すれ違い≠マンネリ
特に大きな声で口にしたわけではないのに、その台詞は意外と響いた。
もう長い事一緒に居て、マンネリという言葉だけでは片付けられない距離ができた事に気づいたのは最近だった。もちろん始めはそれを不安に思ったし、どうしたらいいのか考えたりもした。しかし、その努力すらしなくなってくれば、一緒に過ごす時間の意味を問うようになる。
男女のように『結婚』という区切りがあれば別なのだろうが、所詮は同性。気持ち一つのものならば、もうこの関係は無意味なのだろう。
「なに?」
テレビを見ていた烈火が真剣な表情で振り返る。
その視線に、一瞬喉が詰まった。久しぶりに真正面から向き合った気がする。
「もう、終わりにしようって言ったんだ」
「……なにを」
意味は伝わっているはずだ。
水鏡はあえて返事をしなかった。
見つめ合ったまましばらくの時間が経つ。空間の動きが止まったかのような居づらい空気だったが、口にしたことは取り消せない。もちろん、取り消すつもりも無い。
「それは……なに、俺と別れたいってこと?」
烈火の眉間に皺が寄った。
「別れた方がお互いのためだと思ってな」
「は?」
「そうだろ。お前が僕に飽きて、それでも一緒に生活する意味なんて無い」
「……」
「僕にとってもそのほうがいい」
散々好きだと言い続けていた烈火が毎日あっさりとした生活をし、夜は夜で思い出したように水鏡を抱く。冷静に見ればそれだけの関係でもあった。
以前のように激しい嫉妬や独占欲を見せるでもなく、大人になったといえばそれまでのような。一般的には在りうる恋人関係かもしれないが、こればかりは同性だからこその結末かもしれない。
「お前が俺に飽きたんじゃねぇの」
思わず否定の言葉が出そうだったが、それを言ってしまえばまたダラダラと続くに違いない。それなら諦めるしかなかった。
水鏡は少し目を細めて、目の前の瞳と視線を合わせる。
真っ黒な烈火の目は本当に、好きだった。
「僕が言い出したことだ。……それで、充分だろ」
「俺を嫌いになったか、そうじゃないかを聞いてんだよ」
苛ついたような口調も久しぶりに聞いた。どれだけ会話らしい会話をしていなかったのか、実感させられた。
「嫌いなら、そう言え」
……なんて酷な事を。
別れ話を持ち出しはしたが嫌いなわけじゃない。だからこそここまで一緒に生活してこられたのだし、素直に抱かれていた。
しかし、自分の思い一つで烈火を縛り付けておきたくない。この男が持ちかけた関係だから、烈火が今現在抱いているのは愛情ではなくただの情だろうと、そう思う。優しい男だから誰よりも優しい男だから。
その代わり……
……自分は嘘をつく。
「そうだな、じゃあ言うよ。お前が嫌いだ、別れてくれ」
避けてきた言葉の割には、すんなり口から出ていった。声が不自然でなかったか、それだけが不安だったが。
「……」
烈火は黙ったままだった。
視線を逸らさずに水鏡を見つめる彼は、何かを考えているような、探るような瞳をしていた。
いつの間にか消されたテレビの代わりに、カチカチと時計の秒針が進む音ばかりが響く。
二つ返事で終わると思っていた。自分が切り出すのを、きっと烈火は待っていたと思っていた。だからこれ以上話し合う事はないと。
しかし水鏡の考えは、烈火の沈黙とそれの末に聞かされた静かな言葉で間違っていたと気づかされた。
「俺は、別れたくない」
「どうして」
「どうしてって……」
少し呆れたような、困ったような顔をした。これは本当に意外だった。
「もう、意味無いだろ。一緒に居ても」
「その『意味が無い』っていう意味が、俺には分からない」
軽く首を振る。
「付き合いって、そんなんが必要だったか?」
「そうじゃない。互いに好きでもないなら、一緒の時間を過ごすのは無意味だって言ったんだ」
「ちょっと待て。さっきも気になったけどよ……」
下を向き、水鏡から一旦目を逸らして少し考える仕草をし。そしてすぐに戻された視線は、思ったよりも優しいものだった。
「俺、お前のこと、一言でも嫌いだって言ったか?」
確かに言われていない。が、そんな事は正直どうでもよかった。
この状況、現に水鏡自身が『烈火は自分に飽きた』と思い、別れるべきだと口にした。それが現実だ。
「……そんなの、言おうが言うまいが同じだ」
過ごしていれば伝わってくる。
そう付け足した。
――そうかよ
呟いて部屋から出て行く烈火の背中を見て、もう戻ってこないかもしれないと感じた。
考えてみれば一方的な別れだ、烈火が別れたくないと言った時点で自分の嘘が意味のないものになった。
たとえば逆に、『嫌いだ』と言われたらきっと正気でいられなかったと思う。この不安の正体は、烈火に対する執着なのかもしれない。それも、自分の思っているより遥かに。
帰ってきて欲しくて、このまま別れたくて。
自分の気持ちに整理がつかなかった。
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