互いが互いに

来なきゃ分かってんだろーな



なんて物騒な台詞を吐いたのは幼馴染みの風子。
高三、最後の文化祭前に顔がつきそうになるくらい近くで言われた。
中高とイベントが大好きだった自分だが、高三に上がってからは不思議なことに全く興味がなくなり。体育祭、合唱会などの行事も全て欠席して、今までの暴れっぷりが嘘のように大人しくなったと、あれだけ苦労していた教師たちが心配し、ため息を吐くほどだった。それでも回りには人が集まり、遊びに行く事はしたが、端から見ればそれは比べようもないほど「らしく」なかった。




秋、十月も半ば。
行く気なんて更々なかったが、家の前、更には部屋の前、布団の前まで迎えに来られては追い返すのがさすがに悪い気がして。渋々と着替えて学校へ向かった。

祭り独特の雰囲気の中、楽しげな友人に話し掛けられれば冗談混じりに返し。

(まぁ、いいか)

一日くらいは楽しもうと決めて、出店で売っていたコーラを飲みながら校庭にいると人だかりが見えた。
何だろうと思っていると、女子生徒が通り過ぎた。

「水鏡先輩来てるって!」







「なんで来てんの」

「呼んだから」

「だから誰が」

「私が」

「どうやって」

「どうって、電話で?」

「……喧嘩売ってる?」

「なんでよ」

つーかなんで苛ついてんだ、おまえ。
と彼女は首を傾げる。

風子との会話でもいまいちはっきりしなかった。
何がかと言えば、水鏡は卒業してから一切連絡が取れなくなっていたのだ。いつの間にか引っ越しもしていて、携帯番号も変えていた。
そして、それを風子が知っていたのに驚いた。

自分には、突き止められなかったのに。
腹の中で嫌な気分が渦巻いていた。誰に対するものか、風子なのか水鏡なのか……はたまた自分なのか。

すっきりしないままでいると、風子が水鏡を呼ぶ。

「烈火、みーちゃんに会ってないだろ」

「まぁな」

「再会」

「なんだそれ」

にっこりする風子に苦笑しながら、水鏡を待った。





「みーちゃんおヒサ」

「あぁ」

腰まであったあの髪はバッサリと切っていて、耳が出るくらいの短さになっていた。

「来てくれたんだ?」

「来ないとぶっ殺すって言われたら来るしかないだろ」

数日前の自分と同じ様な脅しをかけられていたのを知って、少し可笑しかった。
彼の格好はラフだった。細めのジーンズに襟の立った綺麗なシャツを着て。女子に囲まれていたときなんて、まるでアイドルのような雰囲気だった。

「きちんと高三になれたのか、二人とも」

「失礼だなぁ。なぁ、烈火」

「極まりない」

「僕はおまえが一番心配だったよ」

と烈火を見て笑う。

「俺はやれば出来る子なんだよ。期待が外れたな、水鏡」

「あぁ、少し残念な気がする」

「んにゃろ」

その可愛いげのない返答に、やはり水鏡だと心で頷いた。

「もう一人の問題児はどうした」

「見つけてくる!」

風子が駆け足で離れていく。
それを見送ってから、烈火は水鏡に視線を戻した。

「なぁ」

返事があるわけじゃない。顔も向けずに視線だけ合わせるだけ。
そう。今までの空気が変わった。

もちろんその理由も知っていた。

「どうして誰にも言わずにいなくなったんだよ」

烈火の言葉を聞いて、水鏡は嘲るように笑った。

「はっ…、言うと思うのか?おまえに」

「思わねぇよ」

「じゃあ聞くな」

ジーンズのポケットに手を入れたまま、既に外されている視線が合うことは無かった。

「風子や土門も心配してた。あいつらには教えてやっても良かったのに」

「それじゃおまえに教えない意味がないだろ」

「そんなに嫌いかよ」

「……」

分かりやすすぎて笑いが出てくる。

烈火に自分の居所が知れないように一切の連絡を絶っていたのだ。素直に水鏡を心配している人間も勿論いたが、彼にとってはそれは二の次だったということだ。
何よりも、烈火との接触を断ちたかった。

「今、どうしてんの?」

「何が」

「大学とか、行ってんだろ」

「関係無いだろ」

風が吹いて水鏡の髪を乱す。
鬱陶しそうに頭を振るうその姿は、卒業時と何ら変わらなかった。
変わらなさすぎて腹立たしく思う。自分に対する視線も態度も。
きっと気持ちも何一つ変わっていない。たぶん、これからも。
それが可笑しくて烈火は笑った。

