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単発SS
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昔、といっても数年前のこと。私の幼馴染は何も言わずに消えてしまった。幼馴染の彼ーーリオがバーニッシュであることを知ったのはつい最近のことである。プロメポリスに進学のため引っ越した私は、彼の姿を見てしまったのだ。偶然だった。しかもそれは、炎が燃えさかり倒壊するビルの中だったのだ。私はただ、学校の行事で工場の見学に来ていただけだった。
彼はバーニッシュであるだけでなく、テロリストだったのだ。私は疑いたくて仕方なかった。マッドバーニッシュなんて指名手配もされているような集団だ。リオには一生縁がないだろうと思っていた。あんなに優しくて、誇りたかったリオがあんな荒くれ者の集団に入っているなんて信じたくない。
リオは私に気づいていなかった。きっと、ここにいるだなんて思っていないのだろう。そもそも、私のことを覚えているのかすら危うい。私は尻餅をついたまま、ずっと動けないでいた。リオが乗せられたヘリを、ずっと眺めていることしかできなかった。
リオは、最後に見たあの時よりも大きくなっていた。端的に言うと、男性らしくなっていた。見間違えるわけはない、あれは確かにリオだ。数年の間に変わってしまった幼馴染、私は彼が好きだった。
「大丈夫ですか!? 立てますか?」
レスキュー隊の女性が駆け寄ってきて、ようやく私は自分の置かれた状況を理解した。足は子鹿のように震えていた。それからどうやって家に帰ったかは覚えていない。
リオと私は家が隣同士で、ついでに言えば親同士の仲が良かった。
リオは昔から頭のいい子供で、私はそのおまけだ。リオの両親は優しくて、私のような出来損ないの子供にも優しかった。出来損ない、というのは誰かに言われたわけではない。リオの隣にいる私にそんなことを言う人はいなかった。けれども、肌で感じてしまうのだ。リオは出来すぎていたのだ。年不相応なくらい大人びていて、利口で、おまけに見た目に反して武闘派であった。私と言えば、飛び抜けてできるところなんてない。馬鹿だとは言わないけれど、彼に比べて数段劣っていた。かけっこも遅くて、全体的に動作が鈍いのだ。リオのお人形みたいに綺麗な顔と、私の顔のパーツがめちゃくちゃな顔、体つきも同年代の子より幼かった。かわいい服も似合わない、愛想もない、意地っ張りでプライドだけが高い生意気な子供。確かにリオも意地っ張りで我が強いところもあったが、私のそれとは違って、裏付けられた自信からくるものだ。リオの隣にたつと、嬉しいけれども悲しくなる。ミドルスクールに上がる時分、リオと離れようとしたのは私の方だった。
リオと私の関わりは、それ以降薄くなった。小さい頃はずっとべったりだった。まるで、双子のように。それが自然だったし、それがずっと続くと想っていた。リオは私に優しかった。知らないことを知っていて、それを共有することを楽しんでいた。私に優しすぎたのだ。私以外の人と一緒にいた方がいい。そう思って離れた。リオはどう思っているかはわからない。それからしばらくして、リオが隣にいないことにも慣れてしまった。慣れた頃、今度はリオがいなくなった。
街がボロボロになって、いろんなことがあって、私は結局何もできなかった。バーニッシュはもういないだとか、司政官が人体実験をしていただとか、驚くべき事項はいくつもあったけれどどれも私には他人事のように思えた。それよりも、早くリオに会いたい。郊外に住んでいた私は、あの時一人でマンションの中震えていた。そうしたら地震が起こって、ようやく家を出た時に、あの燃え盛る異貌を見たのだ。
あれはリオだと気づいた。気づいた途端にどうしようもなくなって、自転車を必死に漕いだ。街の中心には人がごった返していて、燃える建物や押し合いへし合いする人の中で泣きそうになりながら走った。
燃える街の中で、静止していたは私だけだ。
