Rainy Illness
雨はだんだん強くなっていった。
放課後生徒たちが帰る時間になると、しとしと雨ではなく雷を伴う強い雨に変わっていた。
烈火は水鏡に会いに彼の教室に向かっていた。時間は六時を少し回ったところ。
もしかしたらもう既に帰っているかもしれないというのに、烈火には確信があった。
水鏡はまだ、いる。
根拠はないが、そう思った。
教室の扉を開けると、一番後ろの窓際の席に彼はいた。机に伏せって表を眺めているようだった。
「水鏡」
他には誰もいない教室、声が異様なまでに響いた。
声を掛けるとゆっこりとした動作でこちらを振り返る。薄暗い部屋に、水鏡の色素の薄い長い髪が目立った。
教室の扉を閉めて近づいていくと、水鏡は少し身構えたようで。深い視線とのアンバランスさが、烈火には可笑しかった。
「…何か用か?」
今日初めて聞く声。
「なんで帰んねーの」
「…別に。もうすぐ帰る」
すぐ傍に立ち、少し見下ろすような形になる。目線を逸らした水鏡の身体が強張るのに気が付いた。
「ふーん」
「…」
「じゃあ、もういっこ質問してい?」
「…何…」
その声とほぼ同時に、烈火は水鏡の腕を掴み上げた。
「…っ!」
痛みと驚きで目を見開いた水鏡は、立ち上がらせられると同じ流れで烈火の身体に引き寄せられた。
その衝撃で、座っていた椅子が後ろに倒れる。
「な…にっ」
「なんで見てた?」
接近した状態で、烈火は訊ねた。しばらく無言で視線を絡ませてきた水鏡だったが。
「『見てた』?…僕は見てなんかいない」
掴まれている腕が痛いのか、少し眉を寄せながら言った。
「見てないって?嘘つくなよ、水鏡」
確かめるように唇を重ねると、いつもと変わらず逃げようとしたので掴んでいる腕を放し、頭を抱えるようにして深く重ねた。
水鏡の喉から苦しそうな音が聞こえてくる。腰をつかみ、抱きしめながら奥を求め、彼の熱を引き出そうとした。
「…っう…っ」
烈火は体重をかけ水鏡を押し倒すと唇を離す。
「グラウンドでも廊下でも…お前…」
「…っ」
床に倒された水鏡は、再確認の言葉を聞き終わる前に首だけで返事をした。
「…じゃあ、無意識かよ。…やらしいな」
「…あ…っ…」
烈火の手のひらが水鏡の股間を探ると、長い口付けのせいなのかそこは反応を始めていた。それを見つけると烈火は嬉しそうに唇の端を上げ、水鏡を見つめる。そのまま馬乗りになりワイシャツのボタンを外しにかかった。
「烈火!やめろ…っ」
「なんで」
返事はするが指先は止まらず。
「そんなのっ…」
当たり前だろ、と言うような瞳で見つめられ、すぐに逸らされる。
「あのさ」
「…っ」
烈火の言葉に弾かれた様に顔を向けた。少し考える仕草を見せた烈火だったが、すぐに水鏡の目を見てゆっくり言った。
「水鏡、お前。自覚ねぇの?」
「…え…」
戸惑ったような声に、烈火は苦笑いする。
「そんな目して、物欲しそうな顔して」
「…」
稲光が走る。雨が窓に叩きつけられる音と、雷鳴が鼓膜に響いて。
「嫌そうに見えないのは俺の錯覚じゃないような気がする。違う?」
覗き込むようにすると、苛ついたような馬鹿にしたような声が返ってきた。
「…嫌に決まってるだろっ…、馬鹿いうな…」
「そう?」
「それに、物欲しそうな顔もしてない…」
「…」
「お前の、錯覚だ」
触れれば逃げるし、追い詰めると泣くくせに。
口づけると欲しがるように開く。
その日、雨は酷く降っていた。
END
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