夜話

「やめろ…っ!」

力強く抑えつけられて唇を重ねられる。息が苦しく、掴まれている腕がきしんだ。
太い木の幹を背に、水鏡は呻いた。

「…っう…」

「なんで逃げんだよ」

冷たい口調が耳障りだった。
烈火の手は水鏡のシャツの裾に入り込んで、滑らかな肌を撫でていく。

「烈火っ!」

その仕草で解放された腕を使って烈火の肩を押すが、明らかな力の差にびくともしなかった。
『恐怖』がこれほどまでに神経をすり減らし、怒りを伴うものだと知ったのは烈火にこうされるようになってから。
腹を滑り、胸まで上がってきた熱い手のひらを感じると、首にも噛み付かれた。
寒気が走る。

「…っ!」

ありったけの力を使い、烈火の顔を叩くと乾いた音が林に響く。

「…」

少しの沈黙の後、ゆっくりと水鏡に視線を合わせた烈火の瞳は一気に険しくなって水鏡の心臓を掴んだ。
火竜の印を描き続けている烈火の硬い手のひらに同じように殴られて目の前が白く濁る。

「…っ…う…」

「何してくれてんの、水鏡」

「……れ…」

長い髪を摑まれ、息がかかる距離まで顔を近づけてくる。

「叩かれたら痛ぇの、分かったかよ?」


もう無理だと、目を閉じた。







部屋に帰る気力もなく、夜中の星空をベンチに横たわり眺めていた。
体の痛みは吹く風と共に消えてはくれず、奥のほうで水鏡の精神力を奪っていく。

この関係に、理由はない。

あの男の気まぐれなのか、それも分からない。
聞いたところで真面目に答えるような奴ではないし、逆にそれを気にしている水鏡を笑うだろう。

理由が欲しいのか。

あれば納得するのか、と。

「…」

目を細めて、罪のない星を睨んだ。
同時に風の流れが変わり、何かに遮られたようなそれになる。

「こんなところで、何をしている」

「…」

目線だけを横に向け、声の主を確認すると。そこには、紅麗がいた。

「……お互い様だろう、おまえこそ…ここで何を?」

「ふん…」

何をしていたか。なぜここにいるのか、声を掛けたかなど本当は興味などない。
互いに薄く笑うと、紅麗はベンチに横たわっている水鏡を見つめてゆっくりと言った。

「帰れないのか」

「…何の話だ」

眉を寄せ、紅麗を見上げる。

「体が痛くて動けないのなら、送ってやってもいいが?」

「…っ!」

紅麗の言わんとしている事が分かる。

……見ていたのか。

「……いい趣味だな、紅麗」

「やるなら部屋でやれ。それとも烈火の性癖か?」

それはご苦労だな。と喉の奥で笑った。
見ていたなら分かるはずだ、水鏡が好きで烈火に抱かれているわけではないと。
無理やり犯されている場面を見ていたなら、普通は違う言葉をかけるだろう。
だが、紅麗はそれをしなかった。

「…っ」

どうしてだか、水鏡は恥ずかしさを覚える。
その、少しうつむいた水鏡に紅麗は手を伸ばした。

「…なに…」

差し出された手を見つめて動かない水鏡に、一際優しい声色で紅麗は言った。

「私と来るといい」

言っている意味を理解できず紅麗を見つめている彼に、もう一度。
今度は片方の手を水鏡の頬に滑らせながら、詠うように伝える。

「烈火には、もったいない。一緒に来い」







紅の男は言った。

子供染みた独占欲かもしれない。
なんとも思っていないのだろうと言われれば、それまで。

だが、

たとえそれが

気のせいだとしても……






END
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