数ヶ月が経過して、街の復興は進んでいたけれどあの時間で時を止めてしまった私は、瓦礫の中でかろうじて住める場所を探して彷徨うだけだった。公営住宅だった私の家は、原型をとどめないくらいに崩れていた。
テントを張った簡易住居は、私には狭くて窮屈で、どうするわけでもなく、気の赴くままに歩いていた。
レスキュー隊の人々や元バーニッシュであった人々も私たちの手伝いをしてくれている。街は復興に沸いている。置いていかれているのは私だけだ。みんな前を向いている。私だけが後ろ向きで。
リオと一緒にいた人もいるのだろうか。ずっと、私はリオをのことを忘れようとしていた。忘れなくちゃ、と言い聞かせていた。取り柄もできることもない私を、学校に行くためとはいえ遠くに送り出してくれた両親には申し訳が立たない。今はもう、学校どころではないし実家に帰ってしまってもいいんじゃないだろう。そんなことも思う。
「ナマエ、ナマエじゃないのか!?」
聞きなれない低い声が言う。目線を上げると、リオが立っている。
「リオ、リオ!? 本当に、リオ……!?う、うそ!」
「ナマエ、久しぶりだな」
リオはそう言って笑みを浮かべる。身長もグッと伸びて、声も低くなって、服装も変わっていた。なんだか、同一人物じゃないみたいに。
「リオ、今まで何してたの……! 連絡もないし、本当に心配してたんだよ。おばさんも、おじさんも」
「僕はバーニッシュになってしまったんだ。そうなるとあの場所にとどまることはできない。でも、何も言わずに行ってしまったことは申し訳ないと思っている。心配をかけて悪かった」
リオは苦虫を潰したような顔でそう言った。
「……リオ、危ないことはしていないよね?」
沈黙
「マッドバーニッシュ……前のテロの時にリオの姿を見たよ
あそこにいたの、リオでしょ」
どうして、と聞きたいところをぐっと抑えた。リオの顔には苦々しい表情が浮かんでいる。
「やっぱり、そうだったんだ……
でも、リオには理由があるんだよね、そうじゃなかったらそんなことしない、よね」
「……僕たちは、ああいう風にしていないと、駄目だった。僕らの中の炎が燃えることは止められない。それに、財団は僕らを人体実験の道具に使っていたから、ああいう風にまとまっていないと危険だった。確かに、僕はテロリストだ。けれど、ああしていくしかなかったんだ。心配をかけて、すまなかった」
ああ、やっぱりリオはそうだったんだ。でも、生きていてよかったと思う。リオが元テロリストだろうがどうでもいい。今はただ、彼と会えただけで嬉しかった。
「ナマエ、向こうで話そう」
リオの後について、座れそうな地面に腰掛けた。
「ナマエ、僕たちのせいで君に迷惑をかけただろう。大丈夫だったか?怪我は?」
「……大丈夫。それに、気にしてないから大丈夫だよ。私はただ、リオが心配だっただけだから」
おもむろに缶詰を取り出し、ナイフでタブを開けた。
「食べるか?」
パイナップルの缶詰だ。
「パイナップル、好きだったろ」
懐かしい。昔、リオの家で食べた記憶がある。
「覚えててくれたんだね」
口に含むと、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がって、久しぶりの味に胸がいっぱいになった。
気がつくと、私はパイナップルを全部食べていた。手づかみで、行儀が悪い。でも、フォークも渡してくれないリオが悪いんだ。
「美味しい」
「よかった」
リオはおもむろにハンカチを取り出し、唇の端を拭った。
「ついてたぞ」
「え……ごめん」
もう顔が真っ赤だし、子供みたいだし、そんなに夢中になって食べていたのか、と恥ずかしくなる。
「リオ、お母さんみたい」
私がそう言うと、リオは私を小突いた。
「お母さんじゃない」
怒ったような、笑っているような、そんな声だ。リオのそんな表情、久しぶりに見た。
「嘘嘘、嘘だって」
私もケラケラ笑いながら、わき腹を小突く。
「ナマエ!」
リオは完全に破顔して、もうこんなしょうもないことで笑っていることがおかしくて、二人してずっとつつき合っていた。
