すれ違い≠マンネリ
その夜は全然寝付けずに、ベッドに入ったはいいが一向に眠気はこなかった。
いつもより広いベッドで、顔の横には烈火の匂いの付いた枕がある。
どうしてか。それを避けて寝ようとは考えなかった。
窓越しに車のエンジン音が聞こえるだけの空間、暗闇の中で目を瞑っていた。
玄関の鍵が開く音が聞こえた。もちろん無理やりではなく、この家の合鍵を持つものが開けたのだろう。静かにドアを閉め、廊下を歩いて寝室のドアノブを回して入ってくる。
躊躇い無くベッドに近づくと、声を掛けた。
「水鏡」
きしむ音と同時に烈火が近くに見える。
「……なに」
「もう一度聞かせて」
顔の両側に腕を置かれて囁くように。
「水鏡は、もう俺を好きじゃなくて。嫌いになった」
「……」
「そう言ったな」
「ああ、言った」
水鏡があっさり言うと、烈火は「わかった」と二・三回頷いた。
そのまま出て行くかと思えば、烈火は水鏡の上にある掛け布団を剥ぎにかかった。
「……っなにしてる!」
「見りゃわかんだろ、乱暴しようとしてる」
「ふざけるな、離せよ」
肩をつかんでいる烈火の手を外そうとすれば、片方の手で頭上に持っていかれる。馬乗りにされて、身動きが取れなかった。
「いい加減にしろっ、烈火!」
「嫌なら逃げればいいだろ」
「なら、離せよ」
「この程度、お前ならすぐに逃げられるはずだ」
「……っ」
「どうしてしない?俺が嫌いなら、触られるのが嫌なら……逃げろよ」
最後の台詞を吹き込むように口付けされ、絡め取られた舌は優しく噛まれた。
それは乱暴でもなんでもなかった。溶けるような口付けに、既に解放されている腕ごと抱きしめる。それはただの逢瀬で。
「…っ、……ぁ」
「……水鏡…」
「ぃ…やだ、……離せよ」
シャツのボタンを一つずつ外していき、現れる肌に唇を落としていく。白い首筋に顔を埋めて、音を立ててキスをして。
水鏡は吸い付かれる感覚にざわつき、くせのある烈火の髪の毛をつかんだ。
「やめろ…、どうしてこんな……っ」
本当に乱暴するのであれば、抵抗するつもりだった。
それをいつものように丁寧にされれば、どうしていいのか分からなくなる。なによりも、烈火の目が優しすぎた。
「どうしては……、俺の台詞だ。水鏡」
「…ぇ……」
不意に聞こえた切ない声に反応すれば、烈火としっかりと目が合った。
「どうして、ちゃんと抵抗してくんねぇんだよ。どうして……それで嫌いだって言うんだ」
「そんなの…、お前が本気じゃないから……」
本気じゃないから抵抗しないなんて理由はない。そんなの言い訳に過ぎないのはお互い分かっていた。嫌いなら、触れられるのでさえ嫌なはずだからだ。
「俺は本気だ。本気で、お前を抱こうと思ってるよ」
軽く唇を合わせられて、シャツの残りのボタンも外される。再び首元から胸にかけて撫でるように触れられ、キスをされる。
そのゾクゾクする感覚と、胸につっかかるものの息苦しさに視界が潤んだ。
鳩尾から下腹へ烈火の頭が移動して、ズボンに手が掛かる。
「やめてくれ……」
「…水鏡?」
「もう、本当に……」
「……そんなに嫌なのか」
「ちがう…っ」
これは何だろう。苦しいのは、なんでなのか。
痛いわけでもなく怒りでもない……自分は
……悲しいのか。なぜ。
「僕は、お前を拒めない」
「俺を嫌いなのに?」
「嫌いなのは、お前の方だろ」
「だから、俺はそんなこと言ってない」
「でも、飽きたのは確かだろ」
「どうしてそうなる」
首を振る烈火は呆れたように溜息をついた。
「俺から言わせてもらえば、飽きたのは俺じゃなくてお前の方だと思ってたけどな」
「なんでっ」
「そう、『なんで』だろ。まさに今の俺の気持ちだよ、水鏡」
水鏡の腕を取り、半身を起こさせる。脱がしたばかりのシャツを肩にかけてやり、向かい合って、胡坐をかいた。
「自分で言うのも何なんだけどな、俺はお前との関係が始まってからお前に惚れられてる自信が無かった。それでも傍に居てくれるしな、触っても拒否られなかったし。お前が素っ気無くなっても、抱かせてくれるから」
「……」
「傍に居てくれるなら、それだけでもいいと思った。俺の事を好きじゃなくても。無駄なこと言って『うっとうしいから別れたい』って言われたら、嫌だったから」
素っ気無く感じていたのはただのすれ違いに過ぎなかった。ほんの少しタイミングが合わなかっただけで、ずれが生じてしまう。つまりはそういうことだった。
「でも、実際言われると、考えてたより全然しんどいな…」
「僕は……」
「だから今、お前に本気で抵抗されたら諦めようと思ってた」
泣きそうな顔で水鏡の手を握る烈火を、妙な気持ちで見ていた。
「僕は、お前に…」
「……」
「誤解、させてたのか」
「誤解?……じゃあ、本当の気持ちを聞かせてくれるか?」
「…ぁ……」
END.
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