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単発SS
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おろし立てのフランネルのシャツにねっとりとした血が付くのだけは避けたかった。それに、ヴィンスは血の巡りが悪くなると良くないのだと言った。だからわたしは、この男を一撃で殺さなくてはならなかった。
「はぁ……っ……」
わたしが必死で汗をかいて死体を引きずる横で、ヴィンスは涼しい顔をして煙草を吸っていた。
「ちょっとは手を貸してよ! こいつめちゃくちゃデブなんだから」
「ゾウみたいだな」
後ろからレンガで殴って気絶させたそいつは、わたしたちの大学の非常勤講師だ。奥さんがいるくせにわたしみたいな若い女子生徒に手を出そうとしてくる気持ち悪い男。その奥さんも元生徒らしいから本当にとんでもない。というわけで女子だけじゃなくて生徒全員から嫌われていたけど、学部長にコネがあるとかでクビになることはないらしい。こいつの人生はたった今わたしが打ち切りにしてやったけれど。
だからといってわたしは殺しに正当性があるとは思っていない。
「ヴィンス……。あなたの言うとおりにやってあげたんだから」
「お前がやらなくてもいつかこいつは殺されて死んでただろうな」
「殺される? 糖尿病か生活習慣病の間違いでしょう」
病魔に殺されるとしたら……、きっとこんな風ではなかっただろう。
――わたしが殺した。
今度は正当防衛でもなんでもない。私利私欲のために……。しかも、恋人のために人を殺すなんて馬鹿げている。わたしはカルトの信者か、精神を錯乱させた女として証言台に立つかもしれない……。せっかく大学まで進学したのに! わたしは大声で懺悔したくなったが、叫んだら全てが台無しになるので声を殺していた。
「こんな場所で俺たちの会話を聞いてるやつなんていないだろ」
街の中で殺すわけにはいかなかったので、わたしは教授に「色目」を使ってこの場所まで誘い込んだ。ヴィンスは少しだけ開けておいた扉の隙間から、わたしの稚拙な誘惑を見張っていたのだ。寝取られ趣味のある男ではなく、囚人を見張る看守のような非情な視線だった。――ああ、思い出すだけでぞっとする。
「脚本通りに殺してあげたのはわたし。それで……、この後はどうするの」
参考文献でNGだったパターンはやらかさずに、自分でもあっけないほど簡単に殺すことができた。それまでのプランはヴィンスが計画していた通りに行ったので、わたしは指示通りに動く人形のようなものだったが、殺したあとどうするかについては、全く指示を受けていない。そこまでがわたしの受け持ちで、それ以降は知らなくてもいいと言われているようなものだ。
信頼されてないのかも。それか、ヴィンスが徹底した分業主義であるかのどっちかだ。
「そうだな……、腐る前に早く出るか」
殺人にうってつけの場所――監視の目がなくて静かでそれでいてちょっとだけ音がざわついている――がここだった。ヴィンスがそれにたどり着くまでにどれだけ考えたのか、わたしにはわからないけれど、説明なしのぶっつけ本番で二番目に大切なことをわたしにさせようとしているあたり、特に何も考えていないのかもしれない。
あるいは、舞台袖から裏に戻って早着替えする俳優みたいに、ヴィンスは死体を的確に運ぶ方法を知っているかもしれない。
「デカいけど」
「ああ」
「これをどうやってあなたの部屋まで持って行けばいいの」
「いいか」彼は真面目くさった顔でこう言う。「駐車場まで、ダッシュだ」
ヌーヴェル・バーグじみた犯罪行為をやり遂げ、何かを得たわけではない。殺人が人間の成長に寄与する物というのは存在しない。そして、物理的な報酬というものも存在しなかった。少なくとも、わたしにとっては。
ヴィンスのアイデアはとにかく全部が行き当たりばったりだった。殺した後にどうやって運ぶかまでは考えていなかったらしい。
人に見られるのではないかとビクビクしながら、わたしたちは階段をさっさとのぼり、引っ越し業者の男たちが家具を速やかに運ぶように死体を彼の部屋に搬入した。
