裏返すことの意味
しばらくの沈黙が続いた。
さっさと帰れと目で訴えても、何も感じないかのように見つめ返してくる。
ふと、烈火の右手が伸びてきた。
「なに」
「いや、少しだけさ。触らして」
「いいって言うと思ってるのか」
「いいや」
笑う烈火を睨みつける。
「姫の事、大事にすりゃ文句無いんだろ?」
「……」
「お前に手を出しても」
じっと視線を合わせてくる烈火の目が嫌いだった。
……違う、正確には『嫌いになった』だ。印象深いせいなのか、捕らわれている感覚に陥る。今まで感じたことも無かったそれは、この男を嫌いになったと同時に起きた。
「なんの話だ」
信じられないようなことを口走るくせに真剣な表情なのが、水鏡には癪に障って仕方が無い。
「だって前に言ってたじゃんか」
『柳さんに僕と同じようなことはするな』
『お前には、いいの?』
『彼女が傷つくよりましだ』
「どんだけ姫が好きなんだよ、水鏡」
言った事は覚えている。遠まわしに「柳が傷つくからこんなことはやめろ」と言ったはずだったのだが烈火は理解していなかった。もしかしたら理解したうえで分かっていない振りをしているのかもしれないが。
「俺が妬く位だもんなぁ、やだやだ」
かといって、抱くとしてもお前みたく押し倒したり縛ったりしねぇから安心しろよ。と、笑った。その顔が水鏡の気持ちを粟立たせる。
腹が立つ、腹が立つ。なんなんだ、こいつは。
「ほら、勝手に触るけど?いいのかよ」
はっとした瞬間には片腕をつかまれていた。
「離せっ!」
「いいよって、離すと思う?」
本当に、死ねばいいと思う。
いつの間にか玄関から廊下に侵入してきていた。腕を引かれながらだったので離れるために後ずさっていたら壁際まで追い詰められる。
「あ」
「えっ…」
烈火が声を出したので反応すると、彼は水鏡の顔を見て言った。
「玄関の鍵、閉めてねぇや」
「ふざけるなっ!離せ!」
壁に押し付けられて身体を割り入れられる。首筋で息を吸われたその感触に鳥肌が立った。
「そのまま座って」
「離せ…っ」
「立ったままのがいいのかよ、好きモノ?」
殴ろうとしても両腕は烈火の腕に挟まれているので動かす事ができなかった。
腰を掴まれ、寄せるように体重をかけられると膝が曲がり、座る体制を取らざるを得なくなる。
「……っ!」
「安心しろよ」
「…な…っに…」
「ちょっとだけだから」
それが嫌なんだと心の中で叫んだ。
少しだけと言いつつ自分を追い詰め、だらしない身体だと笑って。結局は自分のせいにして事を終わらす。
「この気分のまま姫に会うのはちょっとまずいからさ」
発散させて。