思い返せば、こんな風に笑ったことも久しぶりだ。それに、さっき触ったリオの体が、思うよりもしっかりしていたような気がする。
固まってしまいそう。リオはやっぱり声も低いし、背も高くなってるし、もう何が何だか、男の人だった。距離も近いし、意識したら止まらなくなってしまう。そ、その、やっぱり、近い……。
勝手に一人で固まっている私を横目に、リオは一人余裕そうだ。
「ナマエとこんな風にするのも久しぶりだな」
「うん」
「ジュニアスクール以来か」
「そうだね」
あの頃、勝手に劣等感を抱いて逃げたのは私だった。今となっては恥ずかしいだけだが、リオはどう思ったんだろう。
「………実のところ、ナマエに避けられた時はそうしようかと思った」
「ごめん」
「謝って欲しいんじゃないんだ、ただ、その……」
「その?」
「僕も勝手に出て行ってすまなかった。ナマエと離れて、実のところ……寂しかった」
「え」
「ナマエとは、双子みたいなものだと思っていた。友達、と言うには距離が近くて、ただの幼馴染じゃないだろ、僕たち。親も、僕らを兄妹みたいに扱っていたけど、僕は、兄妹だと思ったことはない
つまり、僕は……ナマエが好きなんだ」
「え、え、嘘、嘘嘘」
リオの顔は真っ赤で、まるで女の子みたいだった。そこらへんの女の子より可愛いと思う。でも、私はリオのこと男の子だって、知ってるし、その、告白?告白されたんだ……。うそ、え?何か言わなくちゃ。どうしよう。
「嘘じゃない、僕は本気だ!」
リオはそう言うと、私の肩をガシッと掴んだ。
「ナマエ、君はどうなんだ……。僕のこと、好きなのか?好きじゃないのか?」
「え、え、え、えぇ……あ、あの、あのね、私もリオのことが……」
好きです、と言った部分はあまりにもか細くて、蚊の鳴くような声だった。リオはそれを聞くと、全身の力が全て抜けたようにヘニャヘニャと木にもたれかかった。
「ずっと、好きだったんだ……。実はその、君は綺麗になっていたし、恋人ができていないか心配だった……。それ以前に、僕のことを忘れていないか、ずっと怖かった」
「わ、私だって、リオが私のこと忘れてないか怖かったよ!」
「忘れるわけないだろう!」
「私だって!」
ひとしきり騒いで、お互い息が乱れて、小っ恥ずかしかった。
「リオ、今度はもう勝手に出て行かないでね」
「ナマエも、勝手にいなくなったりしないでくれ」
ちょっと恥ずかしくてもうなんだかいてもたっても居られなかったけれど、泣きたくなるくらい嬉しい。
そこからリオは私のところに来ることが多くなった。昔話に花を咲かせたり、お互いが居なかった間のことを話したりした。リオがあんな組織を束ねていたリーダーであることを私は知らなかったし、リオも私が学校で学んでいることを熱心に聞いてくれた。
リオは然るべき罪を犯したから、裁かれることになるだろう、と言っていた。確かに彼はテロリストだ。間接的に死人やけが人も出ているだろう。リオは優しいから、自分の罪を重く見ているのかもしれない。今はまだその時ではない。リオがもし、何年も何十年も刑務所に入ったとしても私は待とうと思う。
リオは別れる時、私の唇にキスして帰る。なんだか恥ずかしくて、私はやめて、と言うのだけれどやめてくれない。嘘、本心は嬉しいんだ。ただ、恥ずかしいだけで。
「ナマエ、可愛い」
リオはそう言って私を褒めてくれる。夕方、本格的に暗くなる前にやってきて、暗くなる頃に帰ってしまう。落ち合うのはいつも私の住居の近く。仮設住宅のほうだ。私なんて毎日の作業やら学校やらのせいで汗臭いのに、リオはいつも抱きしめて、可愛いって褒めてくれるんだ。
「私、臭いよ」
「ナマエは臭くない、いい匂いだよ」
リオに抱きしめられるとき、なんだか泣きたくなってしまう。昔、こんな風にしてハグされたことがあっただろうか。
「家に、帰ろう。全部終わったら」
「うん、帰ろう」
リオからは、いつも花のいい匂いがする。リオの家の匂いだ。昔遊んだ庭の匂い。思い出すだけで、なんだか泣けてきた。目の前にリオがいるのに、変だな。