わたしはずっとハリネズミのように縮こまっていたのに対して、ヴィンスは余裕がある……というかマイペースに淡々としていた。これは前から知っていることだが、ヴィンスは自分の思い通りにことが動いている限りは機嫌を崩さない。つまりは、この無軌道な犯罪は彼の想定の範疇なのだろう。
――こんなことで彼氏の部屋に呼ばれたくなかった。しかも初めてが、これって。
部屋の中は綺麗に整頓されていた。大昔の集合住宅をリノベーションした物件らしく、中身は新しかった。家具は昔から備え付けてあったものかもしれない。おばあちゃんの家のようにどっしりとした年代物の箪笥や机があるべきところにあるように置かれていた。
趣味がいい家だと言っていいだろう。
ヴィンスはフローリングの上に死体を転がすと、これから先は見ていなくてもいいと言った。出て行って構わない、とも。
「それってどういう意味?」
「小学生の頃、理科の授業で蛙を解剖した時――女子が結構派手に吐いてた記憶がある」
「嘘でしょ、女の方がグロテスクな物には耐性があるはず」
「ああ、男子は女子の二倍吐いてた」
あの実験でゲーゲー吐いてたやつらと一緒にされるのはわたしにとっては侮辱と同義だ。
「あのねえ、わたしは二回も人を殺してる。ちょっとやそっとのことで戻しちゃうような人とは違うの」
「血を見て卒倒するような性質じゃないのは分かってる。いいのか…………? …………、…………はぁ、まあいい。見ていたいなら好きにしろ」
ヴィンスは部屋中をビニールで覆うように言った。ソファもテーブルも全て、天井も、床も、上から下まで全て覆うのだと。
「……」
「狭いからな」
わたしが疑問を投げる前に、一言だけそう言った。おおよそ派手に解体でもするか、よほど潔癖なのかどちらかだろう。
わたしは疲れた体にむち打って、必死に作業を進めた。ヴィンスも今回ばかりはわたしよりも効率よく動いた。
全て終わった頃には日付が変わっていた。
「いいか、本当に後悔しないか?」
「ドン引きするようだったら今すぐ警察に通報してる」
彼の家の電話は、コードがちぎれているのをすでに確認済みだ。警察署まで走って行ったところで、後ろから一発殴られればわたしは気絶するだろう。
「愛してるの、全部」
「……そうか」
今すぐこのジジイの亡骸とファックしても、皮を剥いで家具を作っても、わたしはヴィンスを好きでいられる自信があった。
「わたしもエプロン借りていいでしょう?」
ヴィンスは黒い前掛けをすでにつけていた。わたしは勝手に壁にかけてあった赤いエプロンを拝借して、自分で紐を結んできっちりと着用する。
鏡には、平凡な顔のわたしがうつっている。田舎の保守的な主婦のおばさんに成長しそうな、平べったい体の、痛めつけられた雌鶏みたいなわたし。情けない顔で自分をずっと見つめていたいけれど、今はそうすべきではない。
キッチンのシンクにもたれかかって何か深刻そうな顔をしているヴィンスを見て、わたしはそっと彼の手をとった。
「わたしがしたいこと、わかる?」
彼の目が大きく見開かれる。黒い瞳の奥に、わたしの顔が写り込んでいる。さっきの鏡みたいに。
何か言おうとしているけど、口が動くことはない。顔の筋肉が麻痺してるみたいだった。
わたしもわたしで、ずるい質問をしている自覚があった。年上の女性に「いくつに見える?」なんて聞かれたら困るでしょう。それよりも酷いことを、わたしは強いているのだ。
授業中にいきなり当てられた子供みたいに、ヴィンスは分かりやすく動揺していた。冷たい手だ。決してこちらに触れようとはしていない。引っ込めようとしたそれを、わたしは無理矢理引き込んだ。
「……………………俺は………………」
「人に犯罪をやらせといて、自分だけ上手く逃げようなんて無理な話だと思わない?」
背伸びをしてシンクの縁に手をつきながら、わたしは彼の頭に自分の顔をじっと突き出した。
意外と彼の睫毛は長かった。わたしのそれとくっつきそうな距離で、じらすようにわたしは静止した。
「していい?」
目線が露骨に逸れた。
わたしは絶対にはいと言われるまでそのままでいるつもりだった。同意を取らないでキスしようとするのは馬鹿げている。
