蕩ける間合いで戯れを
お前が長い時間僕を好きだっていうのは、それはもう恋愛感情じゃない。ただ、あの時手に入らなくて悔しかっただけだ。そうだろ?
欲しいものは手に入れようと思えばどうにでもなる今、お前に僕は必要ない。そんな感情ぶつけられるのは迷惑だよ。よく考えろよ。
たしかに悔しかったよ。いくら好きだって言っても本気にしてくれないし、だからといって俺の事嫌いだとは一言も言わなかったからな。じゃあ、なんで抱かれてたんだよって。嫌いじゃなきゃ誰にでも身体渡すの?俺だからなのかって、自惚れるだろ。
僕のせいか?それでも好きだって言い続けたのはお前だろ。人のせいにするなよ。誰も、お前のものになるとは言ってなかったろ。
抱かれてたのは気まぐれだってこと?そんなんでお前が、男の俺に抱かれてたの?俺が可哀想だった?ずいぶんだな。
それでも良かったんだろ?僕とセックスしたかったんだろ?それだけじゃないとか、今更綺麗事言うなよ。
セックスしたいに決まってるだろ好きなんだから。触りたいって思うの普通だろ。なんにも恥ずかしくなんてねぇよ。お前がどう俺を見ようが勝手だけど、俺がお前を好きなことには変わりねぇからな。
俺が何を持ってるって?なんでも手に入る?何言ってんの。あの時から俺は一番欲しかったものが手に入ってない。ずっとだ。
何年経ったと思ってるんだ。百歩譲ってお前のその感情が本物だとしても、僕は変わったよ。もう「お前の好きな水鏡」じゃない。諦めろ。気まぐれでセックスする程暇じゃなくなったんだ、お前の相手はしない。
なら、本気で相手してくれるようになりゃいいんだろ?簡単な話だ。
中身は成長してないみたいだな。
安心したろ?俺は変わってない。それに、お前だって変わってないよ水鏡。
こうやって。俺の腕の中にいる。
◇◆◇
「しつこい…」
目にかかる前髪を頭を撫でるようにかき上げ、露わになった額に唇が落ちてくる。軽く吸い付かれて出るリップ音が薄暗い部屋に響き。間接照明だけの部屋は肌をぼんやりと滑らかに見せるのを手伝って、陰影をより濃く出していた。
寝る前のリラックスしていた時間の訪問者は、さも入れてくれて当たり前な顔をして現れた。そして我が家のように寛ぎ、ペットを愛でるかのようにごく自然に水鏡に触れる。
「……やめろ…」
ゆっくりと吐き出された言葉に烈火は口元だけで笑い、額からこめかみ、耳の近くまで顔を寄せた。
「説得力ないなー、水鏡」
水鏡の薄い唇に親指を当てて撫でれば、顔を背けられた。その晒された首筋に舌を這わせる。
「……っ」
「油断してっと食っちまうぞ」
飛んできた裏拳をぎりぎりで回避して、烈火は歯を見せて笑った。
そう。あれから、こうやって触れてきてはいるがセックスはしていなかった。顔や衣服から出ている肌にキスをして、抱きしめて。唇同士で重なってもいない。何年か越しの触れ合いは驚くほど緩やかで、痺れるほど甘く苦い。
「随分余裕だな、烈火…」
張り付いていた男を押し戻して、溜息を零した。近くにいればいるほど熱は高まるだろうに、烈火はそれを敢えてしていたのだ。あれだけガツガツしていた姿が嘘のように。
「余裕って、そんなん無いけど」
ほら。と、水鏡の手を引き自分の股間へと導く。そこは熱く狭そうに納まっていた。擦り付けられて手を引きたかったが、手首を力強く握られている為睨むしか出来なかった。
「お前、馬鹿だろ」
「俺とセックスする?」
「しない」
「でしょ?だからまだってことよ」
そう言い、烈火は掴んでいた水鏡の手首に唇を寄せた。しかし水鏡はその唇が触れる前に振り払ってもう一度、哀れみさえも含んで呟く。
「馬鹿だな、本当」
やめればいいのに。こんなこと。
以前、なぜ唇にキスをしないのかを訊いたら
(唇にしたら止められる自信が無い)
と笑いながら言われた。したいしたいとあれだけ言い放ったくせに、止めなきゃいけない理由はなんなのかも訊いた。それに限っては、言葉を濁し言いづらそうにしたが静かに口を開いた。
(水鏡がする気ないならしない。お前が俺に惚れて、触って欲しいって思わなきゃ意味ないからな)
水鏡は、もっと強く拒否をするべきだともちろん考えていた。烈火と再び関係を持つ事が嫌ならばそうするべきだと。分かってはいた。近づく事も、触れる事も、少しでもさせるべきじゃない事も。
でも。「求められている」という状況が、麻薬のように悪さをしている。必要とされている事がどれだけの快感を生むか、知ってしまっているから。
もう、やめたかったのは本当だ。ずるずると烈火を引き摺り込んでしまった後悔も含めて、きっぱりと。
やめればいいのに。
ソファーの背もたれに寄りかかりながら視線だけを水鏡に合わせて、烈火はゆっくり笑った。
「そんな顔すんなよ。これでも結構楽しいんだからさ」
「楽しい…?」
「そう。早く落ちちゃえばいいのにって思うけど、悩みまくってる水鏡見るのが」
あんなこと言って俺の事遠ざけようとしてたけど、目が裏切ってたから。引くわけにいかない。ゾクゾクしたよ。あれが俺の好きな水鏡だからな。
「だから今、楽しくて仕方ない」
「……」
鳥肌が立った。首筋から頸にかけてざわざわしたものが走る。
今抱えている葛藤を見透かされていたからでは無い。自分のしていることがただの無駄な足掻きだとか、烈火を楽しませていることに腹が立ったとかでも無い。
しばらく烈火を見つめた後、視線を外して左手で頭を抱えた。
「……、最低だ」
「誰がよ」
「お前」
やっぱり好きだ。とか、そういった感情は無い。少しも思った事が無い。こんなにも面倒で扱いにくいだろう自分を好いている烈火の気持ちがさっぱり分からない。説明されてもきっと理解もできないだろう。
できない。
いや違う、したくないんだ。
お互い、この距離感が一番ピリピリと肌を刺激すると分かっているから。だからきっと。
「……だから、か……」
水鏡は脱力していた体を持ち上げ、隣に座っている烈火の正面に立った。特に驚く事もなく見つめ返してくる男の胸倉を雑に掴み、顔を寄せた。
「僕は楽しくないんだけどな」
「嘘つけ、お前だって俺で遊んでるじゃん」
なんなら我慢大会でもしようよ。
時間はたっぷりあるしさ。
「遊ぼう、俺と」
で、安心して落ちておいで
end.
2020年2月29日
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