「関係無いな、確かに。気にはなるけど」

「どうして」

冷たい目だった。
ちらりと見られただけで釘付けになる程に。

「関係無いけど知っておきたいとか、あるだろ」

「無いな」

「あるって」

とりつく島もない言い種に呆れて言えば、水鏡が溜め息をついた。

「じゃあ言い方を変えよう。おまえが嫌いだから教えたくない」

「……ほんと、分かりやすくていいな」

笑うと水鏡が視線を寄越してきたが、なぜか正面から向き合えなかった。




「みーちゃん!!」

一際大きい声は土門。
水鏡の背中を叩いて嬉しそうに肩に手をかけた。

「連絡が取れなかったからよ、心配してたんだぜ。烈火も風子もよ」

「悪かったな」

さりげなくその手を避けて微笑む。
あれだけ人前で笑うことをしなかった彼のその表情に。風子、土門は目を瞬いた。

「色々と忙しかったんだ」

「まぁ、見つけられて良かったよ。大変だったけどね」

たくさんの知り合いに連絡をして、水鏡の居場所を探し出したのだ。それはもう、学校までをも巻き込んでの作業だったのだと言う。


「ねえみーちゃん、大学楽しい?」

「別に、普通」

普通ってなんだ!と声をあげる風子の横で、烈火は目を細めていた。
烈火には大学に行っているかどうかも教えなかったのに、風子の質問に当たり前のように答える水鏡。
それは大学に行っているかどうかを本当に知りたかった、などという事ではない。


ぐるぐると、腹の中で何かが渦巻いている。

何だ、何だよ、なんか……気持ち悪い。

そんな烈火をよそに、風子たちは楽しそうに会話をしていた。

「学校みて回りなよ」

「いい。すぐ帰る」

「見てまわれよ」

「あぁ」

風子の威圧にも相変わらず弱い。いつもの事なのにそれさえも気分が悪かった。気分が悪くて、それ以上に腹が立っていた。もちろんその理由なんて分からない。

ただ、何かに苛ついていた。







風子に「顔色が悪い」と言われたので、保健室へ行くと言い残し屋上へ向かった。
もうすっかり秋らしくなって、吹く風も差す日も優しい。ここへ毎日のようにサボりに来ては日々の変化を感じて、退屈な時間を潰す。変わっていく季節と変わらずに屋上へ来ている自分が同じ環境にある事がとても奇妙だった。

ふと、思い出した。

水鏡の卒業式。
涙を浮かべて見送る二年と、笑顔の三年ばかりのあの中。
あれだけその場にそぐわない二人がいた事を、誰も不思議がらなかった。今にして思えば皆それぞれが夢中で他人なんて見ていなかったからからだと思うが。
無表情で時が経つのを待っていた水鏡と、それが気に食わなくてひたすらに彼を睨み続けていた自分。なぜそんな怒りが沸いてくるのか当時は考えもしなかったし、考えたとしても答えようがなかったと思う。今でもはっきりとは言えないが…。
強いて言うなら、
『なぜそんなに急いで何処かへ行こうとするのか』
それが一番しっくり来る理由かもしれない。



校庭の方から明るい音楽と笑い声が聞こえてくる。

「うるせぇな……」

水鏡に対して怒りっぽくなったのはいつからなのだろう。
冷たいくせに人に好かれて、自分では寄っていかないくせに人が集まる。話せばわりと親しみやすいからなのかもしれないが。
あからさまに敵意を剥き出しにされているのは自分だけ。思い当たる事がないわけじゃない。

でも。
いや、だから、やっぱり。

「……俺は、水鏡が嫌いだ」


そう。嫌いだ。







■□■□■□


「烈火、大丈夫かな?今日、無理やり連れてきちゃったから……」

心配そうにする風子に土門が声をかけていた。


それを横目で見ながら馬鹿馬鹿しいとまで思った。
心配する必要なんてない。保健室なんて行かずに屋上辺りにいるに決まっている。
頭の中に顔が出てきて、思わず舌打ちをした。


あれほど自分勝手で我が儘な人間はいない。
それで本当に駄目な男かと思えば、その破天荒な性格でも友人は多く、奴自身もそれらには優しく大事にしていた。
しかし、どうにもうわべだけにしか思えないのは、暗い部分を見せつけられている時間が長いせいだと思う。その表裏ある性格も、自分に見せる暗い部分も見せない部分も全てが不愉快過ぎて。

一言では片付けられない気持ちが沸き起こってくる。そして表面だけの友人を演じ続けていた。お互いに。

気分悪く、吐き捨てたくなるこの感情はやはり、「嫌い」だと言うしかないのだろう。








「ねぇみーちゃん、烈火の様子見てこようよ」

「あいつなら平気だろ」

「そんなこと言うなよ、友達だろ」

「……仕方ないな」

風子に腕を引かれながら、『心配そうに』頷いた。







END.
20110827
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