「殺しの報酬にしては安いと思うんだけど」
は……、と息を呑む音がした。
小説に出てくる誘惑者のフリをしているだけのわたしは、瓦解しそうな精神を必死に奮い立たせていた。これで本当に拒絶されたら、無理矢理にでも彼を暴いてやろう。泣いているところだけは絶対に誰にも見られたくない。わたしだって……、彼と同じなんだ。
天才を――、ヴィンセント・シャルボノーを自分だけの物にしたい。手っ取り早いのが恋人になることで、それはすでに果たされた。でも、わたしたちには精神的なつながりは何一つとして存在しない。そんなの、役所に届け出を出しただけなのと一緒じゃないか。しかも、わたしたちには何の拘束も存在しない。がんじがらめにしてやりたい。わたしにはできないこと、わたしがほしい物を持っている男を自分の物にすれば……、それはペットを所有しているのと同じように自分の財産になるのではないだろうか。それと同義なのではないか。
「勝手にしろ」
辞めてくれ、なんてみっともなく懇願されたら、この場で彼の大きな出刃包丁を取って殺していたかもしれなかった。
わたしはなんだってできるんだと証明したかった。
触れるだけの交わりをしてみたけれど、あっけないほど簡単にできてしまった。本当に、タブーを一度犯してしまえばあとはどうとでもなるらしい。一ヶ月前のわたしが今の自分を見たら、ショックで動転するだろう。
朝露に濡れた青葉に触れた時のような、じっとりとしているけどつるっと滑る感触が彼から与えられた。向こうがなんと思っているかはわからないけれど、きっと気持ちよくはないのだろう。それでよかった。わたしたちのふれあう面積は極小だけど、きっと彼はこれが初めてだろうし、きっとこの先、生きていてもずっとわたしのことを忘れないだろう。その方が愛されるという幻想よりも、よっぽど肝要なのだ。
自分の唇がナメクジのように感じられてきた。
なるほど、気持ち悪いっていうのはこういうことなんだ。
人間の皮膚や粘膜は密着するとある種不愉快な粘度を持って触覚を刺激する。
ヴィンスもまた、人間だったから。これで最高に気持ちいい! なんて思ってしまわなくてよかった。彼が生きていることに感謝を。肉体的な接触を穢れていると定義した道徳よ、栄えあれ。
わたしですら気持ち悪いと思っていたから、ヴィンスが感じている不快感はわたし以上のものだっただろう。
その後のヴィンスが、肉切り包丁で丁寧に死体を捌いていくのを眺めながら、とんでもない人を目覚めさせてしまったのかもしれないと、わたしは密かに後悔した。
彼に人の肉って美味しい? と聞いても「気持ち悪い」しか言わなかったのは、多分わたしのせいだ。
わたしは何度か彼に頼まれて知らない人を殺した。そして彼が「お楽しみ」を終えると死体の後片付けをするのはいつもわたしだった。大量のタオルに含まれた血を洗って、漂白剤で汚れをクリーニングする。
あなたはどうやったら血抜きが上手くいくか知っているだろうか。服に付いた鉄のにおいを消す方法、女性なら知っているかもしれない。でも男性の刑事に聞かれたら終わり。
大量の歯ブラシやら洗剤やらを買い込む時、わたしはいつ捕まるんじゃないかってビクビクしていた。決定的な証拠がドラッグストアの買い物だったら嫌だと思う。でも、シリアルキラーもそういうところから足がついて捕まるっていうパターンが多い。それと、図書館の閲覧履歴も調べられたら最悪なので、その手の本は借りずにその場で読み切った。
おかげでわたしは、その手の異常者に詳しくなった。そして、自分もその仲間であることが異様におかしく思えてきて、時々なんでもないのにケラケラと笑ってしまったりとか、そういうことが増えた。わたしは冷静に俯瞰して見ると、見事におかしくなってしまった。でも、本当の意味で狂ってはいない。本当におかしくなってしまっていたなら、わたしはいつまでも睡眠薬がないと眠れないなんてことになっていないはずだからだ。
ヴィンスはいつも風に吹かれるがままに生きているみたいだった。大学では挙動不審なところなんて一ミリも感じさせない振る舞いをしていたし、彼が人を殺して食べているなんて言っても誰も信じないだろうと思う。
