春風
「烈火」
少しの沈黙の後、おもむろに水鏡が烈火に話しかけた。
「お前は、どうするんだ?」
「何が」
「進路」
「さぁ、決めてねぇ」
その烈火の言葉に、水鏡が苦笑する。
「お前は?」
「……」
質問返しされる事は予想していたのか特に烈火を見ることも無く、彼はゆっくり言った。
「……どうだろうな」
「……」
……うそつき。
決まっていないはずが無い。そう思ったが、口にはしなかった。
ふーん。と、わざとらしく言ってから……少し、悔しい気持ちになった。
問い詰めるのも負けた気がして、それ以上は聞かなかったが。
と、突然。
「頑張れよ」
「え……」
水鏡の台詞に思わず顔を向けると、今にも遠くに行ってしまいそうな表情をしていた。
「……なにを……」
喉の奥に詰まるものが、気持ち悪い。
「……なんとなくな」
どうしてだか、水鏡の機嫌が良かった。
「……」
あまり見ない優しい顔に目が離せなくなる。
いつからか、こうやって普通に話すようになって。皮肉や嫌味じゃなく、たわいも無い話をするようになった。
今のようにゆっくり話すことも出来たのかと思うと、前までの時間が勿体無く感じて。
…そう……
こんなに居心地のいいものだと、もっと早く気づいていれば。
校庭の方から水鏡を呼ぶ声が聞こえてきた。それに気づいて、桜の木から体を起こす。
「じゃあな」
あっさりした言葉。
また、明日会うかのような台詞。
「…水鏡……っ」
彼が振り返れば、その長い髪が揺れた。
無表情のまま見つめ返してくる水鏡の目から逸らすことなく、烈火は口を開く。
「おれ……」
何を言うんだ。
今、自分はこいつに何を言おうとしてる?
ざぁっと舞い散る桜が、心臓に響いた。
「……俺さ……」
言いたい言葉が出てこない。
何を言いたいのか、分からない。
「……」
……いや。
もう……
何を言いたいのか、今……こいつに伝えたい事も。
……気づいたんだよ。
……でも……
「……またな」
「あぁ」
水鏡はゆっくり笑って、烈火に背を向け歩き出した。
桜の木が大きく鳴き、花びらが降る。
彼が持っている一輪の花が、風に揺れた。
END
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