降り積もる雪


小説
降り積もる雪
 積もって 積もって、積み重なる。

 積もって 積もって、重たくなる。

 積もって 積もって。




 目が覚めれば薄暗く、何時かと思って時計を見ても日が登っていていい時間だった。
 身体が寒くて少し眉を顰め、ベッドから半身を起こして辺りを見回した。床には脱ぎ散らかした跡が残っていた。もちろん、昨夜自分が着ていた服だ。さすがに、裸のままで起き上がるわけにもいかず、腕を伸ばしてそれを取りとりあえず身に着けてからリビングへ向かった。

「……」

 静かなリビングの違和感。
 それはすぐに気が付いた。昨日の夜から居座っていた人間がいない。

  自分ひとりだった。

 一瞬、まだ夢の中かと思った。
朝起きると必ずいる男がいなかった。

  ひとりだった。

 空気の止まったリビングを歩き、窓辺に近づくと冷たい気配がする。カーテンを開ければ眩しさに自然と目が細くなった。
 窓を開けた。そこは、深夜から降っていただろう雪に覆われて真っ白な世界が広がっていた。

「…寒い」

 窓を閉めようと手をかけた時、マンションの入口でうずくまっている奴を見つけた。もちろん、誰だかはすぐに分かった。
 ソファーに置いてあるブランケットを羽織りベランダに出て、少し大きめの声で彼の名を呼ぶ。

「烈火」

 顔を上げて見上げられると、相変わらず緊張感の無い緩い表情にどうしてか胸の辺りがざわついた。

「何してる?」

「今、戻る」

 一言言って立ち上がったが

「……そこにいろ」

 と返して、コートを着て出て行った。






 エレベーターを降りてエントランスからドアを抜けると、喉が冷えた。
 烈火のいるところまで進むと薄暗い上空から大粒の雪が降っていて。ポケットから手を出し一粒乗せたら、すぐに消えた。

「おはよ」

「……」

 ベッドの中でするようなゆっくりとした朝の挨拶に顔を向けて烈火を見れば、いつから表に居たんだと聞きたくなるような程、髪の毛に雪が積もっていた。
 水鏡は挨拶には返事をせず溜息を一つ吐くと、手を伸ばしてそれを適当に払ってやった。

「……で?何してたんだ」

 思いがけない水鏡の手に嬉しそうにしながら目線を下げる。追ってみれば、そこには見たことのある形をしたもの。

「雪だるま」

「不細工」

「いきなり失礼だな」

 形も歪で、そんなに地面に積もっていなかったせいか若干色もおかしい。

「おまえ、寒いと表に出たがらないから。お土産作ってたんだけど」

「……」

 小さくて、歪んでいて。薄汚れたお土産。

 烈火の言葉に水鏡は眉を寄せて、「お土産」を見つめた。

  ……そんなもの。

「烈火」

「ん?」

「そんなのいらない」

「水鏡?」

 自分でも驚くほどの冷たい台詞。
 自分のためだとか、どうでもいい。どうして、こんな朝早くに雪の積もる曇った空の下にいるのか。……ひとりで。

  ……そんなものいらない。

「……寒い」

 呟くように吐き出すと、烈火が苦笑した。

「部屋にいればよかったのに」

「違う」

 白い地面を見た。
 次々と降りていく雪を目で追った。暖かい場所に落ちれば消えるくせに、地面には積もる。

「部屋が、寒かったんだ」

「暖房は?」

「……」

 視線を上げて烈火を見たが、彼は自分の肩に積もった雪を払っていた。

「…つけてない」

 その小さい声にふと顔を上げ水鏡を見つめる烈火の目は、なにか考えるような、水鏡の言いたい事を探るようなものだった。
 流れで視線が絡むが、居た堪れない雰囲気のせいか水鏡はすぐに逸らした。

 少しの沈黙の後。

「そっか」

 と、水鏡の髪に触れて撫でるように梳く。

「部屋、帰ろ」

 水鏡のためを思って寒い中作った雪だるまには少しの未練も感じさせず、静かな声色で言った。しかし、その腹の立つほど優しい手を水鏡は振り払って、ひとりエントランスへ足を進めていく。

「水鏡」

 ふわっと頭に被されたものは、今まで烈火が着けていたマフラー。

「悪かった、一人にさせた」

「……っ」

 覗き込むようにして唇の端に口づけをされて。

 整理のつかない気持ちを堪えるのに、必死だった。





 積もって 積もって、積み重なる。

 積もって 積もって、重たくなる。


 積もって 積もって、苦しくて。

 積もって 積もって、溶けていく。




END.
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