春風
時折吹く風はまだ肌寒いが、降り注ぐ日差しは暖かく、三月らしい気温。
薄桃色に色づく桜が舞い、新たな門出を祝うかのようにざわついた。
学校内は独特の雰囲気で、自分だけが違うところに置いてきぼりにされたような感覚だった。嬉しそうに笑い、楽しそうに会話をする生徒たちがいても。
何でだか、嬉しくなかった。
あちこちで飛び交う「おめでとう」の言葉に胸の辺りがそわそわして、祝いのこの日に有り得ない思いを抱いていた。
校内にいることに耐えられなくなり表に出て、人気の無い場所へ向かった。裏階段を下りて、サラサラと音を立てる大きな桜の木に近づき幹に触れる。
「何でだと思う?」
自分でも理解できないこの気持ちが何なのか、ふざけて桜に聞いても揺れるだけ。
「……知らねぇよな、そりゃ」
と、苦笑した。
軽く息を吐いて、校庭の方を眺めていると。卒業生との別れを惜しみ、泣いている生徒も見えた。
「あーあ」
その様子を見てなんとなく呟くと、上の方から声が聞こえてくる。
「何してる」
その方へ顔を向けると、近くの階段の上に彼はいた。その手には、一輪の花を持って。
「……桜と、話してた」
おかしくなったか、と言われるかと思ったが意外にも彼は薄く笑った。
鉄の階段をゆっくり下りつつ、烈火の元へ近づいてくる。
「何か言ってたか?」
静かな口調が、なぜか妙に落ち着かない。
「三年生がいなくなって、寂しいってさ」
急な階段を下りる為にうつむき加減の顔に、笑みが見えた。
「そうか」
「……」
ぐっと、心臓が痛くなった。
(…なんで……)
砂を踏みしめる音が近づいてくる。
「……おめでとう……とも言ってた」
烈火の言葉に、彼は数回頷いた。その口元は、少し上がって。
横で立ち止まり、桜の木に寄りかかる。声を聞くかのように目を瞑ってすぐに開けた。
その動作だけで、桜の木に少し嫉妬した自分に気づく。
「……水鏡……」
名前を呼ぶと、目が合った。
また何か、自分の知らない気持ちが入り込んできて烈火は眉を寄せた。
その不自然さに、水鏡が口を開く。
「なんだ。感傷的になってるのか?……似合わないぞ」
「うるせぇ」
違う。そういうんじゃない。
何か、違うんだ。
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