正常という言葉を体現するように、わたしは何度か彼と普通の交際相手にするようなことを試みた。ヴィンスは不思議と拒まなかった。いや、いっそ拒んでくれたらよかった。これだとわたしが殺人と引き換えに愛撫を求めている哀れなやつみたいに見えるじゃないか。
車のトランクの内側にシミがついている。
これもこれも、汚れを指でなぞると自分とヴィンスとのつながりが見えてくる気がして、わたしは必死で傷跡を探していた。
ああこれは、街で見かけたばあさんの死体。こっちの星群はこぐま座の近く。夏には夜空に大きな大三角が見えますね。
わたしたちは、金持ちのおじいさんが持っていて碌に手入れもしていない森を見つけると、夜中になるとごそごそ侵入して骨やら内臓やらを埋めた。いらないものをパーツごとにわけで箱に入れる作業もした。そうしてできた物はエジプトの貴族の墓みたいだった。
歯形なんて取っていないであろう人を選んで殺した。そうしないといけないとわたしが言った。
ヴィンスは「それだと肉の味が悪い」と言ったが、実行犯はわたしなので結局は折れて言うことを聞いてくれた。こうしていると、まるで夫婦みたいだ。彼が料理を作る。わたしがマネージャー。儲けは出ないけど、将来的に彼がレストランを経営したいのなら、わたしは自分のキャリアを捧げたいと思う。これはある種、結婚を望むよりも傲慢だと思うから黙っている。
「ねえヴィンセント」
「…………教師みたいに呼ぶなよ」
「真面目な話なんだけど……。これ以上殺すのは嫌だって言ったら、あなた怒る?」
「…………その時は、その時だな」
「へぇ、殺さないの?」
「どうせお前は死ぬまで口を割らないだろうから」
「それって愛してるって言われるより最高」
「……どうも」
わたしは農夫のような格好をしていた。白いシャツにジーンズで、足に履いているのは長靴だ。そんな格好でシャベルでざっくりと土をかぶせながら本気で泣きそうになっていた。
汗が目に入って、白粉が滲みてくる。どうしたってわたしは、ほしい物を手に入れられないんだろう。機械のように頭を殴りつけて、今すぐ殺してほしいとすら思う。
でも本当に怖かったのは、ヴィンスが本当はホラ吹きで、見せかけの才能にわたしたちが騙されていないかということだった。
わたしがわたしを捧げる相手なら、神に愛されたような人でないといけない。最近の彼は、わたしと一緒にいて駄目になっている気がする。わたしが幻を掴んでいただけかもしれないけれど、輝きがかすんで見えなくなっていくのかもしれない。つまりは飽きてしまっているってことだ。
普通の人生なんて嫌だった。
この人と一緒にいればわたしは面白おかしく勝ち馬に乗れると思った。
ヴィンス、どうしたってわたしはあなたにはなれない。
「わたしって、まだあの時のままかな」
わたしの栄光は、あの伝説は、あの報道は、あの事件はわたしにとって汚点でもあった。でも、そのおかげで今がある。ヴィンスにも認められた。わたしは新聞に名前を残したい。思いっきり派手に、それが罪だとしても忘れてしまわれるよりはいいと思った。
「……さあな。俺が知る限りでは…………、人なんて一生変わらない。変わったなんてごく一部だろ」
「じゃあ、わたしも食べた方がいい?」
「…………腹壊すぞ」
「あなたがトイレに籠もってるところ、見たことがない」
「…………お前はそういうのじゃないだろ」
「じゃあ何? 食人は特別な人にしか許されてないって言いたいわけ? 昔はわたしにも食べさせようとしてた癖に、今更意見を変えないでよ!」
「……………………」
ヴィンスは唇を噛むようにして黙った。わたしが初めて声を荒げて感情的に怒鳴ったので、これ以上刺激させないように徹しているのだ。
――ずるい人だ。
酷い人だ。
…………許せない。
気がつくと、目から大量の涙がこぼれていた。こんなに大泣きしたのは、それこそ高校の時に試験で大失敗して以来だった。
「ぜんっぜんあなたって合理的じゃない。行き当たりばったりで、人生になんの計画性もなくって、馬鹿みたい……。わたしはあなたのせいでこんなになったのに……、責任も取ってくれない!」