「リオ、好き、大好き」
「僕もナマエが好きだ……ずっと一緒にいたい」
リオからは、優しい匂いがする。私もリオと同じように優しい人になれるのだろうか。そんな風に思うと、また涙がこぼれた。
彼はバーニッシュであるだけでなく、テロリストだったのだ。私は疑いたくて仕方なかった。マッドバーニッシュなんて指名手配もされているような集団だ。リオには一生縁がないだろうと思っていた。あんなに優しくて、誇りたかったリオがあんな荒くれ者の集団に入っているなんて信じたくない。
リオは私に気づいていなかった。きっと、ここにいるだなんて思っていないのだろう。そもそも、私のことを覚えているのかすら危うい。私は尻餅をついたまま、ずっと動けないでいた。リオが乗せられたヘリを、ずっと眺めていることしかできなかった。
リオは、最後に見たあの時よりも大きくなっていた。端的に言うと、男性らしくなっていた。見間違えるわけはない、あれは確かにリオだ。数年の間に変わってしまった幼馴染、私は彼が好きだった。
「大丈夫ですか!? 立てますか?」
レスキュー隊の女性が駆け寄ってきて、ようやく私は自分の置かれた状況を理解した。足は子鹿のように震えていた。それからどうやって家に帰ったかは覚えていない。
リオと私は家が隣同士で、ついでに言えば親同士の仲が良かった。
リオは昔から頭のいい子供で、私はそのおまけだ。リオの両親は優しくて、私のような出来損ないの子供にも優しかった。出来損ない、というのは誰かに言われたわけではない。リオの隣にいる私にそんなことを言う人はいなかった。けれども、肌で感じてしまうのだ。リオは出来すぎていたのだ。年不相応なくらい大人びていて、利口で、おまけに見た目に反して武闘派であった。私と言えば、飛び抜けてできるところなんてない。馬鹿だとは言わないけれど、彼に比べて数段劣っていた。かけっこも遅くて、全体的に動作が鈍いのだ。リオのお人形みたいに綺麗な顔と、私の顔のパーツがめちゃくちゃな顔、体つきも同年代の子より幼かった。かわいい服も似合わない、愛想もない、意地っ張りでプライドだけが高い生意気な子供。確かにリオも意地っ張りで我が強いところもあったが、私のそれとは違って、裏付けられた自信からくるものだ。リオの隣にたつと、嬉しいけれども悲しくなる。ミドルスクールに上がる時分、リオと離れようとしたのは私の方だった。
リオと私の関わりは、それ以降薄くなった。小さい頃はずっとべったりだった。まるで、双子のように。それが自然だったし、それがずっと続くと想っていた。リオは私に優しかった。知らないことを知っていて、それを共有することを楽しんでいた。私に優しすぎたのだ。私以外の人と一緒にいた方がいい。そう思って離れた。リオはどう思っているかはわからない。それからしばらくして、リオが隣にいないことにも慣れてしまった。慣れた頃、今度はリオがいなくなった。
街がボロボロになって、いろんなことがあって、私は結局何もできなかった。バーニッシュはもういないだとか、司政官が人体実験をしていただとか、驚くべき事項はいくつもあったけれどどれも私には他人事のように思えた。それよりも、早くリオに会いたい。郊外に住んでいた私は、あの時一人でマンションの中震えていた。そうしたら地震が起こって、ようやく家を出た時に、あの燃え盛る異貌を見たのだ。
あれはリオだと気づいた。気づいた途端にどうしようもなくなって、自転車を必死に漕いだ。街の中心には人がごった返していて、燃える建物や押し合いへし合いする人の中で泣きそうになりながら走った。
燃える街の中で、静止していたは私だけだ。
数ヶ月が経過して、街の復興は進んでいたけれどあの時間で時を止めてしまった私は、瓦礫の中でかろうじて住める場所を探して彷徨うだけだった。公営住宅だった私の家は、原型をとどめないくらいに崩れていた。
テントを張った簡易住居は、私には狭くて窮屈で、どうするわけでもなく、気の赴くままに歩いていた。
