。
真昼間の海に、私一人だけ。
なんだかやりきれなくて、どうしようもないくらい悲しい。
せめてあの子が、幸せに安らかに眠っていますようにと祈ることしか、私にはできない。
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