今まで口に出したことないような言葉がポンポン飛び出た。女はヒステリーだと思われたくなくて我慢していたのに、気がつくと母親と同じ声色で、相手を責め立てる言葉が溢れんばかりに思いついてしまう。
「わたしがいなかったら、こんなになってなかったでしょ!」
自分でも、何に怒っているのかわからなかった。彼にどうなってほしいのか、自分がどうなりたいのか、一切思考に整理がつかない。
ヴィンスはわたしが押し倒すと、無抵抗のまま地面に倒れた。地面が柔らかい土だったので頭を打っても平気だ。
胸ぐらを掴んで服も引き裂いてやろうかと思った。けれど、わたしはあまりにも非力だ。手にどれだけ力を込めても、厚手の生地のシャツは破れない。薄手の下着ならともかく、金持ちの服はあまりにも頑丈すぎる。
「わたし、あなたの作った料理なんて食べたことないんだけど」
「家で作ってやるよ……。そのくらいなら、いつだって……」
「じゃあわたしが逮捕されても……、パイを持ってきてくれるの」
「馬鹿、捕まる時は俺たち一緒だ」
……ああ、そうだった。
それを聞くと、途端に大声で笑い出したくなった。本当のことを聞くと、全ての妄想が馬鹿げたアイデアに思えてくる。
ヴィンスがこちらを哀れむような目で見ているのか、おびえているのか、必死で作り笑いを浮かべているのか、怖いから見る気にはなれない。
「もし全部バレて……捕まったら、わたしたち刑務所で結婚しようよ」
この時は、わたしが知る限りでは刑務所で結婚式をする犯罪者はいなかったから、なんだかそれがとても特別なことのように思えてきて、勢いでそう言ってしまった。
それを恥ずかしいと思える脳みそをしていたら、わたしはここまで来ていないだろう。
遠くでフクロウの鳴く声がする。
ヴィンスは上半身を上げると、うんともいいえともつかないような動作で首を動かした。ごまかされているけれど、それでよかった。今すぐわたしが公衆電話まで走って行って、結婚式をしたいから逮捕してください。死体を埋めています。なんて言い出したら全てが露見してしまうし、いいえと言ったらわたしが逆上して彼を殺すかもしれなかったので、本当にあれが正解だった。こういうときに上手くやるくせに、どうでもいいところでは失敗する詰めの甘いところが好きだ。
「ヴィンス、あなたのことが憎たらしくて仕方ないの。苛つくの、この関係は大学までで終わらせたいけど、構わないでしょ」
絶対にこのことは墓まで持って行くからね。それだけ言うと、彼は黙って頷いた。愛してるなんて言われなくてよかった。最後に彼を嫌いになれて、うれしかった。
わたしたちは最後に映画館に行き、ハリウッドのサイレント映画のリバイバルを見た。わたしの鞄には母親が自殺に使ったピストルが入っていた。
ほかの客に見えないように、ヴィンスにだけこっそりとそれを見せた。銃は綺麗な形をしているしコレクターもいるけれど、わたしには相当グロテスクな姿をしていると思う。
「銃って男性器みたいだとおもわない?」
「心理学の講義でも聞いたのか? 一年生じゃないのに?」
帰りに、わたしが保育園の時に口の中でハサミをチャキチャキやって怒られた話をしたら、ヴィンスは今度は舌を調理するつもりだと言った。どっちのかしら、などと冗談を飛ばすと彼は電柱に貼ってあるポスターに目をやった。
「人が何人か消えても、世界って平気なんだね」
「…………ああ、あのデブの授業がなくなっても支障はなかったな」
「あなたはそういう風にならないでね」
「……異常者に殺されるなって意味か?」
「違う」冗談じゃない。わたしは首を横に振る。「あなたが消えたら、誰かが困るようになってほしい。いや、世界が困るようになってほしいの。それだけが、お願い」
祈るように、わたしは言った。ヴィンスは神妙な顔をして煙草を捨てると足でもみ消した。
「……最後に抱いてって言われたら、どうしようかと思った」
「勃たないの?」
「……………………さぁ」
「じゃあ一生そのままでいて」
「さすがに無理だ」
「これからも、お友達ではいてくれる?」
「善処する」
これで、わたしは嫌な人間になった。ヴィンスも同じような物になった。今でもピストルはわたしの化粧台の引き出し、上から二番目の奥にきっちりと収まっている。