レスキュー隊の人々や元バーニッシュであった人々も私たちの手伝いをしてくれている。街は復興に沸いている。置いていかれているのは私だけだ。みんな前を向いている。私だけが後ろ向きで。
リオと一緒にいた人もいるのだろうか。ずっと、私はリオをのことを忘れようとしていた。忘れなくちゃ、と言い聞かせていた。取り柄もできることもない私を、学校に行くためとはいえ遠くに送り出してくれた両親には申し訳が立たない。今はもう、学校どころではないし実家に帰ってしまってもいいんじゃないだろう。そんなことも思う。
「ナマエ、ナマエじゃないのか!?」
聞きなれない低い声が言う。目線を上げると、リオが立っている。
「リオ、リオ!? 本当に、リオ……!?う、うそ!」
「ナマエ、久しぶりだな」
リオはそう言って笑みを浮かべる。身長もグッと伸びて、声も低くなって、服装も変わっていた。なんだか、同一人物じゃないみたいに。
「リオ、今まで何してたの……! 連絡もないし、本当に心配してたんだよ。おばさんも、おじさんも」
「僕はバーニッシュになってしまったんだ。そうなるとあの場所にとどまることはできない。でも、何も言わずに行ってしまったことは申し訳ないと思っている。心配をかけて悪かった」
リオは苦虫を潰したような顔でそう言った。
「……リオ、危ないことはしていないよね?」
沈黙
「マッドバーニッシュ……前のテロの時にリオの姿を見たよ
あそこにいたの、リオでしょ」
どうして、と聞きたいところをぐっと抑えた。リオの顔には苦々しい表情が浮かんでいる。
「やっぱり、そうだったんだ……
でも、リオには理由があるんだよね、そうじゃなかったらそんなことしない、よね」
「……僕たちは、ああいう風にしていないと、駄目だった。僕らの中の炎が燃えることは止められない。それに、財団は僕らを人体実験の道具に使っていたから、ああいう風にまとまっていないと危険だった。確かに、僕はテロリストだ。けれど、ああしていくしかなかったんだ。心配をかけて、すまなかった」
ああ、やっぱりリオはそうだったんだ。でも、生きていてよかったと思う。リオが元テロリストだろうがどうでもいい。今はただ、彼と会えただけで嬉しかった。
「ナマエ、向こうで話そう」
リオの後について、座れそうな地面に腰掛けた。
「ナマエ、僕たちのせいで君に迷惑をかけただろう。大丈夫だったか?怪我は?」
「……大丈夫。それに、気にしてないから大丈夫だよ。私はただ、リオが心配だっただけだから」
おもむろに缶詰を取り出し、ナイフでタブを開けた。
「食べるか?」
パイナップルの缶詰だ。
「パイナップル、好きだったろ」
懐かしい。昔、リオの家で食べた記憶がある。
「覚えててくれたんだね」
口に含むと、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がって、久しぶりの味に胸がいっぱいになった。
気がつくと、私はパイナップルを全部食べていた。手づかみで、行儀が悪い。でも、フォークも渡してくれないリオが悪いんだ。
「美味しい」
「よかった」
リオはおもむろにハンカチを取り出し、唇の端を拭った。
「ついてたぞ」
「え……ごめん」
もう顔が真っ赤だし、子供みたいだし、そんなに夢中になって食べていたのか、と恥ずかしくなる。
「リオ、お母さんみたい」
私がそう言うと、リオは私を小突いた。
「お母さんじゃない」
怒ったような、笑っているような、そんな声だ。リオのそんな表情、久しぶりに見た。
「嘘嘘、嘘だって」
私もケラケラ笑いながら、わき腹を小突く。
「ナマエ!」
リオは完全に破顔して、もうこんなしょうもないことで笑っていることがおかしくて、二人してずっとつつき合っていた。
思い返せば、こんな風に笑ったことも久しぶりだ。それに、さっき触ったリオの体が、思うよりもしっかりしていたような気がする。
固まってしまいそう。リオはやっぱり声も低いし、背も高くなってるし、もう何が何だか、男の人だった。距離も近いし、意識したら止まらなくなってしまう。そ、その、やっぱり、近い……。
