屋上は立入禁止


今は授業中。だが、教師が急用でいない為自習時間になっていた。自習時間は基本教室にいて、出された課題や予習復習若しくは読書などに使われる時間である。

「水鏡さぁ」

もちろん水鏡もそのつもりだった。
しかし偶然にも自習前の休み時間に烈火にあって(しまい)普通の授業ではない事を知られた。
目の前の男は当たり前のように口を開いているが、もう一度。今は授業中だ。

「……」

え?あ、自習なの?じゃ、屋上にいるから!

じゃ、じゃない。と出かかった言葉も、どこかに消えた。

散々振り回されてきて慣れたのか麻痺してきたのか、冬空の下でマフラーをぐるぐる巻きにして烈火に付き合っていた。
唯一、強風を凌げる室外機の間に隠れるようにして座っている水鏡に対して烈火は防寒着の類を身につけておらず、それでも鼻先を少し赤くしながら空を見上げていた。

「水鏡さ、自分の噂って聞いた事ある?」

「噂?」

興味無いな。

でしょうね。

烈火は水鏡の正面に座って胡座をかいた。深妙な顔をしているのは、なぜなのだろうか。
噂なんてそもそも良いものがあるとは思えないし、言われたからといって何か変わるものでも無いし変えるつもりもない。出来る限り人と関わりたくないと過ごしてきたのに、この男に会ってから台無しだった。それが最近された噂で悪いものならこいつらの所為だとはっきりと言ってやりたかった。
染まり、流された自分が一番腹立たしいのは変わり無いが。

「興味無いとこ悪いんだけど、どうしてもホントかどうかを確かめなくちゃいけなくてな」

と言うと、学ランのポケットからミルクティーを出してくる。受け取ればそれはまだ暖かく、水鏡の為に買ってきたものだと分かった。寒い中付き合ってやってるんだからこれくらいは当たり前だ、という気持ちと気を使うくらいなら呼ぶなという気持ちが渦巻く中、せめてもの寒いアピールの為すぐに開栓して一口含めば喉が温まる。その様子を一通り見て、烈火は笑った。

「水鏡、夜が情熱的って本当?」

「……っごほ…」

マフラーにかかったミルクティーをどうしてくれる。

「……なんだって?」

「だからね、夜の話でセッ……」

「あ、いや。いい」

嫌でも聞き取れていたから、それはいい。しかし、そんな事…。

「誰が言ってたんだ」

飛んだミルクティーの雫を払いながら烈火に聞けば、地面に置いたペットボトルにご丁寧に蓋をしていた。ギュッと閉めた後、水鏡を見つめる。

「女子がね。「水鏡先輩ってあんなにクールなのに、夜は凄いんだよ!内緒だからね!」みたいな事言ってたよ」

気持ち悪さ全開の裏声で女子生徒の真似をしていたが、そんな事より内容だ。噂はあくまでイメージやら印象やらで広がっていくものだと思うが、これは噂ではなく嘘だ。そもそも女子生徒とそんな関係になった事すらない。悪意としか思えない。
水鏡の隠そうとしない不機嫌を知ってか知らずか。

「まじなの?」

顔を覗き込む様にして尋ねてくる。
返事をする気にならなかったから解いていたマフラーを巻き直し、近づいてきた顔から遠ざかった。

「そこははっきりさせとかないと」

「なんで」

「お前が女子としたのかは、気になるでしょ」

「……そっちか」

「情熱的だったのかより、まずはそこ」

この問い詰め具合からして何も言わないというのは無理そうだった。ミルクティーの香りがするマフラーに鼻まで埋まりながら、大きく溜息をついた。

「そもそもした覚えは無い」

「そうなの?」

「信じるかどうかはお前の勝手だがな」

ちらりと視線をやれば、烈火は納得したのか歯を見せて笑う。始めから、その噂とやらを信じてはいなかったんだろうと感じた。

「まあ、でも。情熱的なのは間違ってはないんだけどな」

「知らないな」

またぁ、と一歩前へ進み水鏡に近づいた。内緒話でもするかの様な密やかな声で、あえて低めの声で。

「気分になった時のお前、結構だよ?水鏡」

「……」

ゆっくりと伸びてきた手を避けてから水鏡は腰を上げた。つれねーの、なんて声が聞こえたが知った事ではない。
とにかく、ここは寒い。

「戻る」

「待ってよ」

烈火の横を通り過ぎようとすれば腕を取られた、それもかなり強めに。抗議の声を上げる前に壁際に戻される。

「馬鹿力が……っ」

一瞬で解かれたマフラーを頭から被らされ、少しカサついた唇が重なる。それは深くなる事はなく、何度か食まれて離れていった。

「嫌がらないの?」

「呆れてるんだ」

「水鏡、俺以外とセックスしないでよ?」

「なんでそんな事お前に言われなきゃならないんだ」






恋人でも無いお前に






ここまで来てやって、さらに寒さに耐えながら下らない噂話にまで付き合わされて。
自分勝手な独占欲まで押し付けられて。

なぜ、こんなに面倒な事をしているんだろう。

今は自習時間で、普通なら暖かい教室で読書をしているはずなのに。
頬を掴まれ呼吸を奪われているのは。




「お前が好きだよ、水鏡」




北風の中、身体が熱いのは。







end.

2020年9月16日
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