勝手に一人で固まっている私を横目に、リオは一人余裕そうだ。
「ナマエとこんな風にするのも久しぶりだな」
「うん」
「ジュニアスクール以来か」
「そうだね」
あの頃、勝手に劣等感を抱いて逃げたのは私だった。今となっては恥ずかしいだけだが、リオはどう思ったんだろう。
「………実のところ、ナマエに避けられた時はそうしようかと思った」
「ごめん」
「謝って欲しいんじゃないんだ、ただ、その……」
「その?」
「僕も勝手に出て行ってすまなかった。ナマエと離れて、実のところ……寂しかった」
「え」
「ナマエとは、双子みたいなものだと思っていた。友達、と言うには距離が近くて、ただの幼馴染じゃないだろ、僕たち。親も、僕らを兄妹みたいに扱っていたけど、僕は、兄妹だと思ったことはない
つまり、僕は……ナマエが好きなんだ」
「え、え、嘘、嘘嘘」
リオの顔は真っ赤で、まるで女の子みたいだった。そこらへんの女の子より可愛いと思う。でも、私はリオのこと男の子だって、知ってるし、その、告白?告白されたんだ……。うそ、え?何か言わなくちゃ。どうしよう。
「嘘じゃない、僕は本気だ!」
リオはそう言うと、私の肩をガシッと掴んだ。
「ナマエ、君はどうなんだ……。僕のこと、好きなのか?好きじゃないのか?」
「え、え、え、えぇ……あ、あの、あのね、私もリオのことが……」
好きです、と言った部分はあまりにもか細くて、蚊の鳴くような声だった。リオはそれを聞くと、全身の力が全て抜けたようにヘニャヘニャと木にもたれかかった。
「ずっと、好きだったんだ……。実はその、君は綺麗になっていたし、恋人ができていないか心配だった……。それ以前に、僕のことを忘れていないか、ずっと怖かった」
「わ、私だって、リオが私のこと忘れてないか怖かったよ!」
「忘れるわけないだろう!」
「私だって!」
ひとしきり騒いで、お互い息が乱れて、小っ恥ずかしかった。
「リオ、今度はもう勝手に出て行かないでね」
「ナマエも、勝手にいなくなったりしないでくれ」
ちょっと恥ずかしくてもうなんだかいてもたっても居られなかったけれど、泣きたくなるくらい嬉しい。
そこからリオは私のところに来ることが多くなった。昔話に花を咲かせたり、お互いが居なかった間のことを話したりした。リオがあんな組織を束ねていたリーダーであることを私は知らなかったし、リオも私が学校で学んでいることを熱心に聞いてくれた。
リオは然るべき罪を犯したから、裁かれることになるだろう、と言っていた。確かに彼はテロリストだ。間接的に死人やけが人も出ているだろう。リオは優しいから、自分の罪を重く見ているのかもしれない。今はまだその時ではない。リオがもし、何年も何十年も刑務所に入ったとしても私は待とうと思う。
リオは別れる時、私の唇にキスして帰る。なんだか恥ずかしくて、私はやめて、と言うのだけれどやめてくれない。嘘、本心は嬉しいんだ。ただ、恥ずかしいだけで。
「ナマエ、可愛い」
リオはそう言って私を褒めてくれる。夕方、本格的に暗くなる前にやってきて、暗くなる頃に帰ってしまう。落ち合うのはいつも私の住居の近く。仮設住宅のほうだ。私なんて毎日の作業やら学校やらのせいで汗臭いのに、リオはいつも抱きしめて、可愛いって褒めてくれるんだ。
「私、臭いよ」
「ナマエは臭くない、いい匂いだよ」
リオに抱きしめられるとき、なんだか泣きたくなってしまう。昔、こんな風にしてハグされたことがあっただろうか。
「家に、帰ろう。全部終わったら」
「うん、帰ろう」
リオからは、いつも花のいい匂いがする。リオの家の匂いだ。昔遊んだ庭の匂い。思い出すだけで、なんだか泣けてきた。目の前にリオがいるのに、変だな。
「リオ、好き、大好き」
「僕もナマエが好きだ……ずっと一緒にいたい」
リオからは、優しい匂いがする。私もリオと同じように優しい人になれるのだろうか。そんな風に思うと、また涙がこぼれた。
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